97話 遭遇戦
ダルモン伯爵軍との遭遇戦。
これは決して良いタイミングではなく、俺たちが到着した時にはリオンクール軍主力は戦闘に突入していた。
俺は偵察のために小高くなった地形に登り、両軍が戦闘に突入しているのを確認した。
付近は森や丘陵になっており、互いに一部の部隊が突出しているようだ……ダルモン伯爵軍も1部が丘の上に布陣しているが、これは物見だろう。
敵からも、こちらの動きは見えていると思った方が良い。
「出遅れたか、遅れを取るなっ!! 進め!」
俺は自らが率いた部隊に戻り檄を飛ばすが、この戦場の地形が良くない。
こちらから敵軍までは森が拡がっており、細い間道が1本有るのみ……これが騎馬ならば並んで進めない程度にしか道幅が無いのだ。
森を避けてぐるりと迂回すればリオンクール主力の真後ろに出るが……これでは援軍の意味は薄い。
本来ならば敵側に迂回したいところではあるが、それには距離が有りすぎる。
敵が守りやすく、こちらが攻めづらい地形だ。
……しまったな……敵に地の利を奪われたか……
俺は悔しさに顔をしかめたが、いくら悔しがろうとも今さらどうしようも無い。
今回は互いに申し合わせた会戦では無かった。
軍を自由に展開できる地形では無かったのだ。
どうしようかと俺が悩んでいると、2人の家来が進み出た。
ロロとドーミエだ。
「バリアン様、挟撃の好機です。この地形ならば敵も主力軍も全面衝突にはならず、攻め手に欠きます。こちらから徒歩で森の中を進み横槍を入れましょう」
ロロの進言は、わりと危険度の高い作戦である。
確かに森を通過すれば間道を使うよりも多くの兵が移動できるだろう。
だが、森の中では隊列は組めず、味方の様子を確認し難い。
いつの間にかバラバラになり、敵に囲まれているような状況もあり得る。
しかも、道なき道を行くのだ……兵の足は鈍るだろうし、どんなトラブルがあるかは予想し難い。
俺が「博打だな」と呟くと、ドーミエが前に進み出た。
「ここは無理をせず、精鋭を前に押し出し間道からぶつかりましょう。交戦する部隊を限定すればこちらの被害を抑える事になります」
ドーミエの進言は無難だ。
間道での戦闘は精々が2~3人程度がぶつかり合う規模になるだろう。
俺やドーミエのような荒武者が前に立てば被害は減らせるが……それは敵にも言えることだ。
敵の兵力を大きく削ることは難しいだろう。
……一長一短、ハイリスクハイリターンか、ローリスクローリターンか……
俺は時間にして僅か……5秒ほど考えた。
「……うーん、良しっ! デコスはここに盾を並べて陣地にしてくれ。俺は間道から攻め寄せる。ドーミエとシモンたちは森からバラけて進撃する……デコス、馬を預けるぞ」
俺が選んだのは欲張りセット。
理屈ではなく勘だ。
間道をから俺が攻め寄せれば敵の目を引き付けるだろうし、強いやつと戦えそうだ。
俺が暴れてる隙に森から奇襲部隊が侵攻する。
いい加減だが、細かな作戦など現場の足を引っ張るだけ……こんなもんだ。
俺は適当に兵を割り振り、指示を出す。
ここはスピード勝負だ。直感が頼りである。
「兵は伍を崩さずに行動しろ! はぐれた者は無理をせず、この陣地を目指して引き返せ!!」
俺は槍と黒をデコスに預け、メイスを構えて駆け出した。
「あっ、バリアン様っ!? 続け! バリアン様を死なせるなっ!!」
後ろからロロの声が聞こえる。
だが構っていられない。
俺の我が儘ボディはもう我慢の限界だ。
俺は走る。
特製の鎖帷子は重く、息が切れてくるが問題ない。
秋だというのに汗が吹き出してきた。本番前の、丁度良いアップになるだろう。
……ハッ、ハッ、ハッ……
自分の荒い息が聞こえる。己が昂っているのが分かる。
黒に乗るのも悪くないが、俺は地に足を着けて戦うのが性に合っているらしい。
敵の兵が見えてきた。
2列縦隊が盾を並べて整然と進んでいる。
見るからに練度が高そうだ。
「ガオォォォォォッ!!」
俺が雄叫びを上げると敵が身構えるのが見て取れた。
泰然と揃いの盾を構える敵兵に俺は感動すら覚える。
……こいつらは強敵だ!
俺は笑みを浮かべながら隊列に突っ込んだ。
ショルダーチャージ気味に先頭の敵兵にぶちかます。
俺の体当たりは敵の盾に防がれたが、いくら防いでもあまり意味はない。
敵兵は後ろを巻き込みながら文字通りに吹き飛んだ。
「ダラアッシャアアッ!!」
続いて隣の敵兵をメイスで殴り付ける。
これも盾で防がれた……だが構うものか。
盾の上からお構い無しに何発もメイスで殴り付け、怯んだところを盾の上から蹴り倒し、踏みつけた。
「俺がバリアンだ!! この中に命知らずはいるか!?」
敵兵の上から俺が名乗ると、明らかに敵に衝撃が走ったようだ。
「……バリアンだと?」
「バカな、大将だぞ」
「噂通りだ」
「あれがリオンクールの」
敵の隊列からどよめきが起こるが、敵は怯まず2人が前に進み出て身構えた。
この間道では1度に戦えるのは精々が2人までだ。
順に戦う積もりなのだろう。
……2人で向かってくるのか! 大した士気だな!
自らの口角があがったのが分かる。
悦びで胸がキュンときた。
右の敵が基本通りに盾を構え、剣を突き出してきた……訓練された良い動きだ。
俺は体を開きながら拝み打ちにメイスを降り下ろし、突き出された敵兵の腕を砕く。
そして、そのまま腕が折れた敵兵を突き飛ばし、左の敵への牽制とした。
「強いぞ! 数で押せ!」
「だが、この隘路では……」
「怯むな!」
敵の指揮官らしき大男が兵を叱咤しながら前に出てくる。
それと同時に、俺の後ろからも味方の後続が現れ始めた。
「バリアン様っ! ご無事ですかっ!?」
ロロが駆けつけ、俺の脇に立つ……こちらの援軍に敵の指揮官が警戒したのか、盾を構えて前に出た。
「ロロ、コイツらなかなか手強いぞ」
「そのようで……あのデカイのは戴きますっ!」
言うやロロは前に躍り出て敵の指揮官とやり合いだした……こうなると道幅が無いためにどうしようもない。
……あっ、ずるいぞ……
俺はロロに出し抜かれ、手持ち無沙汰になってしまった。
森の中へ抜けても良いが、あまりウロチョロしてロロの邪魔はしたくない。
どうしたものかと暫し考えていると、傍らで「うう」と呻き声が聞こえた。
見れば俺に腕を折られた兵士が踞っている。
「ちょっと見せてみろ」
俺が近づくと敵兵はギョッとしたが「慌てるな腕を診てやるよ」と制し、敵兵の傍らに屈み込んだ。
「どうせ決着が着くまで間があるさ、見ろよ」
俺が指で示すと、そこには互いに剣と盾を構えたロロと敵の指揮官がいる。
2人とも盾の技量が高く、攻め手に欠き牽制しあっていた。
早いラウンドのアウトボクサー同士の試合の様に、盾や剣を出したり引っ込めたりしての探り合い……緊張感があるとも言えるが、動きのない塩試合とも言える。
一騎討ちをする2人の戦意を煽るために、両陣営から「「オッ!オッ!オッ!」」と掛け声の唱和が始まった。
「な? 退屈だからお前の腕を診てやるのさ」
「いや、しかし……」
兵士は尚も遠慮をしていたが、別に俺とコイツは互いに憎しみ合う関係ではない。
ここはノーサイドって事にして、変な方に曲がった腕を伸ばしてやった。
敵兵は痛みで絶叫したが、曲がったままの腕を放っておくよりマシと言うものだ。
「あとは副え木と……丁度良い、その手じゃ使えないし、オマエの剣と剣帯を使ってやる。後は……こうして首から吊るすと良いぞ」
俺は自分の仕事に満足し「むふー」と鼻から息を出した。
「何故、こんなこと……」
「ん? いや、ロロはああなると長引くからさ」
ロロはかなり強い。
強いのだが、盾が得意で守勢とカウンターに長けたタイプだ。
そして敵の指揮官も見た感じ同タイプ……残念なことに2人は絶望的なまでに噛み合っていない。
この手の戦いは長引くものなのだ。
見れば2人は多少剣や盾を突き出すようになったようだが……気の長い戦いである。
「ロロ? 『あの』奴隷戦士ロロですか!?」
「おっ、知ってるのか。嬉しいねえ」
俺と敵兵はのんびりと世間話を始めた。
実は戦場とは修羅場のような激戦区ばかりでは無く、このようにのんびりした場所も存在するのだ。
この兵士には戦闘能力は残っていないし、俺は俺でロロの戦いが長引くために、すっかりとやる気が削がれてしまっていた。
やる気がない者同士が集まればこんなものである。
遠くで角笛の音が響き渡った……敵が退くようだ。
「ロロッ!! そこまでにしておけ! 双方ともに剣を引け!!」
俺が声をかけるとロロと敵の指揮官はじりじりと離れ、互いの陣営に帰還した。
ロロはびっしりと汗をかいている。
「退け! ここは引き分けだ!」
俺は味方に告げ、粛々と引き上げる。
この戦場では両軍ともに戦果なし……まあ、こう言う日もある。
「あの、俺は……?」
「ん? 帰っていいぞ。お疲れっ」
腕を折った敵兵が驚きつつ、何度も頭を下げ去っていった。
「バリアン様、あの者は?」
「いやね、暇だから仲良くなったのさ……誰かさんがダラダラしてるからだぞ」
俺が冗談を口にすると「すいませんね」とロロが嫌そうな顔をした。
「全くだらしないぞ。俺なら……こう、バーンと殴ってビシバシいくがな」
擬音が多い俺の言葉を、ロロは「はいはい」と聞き流した。
………………
俺たちはデコスの待つ陣地に戻り、シモンたちの帰還を待つ。
デコスによれば、森に迷って引き返して来た者は居ないそうだ。
「なるほど、敵が退いたのはドーミエが敵陣の横腹を突いたのかも知れないな。」
「ええ、その可能性は有りますね……しかし、こちらの敵は強敵でしたよ」
ロロがデコスに先程の敵部隊を説明すると、デコスは「なるほど」と頷いていた。
「それはダルモン伯爵自慢の鉄盾兵でしょう。リオンクールの同胞団の様に音に聞く精鋭部隊ですよ」
感心した俺の口から「へえ」と間の抜けた声が洩れた。
「知らなかったな……同胞団って有名なのか。そう言えばさっきも『奴隷戦士ロロ』の話題を聞いたばかりだ」
「そっちですか……鉄盾ってわりには木製でしたが」
ロロが俺の発言に苦笑しながらデコスに確認するが「そんなものさ」とデコスも苦笑いする。
「景気づけだよ。木盾兵じゃ弱そうだろ?」
「確かに」
デコスとロロが肩を揺すって笑い出す……この2人は気が合うようで、仲が良い。
「良し、揃ったら主力と合流しよう」
俺が告げるとデコスとロロは軽く頷き、兵の点呼を始めた。
伍の中で怪我や戦死者を把握しているので、意外と確認は早く済む。
同胞団から始まった5人組を作る『伍』の軍制は広まり、今では領都の衛兵も採用している程である。
……つくづく、ジャンって天才だよな……
俺は伍の制度を定めたジャンに感心した。
その天才は今ごろダルモン伯爵領を荒らし回っている筈だ。
ジャンはいつの間にか別の軍を率いるほどに成長した。
それは嬉しくもあり、少しだけ寂しくもある。
……ジャン、頼んだぞ。
俺は北の空に親友の武運を祈った。
………………
しばらく待つとバラバラと味方が帰還してきた。
傷を負った者も少なくない。かなり激しくやりあったようだ。
「ドーミエ、無事だったか」
「はい、主力軍と戦っていた敵に横合いからの攻撃を成功させました。嫌がった敵が退いたために深追いはせず、こちらも退きました」
俺が声を掛けるとドーミエが淡々と報告してくれた。
しかし、かなりの激戦だったことは間違いはない。
ドーミエは薄手ではあるが傷を負い、彼の槍は血で染まっている。
「ドーミエ、随分と働いたみたいだな。さすがだ」
俺がドーミエの労を労っているとシモンたちも帰還してきた……だが、その顔は暗い。
シモンとクーはラメェーの両脇を抱えるようにし、ネルスは盾や剣を重ねて運んでいる……ラメェーが負傷したようだ。
「……父上っ! ラメェーがやられたっ!!」
シモンが泣きそうな顔で、こちらに向かい大声を張り上げた。
これは俺に助けを求めているのだろう。
負傷者の手当てをする俺の医術は割りと領内では知られている。
「良し、すぐに診てやる! こっちに運べ、水と布……それに針と糸を頼む!」
俺は周囲に指示を出し、寝そべるラメェーの鎖帷子を脱がして傷を確認する。
かなり深い。
下腹を槍で突かれたのだろう、裂けた傷口から腸がはみ出していた。出血も多すぎる。
……腹か……これは駄目だ……
俺は極力顔には出さないように心掛けながらラメェーに「10に1つも助からん」と伝えた。
ラメェーは気丈にも頷き、シモンを見つめた。
止めの『慈悲の一撃』を乞うているのだ。
「駄目だ駄目だっ! ラメェーを助けてくれよ!? 父上は何でも出来るじゃないか!?」
シモンは泣きながら俺にすがるように袖を引いた。
その様子に俺はため息をつき、首を振る。
「苦しみが続くだけだ……見ろ、腸が破れているだろう? これではどうしようも無いのさ」
俺の言葉にシモンの顔色が絶望に染まる。
「そんな、ラメェーは母親と2人暮らしで……恋人がいて……」
ブツブツと半ば放心状態のシモンが呟いている。
ラメェーは平民だが豊かではない生活をしていたらしい。
「シモン、お前がやるんだ。俺がやってはラメェーに悔いが残る」
俺は無表情を装いながらシモンに告げた。
ラメェーも穏やかに頷き、シモンを見つめる。
本当は笑いたかったのかも知れないが、ラメェーの呼吸は荒く、彼は苦し気に顔を歪ませた。
「ラメェー……すまんっ!」
シモンが短剣を振るい、慟哭した。
それは獣の遠吠えのような泣き声だった。
……やるせないね……俺は皆の暮らしを楽にしたい……だけど、やってることは敵も味方も殺してばかりだ……
俺は「ふうー」と深いため息をついた。
「……若者が死ぬのを見るのは、辛いものですよ」
いつの間にか側に立っていたデコスがポツリと呟いた。
「まあな。ジローの息子が死んだときと同じさ、俺は何も成長していないよ」
俺はデコスに「出発を少しだけ待ってやってくれ」と告げ、その場をそっと離れた。
どれ程うまく行った作戦でも犠牲者は出るものだ……シモンには辛い経験になってしまった。
俺は仲間の遺骸にすがりつき、泣きじゃくる息子たちを眺め「乗り越えろよ」と心の内でエールを送った。
ダルモン伯爵軍は退いた……とは言え、戦力は温存されており「仕切り直し」を狙ったに過ぎない。
敗走では無いのだ。
ダルモン伯爵の軍は手強く、一筋縄ではいかないだろう。
俺は来るべき次の決戦に備えて気を引き締め直した。





