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96話 年の劫

挿絵(By みてみん)




 バシュラール城から600人の兵は北上を開始した。



 俺たちの進軍は速い。

 荷車は全てリアカーとし、兵士の多くはリュックサックを背負っている。


 歩みの遅い荷車を排除したことで、かなり行軍スピードは速くなり通常の倍……とまでは無理にしても、かなりのスピードで軍を進めた。


「バリアン様、この先の領主は動員令に応じておらず、城に兵を集めております。ご注意を」


 デコスが俺に近づき、小声で話し掛けてきた。


「反乱に参加しているのか?」

「いえ、反乱に同調しているのは主に西と南です。ここの領主はどちらが有利か見定めているのでしょう。ちなみにアントルモン家です」


 俺は「ふん」と鼻で笑った。

 アントルモン家とはバシュラール領内の騎士家だが大した規模ではない。


 ……高々数十人の兵しか持たぬ分際で厚かましい……


 俺は「良し、その馬鹿の面を拝んでやる」と軍の進路を変更した。


 ほぼ進行方向なので、時間的にも大したロスにはならないだろう。


 数十人とは言え、戦闘中に後ろから突つかれては命取りだ。

 出来るなら味方に、駄目なら滅ぼす。


 ……何か有れば一気に攻め潰す……見せしめは必要だ……


 彼らが他の小領主と比べて特別に反抗的だと言うわけでも無いが、軍の進路に位置したのが不幸だった。



 既に俺は行きがけの駄賃がわりに叩きのめす腹積もりでいた。




………………




 その数時間後



 アントルモン領に近づいた俺たちの軍に使者が訪れた。


 領地に軍が近づいたことで、慌てて使者を立てこちらの腹を探りに来たのだろう。


 使者は堂々とした態度で胸を張りながら現れ、それがまた俺をイラつかせる。


 俺の機嫌に気付かず、使者は小脇に兜を抱えながら、ゆったりとした動作で頭を下げた。



 ……何だかイチイチ鬱陶しいヤツだな……



 俺は既に不機嫌であり、ドーミエやデコスの方が不安気な表情でこちらを見ていた。


「バリアン様は優しい方でしょう? 怒ってはいけませんよ。お腹は空いてませんか? お水もありますよ」


 ロロが気を使ってくれるが完全に幼児扱いされてる気がする。

 さすがに腹が減ったくらいで怒らんわ。


「お初にお目にかかります。主、騎士アントルモンよりの……」


 使者が挨拶を始めたが、既に聞く気がない俺は「やめろやめろ」と手で制した。


「俺たちが軍を寄せたのはアントルモン家の動向を確認するためだ。これ以上動員を拒むのであれば謀叛と見なし、このまま攻め寄せる」


 使者は慌てて何かを言い掛けたが、俺が「つまみ出せ」と命じるとドーミエが連行して行った。


 ここで交渉などさせてはならない。


 犬の群れと同じだ。


 群れのリーダーへの服従を忘れた愚かな犬は鞭で打ち、誰が主か思い出させてやらねばならない。



 俺は使者を追うように軍を進め、やや離れた丘にアントルモン城を見下ろす形で布陣した。


 城からは何も応じる気配はない。


 ……ふん、閉じ籠っていれば嵐が過ぎ去ると思ったら大間違いだ……


 俺はアントルモン城をつぶさに観察した。


 アントルモン城は典型的な土塁の小城……と言うより居館程度のサイズだ。


 浅い堀と低い土塁、木製の建物に見張り台。

 粗末な木柵で囲まれた小さな村に隣接するように位置している。


 見張り台の上では兵士が何やら騒いでいるのが確認できた。


 ……ふん、大した城でも無いな……だが悪くない、アントルモン家を滅ぼしてシモンに与えることも出来るか……


 シモンはベルの実家、カスタ家を再興する約束になっている(56話参照)。

 何処か適当な騎士領を潰して旧臣ごと与えることが出来たなら都合が良い。


 俺は率いる軍に向かい合い、兵士たちに「準備は良いか」と声をかけた。


 こちらは600人程度……だが、弱小騎士家の小城を攻めるには過剰な程の戦力である。


 俺が攻撃を命じようとした正にその瞬間、ロロが俺の(そで)を引いた。


「……バリアン様! 城から騎馬が出てきました。恐らくはアントルモン卿かと」


 ロロが指で示す先には騎士と思わしき人物と従士2人……なるほど、騎士アントルモンであろう。


「降参かな?」

「そりゃそうですよ。戦うなら初めから反乱側に参加してますよ」


 俺はロロの言葉に「ごもっとも」と肩を竦めた。


 その様子を見ていた兵士たちからも嘲笑の声が上がるが、デコスが「騎士たる者を嘲笑うとは何事か!」と兵士たちを引き締めていた。


 これは俺が悪い。

 騎士は誇り高い……下手にプライドを刺激して無用の反発を招くのは良くないと反省した。


 アントルモンの扱いを見た他の配下が「バリアンは騎士の誇りを踏みにじる暴君だ」と不愉快に思う可能性もあるのだ。


 俺はデコスに感謝した。


 やはり亀の甲より年の劫、ルドルフに仕えていたデコスは俺の帷幄(いあく)では最古参。

 すでに50代の半ばという年齢ではあるが、まだまだ頼れる存在だ。



 ちなみに、亀の甲より年の『劫』である。

 ここ間違えやすいから注意して欲しい。




………………




 しばし後



 騎士アントルモンが青ざめた顔で俺の前で(ひざまづ)く。


 俺は(ノワール)に乗ったまま騎乗で対面した。


「騎士アントルモンよ、戦陣のこと故、馬上から失礼する」


 跪くアントルモンは馬上の俺を見上げ、明らかに立場の差を理解しただろう。


「閣下、わた、私には謀叛の意思はございません! ただ、その、近隣の状勢が不透明につき……」


 アントルモンがしどろもどろに苦しい言い訳を続ける。


 アントルモンは40代くらいの丸い顔をした騎士だ。

 中途半端に伸びた角刈りのような……第一印象は『へんてこな髪形の田舎紳士』だろうか。


 彼は交渉事は得意ではない様で、憐れなほど取り乱している。

 非常に滑稽だが、睨み付けるデコスがいるためか兵士からは笑い声は聞こえない。


「アントルモン、このまま同行せよ」


 俺が告げると「兵を纏めるには時間が」などとゴニョゴニョ言っている。

 見ていてイラつくが、コイツは何かを言われた時に先ず「できません」から入るタイプなのだろう。


 典型的な仕事が出来ないタイプだ。


「兵など無用だ……拘束しろっ!」


 俺が命じるとシモンと仲間が従士2人を牽制し、ドーミエがアントルモンを制した。


「何をなさいますかっ!? 私は謀叛などは……」


 アントルモンが騒ぐがどうにもならない。


「良し、このまま北へ向かい主力と合流するぞ」


 俺はアントルモンを無視して馬を進めた。


「父上、この2人はどうするんだ!?」


 シモンが俺に向かって声を張り上げた。

 見れば見事に従士2人はシモンたちに地に押さえ付けられ、腕を(ひね)られている。


 俺は「放っておけ」と言いかけて、少し考えた。


「……お前たちが主君を救いたいならば全兵を率いて我らに合流しろ。シモン、2人は解放してやれ」


 俺が告げると従士2人は解放され、アントルモンはそのまま連行された。


 要はダルモン伯爵との戦で後ろからチョッカイを掛けられなければ良いのだ。

 当主であるアントルモンを人質にすれば、彼らもバカな真似はすまい。


 アントルモンの兵の合流は「兵が増えれば儲け」くらいの話である。期待はしていない。

 彼らが合流しなくとも気にすることは無いだろう。その時は改めて攻め潰せばよいのだ。



 後方の安全を確保した俺は急いで北へ向かった。




………………




 北の戦線は一進一退……と、言うよりも、リオンクール軍の主力は会戦を避けて時間稼ぎをしていたのである。


 ここにダルモン伯爵軍を釘付けにしておけば、後方でジャンが暴れ易くなり、被害が大きくなればダルモン伯爵は領地へ帰らざるを得なくなる。


 消極的ではあるが間違いではない。


 幾つか拠点は陥とされたようだが、ジローとアンドレは無理をせず、大きめの城を拠点として防衛戦を続けていた。



 そこに、俺が率いる軍が到着した。

 ここで彼我の戦力差は逆転したのだ。


「良し、ジローたちに伝令を出せ。このまま2手に別れて攻撃を仕掛ける」


 俺が率いる軍はまだ詳細を掴まれていないはず……ならばここで奇襲気味に攻め立てれば良い。


 俺たちは森に潜み、ジローたち主力の前進と合わせる形で進軍する。


 主力はやや数を減らしているようだが、被害は殆ど無いようだ。

 ジローとアンドレが防戦に徹してくれたお陰だろう。


 そのまま軍は進み、敵に占拠された拠点の近くで会敵した。


 ダルモン伯爵軍の兵力はおよそ2200人程度だ。


 対するリオンクール主力は1900人、そして俺が率いる別軍が600人。

 主力軍が先に到着しているようだ……戦闘も始まっているかもしれない。



 数の上では有利だが、地形が複雑で一気に軍の展開は出来そうもない……この程度の数の優位は采配や指揮で引っくり返るだろう。

 それに次の事も考えれば余力は残したい。


 難しい戦いだ。



 ここに2度目の博打が始まろうとしていた。


ストックが完全に尽きました。

文字数も少なくて申し訳ないです。


出来るだけ更新ペースは保ちたいと考えていますが、いよいよ不安定になりそうです。

申し訳ありません。

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