95話 息子の成長
俺は灯火に導かれるままに入城し、崩れ落ちるように下馬して大の字に転がった。
「父上っ! やられたのか!?」
心配して待っていたのであろう息子が駆け寄ってきた。
自身も初陣で疲れきっているであろうに待っていてくれたのかと思うと……俺はつい目頭が熱くなった。
「いや、大丈夫だ、が……さすがに疲れた。動く気にならん」
俺が寝そべったまま話しかけると、心配して近づいてきていたロロも「ほっ」と息を吐いた。
「凄えよ、父上は凄え……それに比べて、俺は……俺は何にも出来なかった」
シモンが呻く様に呟いた。
余程悔しかったのであろう、唇を噛み締めた表情が固い。
俺から言わせれば12才で初陣に臨み、8千人もの敵中を往復したのだ……十二分にド派手なデビュー戦だと思うのだが、本人が納得していないのだろう。
「シモン、手を貸してくれ」
俺はシモンに手を借りて「よっこらしょ」と立ち上がった。
兜と面頬を外し、毛皮を脱ぐ。
秋の夜風が熱を帯びた体を冷やしてくれる。
鎧姿と言うのは蒸れる。
重武装になると戦闘中にぶっ倒れる者もいる程だ。
リオンクール軍では水分補給と、休めるときに休むことは周知徹底しているが……多分あまり理解されていない。
「シモン、良くやった。お前がどう思うかは知らん、だが良くやってのけた」
俺はシモンの肩をガシッと掴み微笑んだ。
「クー、ネルス、ラメェーも見事だった。良い仲間だ、大切にしろ」
俺の言葉を聞いたシモンは少し俯いた後、顔を上げて「だから何でネルスだけ名前なんだよ」と苦笑いした。
自分の心中の事は自分でケリを着けねばならない。
シモンが自らの初陣に納得し難いと言うならば、それは俺にはどうしようも無いことだ。
だが、俺が初陣を果たした息子が誇らしいと思うのも事実。
だから、俺は褒める。
それで良いのだ。
「なあ、あの火を焚いたのは誰だ?」
煌々と灯る火を指で示し、俺はシモンに尋ねた。
「……あれは、日が暮れた後にドーミエが指示したんだ。不味かったかな?」
少し躊躇しながら、シモンは不安気に答える。
どうもシモンは自信喪失気味らしい……これは良くないが、まだ初陣を果たしたばかりの12才なのだ。
俺にも覚えがある。
少し得意分野がある男子って存在は、社会に出るまでは意味不明な自信や全能感を持っていたりするものだ……いわゆる『中二病』ってヤツである。
たかが学力テストやスポーツ大会の好成績程度で周りの大人を見下し、自分がさも有能であると錯覚しがちな時期でもある。
しかし、いざ社会に出るとその自信は脆くも打ち砕かれる。
今までバカにしていた『平凡なオッサン』たちが、実は自分では太刀打ちが出来ないほど仕事ができる現実を知るのだ。
これは『経験』の差である。
自信を失いながらも仕事を続け『経験』を積むことで社会人として一人立ちが出来るようになるのだが……今のシモンは正に『自信を砕かれた』状態なのであろう。
無理もない。
シモンには優れた才能と強靭な肉体があり、師のエンゾをして「天才だ」と言わしめる逸材なのだ。
初陣で獅子奮迅の活躍をする自分を夢想しても仕方がないではないか。
事実、それまでは年上の学友たちを相手にして1番の腕前だったのだから。
しかし、いざ戦場に出るや、今までエッチで間抜けだとバカにしていた親父が馬上先頭を駆け、自分は遥か後ろを追い掛けるだけで精一杯……これは自信を失っても仕方があるまい。
だが、俺はあえて声は掛けない。
親父が良いことを言っても反発したくなるのが男の子ってモノである。
だから、これに関しては何も言わないのが正解だと思う。
親父は背中で語るものだ。
俺はシモンに笑い掛けた。
「いや、良い判断だ。あの灯火で後続の味方は城の位置を知り、励まされた。さすがにドーミエは機微を弁えた戦場往来の古兵だ」
俺が頷くとシモンも「そうか、そう言うものか」と呟いた。
「急がなくても良いのですよ。私もバリアン様も12才の頃は他領に出て悪さばかりしていましたよ」
ロロが優しげに微笑んだ。
その「他領」とは、正にバシュラール領のことだが、それは言わぬが花だろう。
「懐かしいな! 強盗働きはアルベールに習ったんだった! ……あれは8才だったかな? 初めは豚を盗んでな」
遥か遠くの青春の日々だ。
俺も懐かしさに、つい頬が緩んだ。
「お前たちに女の拐いかたや強盗でも教えてやるか。溜まったら適当に拐って売っ払うのも手だな」
「確かに。小遣い稼ぎもできますし」
俺とロロが「アハハ」と笑い、シモンが少し照れた顔をした。
強盗働きは兵士にとって大切な技能である。
敵地で孤立した時は効率的に強盗の1つも出来なければ飢えて死ぬだけだ。
これは戦場のサバイバル技術なのである。
これを8才からやらせた俺たちの師アルベールは異常ではあるが、間違ってはいない。
エンゾはその点はあまり重視せずに教育したようだ。
戦場のことは戦場で学べと言うスタンスらしい……これはこれで間違いでも無いだろう。
ちなみに誘拐は誘拐で役に立つのは言うまでもない。
人口の少ないアモロスの地では、人はそれだけで貴重な存在なのだ……老若男女貴賤を問わず、使い道は幾らでもある。
「丁度良い、行軍中に俺かロロが教えてやるよ。ただし、領内はダメだぞ」
「分かってるよ」
どうやら、シモンも少し気を取り直したようだ。
切り替えの早さと言うのも指揮官には必要だ。
『反省をし、引き摺らない』
口で言うほど簡単ではないが、シモンはどうやら指揮官の資質もありそうだ。
……親バカかな?
悩んだり、自信喪失も経験である。
これも息子の成長なのだと思い、俺は少し嬉しくなった。
………………
翌日、日が昇ってからもポツリポツリと味方は帰還してきた。
どうやら敵の追撃は無かった様である。
リオンクール軍が受けた被害も少なくは無いが、最終的に700人以上の城兵がバシュラール城まで辿り着いたのを確認した。
この戦果は大々的に喧伝され、100騎で10万の軍を翻弄しただの、単騎で800人以上を殺しただの滅茶苦茶な話となって伝わった様だ。
1人で800人も殺せるヤツが実在したら、ひたすらソイツの単騎突撃で勝負が着くと思うのだが……まあ、それは置いといてだ。
この救出作戦の成功はリオンクール陣営、特にポンセロに率いられた城兵たちの士気を大いに高めた。
『敵は大軍だが、恐るるに足らず』
大軍に怖じ気づいていた味方にポジティブなイメージを与えたのは大きい。
連鎖が続いていたバシュラール領内の反乱もここで勢いが止まった。
地生えの小勢力は風向き次第に所属を変え、有利な方に味方をする風見鶏だ。
これは良い悪いでは無い。
今回のような旧領主と新領主の争いは、決着次第では粛清の風が吹くことになる。
勝ち馬の尻を掴もうと努力をするのは小領主の必死の生き残り策でもあるわけだ。
その彼らが俺の暴れぶりに怖じ気づき、敵に回るのを控えた……これは大きい。
味方にならずとも、敵にならなければ御の字だ。
だが、被害も軽くはない。
ポンセロが率いる兵士は数を減らし、多くが傷を負った。
騎兵隊はトゥーサン・ド・ベリを含む19騎が失われた。
先の4騎の被害と併せて残りは俺とロロ、シモンたちを除けば丁度100騎である。
トゥーサンは恐らく捕虜になっているだろう。
貴族階級である騎士は戦争で死ぬまで戦うよりも捕虜になることを選ぶ場合も多い。。
降参さえすれば、捕虜の返還交渉などで身代金を支払って身柄は引き渡される。
これは貴族の互助システムでもある。
大人しく捕虜になっていれば問題は無い筈だ。
「ジョゼ、周辺の住民が避難してきたら収容してやれ。なんならリオンクール側に逃がしてやっても良い。敵が来ても無理をするな。いざとなれば城塞都市ポルトゥまで逃げろ」
俺は城を守るジョゼ・ド・ベニュロに指示を出し、ポンセロと出陣の準備を進める。
さすがに負傷者が多く、残った騎兵や城兵を全て連れていくという訳にもいかない。
再編成が必要だ。
北では主力がダルモン伯爵とやりあっている筈だ、先ずはそちらと合流する。
俺とポンセロは兵を翌日まで休ませ、動ける兵を率いて北へ向かう。
バシュラール城には負傷者とバシュラール領の守備兵のみだ……攻められては一溜まりも無いが、兵力を分散させる訳にはいかない。
バシュラール城も、いざとなれば放棄して逃げれば良いのだ。
城に拘り味方を減らすことは無い。
兵さえ残っていれば、冬が来るまでポルトゥで籠城する手もある。
さすがに飢民の群れに冬は越せまい。
ここからは連戦に次ぐ連戦だ。
1度コケたら取り返しがつかない可能性もある大博奕……だが、この博奕に勝たねば明日はない。
……勝つ、勝たせてもらう……
俺はボードワンが居るであろう西を睨み付けた。
少し短いですが、キリが良いので……
申し訳ありませんが明日はお休みします。





