94話 城の灯火
「「バリアン!! バリアン!!」」
「「バリアン!! バリアン!!」」
俺と共に敵中を駆け抜けた騎兵隊は大歓声で迎えられた。
絶望的な大軍に囲まれ苦しい戦いを続けていた中での援軍である。
しかも、大将自らが槍を振るって駆け付けたのだ……城兵の喜びは大変なモノであった。
「バリアン様っ! よくぞ、よくぞご無事で!!」
ポンセロが感極まったように駆け付けてきた。
いつも冷静な彼が余程感動したようだ。
「ポンセロ、軍を纏めろ。直ぐに敵中を突破してバシュラール城まで退くぞ」
ポンセロは「今からですか」と驚きを見せたが、気を取り直したようだ。
「……確かに、退却するなら敵が怯んでいる今ですが……城を放棄しても宜しいのですか?」
「当たり前だ。城がポンセロや兵の代わりになるか? バシュラール城まで退いて味方と合流するぞ」
この言葉にポンセロは感極まったようで目を閉じて天を仰いだ。
彼は涙を見せたりはしない。
だが、このやりとりを見ていた兵からは嗚咽の声が漏れ聞こえた。
「ポンセロ、時間が経てば敵が備えるぞ、急げ!」
俺の言葉に「は」と短く応えたポンセロは兵を纏めるために走り出した。
城はかなりの猛攻に晒されたようだ。
負傷者の数は多い。
こちらがまともに軍を動かしていれば、援軍は間に合わなかったかもしれない。
だが、こうなれば敵も俺たちの意図……すなわちポンセロたちの『救出』に気づく筈だ。
今回の突破は騎兵のみで駆け付ける奇策が敵の思惑から外れただけだろう。
時間がたてば対策を立てられる。
ならば対策を立てられる前に逃げだす。
これしかない。
……三十六計逃げるがホニャララよ……
俺が振り替えると既に騎兵隊は馬を休ませ、兜を脱いで寛いでいた。
歴戦の兵とは休むことも巧みだ。
俺が兵の様子に満足していると、指揮官級のロロ、トゥーサン、ドーミエが近づいてきた。
「バリアン様、驚くことに被害は4騎のみです」
「駆け抜けることに専念したためか、武器の補給などは特に必要無さそうです」
ロロやトゥーサンの報告を聞き、俺は頷いた。
「城兵の支度が整い次第、再突破だ。今のうちに休ませておけ」
俺は「解散」と告げて黒の手綱を引いてやる。
井戸端の水桶を差し出すと黒は旨そうにガブガブと水を飲んだ。
「よしよし、頑張ってくれたな……鎧は外せないが我慢してくれ」
俺がペタペタと首を撫でると黒はガブリと甘噛みしてきた。
馬が噛みついてくる時は必ずしも敵意があるわけではない。
だが、耳を伏せていたり、首を激しく振っているときは怒っているので注意が必要だ。
今の黒は明らかにじゃれついて来ている。
服を引っ張ったりして「遊んでよ」と、こちらの注意を引いているのだが……この時に肉まで噛まれるとかなり痛い。
「やめろよ、痛いよ」
俺は仕返しに黒の耳をぐりぐりと撫でる。
「父上」
不意に後ろから声が掛かった。シモンだ。
振り替えると俺は強い既視感を体感した。
……あれ? この場面どこかで……
俺は少し思考に囚われた。
時間にして2秒にも足らない時間だが、妙に長く感じた。
……そうだ、あの時も馬の世話をしていてベルに……
少年になったシモンにはベルの面影も有るのだろう。
俺は「ふ」と薄く笑った。
「父上、その……」
「どうした? 仲間が怪我でもしたか?」
俺が尋ねるとシモンが「そんなんじゃないけど」と呟いた。
ちょっと元気が無いようにも見えるが、初陣の疲れが出たのだろうか。
「ちょっとさ、何と言うか」
彼も何で自分が話し掛けたのか分からないのかも知れない。
若い頃には良く有ることだ。
俺は出陣前に取り上げたベルの肌着を取り出し、シモンに投げ渡した。
「これ? 母上の……?」
シモンが不思議そうな顔をした。
「ああ、返してやるよ……俺とベルが出逢った頃な、こうして馬の世話をしているときにベルから愛の告白を受けたのさ」
「ええっ!! 母上から!?」
実際は愛の告白とは少し違うのかも知れないが、誤差の範囲内だろう(42話参照)。
「ああ、その時からベルって呼び始めて……そう言えば、あの時の馬も黒だった。初代の黒だ」
ちなみに初代の黒は既に寿命を迎えている。
今の3代目黒に比べれば何の変哲もない馬だったが、それでも思い出深い馬だった。
「ベルはな、可愛かったぞ。ツンツンしてる所が良いよな」
「うん、まあ……優しいけど」
ベルはツンデレでは無い。
デレが無いからだ……だが、そこが良い。
だが、母親としてはシモンやレイモンには優しく接している様だ。
使用人たちにも優しいらしい。
俺にだけ素直になれない子猫ちゃんなのだ……決して嫌われている訳では無い、と思う。
……特に嫌われているようなことは……初対面の時に目の前で一族を撲殺したくらいしか……あれ? ヤバいのか?
俺は少し不安になってきた。
「なあ、シモン……ベルって俺のこと好きだよな?」
「知らねえよ! 本人に聞けよっ!」
シモンはブリブリと怒りながら離れていった。
思春期のハートは複雑らしい。
「やれやれ、何しに来たんだかな……お前もそう思うだろ?」
俺が声を掛けると、黒がボトリと馬糞を落とした。
………………
暫く後
ポンセロが兵を纏めて広場に整列させた。
城内では、バリスタやカタパルトなどに油が撒かれ、黒煙を上げている。
敵に再利用されないために火を付けたのだ。
どうしようもない負傷者はリアカーに積み込まれたが、これは脱出行の中でどうなるか……正直分からない。
だが、放棄する城に置き去りにしては他の兵の士気に関わる。
「良し、門を開けろ! 先ずは騎兵隊が切り開く!!」
敵の攻撃で歪みが生じている門は、ギギィと軋みながら開け放たれた。
俺はゆっくりと馬を進め、敵を眺める。
敵は攻撃を中止し、少し離れた所で包囲を続けているようだ。
隊列はそれなりに整えられ、前線に出ている兵はそれなりの装備をしている。
俺の姿は敵にも見えている筈だが、野次の1つも飛んでこない。
……ふうん、あそこかな……
俺は包囲網の薄くなっている所を眺めた。
堀が埋め立てられ道になっている箇所は幾つかある。
……いや、駄目だな……嫌な感じがする……あっちだ……
俺は理屈ではなく感覚で狙いを付けた。
戦陣の勘と言うやつだ……この感覚と言うのは大事だ。
理屈で理解していない事を無意識に警戒しているのかも知れない。
俺とて初陣以来、戦場往来16年。それなりの経験は積んできているのだ。
「良し、俺に続けえ!!」
俺は馬首を巡らし、左に突撃した。
そこは一見包囲が厚いが、何となく緊張感が無い。
「オオォォォォッ!!」
俺が雄叫びを上げて斜面を駆け下りると、敵が盾を揃え、槍を構え、俺の行く手を阻んできた。
だが、敵の槍よりも俺の槍の方が長い。
槍の長さが違えば、ただ槍を構えて突撃すれば良いだけだ。
俺は薄い槍衾を易々と突破し、槍を振り回した。
敵が怯み、乱れた隊列を後続が押し広げる。
城からの斜面を逆落としに駆け降りる形となる騎兵隊は敵陣を蹂躙した。
はっきり言って初めの槍衾以外はろくな抵抗もなく、俺たちは雑兵を蹴散らしながら敵陣を突破した。
……なんだ? 脆すぎる……?
俺たちを阻む意思が感じられない。
いくらなんでも手応えが無さ過ぎる。
これは「俺を相手にするな」と言う命令でも出ているのだろうか。
数は多くとも敵に勇者は居ないらしい。
「良し、このままバシュラール城まで駆け抜けろ!! 俺はもう一働きだ!」
俺はドーミエ率いる部隊を先行してバシュラール城に向かわせた。
さすがに初陣のシモンたちは離脱させたい。
そして、馬首を返して敵陣に再突入を試みる。
ポンセロ率いる城兵はまだ敵中にある。
これの退却を援護する必要があるのだ。
見れば城兵はクロスボウを乱射した後に敵陣に突撃を仕掛けたようだ。
敵陣が広く薄く崩れている。
敵の抵抗は疎らだが、さすがに歩兵の足では一気に突破とはいかずに阻まれた様だ。
そして足が鈍ったところを左右の敵兵が挟み込もうと動いている……これは不味い。
「バリアン様! 我らも!!」
見ればロロとトゥーサンの部隊は俺と共に進路を変えていた。
明らかな命令違反だが、つべこべ言う場面ではない。
「俺に続けえ!!」
俺はそのままの勢いで右の敵陣を乗り崩した。
……何度も掻き回して無視を出来なくしてやる……!
俺をやり過ごそうとしても、そうはいかない。
再突入した俺は左右に槍を振るい数人の敵兵を倒した。
しかし、反転し勢いを失った騎兵は歩兵に阻まれ多くが討ち取られていく。
これは馬の足が疲れてきたのも一因だ。
俺を通過させ、後ろの騎兵は阻む……何とも嫌らしいが、敵だって考える頭がある。
騎兵での突破も、そう何度も通用する筈がないのだ。
嫌な敵だ、俺は戦の高揚感を得ることができず、もどかしさに歯噛みをした。
敵の雑兵も一番の強敵と戦わなくてもいいと指示が出ているせいか、城兵や後続の騎兵には果敢に攻撃を仕掛けている様子だ。
大軍の利を生かし、正に人海戦術で左右から締め付けてくる。
混戦の中で馬を失ったトゥーサンも敵中に飲み込まれた。
敵の数が多いだけに足を止めてしまうとどうしようもない。
トゥーサンは元バシュラールの騎士である……捕虜となっても悪いようにはならないかも知れない……かも知れない、だが。
……トゥーサン、意地を張らずに降参しろよ……
気にならない訳では無いが、ここで再突入してトゥーサンを救出しても彼を乗せる馬が無い。
脱出させる術が無いのだ。
俺はポンセロたちが退くタイミングを見計らって離脱した。
退くときに俺が最後尾に着くと、明らかに敵の追撃が緩むのを感じた。
これは間違いなく俺を相手にしない腹なのだろう。
俺は適当に敵を追っ払いながら最後に離脱した。
後ろから自軍を見ると被害の大きさが見てとれる。
2隊の騎兵は4分の1ほど数を減らしたようだ。
特に指揮官足り得るトゥーサンがやられたのは大きな痛手である。
一方のポンセロ率いる城兵も負傷者が多い。大分と痛め付けられた様子が見てとれる。
負傷者を乗せていたリアカーは1台も着いてきていないようだ。
こちらは全滅したらしい……これは仕方がないだろう。
しかし、数を減らしながらもポンセロが率いる歩兵は離脱し、騎兵隊も退却した。
この作戦は成功したと言えるだろう。
離脱した兵は足を止めることなくバシュラール城まで駆け抜けた。
疲労から足を止めて脱落する者もいたが、さすがに構ってはいられない。
せめてもの力になって欲しいと「バシュラール城で落ち合おう」と声を掛けて励ますのが精一杯だ。
既に日は沈み、真っ暗になったが土地勘はある。
夜の帳が俺たちを隠してくれる筈だ。
遠くに、灯台のように輝く光が見える。
バシュラール城で火を焚き、俺たちを導いているのだ。
俺はその光に導かれるままに城へ向かい、息子たちと合流を果たした。





