93話 突破
俺と騎兵隊は駆け抜け、バシュラール城に駆け込み馬を休めた。
馬は無限に走り回ったりはできない。
騎兵隊は馬も兵士も休ませる必要があるのだ。
その間、俺は城内でデコスとジョゼの報告を受けていた。
デコスはバシュラール城で情報の収集に努めていたのである。
「先ず、敵主力は八千強、これはポンセロ卿が籠る西の城を包囲しています。北のダルモン伯爵と南の混成軍からは『王命によりリオンクールの反乱を討伐をする』と宣戦布告が有りました。兵力はいずれも二千強かと。領内の反乱は不透明です、正直に言えば誰が敵だか判りかねます」
「現在はベリ卿が兵を募っておりますが思わしくありません、良くて数百です」
デコスとジョゼの報告は思わしいものではない。
特にバシュラール領の兵が集まらないのは覚悟をしていたが痛いところだ……恐らくは領民たちも様子見をしているのだろう。
「バシュラール城の騎兵を出せ。騎兵のみで敵主力に一当てしてポンセロを救う。敵主力の状況は?」
「はい、兵は8千を超えますが飢民の集合体のような質の悪さです。騎兵のみで奇襲を行うのは十分可能でしょう」
デコスが少し間を置き「バリアン様ならば」とニヤリと笑った。
常識人のジョゼは「八千に仕掛けるのか……」と難しい顔をして呟いている。
「北はリオンクール軍主力が当たる。敵軍を引き付け、背後からジャンにダルモン伯爵領を攻撃するように使者を出した」
ダルモン伯爵領は肱川の下流に位置し、両岸に広がる領地を持っている。
ジャンが東北部から背後を脅かせば驚いて引き返すかも知れない。
……えーっと、囲魏救趙ってヤツだな。たしか孫子の兵法だ……あれ? 三十六計だっけ? まあいいか……
俺の説明に2人は小さな驚きを見せ、デコスが「お見事です」と褒めてくれた。
あまり体系的に戦略・戦術が語られないアモロスでは、守っている側の別動隊が敵国を攻めたなんて聞いたことが無い。
前例が無いことは無いだろうが、書物などの纏まった形では残っていないだろう。少なくとも俺は知らない。
やはり中華三千年のなんちゃらは凄いらしい。
実は孫子も三十六計もビジネス書でチョット読んだだけであんまり知らないけどな。
たしか『出来る男は兵書に学べ! サラリーマン三十六計』『鬱社会に勝つ! 社会人なら知っているべき尉繚子』『教えます! ハウトゥー孫子の接待術』みたいなバカっぽいタイトルだった。
民明書籍だな。
「ニコラにバシュラール領の兵をまとめさせて南と反乱に備えさせろ。時間稼ぎでいい。時間差で敵を各個撃破したい……合流させるな」
俺が指示を終えると2人は「はっ」と首肯した。
「良し、後は臨機応変に頼むぞ。後は現場の判断に任せた」
戦場の流れは水の流れのように形がなく、読み難い。
細かい指示は無駄になるどころか現場の足枷に成りかねない。
後は現場の判断に任せたい。
俺はそれだけ言うと騎兵隊と合流するために広場に出た。
広場ではバシュラール領の騎兵隊29騎がトゥーサン・ド・ベリと共に待機していた。
トゥーサンを加えて丁度30騎、リオンクール騎兵隊と併せて129騎だ。
「ロロ、集めといてくれたのか」
ロロは「はい、お急ぎでしょうから」と事も無げに答えるが、なかなかできる事では無い。
兵を勝手に集めたりするのは一歩間違えば大問題である。
悪意の有る者から反乱と言われかねない。
これは俺とロロの間ならではとも言える。
同じことをドーミエがやったら「勝手なことをするな」とぶん殴るだろう。
「良し、ロロ、トゥーサン、ドーミエでそれぞれ1隊づつ、3隊に分ける。ドーミエの隊は俺とシモンたちが入る本隊だ。直ぐに頼む」
俺が指示をすると3人はすぐさま兵の編制を始めた。
なかなかの手際だ。
少し間ができたので俺はシモンと学友たちに近づき、声をかける事にした。
学友たちはシモンより少し年上の者が多い。
15才前後で皆が若いため体格は細目だ。
偶々であろうが全員がリオンクール人である。
彼らは俺の姿を見て少し緊張を見せた。
正直、俺は子供たちの教育現場に行くことは余り無く、彼らは「何となく見たこと有るな」くらいの認識でしかない。
子供の同級生程度の感覚である。
「丁度いい、自己紹介を頼む」
俺が声を掛けるとシモンを含めて横に並び、一人づつ声を張り上げた。
「ジルベール・ド・クーと申します」
「ネルス・シャロピンです」
「アベル・ラメェー」
それぞれがハキハキしていて気持ちのよい若者たちだ。
変にアピールしようとしないところが逆に好感が持てる。
……えーっと、ジルベール・ド・クー、ネルス・シャロピン、アベル・ラメェー……ん?
俺は妙な引っ掛かりを感じた。
……クー、ネルス、ラメェー……
俺はハッとした。
「食う、寝る、らめえ!?」
気づいたときには無意識に驚愕で声を張り上げていた。
……なんて欲望に忠実な名前の奴らだ……三大欲求トリオ結成か!?
「いえ、ネルスです」
「何でいきなり叫ぶんだよ? しかもネルスだけ名前だし」
ネルス・シャロピンが訂正し、シモンが訝しげな顔を見せた。
「いや、すまん……君たちには期待しているぞ、食う、寝るす、らめえ」
「発音が何か不自然だな……?」
シモンが何か引っ掛かりを感じてる様だ。
まあ、若い男子たるもの欲に忠実なのは悪くない、
欲は野心、向上心たり得るからだ。
彼らも自らの名乗りに負けぬ様に頑張ってほしい。
俺は心の内で彼らを『欲望の三従士』と呼ぶことにした。
「バリアン様、兵の編成が整いました」
ドーミエが俺に近づき、報告をする。
見れば数が同じくらいの集団が3つ、これで十分だ。
「良し、出撃だっ! シモンたちは本隊に加われ!!」
俺は馬に跨がり「出陣だ!」とシンプルに号令した。
行く手には敵主力が待ち受けている筈である。
俺は一路、西へと駆け出した。
騎兵隊も遅れじと食らいついてくる。
目指すはポンセロの籠る西の要塞だ。
………………
俺たちは要塞のほど近くの森で兵と馬を休ませた。
この森は少し小高い地形の影になる位置であり、騎兵隊は敵軍からもポンセロの軍からも発見されていない筈だ。
「良し、偵察だ。ロロ、シモンも付いてこい」
俺はロロとシモン、そしてクーのみを連れて徒歩で森を出る。
丘と呼ぶには頼りない高さの斜面を上ると、視界は開け遠目に城と包囲する軍勢が確認できた。
八千人の喧騒が風に乗ってここにまで届く。
敵は少し小高い位置に有る城を無理矢理攻めているようだ。
攻城兵器の類いはなく、丸太を城門にぶつけているのが確認できた。
この西の城はポンセロが要塞化しており、何重もの堀や逆茂木が備え付けられているが、堀は人海戦術で何ヶ所か既に埋め立てられたようだ。
敵兵も既に少なくない数が倒れているのが確認できた。
「凄い大軍だ」
「これに切り込むのか……」
若い2人が少し怯みを見せた。
無理もない、俺でも見たことがないような大軍だ。
しかも、彼らは初陣なのである。
だが、敵の数に惑わされず観察をすると様々なことが見えてくる。
「おい、2人とも見てみろ、敵は兵隊じゃないぞ。あれは飢民の群れだな。武器すら持っていない奴がいるぞ」
「ええ、包囲しているのは僅かな数です。端を見ると勝手に離脱している者も散見できます。統制は全くありません」
そう、城を包囲しているとは言え、実際に戦意が有りそうなのは半数もいないだろう。
軍隊と言うよりも暴徒に近く、装備は極めて貧弱だ。
何しろ隅の方の者などは何も持たずに普段着のまま無気力に座り込んでいる。
彼らの大半はここが何処で、誰と戦っているのかすら知らないのだろう。
「しかし酷いな……何処からかき集めたんだか。だが、多数は多数だ、気を引き締めていくぞ」
見れば見るほどに呆れ果てた集団だ。
練度や士気を語る以前の問題である。
だが、八千数百もの集団には迫力があり、侮って良い相手では無い。
集団の数はそれだけで威力を発揮するだろう。
「良し、兵を動かすぞ。この斜面から一気に駆け下り、城門まで駆け抜ける」
俺とロロは味方の潜む森に向かい小走りに走り出した。
慌てて若者2人が付いてくる。
収穫はあった。
やはり偵察は自ら行うのが最良だ。
森の中で休んでいた兵に声をかけ、自らの愛馬、黒に跨がる。
急拵えとは言え騎兵は精兵揃いだ。
兵としての質は敵と比べ物にならない。
俺が馬に跨がり声をかけると呼応して彼らも騎乗する。
「あの丘から逆落としに攻め寄せる! 一気に城門まで駆け抜けろ!! 隊で纏まれ、バラければ死ぬぞ!!」
俺は檄を飛ばしながら斜面に向かう。
最早、兵が揃うのを待ったりはしない……不意を突いて一気に攻める。
1度だけ振り向くと泰然としたトゥーサンと顔を固くしたシモンが見えた。
他の騎兵も付いて来ている。
既に俺は斜面に立った。グズグズしていれば敵に感づかれ、良いことは無い。
「行くぞっ! 俺に続けぇーっ!!」
俺は一気に斜面を駆け下りた。
馬は加速し、ぐんぐんと敵が近付いてくる。
その時、ビウと強い風の音が聞こえた。
追い風だ。
正に神助である、強い追い風は敵兵の目を叩き、顔を下げさせた。
神仏も俺の味方らしい。
敵は完全に混乱している。
俺たちを阻む矢や投槍すらも無く、騎兵隊は3つの塊となって逆落としの勢いのまま駆け続けた。
くさびのような美しい陣形ではない、だが、歪な鏃の様な集団は騎虎の勢いをもって獲物に襲い掛かる。
垣間見える敵の表情は驚きや、戸惑い、恐怖ばかりだ。
戦意はまるで感じられない。
……貰ったぞ!!
「突撃ーッ!! 続けぇっ!! 続けぇっ!!」
俺はそのまま馬の足を止めずに敵中に踊り込んだ。
敵兵の戦意は極めて低く、盾を揃えたり槍で阻んだりと言った動きすら見せない。
俺は槍を頭上で振り回しながら突進した。
「オォォォォォッ!! バリアン一番槍いっ!! ボードワンの首は貰ったぞ!!」
振り回した槍は逃げ惑う敵兵を打ちすえ、槍の穂先で敵の背中を裂く。
そこら中で悲鳴が聞こえた。
「悪魔だっ!! 助けて!!」
悲鳴を上げた飢民の背を槍で突き、振り回すと、憐れな飢民は比喩ではなく宙に舞った。
この槍はいつもの長尺槍に鉄環を幾つも巻いて補強した特別製である。
いつも槍を折る俺にアンセルムが工夫をしてくれたのだ。
この様子を見た敵兵は完全に戦意を失い恐慌をきたした。
進路を阻む者が居なくなったのだ。
彼らは元々が略奪目当ての碌でなしだ。
集団にくっついて飢えを凌ぎ、女を犯したいだけの存在である。
強敵と戦う気概などは無い。
だが、俺は空いた道を避け、進行方向を変える。
あえて逃げる敵を追ったのだ。
「こっちに来た!?」
「逃げろ! 早く逃げろ!」
「後ろが詰まってるんだよっ、早く行けよ!?」
折り重なるように敵兵が将棋倒しになり、黒に踏み潰された。
「ゴオォォォォォ!!」
俺は雄叫びを上げて敵の本陣を掠めるようにしながら城門に向かう。
槍の一振りで敵兵が2人も死んだ。
チラリと敵本陣を覗いたがどいつがボードワンかは分からない。
……ふん、まあいい……挨拶は首になった貴様とするさ……
俺は槍を左右に振りながら駆けた。
狙いなど付けずとも、馬の体重を乗せて走り抜ければ、槍が何処に当たろうとも敵は倒れる。
さすがに城が近くなれば敵の中に装備の整った部隊が増えたが、正直に言えば飢民と大差無い。
巨馬である黒は敵兵を踏み潰しながら突進を緩めず、俺は人馬一体になった錯覚を覚えた。
「やめ! こっちに来るな」
泣き喚きながら男が黒に撥ね飛ばされた。
恨むなら進行方向にいた不幸を恨め。
「死にたくねえっ! 誰か!!?」
背を見せる敵兵の脇腹を俺の槍が引き裂いた。
……なんてご機嫌なパーティなんだ!! 何処を見ても敵しかいない!! 間違えて味方を殺す心配は無い!!
「イャッハーッ!! 死ねえっ!! 死ねえっ!!」
血に酔った俺の口から頭の悪そうな声が飛び出した。
俺が槍を振るえば面白いように血が流れる。
命を賭けて、命を奪う。
こんな面白い遊びが他にあるか!?
俺は駆けた。
埋め立てられた堀は俺と黒を飾る花道だ。
血と悲鳴に鮮やかに彩られ、俺は脳天が痺れるような悦びを感じた。
……血と糞の匂い、悲鳴と怒号、これこそが戦場だ! 俺は生きてるぞ!!
俺は昂りを抑えきれず、高らかに吼えた。
気が付けばご機嫌な時間は終わり、いつの間にか城門に辿り着いた。
……チッ、もうお仕舞いか……
強敵と出会えなかった物足りなさを感じたが、これは仕方がない。
出会いとは難しいものだ。
「味方だ!」
「「ウォワアァ!!」」
「バリアン様が助けに来た!」
城壁から大歓声が聞こえる。
俺がゆっくりと城門に近づくと門は開かれた。
「「バリアン!! バリアン!!」」
「「バリアン!! バリアン!!」」
城兵は喜びを爆発させて俺の名を叫び、その中を黒は誇らしげ顔を上げて嘶いた。





