92話 戦士の咆哮
画像はあーてぃ様からの頂き物です。
リオンクール包囲網
要塞都市ポルトゥ
『敵は大軍』
この知らせは瞬く間に広まり、リオンクールの兵士たちを怖じ気づかせた。
無理もない……何しろ総勢で1万は余裕で超える兵力である。
質を無視して考えれば、先の決戦でアンリ2世が集めた王軍よりも多いのである。
驚異的な大軍だ。
俺は集う諸将に状況を説明する。
集う者はアンドレを筆頭にロジェ、ピエールくん、モーリス、ジロー、ロロ、そしてシモンだ。
ドーミエも参加したがったが、さすがにこの面子には混ぜることは出来ない。
「8千か……こちらは2千だろ? ヤバイな」
「3方向からの攻撃です。包囲されては不味い」
ロジェとアンドレが悲壮感を漂わせながら地図を覗き込む。
「先ずはポンセロだ。西の要害に立て籠っているとは言え、10倍の敵に囲まれては幾らも保たないだろう」
「そうですね、ここで見殺しには出来ません。単純に戦力と考えても800人は大きい」
俺とモーリスがポンセロ救出を口にすると、一同は難しい顔をする。
「備えのある南は持ちこたえるかもしれませんが、北と反乱には対応が出来ませんよ。兵を別けますか」
「いや、ただでさえ少ない兵を別けちゃ話にならねえよ、まとまるのが定石ってもんで」
ピエールくんとジローが意見を出し合う。
彼らは歴戦の勇士であり、4倍5倍の敵と戦えると夢想をするような素人ではない。
かといって絶望をするのではなく、少ない兵を運用する工夫を考えているようだ。
俺はピエールくんの成長に感動すら覚える。
未だにムラッとくることはあるが、これはもう、半ば癖のようなものであろう。
一度くらいは試してみても良いかも知れないが……いや、妹に悪いか。
「いいか、先ず敵は北のダルモン伯爵だ。騎兵を除くリオンクール全軍で叩け。背後からジャンに伯爵領を突つかせる」
俺は作戦を説明した。
皆の意見を聞き、決断する。
小田原評定をする気はない。
「俺は全騎兵を率いてポンセロと合流する。そしてバシュラール城まで退く……先ずは合流を図る」
俺の言葉を聞いて「バカな」とモーリスが口にした。
「我らの騎兵は増員したとは言え100騎にも届きません。バシュラール城の騎兵と合流したとしても120騎そこそこです。8千の敵とは戦えません」
モーリスの意見は正しい。
8千の敵と120騎では勝負にはならないだろう。
だが、狙うのは突破だ。
「モーリス、敵と戦う訳じゃない。騎兵の突破力で駆け抜けて城内と合流する。そして機を突き、全員でバシュラール城まで逃げる」
このイメージは西楚の項羽だ。
項羽は数千の漢軍を28騎で突破したと言われている。
……それを考えればこの程度、余裕のよっちゃんよ……
俺は「成功例はある」と口にし、自らを励ます。
「南からのコクトー男爵と領内の反乱はどうなさるんですか?」
アンドレが心配げに尋ねてきた。
心配性の彼は最近頭頂部が寂しくなりつつある。
苦労をかけてすまん。
「無視だ。バシュラール領の兵に時間稼ぎをしてもらおう、バシュラール領は荒れるだろうが人手が無い」
俺が言い切ると全員が頷いた。
彼らはリアリストであり、無理なものは無理と割り切っている部分がある。
「それにしてもシモンはこんな大戦が初陣とはな、これは本陣でも危ういぜ」
「騎兵だよ、父上と騎兵隊に混ざるんだ」
ロジェがシモンの言葉に「マジかよ!?」と驚いた。
「おいおい、いくらなんでも無茶ってもんでさ」
「むう、シモン様は体が大きいとは言え……」
皆が口々に心配するが、俺はエンゾを信じている。
エンゾが「大丈夫」と言うのだから大丈夫なのだ。
それにシモンほど優れた騎兵は少ない。
単純に戦力としても期待している。
俺は「シモン」と声を掛けニヤリと笑う。
「シモン、討死を許す」
俺の言葉にシモンは固い表情で頷いた。
これは別に脅しつけた訳じゃない。
伯爵家の者は、戦に出れば命を惜しまず戦わねばならない。
領主は戦場で勇気を示すことが義務付けられている。
だからこそ、皆が従うのだ。
特に武門で名高いリオンクール伯爵家の男子は、真っ先に戦い、死ぬのが仕事だと言っても過言ではない。
歴代のリオンクール当主も多くが戦死している。
初陣だからとて例外は無い。
「ふん、その時は俺たちも生きちゃいないさ」
ロジェの言葉に皆が表情を引き締めた。
シモンは緊張を隠しきれていないが、引き締まった良い表情を見せている。
俺は、ふと気になりシモンに声をかけた。
「なあ、シモン。お前は御守り貰ったか? 女から肌着を貰うんだよ」
「あー、うん……一応」
シモンは言いづらそうにしながらも、鎖帷子の胸辺りを押さえた。そこに肌着が入ってるのだろう。
この「出陣前に女の肌着を貰う」と言うのは、スミナが俺に贈ったのが始まりだ(27話参照)。
いつの間にか同胞団内で広まり、16年以上経った今ではリオンクール領内でもわりと知られた験担ぎである。
戦場に行くのに験担ぎは欠かせない。
決して遊び半分では無い。兵士たちは少しでも武運を引き寄せようと必死なのだ。
肌着は裂いて包帯がわりに用いたりするので、便利は便利である。
戦場で布の需要は多い。
俺はシモンの『女』とやらに興味を引かれた。
肌着を贈るからには『ただならぬ仲』に違いない。
「ほほー、美人か?」
「うん、美人……だと思う」
俺はシモンの歯切れの悪い様子に違和感を感じた。
何だか妙に言いづらそうなのだ。
隠したがるには何か理由があるのだろう。
「言いづらいとなると……人妻か? 奴隷か?」
「いや、その……母上だよ。俺には恋人がいないから心配して、その」
シモンが顔を真っ赤にして答えた。
なるほど、思春期の男の子が母親から御守りとは言え肌着を貰ったのだ。
隠したがるのも分かる。
……ははあ、母親からね、確かに恥ずかしいかもな……ん、まてよ、シモンの母親って……
「ベルか!?」
「……そうだよ」
シモンは下唇を突き出して不満げに答えた。
恐らく皆の前で母親から肌着を貰ったことを暴露されて恥ずかしいのだ。
「おい、俺はベルから貰ったことないぞ、それを寄越せ」
「何でだよ! 父上は他にも……」
俺は「つべこべ言うなっ! 」とシモンをぶん投げて抑え込み、鎖帷子の下に手を突っ込む。
シモンは「やめろー」ともがいたが、どうすることも出来ない。
悪いが年季と体格が違うのだ。
「ちょ、バリアン様、駄目ですって」
「若様、それはいけねえよっ」
慌ててロロとジローが俺を止めに入る。
「止めるな、こいつは俺の女の肌着を」
「母親だろ、いい加減にしろー!」
俺とシモンはギャアギャアと騒ぎ、何となくその場の空気は軽くなった。
あまり暗くなるのは良くない……狙い通りだ。本当だぞ?
しかし、いつもクールなベルが験担ぎをするほどに息子を心配しているらしい。
必ず、無事で返してやらねばならない。
俺は息子から奪った肌着に誓いを立てた。
………………
俺たちが広場に出ると兵士たちはすでに集まっていたようだ。
エルワーニェの傭兵も見える。
そして騎兵は93騎……これは騎兵にした同胞団と、領内の兵士の混成軍だ。
正直、急拵えであり練度もお察しだが、同胞団という団結力は何物にも代えがたい。
俺は騎乗のまま兵の前に進み出て、彼らのざわめきが静まるのを待った。
兵士たちが俺に気づき、徐々にだが静けさが拡がる。
俺は兵士たちが十分に聞く姿勢になったのを感じ、口を開いた。
「聞けっ!! リオンクールの戦士たちよ!!」
俺は槍を掲げて西を示す。
「敵が迫りつつある! その数は1万数千だ!! 我らは全アモロスを相手に戦をするのだっ!!」
兵士たちが少し身じろぎをし、カチャカチャと装備の触れ合う音が響いた。
「誇れ!! 強敵との戦いこそが戦士の喜びだ!!」
俺はドーミエを指差し問い掛ける。
「お前は何だ!?」
「戦士だっ!!」
すかさずドーミエが大声を張り上げた。
ドーミエとの問答は仕込みである。
だが、兵士たちは何かを感じたようだ。
「お前は何だ!?」
「俺は戦士だっ!!」
次に問い掛けた顔見知りの兵士も力強く答えた。
これは仕込みではない。
俺は少し間を置き、兵士たちに向き合う。
「お前たちは何だ!?」
「「戦士だ!!」」
俺が問い掛けると兵士たちは応じた。
「聞こえんぞっ!! 臆病者は去れっ!! お前たちは何だっ!!」
「「戦士だーっ!! ウオオォォー!!」」
兵たちは盾を叩き、足を踏み鳴らし、雄叫びを上げる。
兵の編成はアンドレとジローがそれぞれに千人ずつ率いる形だ。
騎兵は全て俺が率いる。
俺とロロ、シモンとシモンの学友たちを含めて騎兵は99騎である。
「出陣だ!!」
俺は騎兵を率いて駆け出した。
行く手には見たことも無い大軍が待っているはずだ。
これに勝つ、勝って王を名乗る。
……見てろ、俺は、俺は王になる……!
俺は昂りを抑えきれず、野を駆けながら咆哮した。
生活サイクルが少々変化したので、ペースを掴むまで更新が乱れるかもしれません。
なるべくは毎日更新を維持したいと思います。