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91話 リオンクール包囲網

 年が明けた。



 俺は庭で剣を振るう息子の姿を見つめていた……シモンである。


 対するはエンゾ。

 エンゾは優れた武人ではあるが、今は完全に12才の少年に圧倒されている。


 剣と盾を使った試合形式の稽古だ。

 始め2本はエンゾが取った。今は3回目の勝負である。 


 シモンの動きは速く、鋭く、強い。

 彼の野生の獣のような闘志と動きは徐々に疲れを見せ始めたエンゾを追い詰めていく。


「これまで!」


 エンゾが声を上げた。

 2人とも呼吸が荒く、体から熱気がしゅうしゅうと白く立ち昇っている。


「はっ、はっ、はーっ……参りました、最早シモン様には教えることは何もない」


 エンゾは息を整えながらも(しっか)りと立ち、背筋を伸ばしてシモンと相対する。

 それを支えるのは師としての矜持だろうか、武人の意地であろうか。


 今日はエンゾから「シモンの仕上がり具合を見て欲しい」と言われ、今に至る。


 シモンの剣技と身体能力は凄まじいモノだ。

 真剣勝負の場ならいざ知らず、試合形式ならば相当なレベルに達している。


 ……これなら十分だ。後は実戦で研鑽するのが良いだろう……


 武技は上手いに越したことはないが、実は戦場の武勇と試合形式の武技は全く別のモノである。


 名うての勇士が試合形式ではてんで弱かったり、逆に武術の達者が戦場の流れを読めずにアッサリと戦死したりすることは割りとあるのだ。


 エンゾもそれは十分に知っており、シモンの仕上がり具合を俺に確認させたのだ。


 俺はわざと足音を立てて2人に近づく。


「シモン、見事だ。エンゾの指導の賜物だな」

「いえ、逸物(いちもつ)の子はやはり逸物、もう少し体が出来れば私では手がつけられなくなるでしょう……天才ですよ」


 エンゾが嬉しげに口許を緩めた。


 逸物とは衆に優れた逸材という意味である。

 エンゾには少し古い言い回しを好む癖があるようだ。


「シモン、馬はどうだ?」

「大の得意さ」


 シモンが生意気な口を利く。


「良し、少し早いがお前を叙任する……喜べ、次の戦は十に七つは負ける大敵だ」


 俺が少し脅してニタリと笑うと、シモンは「ぐっ」と息を飲んだ。

 しかし、エンゾが「心配はいりません」と声をかけると、すぐにシモンは気を取り直したようだ。


 やはり、そこには師弟の絆があるのである。


「バリアン様は今までも勝てぬ戦を勝ち抜かれました。十に三どころか百に一つの勝機を逃さぬ方です。心配はいりません」


 エンゾが「そうでしょう?」と俺に確認する。

 その目は「あまり脅すなよ」と(たしな)めているようにも見える。


「勝ち戦で追い首を稼ぐなど誰でも出来る。負け戦を引っくり返すのさ、そうだろう?」

「普通はそこで喜びませんよ」


 エンゾが肩を竦めて苦笑いした。


「アンセルムの所で鎧を見繕え。サイズ直しが済んだら叙任だ」


 俺がシモンの頭をグリグリと撫でる。


 叙任ともなれば一人前だ。

 少なくとも人前で頭を撫でることなどは出来なくなる。


 俺の手の下で「やめろー」と可愛い息子が足掻いていた。



 この半月後、シモンは騎士として叙任を果す。

 学友もエンゾの許可が出た者のみが次の戦に出陣することとなった。


 戦に出れば可愛い我が子を見捨てる決断をする時もあるかもしれない。

 俺も自らの気を引き締め直した。



 余談ではあるが、シモンがアンセルムの所から預かってきた曲刀は日本刀とは似ても似つかぬ「青竜刀」とか「柳葉刀」とか呼ばれる(なた)のようなゴツい代物だった……コレじゃない感がハンパ無い。

 折角なので使うことにしたが……もう少し改良してもらうことにしよう。


 柄を長くして関羽みたいにしようかと考えたのは内緒だ。




………………




 一方、中央の情勢は混沌としていた。



 マティアス1世を擁立する「王弟派」は見事に王位を簒奪し、反乱を成功させた。


 しかし、この派閥には「王位を簒奪する」までの明確なビジョンは有ったが、「王位を得た後」の展望はまるで無かったのである。


 集まった兵士は王都周辺で略奪を働き、統制を失った。

 それを止めるべき貴族も新政権の椅子の取り合いで忙しく、治安維持などには構って居られない。


 マティアス1世も「王に成りたい」と言うフワフワとした目標が達成され満足してしまい、場当たり的に周囲と争い、新王派や中立派の取り込みに失敗した。


 ある者は勝手に和平を進め、同時にまた別の者が軍を差し向ける……要は派閥内でのスタンド・プレーと足の引っ張りあいの繰り返しだ。

 これでは取り込めるモノも取り込めない。


 しかし、それでも集団としての体を保ち、周辺の小勢力を攻略し続けたのはマティアス1世のカリスマが有ってのことであろう。


 この新たな王には政治や軍事のセンスは乏しかったが、とにかく人を引き付け動かす魅力に長けていたのだ。

 これは理屈ではない能力である。


 マティアス1世はカステラ公爵やベネトー公爵ら有力諸侯と争いながらも王都周辺の地ならしを進めていく。


 そして、場当たり的な対応と親分肌の王のマティアス1世の性格が相まった結果、バシュラール子爵に兵が預けられリオンクール討伐軍が発せられる。



 その数は号して3万、実数は2千数百人程度。

 マティアス1世が征服した地域より無理矢理かき集められた軍隊は一路東へ向かう。


 この士気の低い軍隊はあまりにも統制が取れておらず、行く先々で略奪を行いながら行軍を続けた。


 略奪を続けるうちに集団は飢民、野盗、敗残兵などの食い詰め者を糾合して膨れ上がる。

 そして、増えた者の食い扶持を稼ぐために略奪は続き、さらに怪しげな食い詰め者が集まる……こうしてバシュラール子爵軍は8千を超えた。

 軍とは名ばかりの略奪者の集合体である。


 しかし、質には問題があろうとも、かなりの大軍には違いない。

 この略奪行が人を集めるためだとすれば、かなりの手際だと言ってもよいだろう。



 軍の派遣を決めたマティアス1世の決断は果敢ではあったが、行軍があまりにも遅く、バシュラールに近づいたのは夏も終わり、秋の中頃であった。




………………




「バリアン様、ポンセロ卿から連絡が有りました。バシュラール子爵の軍が接近しているそうです。その数はおよそ7千人から8千人程です」

「む、多いな」


 俺はベテラン同胞団員の報告を聞いて眉を潜めた。



 彼はドミニク・ドーミエ。

 ベルジェ遠征から俺に従う古株ベテランだ。

 腕も確かだが、とにかく上昇志向が強く、アンドレやポンセロが騎士になった事から「次は俺も」と文官畑の仕事も買って出た経緯がある。


 ドーミエは30代半ばほどの黒目黒髪のリオンクール人だ。

 彼の戦働きは苛烈であり、命知らず。受けた傷も数知れない古兵(ふるつわもの)だ。

 槍と弓の達者でもあり武功も数限りない。

 あまり整えていない(ひげ)と額に十字に走る傷が印象に凄みを与えている。


 正直に言って事務的な能力は平凡以下ではあるが、俺はドーミエのハングリー精神を買っていた。


 彼は貧農の五男というどうしようもない境遇から、文字通り自らの腕のみでのし上がってきた。


 今ではベイスンに広い農場と多くの奴隷を抱える一端の郷士である……実に大したものだ。



 だが、このドーミエの報告には少し疑問が残る。


 俺が先立って受けた報告では、バシュラール軍はおよそ六千人であった。

 多少の誤差は付き物だが2千は多すぎる。


「前の報告より敵の数が多いが、南のコクトー男爵や他の勢力と合流したのか?」

「今のところはコクトー男爵領方面からの報告はありません」


 俺はドーミエの報告を聞いて首を傾げた。


 少ないならば何か小細工でもしていると予測できるが、大幅に多いとはこれ如何に?


「ロロ、どう思う?」

「そうですね……数が多いのは簡単です。誰かが合流したに決まってますが、コクトー男爵で無いとすると南部の諸侯でしょうか……」


 ロロも顎を撫でながら考え込む。


 ちなみにロロと、このドーミエは仲が良くない。

 悪いと言うほど険悪でもないが()りが合わないのだろう。


 上昇志向とは無縁のロロは、ガツガツしたタイプは苦手でありドーミエは好むタイプでは無い。


 またドーミエから見ても、常に俺の横にくっ着いているロロは面白く無いはずだ。


 だが、そこは互いに大人である……表だって喧嘩したり嫌がったりはしない。


 ただ何となく避けているのを感じる程度だ。



 そこに「伝令です」と若い兵士が飛び込んできた。



「何処からか?」


 落ち着いた声を心掛けながら俺が確認すると、バシュラールの北部からであった。


 それはダルモン伯爵軍が2千人強を率いて南下しているとの報告であった。


「何だと? ダルモン伯爵は元新王派……味方とまでは言わんが、バシュラール軍に協力するとは」


 俺は内心では「嘘であってくれ」と願っているが、この兵士が嘘をつく理由がない。


「北は備えが有りませんが……まさかダルモン伯爵がこちらに援軍を?」

「バカな、そんな筈が無い。敵に取り込まれたんだよ」


 ドーミエの言葉を俺は一笑に付した。

 援軍など頼んでもないし、ダルモン伯爵とは何の付き合いもない。


 新王派が霧消した今、マティアス1世に取り入るために俺の首を手土産にする気になったのかも知れない。


 問題はドーミエの言う通りバシュラール領の北には、まともな備えが無いことだ。


 俺は敵の進攻ルートは西か南からを想定していた。


 これは完全に想定外の動きだ。


 こうなればこちらも軍を出して対応するしかない。


「軍の動員は?」

「順調です。あと数日で揃うはずです」


 俺はドーミエの言葉に「良し」と頷く。


 こちらもバシュラール子爵の動きを察知して軍の動員は進めてある。


 連戦となり辛い所ではあるがダルモン伯爵のみならば対応は不可能では無い。



 悪い報告は続く。



「バリアン様、南から伝令!」


 俺はギクリとして顔を強ばらせた。


「南からコクトー男爵および騎士ゲが2千人ほど率いて北上中」


 このゲとか言うふざけた名字の騎士家はコクトー男爵の西隣に領地を持つ騎士家だ。


 ポンセロに預けてある兵は800人。

 リオンクールで新たに動員される兵力は2000人ほど、バシュラール領ではどれだけの兵士が集まるかは不透明だ。


「伝令です!」

「まだ何か有るのかっ!?」


 俺はつい声を荒げた。

 罪の無い伝令は肩を竦めて俺の怒りに怯えた。


 ……いかん、伝令を萎縮させて正確な報告が得られなくては不味い……


 少し間をとり、俺は深呼吸して気を沈めた。


「すまん、報告を聞こう」

「……は、バシュラール領で謀反です」


 それはバシュラール領での謀反だ。


「このタイミングでか!!」

「このタイミングだからです、おたいらに」


 またも激昂しかけた俺をロロが(たしな)める。


 どうやらバシュラール領内で兵を上げたバカがいるらしい。

 兵力は大したこと無いが、謀反の連鎖が起きては面倒だ。



 これが偶然であると考えるのは難しい。



 ……絵を描いたヤツが居る、恐らくはボードワン・ド・バシュラール……!



「おのれ、ボードワン……! 捕まえたら四つ裂きにして豚に喰わせてやる」


 俺はギリギリと歯噛みをした。


 何の根拠もない……だが、俺の勘が敵はボードワンだと告げている。


 与えられた兵を増やし、ダルモン伯爵を寝返らせ、コクトー男爵や他の勢力と連携し、バシュラール領内の反乱を扇動する。


 見事だ。


 しかもバラバラの指揮系統を纏めることなく別々に運用している。


 確かに烏合の衆として集まるよりこちらの方が効率的に運用できるだろう。


 実に見事だ。


 ……だが、俺が勝つ。貴様ら兄弟の頭蓋を砕く音を聞くのが楽しみだ……


 俺はまだ見ぬ強敵を想い、体の芯から痺れるようなたかぶりを感じる。



 正に戦機は満ち、時は熟した。



 後に、ボードワンはこの戦でリオンクールを10万の兵で包囲したと言われる。

 少々大袈裟ではあるが、少なく見ても1万を超える兵が動いたことは間違いはない。


 ここに大戦が始まろうとしていた。


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