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9話 冬の生活

 冬が来た。



 寒い。

 そして(けむ)い。


 なぜ煙いか、それは家の中で火を焚くからである。


 俺が今まで食堂と呼んでいた一番広い部屋のテーブル、コイツの天板を外すと中からバカでかい囲炉裏いろりが出現したのだ。


 石を積んだ囲いの上に天板を置いていたらしい。

 夏はテーブル、冬は囲炉裏になるようだ。


 囲炉裏に火を入れると、これがとにかく煙いのだ。

 一応、天井から排煙をしている様だが全く追い付いていない。


 ……なぜ囲炉裏なんだ……? 他は西洋風なのに、ここだけ和風なのか?



 実は田中(バリアン)は知らなかったが、暖炉が発明されたのは11~12世紀と言われている。

 しかも、煙突などに税金が掛かるために一般家屋に普及するには18世紀に至るまで待たねばならなかった。


 アモロス王国に暖炉はまだ無いのである。



 そして暖房のコストの問題なのであろうが、冬になると家来たちも屋敷の食堂の囲炉裏に群がり食事をするようになった。


 ……なんだかアットホームになったなあ。


 俺はぼんやりと家来たちの憩いの場と化した食堂を眺めていた。

 母のリュシエンヌも嫌な顔をしないので、こう言うモノなのだろうと納得した。



 ……しかし、原始人みたいだなあ……



 俺は食堂に集まる家来たちを眺めて呆れていた。


 ゲップとかクチャ音は当たり前。


 家来たちは飯を取り合いながら手掴みでムシャムシャと食べ、骨など食い残しを平気でポイ捨てする。


 それを何処から現れたのか誰かの飼い犬が食わえて走り去るのだ。

 少なくともこの屋敷では見たこと無い犬である。


 食事マナーだけで無く、ウチの女奴隷に不埒な悪戯をした者もいるが、案外おおらかで、ある程度の同意があれば問題にもならないらしい。

 宗教で『貞節』を口煩(くちうるさ)く言うはずである。


「なんだか、凄いですね」


 俺はたまたま側にいた父のルドルフに声を掛けた。


「うむ、デコスは勇者でな、猪のもも肉を食らい尽くしたこともあるのだ」


 どうやらルドルフは俺の「凄い」を誉め言葉として解釈したようだ。

 しかし、なぜ猪の股肉を食うのが英雄的な行為なのか俺には理解できない。


 デコスとはテーブルの中程で器用にスープを手掴みで食べている逞しい従士だ。

 なぜスプーンを使わないのか理解ができないが、勇者とはそんなものなのかもしれない。


 ちなみに従士たちの食事は我々と同じモノだ。

 これが普通なのか、それともルドルフの方針なのかは分からないが、ルドルフが従士たちを大切に扱っているのは良くわかる。


 俺は喧騒と煙に嫌気が差し、台所に向かった。

 台所も排煙装置が無いので煙いが、騒がしくないだけまだましだ。


 そこにはロナの母親とロナがいた。


「やあ、ロナはここにいたの」

「バリアン様」


 ロナは嬉しそうに俺を隣の席に(いざな)ってくれた。


「今日はロロはどこにいるの?」

「ロロはジローさんたちと薪を買いにいったはずです」


 俺の疑問にロナが答えてくれる。


 ロナの母親は最近では俺たちが仲良くしていても咎めようとしないが、内心ではどうであろうか?


「ロナはさ、ずっと王都に住んでるのか?」

「はい、私たちはお爺さんがこのお屋敷で働き始めてからずっと、このお屋敷に置いて貰っています」


 俺は「へえ」と感心した。

 3代に渡る忠勤とは恐れ入る。


 しばらく世間話をした後、俺は本題を切り出した。


「……実はさ、春になったら領地に戻るみたいなんだ……」


 俺が呟くと、ロナが悲しそうな顔をした。


「はい、わかっています。旦那様は数年おきにご領地とお屋敷を行き来していますから」

「……そうか」


 少しの沈黙の後、ロナは歌を口ずさんだ。


 アモロス王国の人々は歌が好きだ。


 賑やかな食堂では酒もないのに大声で歌う者が必ずいるほどだ。


 今日のロナの歌声には哀調がある。

 俺との別れを惜しんでいるのだろう。



 ロナは俺に好意を抱いている……さすがにこれが分からぬほど鈍感ではない。

 彼女は恐らく10才程度、バリアンよりも2つ3つは年上だが、俺の精神年齢が高いために優しく頼りがいのある男子だと思っているのだろう。


 だが、さすがに俺は10才児に恋愛感情は抱けぬし、身分差を乗り越えた恋愛で人生を棒に振るほどロマンチストでも無い。


 彼女の想いに俺が応えることは有り得ない。



 俺もロナに合わせて歌った。

 この歌はロナから教わったことがある。


 俺の体は声変わり前、ロナの声に合わせることは訳も無い。

 そして田中だった頃に音楽の授業で習った合唱のコツを使えば、この世界ではそれなりのレベルの歌唱力になるようだ。

 すなわち背筋を伸ばし、口を縦に大きく開け、恥ずかしがらずに歌う……これだけでかなり違うのだ。


 いつの間にかロロとジローも帰ってきており、食堂で騒いでいた家来もルドルフも聞き入っている。



 ……そうだ、ロナに文字以外にも簡単な計算も教えてやろう、少しでも良い嫁ぎ先が見つかるように……



 俺たちの合唱が終わると、家来たちは歓声を上げた。


 俺からはロナの表情は見えなかった。




………………




 年が変わった。



 アモロス王国の暦は一月(ひとつき)が30日、1年で360日だ。

 閏月があるのかもしれないが、その辺りはよく分からない。


 アモロス王国の冬は雪深く寒い、暖房器具や衣服が未発達なのを差し引いても寒いと思う。

 毛皮の上着や腕カバー(?)を着けても凌ぎきれない冷え込みだ。


 厳しい冬を耐えきれず、貧しい地区では当然のように餓死者や凍死者で溢れている。


 当たり前の話ではあるが、貧困層にもヒエラルキーは存在する。

 貧乏人と一口に言っても、市民権を持ち多少なりとも収入がある者から、ゴミ溜めの隅で身を寄せあって生ゴミを漁る病人もいる。

 大体は住処(すみか)の無い者は冬になると千人単位で死に、雪解けと共に都市は農民崩れが集まってくる。


 都市の人口とは絶妙のバランスで維持されているらしい。


 ちなみに王都の人口は約5500戸、3万数千人といったところだ。

 そして、その中で市民権を持つ平民は約6割ほど。

 これは王都と言う「王のお膝元」という事情があり、普通の都市よりも高めの水準のようだ。



 ……公衆衛生や栄養価も大切だが、とにかく寒さだ……


 寒さを凌げなければ死ぬ。

 この現実の前では衛生や栄養価などは()(つぎ)であろう。


 俺は身を切る寒さを感じながら、暖を取る手段を考えていた。


 心当たりはある。

『ロケットストーブ』である。


 これはそもそもが発展途上国の生活水準を向上させるために作られた熱効率の非常に高い薪ストーブだ。


 非常に単純な作りで、外枠の内側にJ字型にパイプを通し、隙間を断熱材で埋めるだけだ。


 作ろうと思えば一斗缶とホームセンターで売ってるL字煙突だけで作れてしまう。

 俺も子供たちと自作をしたことがあるため構造はバッチリだ。


 断熱材にはホームセンターで売ってるナンとかライトって軽い石を使うんだが……重量を気にしなければ、別にその辺の砂でもいいらしい。


 ロケットストーブならば構造も単純であるし、アモロス王国の鍛冶屋でも製作は可能だろう。

 そもそも技術的なレベルが低い貧しい国のために発明されたのだから、まさに打ってつけである。


 構造が単純なだけに、サイズも自由自在だ。


 大型化して、煙突を部屋中に張り巡らせれば輻射熱で素晴らしい暖房となるだろう。

 世の中には煙突からの輻射熱を応用して「暖房ベンチ」という不思議な腰掛けを作った人もいたはずだ。


 小型化して持ち運びができるロケットストーブが普及すれば、一気に凍死者も減るはずである。


 ロケットストーブは煙の排出も少なく、屋敷の中の煙たさも解消できるはずだ。

 個人的には四六時中、(いぶ)され続けるのはかなり辛い。



 しかし、問題が1つ……これが良いと伝えるには実物を見せる他は無いのだが、7才のガキである俺の財力や人脈では製作できないのだ。


 俺が必死に説明した所で「ガキの戯言(たわごと)」で済んでいくだろう。


 ……早く大人になりたいなあ……


 俺は世間の7才児と同じようなことをつい考えてしまう。



 まあ、いい。今アイデアを蓄える時期だ。


 いずれ時期が来た時に試せば良いのだ。

 俺は割り切って考えることにした。


 ロケットストーブなどは画期的な発明となるだろう。

 ひょっとすれば、それ自体が功績となるほどの。

 他人に盗まれるには少々惜しいアイデアだ。


 何かしらの功績を上げて領地を得る、その時までアイデアは温めておこう。


 俺がぼんやりと雪を眺めながら考え事をしていると、ルドルフが数名の従士を従えて出掛けていった。

 王宮に年賀の挨拶に向かったのだ。


 王宮とは言え、武骨な石造りの壁に素焼きの瓦を乗せた要塞のような建物だ。


「今年の冬は暖かい、良いことですな」


 不意にジローが声を掛けてきた。


 ジローに言わせれば、この寒さで暖かいらしい……彼は半袖に毛皮という蛮族のような格好をしている。


「なんだ? 王宮に行かなかったのか?」


 冬の間は雪に阻まれ、できることが少ない……退屈なのだ。

 他の従士たちは退屈凌ぎに王宮見物に行きたいと騒いでいたはずである。


「へへ、このジロー様はリオンクールのお屋敷にいれば従士だなんだと威張っていられるわけですが、王宮なんぞに行きやすと陪臣(またもの)……家来のそのまた家来と言うことになりやす」


 ジローは「そんなのつまらねえや」とボヤいていた。


 なるほど、彼なりに何やら拘りがあるようだ。


 しかし、本当に冬の間はできることが少ない。

 アモロス王国には娯楽らしい娯楽か無いのだ。

 秋の楽しみであった狩猟ですら雪でままならない。

 皆が子供の歌で大盛り上がりするほど退屈しているのだ。


 食事で大騒ぎするのも、性におおらかなのも娯楽の少なさが一因であろう。


 俺は時間があれば教会の図書室に通うために、この事実に気がつくのに少し時間がかかったのだ。


「何か部屋でできる遊びを考えようか」

「そいつは良いや、賑やかなヤツをお願いしやすよ」


 ジローは楽しげに笑った。



 この地には俺にとって当たり前のモノが当たり前に無い。

 人類史において娯楽とは実は贅沢だったのだろう。


 ……将棋、トランプ、リバーシ、双六(すごろく)……あと何があったかなあ?


 俺はぼんやりとテーブルゲームを思い出していた。



 雪は積もる。

 雪解けはまだ遠い。

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