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87話 脱出

女性が乱暴されるシーンがあります。

 翌日



 バシュラール子爵からの軍使が来た。


 軍使は脱いだ兜を小脇に抱え、自由な方の手を大きく広げて頭を下げた。足は軽く交差させている。


 これは敵意が無いことを示す丁寧な挨拶である。


「お初お目にかかります、我が主バシュラール子爵からの言葉を……」


 俺は軍使の言葉を手で制した。

 だらだらと挨拶をされては堪らない。


「挨拶は無用、こちらの要求は俺のバシュラール子爵領の相続のみだ」


 俺が言い切ると、軍使は「うぐ」と言葉を飲み込んだ。


「城主に伝えよ……俺に仕えれば城も捕虜も返してやるぞ、とな。戦下手の主ではいざという時に兵も寄越せぬと思い知っただろう。他の者も俺に降るのならば地位や財産の安堵はしてやる」


 この言葉を聞き、取り付く島もないと悟った軍使は「用件だけでもお伝えします」と半ば諦めたようにバシュラール側の要求を口にした。



 軍使が持ち込んだ内容は陥落した支城と捕虜の返還だった。

 当然「立ち退き料」と「身代金」は含まれている。


 これはバシュラール子爵の義務だ。


 君主とは配下の騎士や家来を庇護する存在である。

 土地を与え外敵から守ってやる代わりに、騎士は忠誠を尽くし軍役に応じるのだ。


 これは1種の契約関係である。

 どちらかが一方的に破れば契約は破棄され、取り消される事もある。


 つまり、バシュラール子爵は本来ならば支城の防衛に努める必要があったのだが、会戦に敗れた直後で兵を出すことが出来なかった。


 次善の策としては、支城の奪還である。


 これは交渉の結果でも、武力で奪い返すのでも構わない。

 ただ、結果として城主に城を返す必要がある。


 これ以上兵を集めることが難しいバシュラール子爵は軍使を派遣して交渉から入ったわけだが、結果はご覧の通りだ。



「返答の必要があるか? 俺たちは身代金など当てにしなくても、バシュラール子爵が城に籠っている限り、いくらでも略奪ができる。ご覧の通りさ」


 俺が告げると、軍使は「うっ」と言葉に詰まった。


「近々、バシュラール城を攻める。どれだけの兵が籠ろうが俺が撫でれば城は落ちる……考えてみろ。俺は17才で要害と名高いベルジェ城を灰にしたんだぞ、城攻めは得意でね」


 俺がニタリと笑うと軍使は(うつむ)いて表情を隠した。


「豊かなバシュラールを略奪する! バシュラール子爵夫人は俺の妾にしてやろう! 兵士は串刺し、女はリオンクールの子を産ませてやる!! キサマらに降りかかる災いを楽しみにしておけっ!!」


 俺は交渉は終わりだと言わんばかりに立ち上がり、広間から退出した。


 俺に下れば捕虜も城も返す。

 逆らえば皆殺しにする。


 これだけ脅しつければバシュラール子爵の家来たちも「どちらに付くのが生きる道か」と考えるだろう。


 別に裏切らなくても良い。

 ただ「徹底抗戦しなくても良い」と選択肢を見せるのが大切なのだ。


 窮鼠は猫を噛む。

 無闇に追い詰めるのでは無く、逃げ場を残してやるのが肝要だ。



 用済みとなったこの城は囮として僅かな兵と捕虜を残しておこう。


 色気を出して子爵が城から出て来れば、そこをガブリ……もしくは手薄になったバシュラール城を狙えば良い。




………………




 俺は兵を纏めてバシュラール子爵の本拠地バシュラール城に向かう。



 そして進軍中、妙な煙を発見した。


 ……狼煙(のろし)? いや……


 バシュラール城への道すがら通りかかる村は、すでに焼き討ちをされたかのような妙な状態であった。


 立ち上る煙は家を焼く煙だったのだ。



「これは、焦土作戦か?」

「何ですかそれは」


 俺の言葉にピエールくんが反応した。


「焦土作戦って言うのは……撤退するときに敵に奪われて利用されそうな建物や物資を破壊して、敵を休ませたり補給をさせない戦略だな」

「なるほど、現にリオンクール軍はこの状態の村を見て士気を下げていますね」


 ピエールくんはしきりに感心して頷いている。


 だが、俺はこの焦土作戦に疑問を感じた。


 合理的に思える焦土作戦にも欠点はある。


 自国の拠点を破壊するのだ……味方の不満は膨れ上がり、よしんば敵を撤退させたとしても荒れ果てた国土に民の怒りが残る事になる。


 そして、徹底した焦土作戦を行うには、かなりの強権が必要になる。

 味方に出血を強いるには有無を言わせぬ力が必要なのだ。


 封建主義のアモロスでは、徹底した焦土作戦は無理だろう。

 配下の騎士たちは「そんなことをしたく無い」とごねる筈だ。


 焦土化していない土地があれば敵に奪われて拠点になるだけ……中途半端な焦土作戦は味方の恨みを買うだけで意味が薄い。


 この村の状態は焦土作戦と言うより、足止めや嫌がらせに近いだろう。



 ……しかし、先の戦の案山子(かかし)作戦と言い、妙に嫌がらせが上手い奴がいるな……


 俺は顔をしかめた。


 別に痛くも痒くもないが、いちいち面倒くさい事をする相手である。


 若いバシュラール子爵はそれほど曲者だとは感じなかった。

 言葉合戦も会戦での戦いぶりも素直なものである。


 ……配下の騎士に厄介なのが居るのかも知れない……そう言えば、ベリとか言う騎士は手強かったな……


 俺は一騎討ちをした強敵を思い出した。

 若いバシュラール子爵は配下に恵まれているのだろうか?



 こいつは油断はできない。

 俺は気を引き締め直した。




………………




 敵の本拠地バシュラール城に辿り着いた。



 バシュラール城は単独の要塞タイプの城である。

 小高い丘の上に築かれた土塁の城だが、中々に考えた作りであり力攻めは控えたいところだ。


 バシュラール城は数百人の戦力が残っている筈だが、身を縮めた亀のように守りを固め、しきりに軍使を派遣して和平交渉を持ちかけてくる。


 正直、時間稼ぎとしか思えない……面倒くさい相手だ。



 俺の中で何かが引っ掛かっている。


「なあ、敵は時間稼ぎをしているように見えるのだが……心当たりはあるか?」


 俺はこの疑問を皆に尋ねてみることにした。


「籠城して時間稼ぎ、これは援軍しかありません。南隣のコクトー男爵はバシュラール子爵の同盟者で王弟派です」

「ふむ、王弟派との合流よりもこちらを優先させてくる可能性は高いですね。」


 事情通のデコスが援軍の可能性を指摘し、ジョゼが頷いている。


 ちなみに、コクトー男爵とは俺が以前、補給のために略奪した村がある男爵領だ(40話参照)。


「援軍があるとすれば南か……よし、ダラダラ城攻めをするのは止めだ! 南側の拠点を確保するぞ!」


 城攻めの最中に後ろを突かれては厄介極まりない。


 俺は立ち上がり、地図を広げる。

 バシュラール子爵領の南にも騎士家は幾つかあり、その城や村を拠点として奪う。


 コクトー男爵が来たとしても合流前に各個撃破すれば良いのだ。


 こちらが気を付けるのは出撃したバシュラールと挟撃のみである。これは斥候を放って警戒すれば良い。



 今後の作戦を確認し、俺たちは陣を払って南に向かう。


 俺たちを退けたバシュラール城から歓声が上がり、俺をイラつかせた。


 ……チッ、今に見てろよ……ここで降参しなかったことを後悔させてやるからな……


 俺は支城に伝令を派遣して、城の放棄とこちらへの合流を指示した。


 こちらが各個撃破されてはあべこべだ。




………………




 南の城も大した戦力は残っておらず、俺たちは易々と攻略し、新たな拠点とした。


 周囲に斥候を放ち、男爵領の様子を探る。



 しかし、男爵領からは援軍の気配どころか、王弟派との合流を目指して既に軍は半月も前に出陣した後のようだ。


 ……なんだと? 援軍が無いなら何故……?


 俺が混乱していると、バシュラール城側に放った斥候から聞き逃せぬ報告が入る……バシュラール子爵が主だった家臣や家族を連れて城を脱出したのだ。


 敵の狙いは俺たちへの抵抗ではなく、俺たちの注意を逸らした上での領外への脱出であったらしい。

 つまり、俺はまんまと敵の作戦に乗せられ、バシュラール城の包囲を解いてしまったのだ。


 ……やられたっ! まさかこうもアッサリと抵抗を諦めるとは……!


 俺は悔やんだが時既に遅し。


 バシュラール子爵らは城を抜け出し、向かうは王弟派の元だろう。


「畜生めっ!!」


 俺は持っていた角杯を床に叩きつけた。


 まんまと敵にしてやられた。

 体の芯から怒りが衝き上げてきて抑えが利かない。



 今回の進行作戦はバシュラール子爵領を占領し、俺の相続を決定付けるために子爵の近親者を皆殺しにするのが目標だった。


 しかし、まんまと子爵を取り逃がしたのである……王の前で裁判になれば捏造した書類のみを根拠とする俺は旗色が悪い。

 故に子爵を殺し、既成事実として実効支配をする必要があったのだ。


 子爵に逃げられては面倒な事この上ない。


「してやられたか!」


 俺はギロリと周りを見渡した。


 すぐ側には捕らえた騎士家の捕虜がいるが、彼らは俺の剣幕を見て「ひっ」と悲鳴を上げる。


 この者らには非はない。


 だが、杯に八つ当たりしただけでは俺の怒りは治まらないのだ。

 抑えようもない怒りが腹の底から涌き出てくる。


 俺は騎士家の夫人の腕を掴み、服を引き裂いた。


「畜生めがっ!!」


 憐れな夫人は泣き叫ぶが、何度か頬を張って大人しくさせた。


 無理矢理テーブルに押し付け、その上にのし掛かる。


『バシュラール子爵の行いと彼女は無関係だ』

『止めておけ、無駄な恨みを買うぞ

 

 俺の中で冷静な部分な制止を試みるが、1度爆発した俺の激情は治まらない。


 夫人は必死で抵抗し、俺に噛みついたが、さらに殴られる羽目になった。


 他の捕虜たちの悲鳴や(すす)り泣く声が聞こえる。


「恨むならお前らを囮にしたバシュラール子爵を恨むんだな」



 俺は怒りに目を血走らせ、夫人を蹂躙した。




………………




 これ以後、バシュラール子爵領の抵抗は続き、俺は占領に成功するものの、その統治には大いに悩まされる事となる。


 その影に俺への抵抗を呼び掛け続けるバシュラール子爵の姿があったのは言うまでもない。


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