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86話 楽しい夢

 日が暮れて、追撃部隊も続々と帰陣してくる。


 大勝利、大戦果である。


 目ぼしい身分の者を人質とした騎士もいるし、敵の武具を剥ぎ取って我が物とした兵士もいる。



 本来ならばこのまま攻城戦へと行きたいところであったが、そう上手く事は運ばなかった。


 先程の会戦に勝利した後、追撃するリオンクール軍の前に敵の部隊が布陣していたのだ。


 追撃部隊の指揮を執っていたのはポンセロとジョゼ。

 慎重な2人は不審に思うも軍を止め、斥候を放つと敵影はそれらしく擬装した案山子(かかし)だったらしい。


 敵にも面白いアイデアマンがいたようだ。

 戦の前から敗戦を見越して案山子を用意するなど、いかにも滑稽だが……それが兵の命を救ったのだ。


 なんともユーモラスな戦術である。


 一杯食わされた形の2人が追撃を再開するも敵はその隙に逃げ去り、多くの兵がバシュラール城に逃げ込んだそうだ。



「好機を逃した罪は私のものです。申し訳もございません」

「あのような子供騙しに……自らの不明を恥じるばかりです」


 ポンセロとジョゼが(ひざまづ)き頭を下げる。

 確かに、無理して動員していたバシュラールに多くの予備兵力が無いことは考えればすぐに分かる。


 だが、戦場でそれを冷静に見極めるのは並の事ではない。


 慎重に事を進めた2人はベターな選択をしたのだ。

 別に悪手ではない。


 そもそも、退却する敵に誘き出されて殺されかけた俺という前例があるだけに(59話参照)……あまり強くは言えない。


「いや、2人に罪はあるまい。いちいち結果論で罰していては家来が居なくなってしまう。次で挽回すればいい」


 俺が苦笑いをし、この件は不問となる。


 ポンセロとジョゼは雪辱を誓い、俺はその機会を与えることを約束した。



 リオンクール軍とて無傷ではない。


 バシュラール城に多くの敵が籠城したのならば無理をすることはないのだ。

 こちらも兵を纏め、一旦被害状況を確認することとなった。



 そして、思わぬ犠牲が判明する。



 ジローの息子だ。

 弱冠15才、初陣の若者はその命を戦場で散らしていた。


 俺はジローに声を掛けるべきなのか分からず、何となく黙っていた。


 ……どれだけの大勝利でも犠牲は出る……仕方ないのかも知れないが、堪えるな……


 ジローは息子の亡骸の側に座り込んでいた。


 戦勝で湧く陣中で、そこだけが静まり返っている。


「バリアン様、こちらでしたか」

「……ジローの嫡男は……残念でしたな」


 不意にモーリスとデコスが話しかけて来た……彼らは然り気無く俺をジローたちから引き離していく。


 しばらく歩くとデコスが振り向きながら語りかけてきた。


「……バリアン様の戦は美しく、華があります……誰もが憧れ、かくありたいと思う姿そのものと言っても過言ではない」


 デコスが淡々と語る。

 しかし、淡々とした彼の話振りからも誠意が感じられる。

 俺は黙って聞いた。


「時にその輝きは人を惹き付け、痺れるような憧れで味方を酔わせる……見事な武勇です」


 デコスは一旦言葉を切り、こちらを見据えてきた。


「夢を見てしまうのですよ、若い者は特に。自らもああやって戦いたいと。身の程を知っている大人はまだ良い、ですが若者は駄目だ……バリアン様を真似て、必要以上に勇敢に戦って……死ぬ」


 デコスは「ふう」とため息をついて上を見上げた。

 彼もそのような、戦場に夢を見る若者だったのかもしれない。


「普通の若者がバリアン様の真似をして長生きできる筈がない……ジローの子もそうです。そして子を失った親は逆恨みと知りつつ『バリアン様のせいだ』と恨むでしょう」

「デコス殿! 言葉が過ぎますぞ」


 モーリスが慌ててデコスを止める。

 デコスは「申し訳ございません」と俺に頭を下げた。


「いや、ありがとう。俺には気付けない視点だった……そうか、ジローは俺を恨むか」

「いえ、そうは申しません。ただ……年を取るとお節介になるようです」


 俺が礼を述べるとデコスが自嘲の笑みを浮かべ、謝罪をした。


 モーリスが複雑な顔をしてこちらを見ている。


「俺が味方を殺すか……難しいなあ」


 俺は呟きながらチラリとジローの方を見た。

 離れているので人影に隠れて姿は見えないが、そこにいるはずだ。


 ……ジローに恨まれるか……


 俺の口から深いため息が漏れた。




………………




 翌日



 俺たちは負傷者や戦死者、捕虜などを後方の城塞都市ポルトゥに送り、2500人の兵力をもって進軍した。


 直接バシュラール城を狙うのではなく、先ずは支城となっている近隣の騎士の城を攻略する。


 腰を据えてバシュラール城を攻撃する場合、支城を残しておくと後方で悪さをするかも知れない。

 潰しておくに限る。



「ジロー、バリスタを撃ち込め。壁や門でも良いぞ」

「合点承知」


 ジローは2台のバリスタに指示を出す。


 俺の中でデコスの言葉が引っ掛かるがジローの様子に変わった所はない。


 バリスタから放たれた矢はバキンと大きな音を響かせて城門に命中した。


 何度か繰り返すと呆気なく城門は開け放たれた……どうやらアッサリと降参するらしい。


 俺は「ふん」と鼻で笑った。


 元々城内には大した兵力が無かったのは明白だ。

 ただ「無抵抗で城を明け渡した」と言う不名誉を避けるための籠城なのだ……端から戦う気は無かったらしい。


 しばらくすると使者が現れ降参を申し入れてきた。

 使者は城の留守を守る城主の身内らしい。


 口上を述べる使者を俺は手で制し、こちらからの条件を伝える。


「財産の没収、城の明け渡しが条件だ。城には近隣から女が逃げ込んでいるだろうが、兵の相手をさせろ。男は奴隷にする……嫌なら皆殺しだ」


 俺が条件を告げると使者が「それでは落城と変わりません」と必死で訴えてきた。

 しかし、どうにもならない。


 最低限の抗戦をする戦力すら持たない城には交渉する材料がないのだ。


 俺はこの戦の後にバシュラール領を統治する。

 どこかで「俺に逆らうと酷い目に遭う」と見せしめを作る必要があるわけだ。


 この城には恨みもなにも無い、ただバシュラール城の側にあったのが不運だった。

 体面など気にせずに端から降参すれば許す他は無かったが、形ばかりとはいえ抵抗したのだから都合も良い。


「交渉は決裂だな」


 俺は立ち上がり「攻撃せよ! 踏み潰せ!」と大声で攻撃命令を下す。


 途端に先陣から喚声が轟いた。


 先陣は雪辱に燃えるポンセロとジョゼだ。

 汚名返上の機会をすぐに与えられた彼らの張り切りぶりは凄まじい。


「バカな、我々は降参を……」


 使者が何やら抗議をしてくるが俺には届かない。


「こいつを拘束しろ」


 俺の命令で使者はあっという間に殴り付けられ、縛り上げられた。


「こんなの身代金になるのかな?」


 ロジェがぼそりと呟く。


「いや、シモンやロベールに殺させるんだよ。丁度良い土産になった。シモンももう11才だ。殺しも女も知っていい年頃だろ?」


 シモンやロベールにも殺しには慣れて貰いたい。

 いざという時に殺しを躊躇ためらうようでは彼ら自身の身が危ういからだ。


 試し斬りの相手を探すのは意外と難しいが、この城から適当に見繕えば探す手間も省けて一石二鳥。


 ……アルベールは、あれで意外と俺たちの面倒をしっかりと見ていてくれたんだよな……


 当時は理解できなかったが、今だから分かることもある。


 俺は久しぶりに我が師の怖い顔面を思い出し、すこしほっこりした。


 俺の言葉を聞いた使者が「止めてくれ」と(わめ)くが、シモンの相手をするにはこのくらい元気があったほうが良い。


「俺は本家の産まれじゃなくて良かったよ」


 ロジェが「はは」と小さく笑う。


「そうか? そう言えばロジェも嫁さん貰ったんだったな。おっぱいデカイか?」

「何で家柄とかの前におっぱいなんだよ……アルボー男爵の姪だよ。結婚式に来たじゃねえか」


 俺は記憶を掘り返し「そうだった」と膝を打つ。

 ロジェは去年アルボー男爵の姪だと言う14才の娘と結婚した。

 なかなかの美人だ。


「新婚なのに戦場に出ては辛かろう……気づかなくてすまなかった。10代では我慢も限界だろ? 女を捕まえたら……」

「普通は逆だろ!? 結婚したんだから帰るまで我慢するよ!」


 ロジェは年に似合わず身持ちが固い。

 俺の従兄弟のくせに生意気だ。


「決めた。お前の褒美は女にする」

「やめろよ! 新婚早々揉めたくねえよ!?」



 俺たちが馬鹿話をしているうちに城はあっという間に陥落したようだ。



 俺たちは悠々と入場し、広間にて城主の一族らと対面した。


 やはり城内には大した兵力は残っておらず、空き城同然だったようだ。


 城主の一族で残っているのは奥方と子供たちだけ。

 奥方は30代半ばくらいの病的に痩せた年増である。

 大きい娘でも、まだ10才になるやならずと言った所か。


 正直、どちらにもあまり食指が動かない。


 ……まあ、いいか。本命はバシュラール城だ……


 俺は城主の家族を奥の部屋に押し込め、監禁した。


 一応の交渉材料は確保し、お楽しみのパーティーの始まりである。


「略奪を許す」


 俺が命令を下すと兵士は大歓声を上げた。


 ここには女がおり、財貨がある。

 後は本能のままに振る舞えば良い。


「しっかり楽しんで英気を養ってくれよ」


 俺が女に群がる兵士に声をかけると、若い兵士たちが「バリアン様、お先にどうですか」と殊勝な事を言い出した。


「良いのか?」

「へい、俺たちはバリアン様を尊敬してるんで」


 俺を尊敬してるから獲物を分けてくれるらしい。

 いかにも獣じみているが、可愛い部下からの好意は無下には出来ない。


「よし、一番槍は貰ったぞ」


 俺が鎧を脱ぎ捨てると、兵士たちが歓声を上げた。


「これで兄弟ってやつだ。この場にいる奴は俺を兄弟って呼ぶことを許す」


 俺の言葉に兵士たちは驚き「すげえ」「やったな」などと無邪気に喜んでいる。



『夢を見てしまうのですよ』



 俺はデコスの言葉を思い出した。


 ……なら、楽しい夢を見せてやる……死ぬときに後悔の無いようにな……



 俺は憐れな侍女と4回戦まで行い、兵士たちの尊敬を集めた。


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