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85話 バシュラール会戦

 リオンクール軍2800人は隊列を保ちながら進み、小高い土地に布陣した。

 奇しくも初陣の時と同じ場所だ。


 バシュラール子爵から軍使があり、翌日にはバシュラール軍も到着するようだ。


 アモロス地方ではこうした申し合わせで戦争が始まることは良くあることである。


 レーダーや通信が無い時代に会戦を行おうと思えばこのような形になるのが合理的なのかもしれない。


 ちなみにこの申し合わせを無視して奇襲を仕掛けても問題は無い。

 多少は評判が悪くなるだろうが、俺に言わせれば油断するのが悪いのである。


 だが、1回の戦闘でケリが着く会戦はメリットも大きく、余程の事情が無ければ不意打ちをする意味はあまり無い。


 軍隊は金喰い虫の問題児だ。

 維持するだけで莫大な費用が必要だし、士気が下がれば兵士は勝手な行動をとり始める。

 統制が利かなくなるのだ。


 故に、会戦は双方にとって望む所でもある。


「早く着きすぎたか」


 俺は陣に揃う主だった家臣に声を掛ける。


 執事であるモーリス・ド・グロート、甥のロジェ、ポルトゥ城代のジロー親子など、そこにはいつもと違う顔触れも加わっている。


 出し惜しみ無しの総力戦だ。

 留守番は叔父のロドリグと母の愛人のロランド・コーシーの熟年コンビとタンカレーである。


 ジャンとアンドレはそれぞれ手勢を率いてドレーヌ子爵と合流した筈だ。


「まあ、移動式バリスタの試射もしたし、早いのは悪か無いってことで」

「そうですね、布陣もしっかりと決めましたし、遅いよりはマシです」


 ジローとピエールくんはそう言うが、俺は(パーティ)が始まるのにお預けを食らった気分で居ても立ってもいられないのだ。


「移動式バリスタですか、あれは凄いですね」

「おう、リヤカーにバリスタを固定してある新兵器だ! 2台だけだが、野戦でも十分に使えらあね」


 ピエールくんとジローが新兵器で盛り上がっている


 バリスタやカタパルトの欠点は移動するのが大変なところだが、この新兵器は小ぶりのバリスタをリヤカーの上に載せている。


 ただそれだけだが、今までに無かった新兵器だ。

 使用するときはリヤカーに足を装着し固定する。

 回頭するにはリヤカーの向きを変える必要があり、取り回しが良くないので攻城兵器として使う予定だったが、ジローは野戦でも使う心積もりらしい。


 確かにバリスタの矢をアバウトな狙いで敵陣に撃ち込むだけで敵兵は混乱するだろう。


 アンセルムの才能はやはり素晴らしい。

 人の才能と嗜好は分けて評価せねばならないと言うことだ。


「休ませつつ、士気を弛めない。これは言うほど簡単ではないぞ、引き締めねばな」

「うむ、巡回を強化し、順に斥候や歩哨をさせよう」


 モーリスとポンセロが頷き合う。

 武人肌の彼らは随分と気が合っているようだ。



 軍の雰囲気は良い。

 士気では先ず負けないだろう。


 バシュラール子爵領は豊かで人口も多いが、予想では敵軍は2000人弱だ。


 数もこちらが勝る。


 だが、戦はやらねば分からない。


 どれだけ数を揃え、士気を高めてもラッキーパンチじみた流れ矢で大将が戦死することはいくらでも例がある。


 勝負の行方は下駄を履くまで分からぬものだ。

 油断するわけにはいかない。




………………




 翌日、バシュラール軍が近くの丘に布陣したのを確認した。


 数は予想よりも僅かに多い2200人程だ。


「随分とかき集めたみたいだな」

「ええ、かなり貧弱な装備の兵士も目立ちます、あの辺なんかは帽子も着けてませんね。」


 俺とロロは敵の数よりも装備の貧弱さに驚いた。


 敵の中には「農作業中です」と言わんばかりの見てくれの奴が混ざっている。


 シャツを重ね着して帽子を被った程度の守りにピッチフォークや穀棹(からさお)などの農具を手にしただけの雑兵だ。


 基本的に装備が貧弱な兵は士気も低い……当たり前だが、文字通り裸同然で戦場に放り出されて勇気を振り絞れと言うのは無理な相談である。


 郷土を守ると言う強い使命感のみが彼らを繋ぎ止めているようだ。

 これはこれで強い動機であり、侮りがたい兵士ではある。



 対してリオンクール軍は欲望の矛先がハッキリしている。


 強い指揮官に率いられ、略奪のおこぼれに与る……略奪や強姦と言った短期的な欲望を満たし続けることは高い士気に繋がるのだ。


 武装も悪くない。

 これは安価な陣笠や俺がデザインした革鎧が普及した結果でもある。


 たまに裸のヤツがいるが、これは勇気と心意気を示しているらしい……まあ、リオンクールっぽくて良いと思う。俺はやらんけど。



 互いに陣を進めて軍を展開する。


 リオンクールは数の利を活かして右翼左翼を大きく拡げた包囲を狙う布陣だ。


 中央にジローとピエールくん。

 左翼にポンセロとジョゼ。

 右翼にデコスとロジェ。


 モーリスとジローの息子は騎兵隊を率いている。

 騎兵は同胞団の30騎を中核にし、各領地からも集められて総勢50騎ほどだ。


 それぞれが部隊を率いて各隊長の迅速な指揮で敵に当たる……と言えばカッコいいが、要は各隊長に丸投げした。

 

 どうせ俺は指揮が上手くないし、戦術眼も無い。

 できるやつに丸投げするのが上手くいくだろう。


 皆も「バリアン様は突っ込むから」と言う認識であり、俺は護衛の同胞団以外に直接指揮をする部隊を率いていない。

 全体を統率するのは城代として経験豊富なジローである。



 対するバシュラール軍は陣を分けずにややカーブをつけて横陣を敷いた。

 強いて言えば魚鱗に近いのかもしれないが、あまり意図が感じられない中途半端な布陣だ。

 ただ左右の士気が低くて逃げ腰になってるだけかも知れない。


 バシュラール軍にも騎兵隊がいるが、リオンクール軍よりもやや少ない程度だろうか。


 互いの騎兵は隊列からやや離れて配置され、横槍を狙う腹の様だ。


 双方ともに布陣と言ってもピッチリと型にはまったような雰囲気ではなく、ごちゃっと塊になってる感覚ではある。

 これは各騎士家や従士、平民や志願兵やなんやらと寄せ集め所帯だから仕方が無いことだ。

 常備軍で無い以上、普段から全体訓練などは行えないし、集団行動すら怪しい時がある。

 


 バシュラール軍から1騎が前に進み出てきた。子爵だろう。


 ……随分と若いな……


 俺は当代のバシュラール子爵を眺めた。

 まだ20代半ばの若者に見える。


 バシュラール子爵の長男はリオンクールとの戦で戦死しており(33話参照)、病弱の次男を差し置いて三男が継いだのだとか。


「言葉合戦ですよ。くれぐれも先走らぬように」


 ロロが俺をたしなめつつ促した。

 口煩くちうるさいこと小姑の如し……まあ、大半は俺の自業自得ではあるのだが。



 言葉合戦のために馬を進める俺は既に全身が燃え上がるような興奮を感じている。

 敵を見ると(こら)えようもない闘志が体の芯から衝き上げてくるのだ。


 戦争なんて嫌いだ。


 リオンクールが平和で、俺がひたすら内治に励めれば、どんどんと豊かになるはずだ。

 領民を疲弊させ、財産を食い潰す戦争なんて理性で考えれば害悪でしかない。


 ……だけど……


 なぜこんなに俺は『(よろこ)んで』いるんだ!?


 もう我慢ができない。


 体が闘争への期待でブルブルと震えだした……これが武者震いか。


「リオンクールは卑怯にも我らの……」


 バシュラール子爵が何やら(わめ)いているが、若い。

 そんな難しいことを言っても兵士には伝わらない。


「返答や如何にっ!?」


 バシュラール子爵がこちらをにらみ付けた。


 それを受け、俺は大きく息を吸い込み大音声を上げる。


「俺がバリアンだッ!! 小僧の首を取り、土地を奪う!! 貴様らは皆殺しだ!!」


 俺は振り返り「懸かれぇ!!」と命令した。


「「ウワオオオオォォ!!」」


 言葉にならぬ怒号が響き渡りリオンクール軍は前進を始めた。


 バシュラール子爵も慌てて陣に戻り、やや遅れて軍が動き出す。


 この言葉合戦、明らかに士気を上げたのはリオンクールだ。

 兵を動かすのは理屈ではなく、熱なのだ……若き子爵の理屈は立派でも兵士には届いていない。


 離れた位置から弓矢による射撃が始まった。

 クロスボウが配備されているリオンクールからの矢が敵を圧倒する。


 長い訓練が必要な弓兵とは違い、クロスボウは手にした日から矢を放つことが出来る……弓兵の数は比べようも無い。

 矢の数は圧倒的にリオンクールの優位だ。


 そこにジローの指揮でバリスタからも矢を放つ。

 バリスタの矢は唸りを上げて敵の盾を貫き、敵の隊列を崩していく。


 こうなれば、しめたものだ。

 リオンクール軍の隊列から散兵が飛び出し、投げ槍や投石でさらに敵陣を崩していく。


 リオンクールの主力散兵はエルワーニェ傭兵だ。

 スピアスローワーを使う異形の男たちは怪鳥のような叫びを口にして敵に襲い掛かる。


 明らかに敵が怯んだ。



 ……ここだ!


「ロロ! 俺に続けッ!!」


 俺は馬腹を蹴り、槍を掲げて突撃した。


突撃(シャルジュ)ーッ!! 続けッ!! 俺に続けーッ!!」


 俺は脇目も振らずに敵陣に突っ込んだ。


 敵の矢が俺に突き刺さるが戦の熱に酔う俺には痛みすら甘く、脳を蕩けさせる。



 今の俺は、痛みなど感じないほどにしびれてるんだっ!! 最高の気分だぜ!!



 俺の突撃に敵の騎兵も反応したが、モーリスが騎兵を率いて対応する。

 騎兵で騎兵を押さえ込んだようだ。


「オオオオッ!! 死ねい! 死ねえ!!」


 俺は特大の槍を頭上でぶん回しながら敵陣に駆け込んだ。


「バリアンが来たぞ!!」

「こらあ逃げるなっ!!」

「殺される!」

「戦え! 戦え!」


 周囲に混乱が起き、まともな抵抗は受けない。


 戦に出てるからとて、皆が死にたいわけではないのだ。

 わざわざ俺を狙ってくるヤツが多い筈がない。


 背を見せた敵に槍を突き刺しながら俺は駆ける。


 後ろでも互いの軍が激突したらしく、凄まじい怒号が聞こえてきた。


 馬で雑兵を蹴り殺し、槍を振り回す。


 敵兵が槍に絡まったので敵兵ごとぶん回すと臓物がバラ撒かれ、独特の悪臭が立ち込めた。


「俺がバリアンだっ!! 俺の首を取ってみろッ!!」


 暴れまわる俺の左後ろにはいつの間にかロロが寄り添い、俺が包囲されぬように動いてくれている。

 歩兵である同胞団はすでに置き去りにしたらしく、どこにもいない。


 敵陣を突き抜けた。

 そのまま反転し、モーリスたち騎兵の戦いを狙って突っ込んだ。


「名の有るものは勝負せい!! バリアンとは俺の事だ!!」


 俺の名乗りを聞き、敵の騎兵が色めき立つ。

 騎兵はエリートであり、士気も高い。


 何人もの騎兵が隊列を離れて名乗りを上げた。


 多少の命令違反があろうが、彼らが敵の大将を逃すはずがない。

 個人の名誉が重んじられる時代なのだ。


「面倒だ! 全部来やがれ!!」


 俺は槍を構えながら突っ込む。


 互いに槍を構えれば長い方が先に着くのは道理だ。

 俺の槍は敵の騎兵を次々と突き落としながら進む。


 しかし、中には骨のあるヤツがおり、巨体の騎兵と俺は何合も打ち合った。

 敵の騎兵は馬上で盾と長剣を巧みに操り、互いに一歩も引かずに渡り合う。

 

 一騎討ちの形となった。


「楽しいぞっ! お前の名を聞いてやろう!!」

「トゥーサン・ド・ベリだ!! 兄の仇を討たせて貰う!!」


 名乗りに「ド」がつくからには騎士なのだろうが、全く記憶にない。


「貴様の兄など知らんわあッ!!」


 俺が振り下ろした槍はベリの盾に防がれ、柄の部分からベッキリとへし折れた。


「貰ったぞっ!」


 ベリが長剣を振るおうとすうが、俺の方が早い。

 槍が折れると同時に馬を寄せた俺は馬上で手を伸ばし、むんずと掴んだままベリごと落馬した。


 凄まじい衝撃を体に感じるが、俺はこの強敵との戦いの悦びに痛みなど忘れた。


 もんどりうったまま何度も顔面を肘で殴り付け、ついにベリは動かなくなる。


「トゥーサン・ド・ベリはバリアンが討ち取ったりい!! ウオオオオォォォゥッ!!」


 俺は勝ち名乗りを上げ、悦びのままに咆哮した。

 狼の遠吠えのように後を引く、獣のような叫びだった。



 いつの間にか戦場も決着がつき、追撃戦に移ったようだ。



「バリアン様、勝ちましたよ」


 ロロが穏やかに話し掛けてきた。


 彼は他の騎兵隊と協力し、俺が暴れまわる間、敵を寄せ付けなかったのだ。

 でなければ俺が呑気にベリと組み打ちなどできる筈がない。


 リオンクールの獣たちは逃げ惑うバシュラール軍を血祭りに上げていく。

 もはや俺が出るまでも無いだろう。


「ロロ、こいつはまだ息がある。連れてこう。」

「捕虜ですね、分かりました……でも顔の骨が……」


 ベリは顎と頬骨に何発も俺のエルボーを食らって完全にのびていた。


 見れば肩も外れているが、これは落馬の衝撃によるものだろう。


 俺とロロは完全に失神しているベリを鞍に乗せた。

 ベリは体が大きく、2人懸かりでも骨が折れる。


「バリアン様、お怪我はありませんか?」

「うん、今は良く分かんないけど、後で確認するよ」


 戦の直後は気が高ぶっており痛みを感じない。

 だが、落馬の衝撃はかなりのもので、俺も無傷では無いと思う。



「バリアン様っ!! ご無事でしたか!?」


 騎兵を率いていたモーリスが馬を寄せてきた。

 同程度の兵とぶつかり合った騎兵隊はかなり損耗しているようだ。


「なぜあんな無茶をなさるのですか!? 大将が一騎駆けなど有り得ません!!」

「いや、無茶って言うか……有り得ないこと無いし……いつもあんな感じだし」


 俺はモーリスの剣幕にたじたじになる。

 そう言えばモーリスと共に戦ったのは初めてだ。


「グロート卿、許してあげて下さい。バリアン様はいつもあんなんですよ」

「話には聞いていたが、しかし……」


 ロロがモーリスをなだめてくれる。



 会戦は大勝利だ。


 俺は負傷兵や捕虜を陣に運ばせ、追撃部隊の帰りを待つ。



 こうしてリオンクールによるバシュラール領の侵略は幕を開けたのである。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 血湧き肉躍る合戦と、オブラートに包んでいない生の戦場っぽさ。 自分は世界史にも疎いですが中世以前のヨーロッパの合戦はきっとこんな感じだったのだろうと思いました。 大将自ら突っ込むのはそうそ…
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