84話 父祖の権利
メンテナンスのため、いつもの時間に投稿できませんでした。
俺が29才の年に、政変が起こった。
南部の実力者ヴァーブル侯爵が周辺諸侯と諮り兵を上げたのだ。
その数は号して10万の大軍である。
もっとも、それは景気づけで実数とはかけ離れているのは言うまでもない。
彼らは『王弟マティアスを王座に着ける』と主張し、国王アンリに大して堂々の宣戦布告を果たした。
そして俺の元に2通の檄文が届く。
1つ目は王都からだ。
新王から謀叛人を討伐するための軍を召集するための動員令が届いたのだ。
もう片方はヴァーブル侯爵からである。
ヴァーブルとリオンクールの間に結ばれた不戦協定(60話参照)の再確認と、謀叛に対する不介入を求める内容だ。
……やられたな……
俺は10年前に結んだ不戦協定がまさか謀叛の布石だとは思いもよらなかった。
そもそも、俺はこんな約束を忘れていたのだ。
互いに書簡に認めた正式な約束である。
忘れていたでは済まされない。
無効にする手続きもないでは無いが、この土壇場では難しいだろう。
俺は2通の檄文を家臣らに見せ、自らの失策を詫びた。
「すまなかった……まさか、この局面で兵を動かせぬ事態に陥るとは」
俺が詫び言を口にすると、アンドレが「お止めください」と俺を制した。
「10年前にこれを予測するなど不可能です。それに、あの時は和平案を飲まねば敗北していました。バリアン様の失策ではありません」
今ではアンドレはアンドレ・ド・コカースと名乗るリオンクールの重鎮だ。
齢も34を数え、貫禄も十分である。
「正直、これは向こうも『上手くいけば儲け』くらいの手だろ。闇夜に投げた石がたまたま当たったな。運が悪かった」
「しかし、王都からの動員令に応じねば、こちらが謀叛に加担したと思われるぞ」
ジャンと叔父のロドリグが意見を述べるが、これは難しい。
不戦協定は重い軍事協定である。
これを一方的に破るのは非常に問題がある。
しかし、王都からの動員令に応じないと言うのも大問題だ。
謀叛人の討伐に参加しなければ、ロドリグの言うように謀叛に加担したと言われても仕方がない。
「王弟では無くヴァーブル侯爵が挙兵したというのが嫌らしいな。恐らくリオンクールだけでなく、他の諸侯にも似たような事をしているだろう。新王陛下は思うように兵が集まらないかも知れんぞ」
「そうですね、これはヴァーブル侯爵が上手くやったと言う事でしょう。バシュラールとの不戦協定には期限があるのに、ヴァーブルとは期限が無い……これは嫌らしい」
ロドリグの言葉にアンドレが頷く。
アンドレが言うように、当時の書簡を見てもヴァーブル侯爵との不戦協定には期限が設けられていない。
期限が無いと言うことは、取り消すまで有効という意味である。
「とりあえず、ジャンはドレーヌ子爵と合流して王都に向かってくれ。男爵コンビとも合流できたらして欲しい。補給の問題もあるが、他勢力と遭遇戦になるかもしれん。ある程度は纏まって動いた方がいい」
俺はジャンに指示を出す。
ジャンはバシュロ騎士家としてリオンクールとは別に出撃すれば良い。
「そりゃいいけどよ、男爵らは兵を出さないんじゃないか?」
「一応手紙では説得した。中立は勝った方からは疑われ、負けた方からは憎まれるとな……半端者は良いこと無しさ」
そう、下手な中立は双方から恨まれる。
筒井順慶の洞が峠などは有名だ。
豊臣秀吉と明智光秀の天下分け目の合戦を洞ヶ峠に布陣して日和見した筒井順慶は今でも「卑怯」の悪評がついて回る……まあ、史実では無いらしいが、イメージの話だ。
今回のヴァーブル侯爵の反乱は新王の治世を占う大事な一戦になるだろう。
ここに不参加では両陣営に恨まれる。
たとえ負けても勝負に出るべきだと、俺は男爵コンビに伝えた。
後は本人たちの意思に任せる他は無い。
……それより問題は……
「問題は当家ですね。先程の話ではないですが、国王派の当家がヴァーブル侯爵と不戦協定を結んでいては……」
ジョゼが呻くように言葉を吐き出した。
彼の言う通り、このままでは「中立は止めとけ」と、よそ様に言ったウチが中立を保ち出兵しないと言う笑えない現実が待っている。
「不戦など無視したらどうで?」
「いや、それは不味い。それよりもバリアン様、お尋ねさせて戴きますが……」
面倒くさくなったのか、ジローが投げやりに「協定破り」を口にするが、デコスが軽く制した。
「休戦協定はヴァーブル侯爵とのもので、王弟派とは無関係……この認識でよろしいですか?」
「そうだ……それ故に油断した」
俺が答えるとデコスは「結構」と口にした。
「ならば、私にお任せください。10日……いえ、7日ほどお時間を頂いてよろしいですか?」
デコスは自信ありげにニヤリと笑う。
俺は少し周囲の反応も見たが皆が戸惑っているようだ。
「内容を教えてくれるか?」
「いえ、謀は密を以て良しとすると申します」
俺は「うん……」と少し考えたが、何か別の思案が有るわけではない。
「分かった。任せよう」
俺がハッキリと告げるとデコスは恭しく頭を下げた。
俺は決断する段になればハッキリと俺が命令するように心掛けている。
トップの役割は決断と責任である……下手に「誰かがやれと言ったから」等と口にすれば部下の信頼は吹き飛んでしまうだろう。
デコスの策とやらが裏目に出ても、それは俺の責任なのだ。
………………
7日後
「なんだ? こりゃ」
俺はデコスの差し出した古びた羊皮紙を目にした。
羊皮紙自体は珍しくは無い……だが、書いてある内容が問題なのである。
先々代のバシュラール子爵が実はウチからの養子であり、相続権はリオンクールにも有ると契約書の様式で書き並べた胡散臭い内容だ。
ちなみにここ数年でバシュラールは俺が戦った子爵から息子に代替わりをしており、この先々代とは俺が戦った子爵の親父に当たる。
当たり前だがリオンクールとの血縁関係は皆無だ。
「この契約書が先日『発見』されました」
デコスはしれっとしており悪びれもしない。
「さすがに無理がないか? 代々ウチとバシュラールは揉めてきたんだろ?」
「さあ? その辺の経緯は有りましょうが、こちらには『証拠』がありますから」
デコスの言う証拠とはこの書類だろう。
恐らくは紙も筆跡も当時のモノを真似て使っているに違いない。
この「明らかな嘘」を「嘘」だと証明するのは、それはそれで難しい。
……これを使ってバシュラールに相続権を主張する、当然無視されるだろうから、そこを武力で……俺の悪評はうなぎ登りだな……
確かにこれなら王弟派のバシュラールを攻撃できる。
つまり、国王派にも「王弟派のバシュラールを攻撃した」と主張し、ヴァーブル侯爵には「これは継承争いだから不戦協定は破ってないよ」と主張すれば良い。
詭弁だ。
だが、詭弁であっても既成事実にしてしまえば良い。
兵を上げてバシュラール領を占領し、バシュラール子爵への相続権が有るものを殺し尽くす。
既成事実を作ってしまえばどうとでもなる筈だ。
バカを見るのは言い掛かりで攻撃されるバシュラールである。
今のリオンクールならば数ヶ月バシュラールに兵を駐屯させることは可能だ……つまり十分に占領できるって事だ。
問題は完全な言い掛かりで攻撃する訳で、俺の悪評が凄いことになるのと、王弟派が勝った場合のしっぺ返しか。
……いや、何もしないでも王弟派が勝てば無理難題は言われるだろう……ならば、迷うことは無い。
俺は契約書を眺めながら「やるか」と気合いを入れ直した。
「採用だ。早速バシュラールに使者を出せ、俺に領地を譲らなければ宣戦布告しろ」
先ず、領地を譲るわけがない。
ある日突然、仲の悪い隣人が「お前の財産を全部寄越せ」と言い掛かりをつけてきたのと同じだ。
これで譲る筈が無い。
「領内へ陣触れだ! 要塞都市ポルトゥに集結させろ!!」
俺は立ち上がり、家臣たちに指示を飛ばす。
「やるぞ! バシュラールを正統な統治者である我々の手に取り戻すのだ!!」
家臣たちは呆気に取られていたが構うものか。
略奪は勢いが大切なのだ。
………………
約1ヶ月後、城塞都市ポルトゥ。
ここにはリオンクールの兵が2800人集結している。
エルワーニェの傭兵を加え、ほぼ全軍と言っても良い規模の動員だ。
俺は真新しい鎧を身に付け、馬に跨がりながら全軍と向かい合う。
手には体格に合わせた特別製の槍だ。
ちなみに今回は俺の馬にも馬鎧と呼ばれる革製の鎧を身に付けさせている。
名前は黒、もう3代目の黒だ。かなりの巨馬である。
この黒3世は近所の農家で突然変異的に巨馬が産まれたとかで俺に献上されたのだ。
気性は穏やかだが、とにかくデカくて馬力がある。
念入りに訓練を施され、今回がデビュー戦だ。
余談だが、俺は黒い馬には黒と名付ける事にした……分かりやすくていいと思う。
厳めしい軍装をした俺が馬鎧を身に付けた巨馬に跨がる。これだけで周囲は威圧されるだろう。
「バリアン様、揃いましたぜ」
ジローが俺に声を掛けてきた。
今回、ジローは成人した息子と共に参陣している。
俺は「良し」と答え、馬を軍の端から端まで走らせた。ジローとロロも続く。
俺が通りすぎる度に兵が「わあっ」と歓声を上げる。
これは兵士たちに俺の姿を見せて覚えさせているのだ。
「聞けっ! リオンクールの勇士たちよ!!」
俺が馬を止めて兵士たちと向かい合う。
3000人近い兵に語りかけるのは難しい。
声が届いているのかすら良く分からないからだ。
だが、堂々とした姿を彼らに見せる必要がある。
「諸君らの父祖の名誉が汚されている!!」
俺が大声を張り上げると、明らかに兵士たちは動揺した。
先祖の名誉を汚されるとはただ事では無い。
「悪いバシュラールめが我らの父祖の財産を不当に占拠しているのだっ!! ヤツらは我らリオンクールの父祖の権利を踏みにじる盗賊である!! これが許せるか!? ……否!! 断固否であるっ!!」
俺は間を置いて兵の顔を一人一人を見つめる。
彼らの顔には戸惑い、怒り、疑問、様々な感情が見て取れた。
だが、構うものか。
勢いに乗せるのだ。
「取り戻せ!! バシュラールの地は我らのものなのだ!! 取り戻せ!! 奪われた父祖の権利を!!」
一月前に捏造された書類で「父祖の権利を取り戻せ」とは我ながら滅茶苦茶だが、別に構わない。
兵士がやる気を出せば良いのだ。
事実、同族との血の繋がりを大事にするリオンクール人は、父祖が奪われた権利と聞いて目の色が変わってきている。
「卑劣な盗賊を許すな!! 殺せ!! 取り戻せえッ!!」
俺が槍を振り上げると、兵士たちは大喚声を上げた。
盾を叩き、地を踏み鳴らし、歯を剥き出しにする。
軍全体が火がついたような熱狂に包まれた。
……いける、これなら!
俺は勝利を確信してニヤリと笑う。
「前進!!」
俺のシンプルな号令の下、軍は進み出す。
父祖の権利を取り戻すために。
今回の話は滅茶苦茶に思えますが、中世では偽造文書で相続権を主張したりするのは割とありました。
最も有名なものは「コンスタンティヌス帝の寄進状」ではないでしょうか?
ローマ教皇が「コンスタンティヌス帝は、ローマ帝国の西側をローマ司教に献上した」と主張し、何かにつけてこのことを持ち出して、カトリック教会の独立性や世俗的権力の根拠としました。
偽書だと確定したのは、実に18世紀の事でした。
画像はあーてぃ様からの頂き物です。
私のモノよりも見やすいですね。





