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79話  Like Shooting Stars in the Twilight

家族旅行は現状の確認のためにちょっと(2話くらい)だけ書く予定だったんですが、書いてみると面白くてつい長引いております。

北東部地図


挿絵(By みてみん)



 俺たちは出迎えの使者と共にドレーヌ子爵領の主城、ドレーヌ城へ辿り着いた。


 ドレーヌ城は単独の要塞タイプだ。

 土塁ではあるが、腰壁のように木材で補強がされており、結構な高さがある。

 多くの櫓も備えており、防御機能は十分以上にあるだろう。

 見映えよりも実用を(むね)とする質実剛健な造りに俺は感心した。


 何となくドレーヌ子爵やリュシエンヌの貴族的なイメージとはかけ離れており、意外にも感じる堅牢な造りだ。


 視線を移すと、漁港を抱える小振りの都市が海岸線に確認できた。


「スッゲー!」

「あんなに水があるなんて!」

「変な臭いがする!」


 子供たちは見えてきた海に大興奮だ。


「母上、昔と比べてどうですか?」


 俺がリュシエンヌに尋ねると彼女は「わからないわ」と複雑な表情を見せた。


「変わらない気もするし……全然違う気もするわ……不思議な気持ちよ」


 リュシエンヌは遠くを見るような目で景色を眺めていた。


 俺たちは城門を(くぐ)り、広場へと向かう。


「やあ、バリアン殿! 遠路はるばるようこそ!」


 広場ではドレーヌ子爵がにこやかに迎え入れてくれた。

 隣に立つふくよかなご婦人は奥方であろうか。


「お世話になります。大勢で押し掛けまして……」

「何を仰いますか……」


 俺たちが長々と挨拶をしていると、キアラと子供たちがすっかり退屈をしてしまったようだ。


 俺だって退屈だが、貴族社会ではこう言うのが大切なのである。


「難しい話は後にして、今日はゆっくりと寛いでください」


 空気を読んだドレーヌ子爵がその場を締め、俺たちは客間に案内された。


 とは言え、家族で一間である。

 特大サイズのベッドが2つ並んでいる。


 ……うーん、配置が難しいな。急拵えで用意をしてくれたようだが……


 俺は真新しいベッドを眺める。


 アモロス王国では全裸で寝るのでプライバシーなどはあまり考慮されない。

 家族全員が一間で生活するのは割りとある。


「女性チームと男性チームに別れるか」


 俺は無難に提案したが、まあ子供たちがいるのだ。

 最後は適当な感じになるだろう。


「なんだな懐かしいな。ドレルム卿の所では母上と一緒に寝ましたね」

「ふふ、そうね……懐かしいわ」


 リュシエンヌが穏やかに微笑む。


「父上はお婆様と寝てたのかよ! ダッセー」


 シモンがゲラゲラと笑うが、俺はニヤリと笑って「俺は母上が大好きなのさ。お前がキアラが好きで堪らないのと一緒だ」と笑うと真っ赤になっていた。

 なぜかロベールまで照れているが……彼らにとってキアラは「可愛い親戚のお姉さん」ポジションなのかも知れない。


 ……シモンにも来年ぐらいにはそろそろ女を宛がわないとダメかもな……


 俺は真っ赤になっているシモンを眺めながら『性教育』を考えた。


 アモロス貴族の『性教育』は、経験豊富で年嵩の身内の女性が『手解てほどき』することが主流だ。

 普段から頭の上がらない親戚の女性に、初体験の男子が「女性の扱い」や「ベッドマナー」を文字通り手取り足取り伝授されるのだ。


 何とも羨ましい話である。俺だったらルドルフの愛人だったジゼル辺りだったかも知れない。

 今思えばつくづく惜しいことをしてしまったものだ……慌てる乞食は貰いが少ないとはこのことか。


 手解きの後は適当に恋愛を経験したり下女に手をつけたりして、最終的には政略結婚をする。


 俺はまあ、そういう年齢の時には好き勝手にやってたんだが……子供にはなるべくスタンダードな経験を重ねてほしい。


 ……そうなると、俺の妹であるカティアや、愛人枠のキアラなどが適任になるわけで……


 俺は何だか引っ掛かるモノを感じる。


 こちらに来て20年。

 まだまだ馴染めないことは多い。



 ふと我に返り部屋の様子を見ると、キアラがニコニコとリュシエンヌに話し掛けていた。


「キアラは、バリアンと、ははうえと、いっしょに、ねる」

「あらあら、どうしましょう?」


 リュシエンヌはキアラのことは何だかんだで可愛がっている。

 スミナに対して妙に厳しいのは「正妻」故の責務があるからだろう。


 決して嫁いびりだけでは無いはずだ。



 俺たちは夕飯の時間まで賑やかに過ごした。


 すぐに子供たちも大きくなり、このような時間は取れなくなるだろう。




………………




 翌日



 俺はドレーヌ子爵に頼み込み、僅かな護衛と案内のみを供として漁港を視察していた。


 そこは港と呼ぶには頼りなさ過ぎる船着き場に小舟が並び、魚を水揚げしていた。


「ここに並ぶ船が一般的な形ですか?」


 俺は案内に付けられたドレーヌ子爵の息子、クロド・ド・ドレーヌに尋ねた。


 クロドは20才前後。

 金髪に近い茶色の髪に緑の瞳を持つ、少し肥えた若者だ。

 父親のドレーヌ子爵よりは夫人に似た雰囲気を感じる。


「そうですね、大体は……あの船が1番大きいサイズくらいでしょうか?」


 クロドが示す先には、帆が1つだけ備えられた大きめの手漕ぎボートのような船が見えた。

 サイズは他の船よりもかなり大きいが13~14メートルほどであろうか?



 これは「クナール」と呼ばれる船の初期型である。


 北欧のバイキングたちが用いた「バイキング船」の1種であり、軍船であるロングシップとは違い竜骨は無い。

 喫水が極端に浅いことが特徴で、僅か1メートルの水深でも航海ができた。

 現代人の目から見れば、いかにも頼りなく思えるかも知れないが北欧のバイキングたちはクナールを巧みに操り、大西洋を横断したとすら伝わる。

 積載量は大きく、北海貿易で活躍したが……残念ながら田中(バリアン)の知識には無いようである。



 ……うーん、カラック船とかは無いみたいだな。


 俺は「港」と聞いて、想像していたものとかけ離れた光景に少しガッカリした。


「ご希望には沿えませんでしたか?」


 クロドが心配げに尋ねてきた。

 どうやら顔に出ていたらしい。


「いえ、外国からの商船があるかと想像していただけで……山育ちなものですから」

「なるほど、でもあの船は外国のものですよ。恐らくは風待ちで寄港したのでしょうね」


 クロドは俺の質問に頷きながら先程示した船に近づき、何やら交渉を始めた。


 ……こんな船で海を越えたのか……うーん……


 俺は真っ赤に日焼けした船員たちを驚きの目で見つめた。

 こんな手漕ぎボートで外国と貿易をするなんて信じられない。


「リオンクール卿! やはりセプテントリオネス諸島からの船でした! 交易品を見せてくれるそうです!」

「おお! まことですか!?」


 セプテントリオネス諸島とは、アモロス王国のあるオキデンス大陸の北にあるとされる島々だ。

 農耕に適さず、交易に特化した海洋民族が住むらしい。


 俺は勇んで船に乗り込む。

 少しぐらぐらとするが意外と広い。


「ついてました。本来はカステラ公爵領の貿易港に向かっていたそうですが、嵐を避けてこちらに来たそうです。滅多にうちには外国船は寄らないんですよ」


 クロドが「読み通り」と言わんばかりのドヤ顔を見せた。

 カステラ公爵領とは北方の有力諸侯で貿易港を抱えているそうだ。

 ドレーヌ子爵領よりも西、王都よりも北東と言った位置である。


 俺は期待に胸を膨らませて交易品を眺めていく。


 毛皮に、武器、羊毛に……


「これはなんだ?」

「モールスと呼ばれる獣の牙ですね」


 俺の疑問にクロドが答えた。

 なかなかの博識ぶりだが……俺にはモールスが何なのか分からない。


「モールスとは?」


 俺が尋ねると、船員の1人がうつ伏せに寝そべり「ばおー」と鳴き真似をした。

 恐らくはセイウチだ。


 ……うーん、何に使うか良く分からんが、珍しいし貰っとくか……


 俺は取り合えず牙をキープして武具が入った箱を見せて貰う。


「この剣は変わってるな。片刃で棟が真っ直ぐだが刀身は少し反っている。鍛えがいい」

「フォールチョン」


 船員が教えてくれた。

 フォールチョンと呼ぶらしい。


 日本刀とはかけ離れた形状ではあるが曲刀だ。

 俺は何となく気に入った。


 折角なのでモールスの牙とフォールチョンを数本買うことにし「砂糖か貨幣で支払いたい」と伝えたら船員が目を丸くして驚いていた。

 どうやらセプテントリオネス諸島でも砂糖は貴重品のようだ。


 何やら興奮した船員が話し掛けてきたが、俺には言葉が通じない。


「砂糖はどこでとれるのかと尋ねていますよ?」


 見かねたクロドが通訳し、俺に伝えてくれた。


 俺は悪戯心を刺激され「東方山脈という土地で砂糖鉱山が見つかった」と冗談を言い、目を丸くした船員を見て俺はクスリと笑った



 実はこの『冗談』は思わぬ波紋を呼び、セプテントリオネス諸島に『砂糖鉱山』の話はまことしやかに伝わることとなる。

 書物にも記され、何百年も東方山脈には砂糖鉱山が存在すると信じられた。

 これ以後、伝説を信じた何人もの山師が一攫千金の夢を見、山脈で命を落とすことになる。




………………




 俺たちはドレーヌ子爵領では一月ひとつき近くも滞在した。


 子爵と交易路の整備計画なども話し合ったが、何と言っても母の故郷である。


 俺はリュシエンヌと共に祖父母や伯父の墓を参り、追悼のミサも行った。


 リュシエンヌの帰郷を聞き付けた知り合いや親戚の中には35年ぶりに会う懐かしい顔もあったらしく、リュシエンヌは連日のお喋りに夢中であった。

 父であるルドルフが滅茶苦茶なけなされ方をしていて切なくなったが……まあ、自業自得ではある。


 泳ぐには寒いが、子供やキアラと釣り船に乗ったり、ドレーヌ子爵の家来とレスリング大会を開いたりと楽しく過ごした毎日だった。


 余談だが、シモンとロベールがこっそりと寝ているキアラに生パイタッチしてリュシエンヌに大目玉を食らったり、エマにキアラとの情事を覗かれたりしたが……まあ、仕方ないと思う。

 娘に連結部をばっちり見られた気もするが……性教育ということで。


 シモンとロベールはリオンクールの呪われし血のなせる業か、女体への興味が非常に強いのは気がかりではある。



 それよりも、だ。



 我が家に新しい家臣が加わった。


 名をロランド・コーシー。

 若者ではない。

 55才だという白髪の老武人だ。


 彼は先々代のドレーヌ子爵から3代に渡って仕えた従士だったが、数年前に引退していたらしい。


 リュシエンヌと古い知り合いだったそうなのだが……妙に怪しいというか……彼は『生涯独身』を貫いたそうで、それを知ってからリュシエンヌが『女の顔』をしているのだ。


 2人でうっとりと見つめ会い、ドレーヌ子爵夫妻も「よかったね」的なムードを醸し出している。



 ……なんだこりゃ?



 俺は予想外の展開に付いていけず動揺していた。


 アモロスの貴族たちはロマンティックな恋物語が大好きである。


 コーシーはかなり渋い見た目と声をしており、若い頃はさぞや……と思わせるナイスシルバーだ。


 身のこなしに隙もなく、かなりの実力も感じさせる……35年前に17才の乙女と何かあっても全然不思議ではない。

 それに彼はリュシエンヌがリオンクールに輿入れした時の護衛を勤めたのだとか……怪しすぎる。


 その2人が、35年ぶりに顔を合わせたのである……ロマンティックなムードにもなるはずである。



 そしてコーシーはリュシエンヌを通して我が家に仕官を申し入れてきた。


 まあ、リュシエンヌが俺に何かをねだることは珍しいし、子供も産まれないだろうから別に構わないのだが……息子としては複雑ではある。



 何だか色々有ったが、楽しく休暇を過ごすことができた。


 リュシエンヌも新たな恋にうきうきとした雰囲気を醸し出してくる。


 子供たちやエンゾが何かを聞きたそうにしているが……そっとしてやって欲しい。



 次はアルボー男爵領に向かい、俺たちは歩み始めた。




地図はあーてぃ様からの頂き物です。

いつもありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] >伝説を信じた何人もの山師が一攫千金の夢を見、山脈で命を落とすことになる。 冗談で済むなら人は死なないんだよ! >カステラ公爵領 なんだろう周辺諸国を統一して地域大国になりそう
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