73話 ジャンの嫁取り
地図はあーてぃ様からの頂き物です。
いつもありがとうございます。
バトル回です。残酷な描写があります。
勢力図です。
バシュロ城を包囲した陣からマテュー・ド・バシュロが進み出て城へ向かう。
彼に与えられた時間は翌日の夜明けまでだ。
大して期待はしていないが、上手くいけば儲けものだ。
ちなみに彼と共に捕虜となった40人は、今頃リオンクール領内の鉱山で働いているだろう。
「上手く行くのでしょうか」
「さあな……不安かい?」
俺は不安気なピエールくんに優しく声を掛ける。
「いえ、不安など」
「そうか、それは頼もしいな……ふふ」
……強がるピエールくんを見ていると……なんだか戦国武将が小姓にアッチの世話をさせたのが実感として理解できるな……
俺はなんだかムズムズと落ち着かなくなる。
実のところ、戦陣に女がいないわけでは無い。
商人が連れてきた娼婦が兵士たちを相手に頑張っているのだが……まあ、色々不安になる感じなのだ。病気とか。
さすがに家庭に病気は持ち込みたくないので、ここはじっと我慢の子だ。
俺は「いかんいかん」と邪念を振り払い、2人の騎士に注目した。
「ピエールくん、ジョゼ、槍働きを求めるか?」
俺が問いかけると「はい」「無論です」と威勢の良い返事が帰ってきた。
ピエールくんもだが、ジョゼ・ド・ベニュロも意外と勇ましい気質のようだ。
ジョゼは人質ではあるが、同盟相手からの出向であり、いわば客将のような立場である。
武功を立てる機会は与えるべきなのだ。
ジョゼはベニュロ男爵の庶子であり、俺の娘であるエマの婚約者の伯父だ。
30才ほどだが細身であり、どこか若々しい雰囲気がある。
戦陣にあってもダークブロンドの髪と髭は整えられており、なかなかダンディな伊達男だ。
「その意気や良し。それぞれの手勢に加えてエルワーニェの部隊を任せよう。城門にはジャンが当たる。君たちは城壁から突入せよ。補佐としてデコスを付ける……デコス!」
「は、お任せを」
デコスはベテランらしい落ち着きぶりで2人に向かい合い「さっそく打ち合わせをしよう」とキビキビした動きで陣から下がった。
「3人とも気持ちの良い態度だ」
俺が「うんうん」と頷くとロロが呆れた顔をした。
「なんだよ?」
「……彼らはバリアン様が昨日あれだけマテュー・ド・バシュロ卿を優柔不断だの情けないだの言ってるのを見てますからね……」
ロロは「はは」と笑う。
なるほど、俺がマテューの情けない様子を詰ったから皆が反面教師とし、ハキハキとした態度になったらしい。
「マテューにも使い道があったか」
「はい。使えない兵はおりません、ただ……兵を使えぬ将がいるだけです」
ロロがポツリと呟く。
俺はロロの言葉に瞠目した。
これは正に至言だ。
他の者が言えば不敬かも知れないが、ロロは別格だ。
彼の言葉はストンと腹に落ちる。
「……どうしました?」
「いや、効いたよ……その言葉」
俺はロロに感謝をした。
偉くなればなるほど諌めてくれる相手は貴重だ。
しかも、俺の気分を害さぬようにとなれば、その価値は計り知れない。
人はどれだけ正しいことを言われても、腹が立てば聞こえなくなるものだ。
「ありがとうな」
俺が礼を述べると、ロロは照れ臭そうに顎を掻いた。
………………
城内で騒ぎが起きたのは数時間後の事だった。
城壁に逞しい騎士が現れ、マテューの首を放り投げたのだ。
「聞けい! リオンクールの奸夫めがっ!! 貴様らに通じた弟は我が手で討ち果たしてくれたわ!!」
騎士バシュロだ。
剛毅な性格とは聞いていたが、どう見ても脳筋野郎だ。
ちなみに奸夫とは間男とか浮気者みたいな意味合いだ。
俺がマテューをたぶらかしたと揶揄しているのだろう。
何やら騎士バシュロはまだ「正義の刃をうけろ」とか城壁で騒いでいたが、相手をする必要は全く無い。
負け犬の遠吠えだ。
「懸かれい!!」
俺が号令を下すや否や、ジャンが率いる先鋒部隊が破城槌を抱えて動き出した。
ジャンも城兵を狙撃し、破城槌を援護する。
破城槌は容易く門に取り付いたようだ。
ドスン! ドスン! と低い音が響き渡る。
「「ワアァァァーッ!!」」
城壁からも雄叫びのような悲鳴のような、何とも言いがたい喚声が数ヶ所から響き渡った。
ほぼ同時にポンセロが率いる部隊とピエール・ジョゼの部隊が攻めかかったのだろう。
「ロロ、俺たちも前に動くか」
「いえ……もう終わりますよ」
見れば城門が破られて兵が雪崩れ込むところであった。
城内はすぐに制圧された。
城門が破られ、城壁からも兵は侵入し、騎士バシュロは戦死。
最後まで「リオンクール卿と一騎討ちをさせろ」と喚いていたらしいが、兵に囲まれて殺されたそうだ。
この状況で包囲側の大将が一騎討ちするはず無いのだが……まあ、言ってみただけだろう。
将を喪った敵兵は次々と降参し、俺は堂々と兵を従えて入城を果たした。
………………
城の広間では騎士バシュロの身内が縮こまっており、不安気な様子でこちらを見ていた。
俺の軍装を見た女どもから「ヒッ」と小さく悲鳴が聞こえる。
無理もない。
城が陥ちたと思ったら鬼みたいな格好した大男が部下を引き連れて現れたのだ。
俺はそれらの視線には構わず城主の席まで進み、ドカリとわざと音をたてて乱暴に座る。
味方の兵はその姿を見て歓呼の声を上げ、捕虜は悔しげに顔をしかめた。
「皆、良い働きだった。楽にしてほしい」
俺は先ず兵に声を掛けてから、捕虜を眺める。
「順に教えてくれ。仕置きを考えねばな」
俺が尋ねると、ポンセロが進み出て順に捕虜を名乗らせた。
騎士バシュロの母親、妻、弟、娘、婿……近親者はこれだけで、後は部下の身内のようだ。
「騎士バシュロの娘は婿をとっていたのか? 何才だ?」
俺が尋ねると、バシュロの弟が代表して「左様です閣下、19才になります」と答えた。
騎士バシュロには息子はなく、娘を相続者として身内から婿を取っていたのだろう。
よくある話だ。
「俺に忠誠を誓うのであれば娘に相続を許す」
俺の言葉を聞いた捕虜たちが一斉に顔を綻ばせた。
娘が相続者となれば、当主が交代しただけで、今まで通りの生活が許されたと思ったのだろう。
「どうだ?」
俺の問いに娘が進み出て、恭しく「誓います」と頭を下げた。
地味な顔立ちの大人しそうな娘だ。
質素な身形の、いかにも田舎騎士の娘と言わんばかりの風情である。
「ならば良し。婿をとり、共同統治者とせよ……ジャン!」
俺が呼び寄せると、ジャンが面倒くさそうに進み出た。
本当にこいつは戦争と人殺しにしか興味が無いらしい。
「ジャンよ、おまえも25だろ? この娘を嫁にしてバシュロ家を相続しろ」
「……チッ、あんまり好みじゃねえんだがな……」
ジャンが生意気な贅沢を言うが、これは仕方ない。
見目の整った彼はモテモテであり、女に不自由などしたことが無いのだ。
俺は「そう言うなよ」とジャンを宥める。
このやり取りを聞いていた捕虜たちが騒ぎだした。
「閣下、この娘はすでに婿がおり……」
騎士バシュロの弟が何か言い掛けたが、俺はそれを手で制した。
「構わん。すぐにいなくなる……娘以外は連れていけ」
俺の命令で娘を残し、兵が捕虜を連れ出していく。
捕虜たちは見るのも哀れなほど取り乱した。
「人でなし!」
「呪われろ」
口々に悪態をつくが、憎悪で人が殺せる筈もない。
騎士バシュロの娘も半狂乱になりながら暴れていたが、ジャンが頬を張り黙らせた。
「ジャン、この地は任せたぞ。モーリスから家来を分けてもらえ」
「ああ、わかったよ……ちょいと抜けるぜ。躾の時間さ」
ジャンは呆然とする娘の髪を掴み、引き摺るように奥の部屋に消えた。
人は髪を掴まれると抵抗が出来なくなるのだ。
「うん、ジャンが身を固めたら俺たちも安心だな」
「そうですね、大人しそうな娘じゃないですか。似合いの夫婦になりますよ」
俺とロロはニコニコと笑い合う。
「兵士たちにも褒美をくれてやらねばな……ジャンの財産を荒らすわけにはいかん! 俺が自腹を切るぞっ!!」
俺が明るく宣言すると、兵たちは大歓声を上げた。
「宴の支度をしろ、このくらいはジャンにも奢らせねばな! 何しろアイツの結婚式だ!」
こうして戦勝の宴は始まり、城は喜びの声で溢れる。
翌日には坊さんも呼ばれて結婚式も挙げた。
ジャンが大勢の兵に祝福され照れ臭そうに笑っていたのが印象的だった。
彼は何だかんだで兵に愛される存在なのだ。
一方で、娘を除く騎士バシュロの身内の遺体は串刺しにされた。
さすがに罪人では無いので生きたまま串刺しにするような残酷なことはできない。
ちゃんと処刑をしてから晒したのだ。
騎士バシュロやマテューと共に並んで晒された死体の群れは領民たちに支配者が変わったのだと強く印象づけ、領民は大いに俺を恐れたようだ。
これは周辺にも相当大きなインパクトを与えたらしく、俺は以後「串刺しバリアン」とも呼ばれるようになった。
正直、アリだと思う……「善良」とか「賢人」とか呼ばれるくらいなら、このくらいドスが利いていたほうが良い。
俺は武門の棟梁なのだから。
こうしてジャンは法的にも非の打ち所の無い形で騎士領を相続することとなる。
これ以後、アンドレとジャンはリオンクールの北東部戦略の要となったのだ。
感想欄で「タイトルを変えたらどうか」というご意見をいただきました。
じつはかなり以前からタイトルは悩んでいるのですが……どんなもんでしょうか?
何かご意見がありましたらお願いいたします。
ちなみに現在のタイトルになる前、プロット段階では「田中戦記」というタイトルでした。
今見ても微妙です。





