71話 貴きかな童貞
あーてぃ様から頂いた王国北東部の地図データです。
………………
俺たちが陥とした支城は、そのまま兵を駐屯させ、前線基地とした。
既に俺とロロが支城を陥として半月ほどが経っている。
すぐにジャンが率いる援軍も到着し、俺たちはコカース城と前線基地周辺を縄張りとして他勢力と争うことになった。
兵力は前線基地にジャンが200人、コカース城は俺が400人だ。
前線基地は騎士バシュロから攻撃を受けたが、これは撃退に成功した。
エーメ子爵はドレーヌ子爵とも睨み合っており、騎士バシュロと連携があまり取れていなかったためだ。
正直に言えばエーメ子爵にはあまり脅威を感じない。
どう考えても俺に戦力を集中させれば良いのに、中途半端な動きを見せている。
はっきり言えば戦下手だ。
問題はベニュロ・アルボー男爵コンビだ。
男爵コンビはなかなかに嫌らしい。
こちらの数が揃わぬと見るや兵を分け、コカース城と前線基地を同時に攻撃を仕掛けてきたのだ。
前線基地には1000人、コカース城には500人……コカース城を押さえつけて前線基地を落とす算段だ。
前線基地でジャンが、コカース城で俺が頑張って防戦をしていたが、これが厳しい。
そもそも兵力が違うのだ。
ジャンは変に粘らず、前線基地を放棄してコカース城で合流した。
幸いなことに「陥落」ではく「放棄」であり、被害は然程では無いのは不幸中の幸いだ。
「いやー、負けた。悔しいな」
ジャンが笑いながらコカース城に帰還した。
「いや、上手く逃げてくれて良かった」
「そうです、他人の城ですから痛くも痒くもありませんよ」
俺とロロがジャンを慰める。
実際にジャンが変な意地を張って玉砕とかしなくて良かったと思う。
あの程度の小城を守ってジャンに死なれては困る。
マテュー・ド・バシュロなどの捕虜も得たし、損はしていないだろう。
「まあ、城は獲ったり獲られたり、戦は勝ったり負けたりするものさ」
ベテランらしいデコスの言葉にジャンが頷いた。
ジャンはまだ25才だ。
まだまだ伸びて貰わねば困る。
「それで、憎き男爵コンビはどうした?」
「前線基地を奪ったことで満足し、抑えの兵を残して引き返したようです……あの小城では1500人は籠れません」
デコスは淡々と状況を説明する。
この男爵コンビは嫌らしい。
コカース城を攻めたのも偵察に近いものを感じた。
ここで勢いに乗って力攻めでもしてくれれば可愛げもあるのだが、とにかくこちらに反撃のチャンスを与えないように動いてくるのだ。
1ラウンド目を終えた手応えではエーメ子爵・騎士バシュロ組よりも男爵コンビの方が数段上だ。
強いやつとは戦いたくない。
「ポンセロが来たら男爵コンビと和睦しよう」
俺の提案に驚いた皆の視線が集まる。
「援軍が来て和睦ですか?」
アンドレが不可解だと顔に張り付けて質問してきた。
彼は常識的であり、ある意味で俺やジャンとは反対のタイプだ……故にアンドレの意見は貴重だ。
「そうだ。男爵コンビは強く、ベニュロ男爵の領地は山ばっかりで攻めるには難しいし、貰っても嬉しくない……ならば前線基地をくれてやって和睦し、エーメ子爵領とバシュロ騎士領を山分けすればいい」
皆が「うーん」と考え込む。
「そもそも、これは防衛戦なんだよ。こっちはコカース城を認めさせればいい。認めるだけなら相手の腹は痛まないし、こっちも他人の城をくれてやるだけだ」
そう、王国北東部はこれから交易相手となるのだ……下手に恨みを買うよりは仲良くしたい。
損して得とれではないけど、前線基地のような小城に拘って戦い続けるのはナンセンスだ。
「ではポンセロ待ちですね」
「ああ、なかなか来ない恋人が恨めしいぜ」
アンドレの言葉にジャンが茶々を入れるが、これはジャンの本音だと思う。
ジャンは「ポンセロの兵力があれば負けなかった」と言いたいのだろう。
俺とロロはジャンの負けず嫌いを知っている。
ついクスリと笑みが溢れた。
「そう言えば、初陣も負けたよな」
「ええ、この傷ですよ」
俺の言葉にロロが応じ、右眉の傷を指で差す。
「そうそう、スミナの下着で傷を縛ってな……」
懐かしい思い出だ。
アンドレも「そうでした! バリアン様が妹の下着を……こんな感じで」
アンドレがクンクンと鼻を鳴らす。
皆が「どっ」と笑い、敗戦に暗くなりがちな雰囲気を吹き飛ばした。
ジャンが「そうだな、巻き返せる 」と呟いた。
そう、勝ったり負けたりしながら最後に損をしなければいい。
………………
半月後
ポンセロの軍が到着した。
想定よりもやや多目の1100人ほどだが、これはエルワーニェの傭兵部隊も参加している らしい。
ニアールの元に纏まった各部族は外貨を稼ぐ手段として傭兵を選択したようだ。
異形のエルワーニェたちはアモロス人たちの恐怖の対象であり、大いに期待できる戦力である。
率いる指揮官もポンセロを始め、俺の義弟にあたるピエール・ド・プニエ、そして叔父ロドリグの長男ロジェと新しい顔ぶれが増えた。
若きピエールくんとロジェは初陣であり、ロジェに至っては15才である。
それぞれに手勢を率いての参戦だ。
「義兄上と馬を並べて戦える日を待ち望んでいました。父に負けぬように精一杯頑張ります」
「父の名代として参りました! 若輩者ですが勇気は負けません!」
予め考えていたのだろう。
ピエールくんとロジェは立派な口上で挨拶をした。
「うん、ピエールくんとロジェには期待しているぞ。2人ともに競い合って、互いに高め合ってほしい」
彼らは俺の親戚でもある。
ピエールくんは義弟、ロジェは従兄弟だ。
是非とも頑張ってほしい。
「そうそうピエールくん、カティアは元気にしてるか? たまには顔を見せるように言ってくれよ……下着は貰ってきたか?」
「はい、その、お守りだと」
ピエールくんは恥ずかしそうに頬を染めた。
いちいち可愛い反応である。
カティアはピエールくんに嫁ぎ、今では3児の母だ。
夫婦仲は良好な様子で、そこは安心している。
たまには会いたいとは思うが、カティアとリュシエンヌは折り合いが悪く、嫁いでから屋敷には寄り付かない。
スミナとは仲が良かったので文通はしているらしいがカティアの音信はそれくらいだ。
妹とは言え人妻に馴れ馴れしくするのはマナー違反なので、嫁いでからは俺も数度しか言葉を交わしていない。
「カティアが嫁いでから寂しくてな……スミナも会いたがっているよ。今度、家族でお邪魔していいかい?」
「はい、妻も喜びます」
ピエールくんとカティアが仲良さげで何よりだ。
話足りないが、あまりピエールくんばかり相手をしては良くない。
俺は切り替えてロジェに向き合い、ニヤリと笑う。
「ロジェ、寝小便は治ったか?」
「何時の話をしてんだよ! もう子供じゃねえぞ!」
顔を真っ赤にして怒るロジェはまだまだ子供だ。
俺と彼は幼い頃から面識はある。
「子供さ。俺が15才のときは敵の首をとって嫁さんもいたぜ。どうせ童貞だろ?」
「どどど童貞で何が悪い!」
そう、貞節が好まれるアモロスでは、童貞は貴いのだ。
「頑張って働け。そうしたら、良い女を捕まえてお前にやるからな……勝てば望みは叶う。どんな女が好みなんだ? ボインか?」
「そんなん欲しくないわ!」
ロジェが顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
すると周囲から笑い声が漏れた。
俺はできるだけ雰囲気を明るくして、若者たちの緊張を解してやりたい。
「バリアン様は特別だよなあ」
「まあ……私もそう思います」
俺の意図を汲み取ったアンドレとロロがわざとらしく頷き合い、陣中に笑い声が広がった。
ピエールくんもロジェも笑っている。
「良し、反撃といくか!」
俺はできるだけ明るく声を張り上げた。
………………
早期和平を目指すとは言っても、相手がヤル気満々では話にならない。
俺達は500人づつ3部隊に別れ、男爵コンビの領地を突つき回った。
率いるのは俺、ジャン、ポンセロだ。
恨みを買わないように滅茶苦茶な虐殺はしていないが、それなりに疲弊させる必要はある。
略奪は念入りに行った。
敵の軍が近づけば退き、味方と上手く合流できれば小競り合いは行う。
こちらは敵を疲弊させるのが目的だ。
本格的な会戦とはならず、時間のみが経過していく。
男爵コンビ、エーメ・バシュロ組と続けて会戦なんてこちらも御免である。
兵士とは労働力であり納税者だ。軽々しく使い潰して良い存在ではない。
出来るだけ兵士は温存したい。
軍を維持するのは金がかかるものだ。
今回、ギリギリまで兵を動員している男爵コンビは時間が経てば経つほど、それだけで辛くなるだろう。
男爵コンビもコカース城を狙うような動きを見せたりと頑張っていたが、そこまでだ。
男爵コンビとエーメ・バシュロ組が連携をとられては不味かったが、こちらはあまり上手くいってないらしい。
これは男爵コンビがバシュロ騎士領の支城を占拠している形になったためである。
敗戦が思わぬ効果を発揮したものだと皆で感心した。
今では騎士バシュロが男爵コンビに「城を返せ」と突っかかっている始末なのだとか……敵ながら何とも情けないが、烏合の衆の悲しさだ。
互いに決め手を欠きながらのらりくらりと戦い続け、とうとう和平交渉が始まった。
ポンセロ到着から早くも一月が経過していた。
私が余りにポンコツで地図作りに困っていたら、救いの手が……!
あーてぃ様、ありがとうございます!





