70話 北の諸侯
少し長くなりました。
新章に入り、諸勢力が一気に増えます。
季節は巡り、俺は26才になった。
いつの間にか開拓地は「ベイスン」と呼ばれ始め、交易路は「花嫁街道」と呼ばれるようになった。
両方ともエルワーニェに関わるネーミングなのは面白い。
……花嫁街道、か……ずいぶんとロマンティックな名前になったなあ……
俺は花嫁街道を馬で駆ける。
供はロロが1人だけ、急ぎの移動だ。
道は所々で足場が悪く、馬を曳いて歩かねばならない所もあるが、花嫁街道の状態は悪くない。
「バリアン様、パーソロンの集落で休みますか?」
「いや、先を急ごう」
ロロがこちらを気遣ってくれたが、今は先を急ぎたい。
俺たちは急いでアンドレの居城であるコカース城に向かった。
………………
街道の整備に目処がついたために街道の北側に築城を始めたのは今年の始めだった。
アモロス王国の慣習法では「空地」は開発した者の土地となる。
この築城は山脈の側であり、当然空地であった。
しかし、この築城にクレームが入る。
山脈から北側の諸侯である。
ここはアモロス王国の最北東部にあたる。
花嫁街道を抜けた山脈から海までは、やや起伏は有るものの平地が続き、小さな領地を持つ小貴族が五家ほど存在する。
先ず海沿い北西に俺の親戚であるドレーヌ子爵領。
ドレーヌ子爵領の東にアルボー男爵領。
ここは北が海で東が山脈だ。
平地の真ん中にエーメ子爵領……ここが1番デカイ。
アンドレのコカース城からやや北西、バシュロ騎士領。
こいつはエーメ子爵の分家だ。
ここが1番コカース城から近い。
最後にコカース城から北東にベニュロ男爵領。
ここは山ばっかりで貧しい地域だ。
アルボー男爵と婚姻関係がある。
大雑把に説明すれば、五家はサイコロの5みたいな配置で並んでいると思って欲しい。
そして、この王国北東部はそれぞれが手を結び、時に争い共存していた。
そこに、山脈を越えて新たにリオンクール伯爵家が城を築き始めた訳だ。
この突然の闖入者に北東部の諸侯は不安に駆られた。
何せ悪名高き俺が軍事施設を造り始めたのだ。
いくらリオンクール側が「交易が目的だよ! 仲良くしよう」と呼びかけたところで信用できる筈がない。
リオンクール伯爵家は婚姻関係にあったドレルム騎士家でさえ裏切る家なのだ。
他人との約束など守る筈がないと思われている。
北東部の諸侯のうち、コカース城とほど近いバシュロ騎士家とベニュロ男爵家はそれぞれに「コカース城がある地域は当家が管理する慣習的な領地である」と主張。
さっさと出ていけと鼻息も荒く、リオンクール側と全面対決も辞さない構えだ。
しかし、こちらにも言い分はある。
リオンクール家は空地を開発したのだ。
こちらには土地の所有者としての正当性がある。
ここで退いては面目が立たないし、なにより交易路を拓いた意味が無くなる。
双方ともに退かず、いよいよ軍事的な衝突が始まろうとしていた。
ちなみに同盟関係を整理すると以下になる。
リオンクール伯爵家・ドレーヌ子爵家
エーメ子爵家・バシュロ騎士家
ベニュロ男爵家・アルボー男爵家
この3勢力だ。
この中で1番兵力が有るのはリオンクール・ドレーヌ同盟だ。
しかし、リオンクールは山脈を越えて兵を動員する必要があり、ドレーヌ家の領地も離れており連携がとりづらい位置関係だ。
後はエーメ・バシュロ組がやや優勢でベニュロ・アルボー組はやや弱いと言ったところだが……ここは誤差の範囲だろう。
この2つは大した差はない。
……正直、甘かった。
俺は自らの見通しの甘さに腹が立った。
空地を利用して拠点を造り、交易を進めながら在地勢力とも友好的な関係を築くプランだったのだが……いかんせん俺には社会的な信用が無さすぎた。
……情けない話だが、な……
俺とロロは花嫁街道を抜け、建設中のコカース城を見上げる。
コカース城は花嫁街道を抜けた先、小高い丘に聳え立つ要塞だ。
アイデアは俺が出し、実際の縄張り(設計)は経験豊富なデコスが担当し建造中だ。
完成の暁には2重の城壁に多数の防御塔を備えた恐るべき堅城となる予定だが……残念ながら今は未完成の裸城である。
俺とロロは城門で名乗り、入場した。
すると、すぐにアンドレとデコスが迎えに出てくる。
「バリアン様、この様な事態となり……」
「いや、アンドレのせいではない。状況を教えてくれ」
俺が先を促すと、デコスが「最悪です」と答えた。
「2つの勢力は連携し、エーメ・バシュロ組はドレーヌ子爵領を、ベニュロ・アルボー組はこちらを狙っている様子……すでに各家ともに動員はなされているようです。」
俺は眉をひそめた。
いきなり巻き込んでしまったドレーヌ子爵には申し訳なく思う。
「大丈夫だ。すぐにジャンが先行して数百人を率いて来るはずだ。ポンセロも支度が整えば1000人は連れてくる手筈になっている」
もともとアンドレに預けていた兵と併せれば1600人程の数になるだろう。
「敵の兵力の予想は?」
「かなり力の入った動員をしています……恐らくは2組ともに1500~2000弱かと」
デコスの言葉を聞き俺は頷いた。
内心は「これは不味い」と思っているが、大将が顔に出しては駄目だ。
指揮官の不安は兵士に広まり、士気が落ちる。
「よし、敵の中で1番弱いバシュロ騎士領を狙うぞ。今から出撃だ」
「今からですか!?」
アンドレが悲鳴を上げるが無理もない。
この城には200人も兵士は居ないのだ。
「先制攻撃になりますが、よろしいのですか?今ならば和平もあり得ますが……」
「城を捨てるのが条件だろ? バカらしい。こちらはバシュロ騎士領を徹底的に狙うぞ。ベニュロ男爵領みたいな山ばっかりの土地なんかいらん」
デコスは冷静に俺の意思を確認し頷いた。
問題は無い。
リオンクール伯爵家は長き平和で物資は万全、長期戦もドンと来いだ。
アンドレは兵を集めるために走り回り、俺はデコスが地面に書いた簡単な地図をロロと共に眺める。
「バシュロ騎士領には大した要塞はありません。独立した騎士家の扱いですがエーメ子爵の分家であり、内実は部下です」
デコスの解説を聞きながら俺は頷く。
「ここと、ここに城があるのか」
「はい、しかしどちらも大した城では無く、平地に土を盛っただけです」
俺は「よし」と頷いた。
「こんなのを用意して欲しい……こう、こんな感じだ」
「なるほど、偽兵ですね……兵士に作らせましょう」
デコスは俺の指示を受け、走り出した。
8年近い雌伏の時を経て、リオンクールは新たな戦いに臨む。
これは俺が望んだ形では無かったが、自らが招いた結果でもある。
……勝たなければ……
俺は集まり始めた兵士を前に決意を新たにした。
………………
数時間後、俺は50人の兵を率いてひっそりと城を出た。
狙いは程近いバシュロ騎士領の支城だ……ここはコカース城から見えるほどに近い。
近場に敵の拠点があるのは都合が悪い。
できれば早い段階で攻略したい。
闇夜で同士討ちにならぬよう、工夫をした。
俺も含め、兵士たちは山鳥の羽を兜に張り付けたのだ……これは敵味方の識別のためである。
既に日は暮れており、夜間行軍になるがヨルゴの部下が道案内となり平地を進むので迷うことは無い。
俺たちに少し遅れて松明の群れが城から出立するのが確認できた。
こちらはアンドレが率いる100人だが兵士たちは1人が4~6本の松明を掲げ、凄まじく目立つ。
これは長い横木に松明を縛り付け、兵士たちが背負っているのだ。
少々熱そうではあるが我慢して貰った。
遠目には500本近い松明が一糸乱れず動いているように見える。
「見ろよロロ、子供だましだが迫力があるな」
「ええ、リオンクール軍が全軍で動いているように見えるでしょう」
俺とロロは闇夜で笑う。
俺たちは目立たぬように鎧にも肌にも泥を塗っており、白い歯と鳥の羽だけが闇夜に浮かんでいる。
「攻める前に城を偵察をする……直に見て確認したい、数が多ければ目立つ。俺だけで十分だ」
俺が告げるとロロがじとっとした目で何かを言いたげにしている。
今までの俺ならばいきなり城を攻めたかも知れないが、さすがに20代の半ばを超えた最近は少し落ち着いたようだ。
敵や良い女を見ても襲いかかりたくなる衝動をコントロールできるようになってきた……たぶん。信じて欲しい。
「まあ、信じますよ……その年でバカはしないと信じますよ」
ロロは2度も「信じてる」と繰り返した。
きっと大事なことなのだろう。
「こちらは待機します。信じてますよ。破ったらお袋様に言いつけますよ」
ロロは俺の母親に言いつけると言うが……この年になってそれは無いと思う。
……しかし、それが1番効くのは間違いは無いが……
俺は苦笑しつつ、デコスの部下に兵が身を隠せる場所が無いか確認する。
どうやら程近い場所に森が有るそうだ。
ロロに率いられた兵は森に伏せ、俺は単身で城に近づき偵察を行う。
俺は何度もスミナに夜這いをするうちに気配を殺す術は身に付けている(22話参照)。
これは同居人にすら気づかれないテクニックである……離れた城の中で発見できるモノではない。
俺が城の様子を窺うと、兵が慌ただしく走り回り、門から数人が飛び出したのが確認できた……バラバラの方角へ向かうが援軍を呼びに向かったのだろう。
……良し、食らわせてやるか……
確認したところ、城壁は低い土壁に木製の柵だ。
幸いにも同胞団と散々に訓練を重ねた形である。
たかだか騎士家の支城である……この程度と言えばこの程度だ。
城兵は100人と予測した。
リオンクールは強兵だ。
不意打ちならば十分に勝機はある。
俺は城の篝火の薄いところを確認し、一旦兵の元へ帰ることにした。
………………
「城はアンドレに気をとられている。夜襲には無警戒だ……やるぞ」
兵の元へ戻った俺は、手短に告げ、兵たちは無言で動き出す。
「何も言わないのか?」
俺がロロに尋ねると「まさか」と笑った。
どうやらロロも攻め時だと判断したのだろう。
カチャリカチャリと鎧の擦れる音のみを響かせながら、兵は移動する。
ここまで来れば発見されてもおかしくないが、敵は余程に松明の群れが気になるらしい。
子供騙しだが思わぬ効果があったようだ。
これには先制攻撃という事情もあるのだろう。
完全に城内は混乱している。
……大軍が攻めてきたと恐れをなして逃げ出さないだけマシかもな……
俺は混乱する城兵を眺めながら苦笑した。
「これはいけますね」
「だろ?」
俺たちはニタリとほくそ笑んだ。
「敵襲ーっ!!」
「敵だー!」
城内から悲鳴に似た声が上がる。
どうやら発見されたようだ。
「懸かれ! 懸かれーッ!!」
俺が檄を飛ばすと兵たちは雄叫びを上げながら走り出す。
城内から矢が疎らに飛んできたが、闇夜の中で狙いのついていない盲射ちである。
当たるやつは余程運の無いやつだけだ。
兵たちは城壁に張り付き、盾を組合わせ足場を作り城壁によじ登った。
凄まじい怒号と金属音が響き渡る。
敵もこうなれば必死である。指揮官も駆けつけ、総掛かりの防戦だ。
「押し返せえ!」
敵の指揮官が叫ぶ。
どうやら敵の方が数が多いようだ。
こちらはロロが城壁に登り指揮をとりつつ戦っている。
篝火や松明がバラけ、一帯は明るさを増した。
俺は後ろで「懸かれ! 怯むな!」などと鼓舞していたが、状況は一進一退。
徐々に腹が立ってきた。
……このままでは埒が明かん!
「ええい、どけっ!」
……50人くらいの部隊に前も後ろもあるかっ!
痺れの切れた俺は城壁をよじ登り、大音声で名乗りを上げた。
「俺はバリアン!! バリアン・ド・リオンクールだっ!! 俺の首を狙う奴はいないのかっ!?」
俺はそのままメイスを両手で構えながら集団に躍り込み、敵味方を問わず突き飛ばしていく。
狙いは敵の指揮官だ。
「バリアン様だっ!! 援軍が来たぞっ!!」
ロロが俺の名乗りに応じて声を張り上げる。
援軍などはいないが、明らかに敵の動きが鈍った。
ロロはこの手の機転が実に良く効くのだ。
「オオリャアァァッ!!」
敵の真ん中でメイスを滅茶苦茶に振り回す。
ろくに鎧も着ていない敵兵は粗末な盾で必死に身を守るが、2~3回も殴れば盾が壊れるか、盾を構える腕が壊れて無防備になる。
「死ねい!」
盾を砕かれた哀れな敵兵が「やめてくれ」と命乞いしたが俺は許さない。
俺のメイスが肩口に食い込み、敵兵は変な形になった。
「次はお前かァ?」
俺がニタリと笑うと敵兵が悲鳴を上げて後ずさった。
狭い城壁の上では逃げ場はなく、俺の暴力に巻き込まれた敵兵が「助けて!」「やめてくれ!」と次々に悲鳴を上げながら倒れていく。
少数の戦いを決するのは個人の武勇だ。
100人程度の乱戦ならば、俺とロロが投入されれば十分に決着は着く。
ロロも既に5人以上は倒しているはずだ。
「あれは人間か!?」
「バリアンって、『あの』バリアンかよ!!」
「やってられるかっ!」
数人の敵兵が城壁から飛び降りて俺から逃げ出した。
殴られるよりはマシだと判断したらしい。
恐怖は伝染し、逃亡者は相次いだ。
こうなるともう手は付けられない。
「待て! 逃げるものは斬るぞ!」
敵の司令官が必死で押し止めるが効果は薄い。
次々に敵兵は逃げ始めた。
「おのれ! 奴とて鬼神ではあるまいっ! マテュー・ド・バシュロ! 参る!!」
健気にも若き敵の指揮官が名乗りを上げて立ち向かってきた。
崩れた味方を支えるためには俺を倒すしかないと判断したようだ……決してそれは間違いでは無い。
……倒せれば、の話さ……
この若い騎士、バシュロと言うからには領主の身内だ。
俺は良いカモが来たとほくそ笑む。
マテューとやらは剣を構えながら必死に雄叫びを上げるが、大した腕前ではなさそうだ。
俺がメイスを無造作に突き出すと彼は防ぎきれず、たたらを踏み城壁から内側に落ちた。
「マテュー・ド・バシュロはバリアンが討ち取った!! この戦は先が見えたり!!」
俺が高らかに勝ち名乗りを上げると、味方が一斉に勝鬨を上げた。
「見よっ! 迫り来るリオンクール二千の大軍を!! 降参しろ!!」
ロロが叫ぶと戦意を失いかけていた敵兵は次々と武器を捨て座り込んだ。
この一言で決着がついた。
アンドレの部隊はすぐそこまで来ている。
マテュー・ド・バシュロは城壁の下で捕虜となり、城兵40人と共に縛り上げられた。
元々城兵は120人ほど詰めていたそうだが、半数以上が逃げ散ったらしい。
「ぐっ、騎士としての待遇を……」
マテューは必死で体面を繕うが、落下した衝撃で左足を骨折しており、身動きもままならない様子だ。
「どうします? バリアン様」
「うーん、良くわかんないけど、拷問でもしとくか?」
ロロが捕虜のマテューについて尋ねてきたが、俺は首を捻る。
実は俺は捕虜を得るような戦いはしたことがなく、武将クラスの捕虜の扱いはよく知らない。
……そう言えばベルの親父は頭をペチャンコにしちゃったんだよなあ……ふふっ、懐かしい……
俺はベルと出合った日を思い出し、口許が緩む。
「何かを聞き出すんですか?」
「いや、なんとなくな……身代金の交渉? 幾らくらいなんだ? 殺した方が楽じゃないか?」
俺の言葉を聞いたマテューが「私は騎士バシュロの弟だ、身代金は出るはずだ」と必死で訴えてきた。
「まあ、アンドレに任せとくか」
こう言うのはアンドレが得意だ。彼に任せとけば間違いない。
俺は早くも丸投げを決めた。
俺の言葉を聞いたロロが苦笑し、肩を竦めた。
このリオンクールの先制攻撃によりドレーヌ領を狙っていたエーメ子爵も後背を無視できなくなり、リオンクールとの対決姿勢を強めることになる。
王国北東部での戦いの火蓋は、こうして切って落とされたのだ。





