68話 花嫁の道
その後、俺たちはマーリージャ族の死体を積み重ね、不気味なオブジェを作った。
文字通り、死体の山である。
コイツを周囲の部族に見せつけるべく、盛大に煙を焚いた後に俺たちは凱旋した。
マーリージャ族の女や子供は奴隷となる。
これらはパーソロン族と山分けと言う形にし、適当に振り分けた。
奴隷も大切な戦利品だ。
パーソロン族が奴隷をどの様に扱うのかは知らないが、リオンクールに送られた者たちは鉱山都市に送られるだろう。
鉱山では労働者や娼婦はいくらでも需要があるのだ。
その後、戦を終えたために俺は領都に帰還することにした。
負傷者を交代させねばならないし、キアラを母上たちにも紹介しなければならない。
俺は負傷者やキアラを連れて、領都に向かった。
ちなみに『ベイスンの地では休まない』というパーソロン族の家訓は天神のお告げで緩和されたようだ。
全くご都合主義なお告げだと苦笑してしまうがそんなものだろう。
パーソロン族の男で言葉が通じる者が、キアラの護衛兼通訳として3人ほど同行することになった。
「キアラ、お前を俺の母や妻たちに紹介するが、侮られぬように着飾らせたい」
現代人も同じだが、人は見た目だ。
初対面で毛皮を巻き付けた蛮族ルックよりも「異国の姫様」的な格好の方がウケが良いのは間違いない。
開拓地にて、アンドレに手配させていた上等な服に着替えてもらう。
多少の異国情緒は必要だろうと、色とりどりの石で作られた首飾りに、ブレスレットを着け、毛皮のケープを羽織らせた。
仕上げに銀の冠を頭に乗せたら完成だ。
なかなかの完成度である。
「×××、××……!」
キアラは嬉しそうに顔を染めて抱きついてきた。
やはり色々と文化の違いはあれど、14才の女の子である。
綺麗な衣装で着飾ることは嬉しかったようだ。
「綺麗だぞ、惚れ直した」
俺の言葉を護衛の男が訳し、キアラがもじもじと恥ずかしがった。
「護衛の者も着替えてくると良い」
俺が促し、パーソロン族の男たちもお召し替えだ。
その間、俺とキアラはイチャつきながら待つ。
キアラは嬉しそうに冠を眺めたり、首飾りに撫でたりと終始ご機嫌である。
待つこと暫し、護衛の男たちも立派な騎士に早変わりだ。
鎖帷子に毛皮の外套を身につけ、頭には山鳥の羽をあしらった兜を身に付ける。
手にはパーソロン族の槍を数本持ち、いかにも異民族の騎士って感じだ。
男たちも満更でも無さそうな顔をしている。
コスプレって楽しいからな。
この異国の姫様と騎士たちは、領都に入るや大歓迎を受けた。
人々は俺がエルワーニェを征服し、支配下に置いたと思っているのだ。
これはあらかじめアンドレが手配していたためである。
キアラや護衛たちは俺を助けた正義の味方設定だ。
エキゾチックな美しき姫、それに仕える逞しき騎士たち……庶民の大好物である
まるでパレードのように歓迎を受け、花が舞う。
キアラは始め戸惑っていたが、大感激をしたようだ。
……たぶん、結婚式か何かだと思ってるんだろうな……
俺は目を潤ませるキアラを眺め、複雑な思いを抱きながら屋敷にたどり着いた。
同胞団には休息を命じ、キアラと護衛の男たち、そして俺の側近であるロロとアンドレだけを従えてリュシエンヌと対面した。
リュシエンヌはスミナとベル、そして俺の子供たちを従えてキアラと対面した。
「母上、こちらがエルワーニェの王女、キアラ・ド・パーソロン。彼女たちは姓で呼び会う習慣はありませんので、キアラとお呼びください」
リュシエンヌは「王女」と言う単語に反応を見せた。
ちなみにキアラの姓は俺が勝手に作った。
「歓迎します、キアラ様。私はバリアンの母、リュシエンヌ。こちらが……」
やや緊張の趣でリュシエンヌが順に家族を紹介し、通訳を介してキアラも頷いている。
「××××××、バリアン××」
「……私もバリアンの妻の1人として早く子を産みたいと……」
キアラが無邪気に話す内容を護衛の男が訳していく。
俺は居心地が悪いことこの上ない。
「バリアン、キアラ様はおいくつなの?」
「14才です」
言外に「こんな子供に手を出したのか」と責められた気がした。
14才はアモロスなら結婚してもおかしくない年齢ではあるが、キアラは幼く見える。
母親としては色々心配になったのかもしれない。
「従士の方々もお疲れでしょう。宴の支度が整うまで暫くお休みください」
リュシエンヌは「バリアンはこちらに」と俺だけ誘い、奥の間へと進む。
「バリアン、王女様を娶るとはどう言うつもりですか!? 今の妻たちを廃するつもりならば許しませんよっ!」
リュシエンヌの剣幕は凄まじい。
恐らく「王女」という破格の身分の女が来たことで、以前の協定(56話参照)が破られないか心配しているのだ。
「いえ、キアラは私に他の妻がいることを認めています……スミナは変わらず愛しています。ベルも同様です」
「でも、王女様をお迎えするなんて……ああ」
リュシエンヌは完全に「王女」と言う単語に恐れをなしている。
「母上、キアラは私のみを頼りに異国へ嫁いだ娘です。まだ14才……言葉も習慣も違います、不安が無い筈がありません。どうか彼女にも母として接して下さい」
俺の言葉に反応したのは意外にもスミナだ。
「もちろんよ。だって私も良く分かるし……」
スミナは平民の娘から、伯爵代理の妻になった経験がある。
知らないことも多く、恥もかき、疎まれた経験もある。
故に異国へ嫁いだキアラにも同情するところがあるのだろう。
「ありがとうスミナ、キアラの姉になってくれないか?」
「ええ……王女様の姉なんて勤まるかしら」
スミナは茶目っ気を見せて舌を出した。
俺はスミナを抱き締めようとし……冷静な視線に気がついた。
「ベルはどうだ?」
「……別に何も」
ベルも平常運転だ。
それを見たリュシエンヌも気を取り直したようだ。
「そうね、受け入れる私たちが取り乱してはいけないわ」
リュシエンヌは自らを叱咤し、顔を上げた。
まるで、お芝居を見ているようなオーバーな仕草である。
実は1番ヒロイン体質なのはリュシエンヌなのではなかろうか?
「さあ、宴の支度を急ぎましょう」
リュシエンヌの一言で、その場は解散となった。
こうして、キアラも何とか我が家に受け入れられたようだ。
キアラが花壇の花や虫を食べたり、どこかの飼い犬やネズミを捕まえたりして大騒ぎになるのは別のお話である。
………………
その後
ニアールがエルワーニェの諸族を従えて領都に帰順を誓いに来た時は大騒ぎとなった。
今まで山脈に蟠踞していた蛮族が目に見える形で俺に降参したのだ。
この大ニュースに領民はお祭り騒ぎとなり、屋敷では連日連夜の宴会となった。
これはマーリージャ族が滅ぼされたのを確認した他族が震え上がり、ニアール率いるパーソロン族に帰順を誓ったのだ。
ニアールは諸族を束ねる大族長となり、開拓地の周辺山脈をほぼ統一した。
そして一種のデモンストレーションとして諸族の族長を引き連れ、領都に現れたのだ。
これ以後、パーソロン族はリオンクールと従属的な同盟を結び、庇護下に置かれた。
ニアールの勢力は東部山脈に広がるエルワーニェの全域にはほど遠いが、この同盟により新たに拓く交易路の安全には問題が無くなったことは間違いない。
これ以後、数年の時間をかけ、北の交易路は開通するのである。
そして、この街道はいつしか「バリアンがエルワーニェの王女を迎えるために拓いた道」と言われ、「花嫁街道」「王女の道」と呼ばれるようになった。
庶民とはこうした他愛も無いお話が大好きなのである。
………………
数ヶ月後
「バリアン様、ご来客です……カロン様と仰る僧侶です」
珍しく領都で執務をとる俺に執事のモーリスが声を掛けてきた。
「カロン? 痩せた坊さんか?」
「はい、左様です」
俺はモーリスの言葉を聞き、直ぐにカロン師を迎えに出た。
「カロン師! このような田舎に如何なされましたか?」
「やあ、バリアン様。嫌ですねえ、エルワーニェへの布教ですよ。リンネル師から私が派遣されて来たのです」
カロンはニコニコと微笑みながら言葉を続ける。
彼の後ろに2人若い坊さんがいるが、これはカロンに従う見習いだろう。
「僻地の蛮族にまで聖天の恵みをもたらそうとするバリアン様の信仰と慈悲の心にはリンネル師も……」
「き、恐縮です」
いきなり語り出したカロンに俺は面食らった。
いきなり説教が始まりそうな雰囲気である。
「バリアン様の信仰はこの町を見るだけで分かります。この様な清らかで秩序のある町は初めて見ました。バリアン様の知徳が隅々まで行き渡っているかの如く……」
カロンは余程感心したのか、喋り続けている。
坊さんと言うのはどの世界でも話が長く、説教臭い。
「バリアン様は昔から熱心に瘴気説を学ばれていましたね、やはり清潔な生活をすることで疫病は防げるのでしょうか?しかし、教会の教えによりますと……」
もう、既に何十分も語り続けている。
こちらが口を挟む余地も無い、凄まじいマシンガントークである。
「あの、カロン師……」
「ああ! エルワーニェの方々もお見かけしましたよ! 立派な身形の騎士でした! やはりバリアン様は神の教えを守り、寛容の精神で……」
駄目だ……これは止まりそうにない。
アモロスでは能弁は智恵の発露と考えられており美徳である。
しかし、これは酷い。
「モーリス、キアラを呼んできてくれ」
「……畏まりました」
俺が小声で伝えると、うんざりした顔をしていたモーリスが「ほっ」と息をつき、退出した。
彼もカロンの演説には辟易としていたようだ。
暫く後にキアラが現れ、俺に抱きついた。
キアラの腹は少し膨らんでいる。
さすがにカロンも演説を止め、キアラに注目したようだ。
「カロン師、紹介します。彼女はキアラ、エルワーニェの王女にして私の妻の1人です」
「はじめまして、キアラは、バリアンの××××……およめさん」
キアラは辿々しい言葉で自己紹介をした。
その様子はいかにも幼く感じ、カロンは大袈裟に天を仰いだ。
「ああ、バリアン様……この様なことは戒律に反します。しかし妻の1人とは……」
「3人おります」
俺の言葉にカロン師は「おお、何と」などとオーバーなリアクションを見せた。
後ろの僧侶たちも嘆いているようなジスチャーを見せる……何かウザいな。
「すみません、カロン師。私は貞節のみは……その」
「ふうーっ、懺悔は後程に致しましょう」
カロンは大きくため息をつき、キアラと向き合った。
「エルワーニェの王女、様……ですか」
「はい、キアラは、パーソロンの××××、バリアンの……」
俺は頑張ってカロンの相手をするキアラが堪らなく可愛らしく感じ、頭をグリグリと撫でた。
「やめて、バリアン」
「ありがとうキアラ、嬉しいよ」
俺はカロンに「すみません、エルワーニェは言葉が違うのです」と伝える。
カロンも「なるほど」と納得したようだ。
「彼らは自らをエルワーニェとは呼びません。彼女の出身はパーソロン族、我らで言うところのエルワーニェでも主導的な立場の部族です。パーソロン族に従うニュウズ族、フィルボルグ族……」
俺が説明を続けると、カロンは「フムフム」と熱心に聞き、ぶつぶつと小声で復唱している。
「彼女の出身部族、パーソロン族はエルワーニェの王族なのですか?」
「違います。パーソロン族にニアールという英傑が現れ、近隣部族を切り従え大族長……即ち王と成ったのです。彼女はニアールの娘です。」
俺は「つい最近の出来事ですよ」と付け加えた。
カロンは何が嬉しいのか「ほほう」と相好を崩した。
「なるほど、バリアン様はニアール王と親好を持たれたのですね。そしてキアラ王女を娶られた……なるほど、これは布教の好機です」
カロンは嬉しくて堪らないと言った風情で笑う。
「彼らは『天神』と呼ぶ、異教の神を信仰しています。強硬な姿勢の布教は難しいでしょう」
「なるほどなるほど、バリアン様なら如何されますか?」
俺は少し考え、キアラをグイッと抱き寄せた。
「あん、××バリアン、××××」
キアラが恥ずかしそうに身悶えた。
さすがに初対面の人たちがいる前でイチャつくのは恥ずかしいらしい。
「ふふ、分かりました……同化ですか。長い時間がかかるでしょうが、それが近道なのかもしれません」
「はい、彼らの天神信仰は篤いものです。お急ぎになられぬようにお願いします。先ずは彼らの禁忌を知り、共生できる道を探りましょう」
カロンは「尤もです」と頷いた。
「先ずは天神の教えと、彼らの言葉を研究する所から始めましょうか……」
カロンは開拓地に簡素な教会を構え、布教の拠点とした。
そして、エルワーニェの人々と触れ合うことから始め、天神の教えを研究した。
その後に、聖天教の主神である太陽神と天神は同一であるとし、エルワーニェの信仰する精霊や自然神たちは聖天教の聖人たちだとする教えを広めた。
この教えは異端的ではあったものの、無理なくエルワーニェの地に浸透し、数十年の時をかけて根付くことになる。





