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64話 異文化交流

 夏の暑い日だ。

 ポタポタと汗が(あご)から落ちた。



 俺は今、開拓地の丘で砦を築いていた。

 同胞団の面々も一緒だ。


 今日は皆で兵舎を造っている。


 兵舎は至極シンプルな構造だ。


 まず木材で柱や(はり)などの軸組(じくぐみ)を組む。

 そして外壁部には石を積み上げ、粘土を塗りつつ外壁を作る。


 屋根は野焼き窯で作った簡素な瓦葺きだ。

 俺は陶芸教室のガス窯しか知らなかったので、焼き物を作るのはもっと専門的な技術や設備が必要なのかと思っていたが……窯は簡素なもので十分らしい。


 ちなみに粘土は肘川沿いで良質のモノが採れるのだとか……俺に粘土の良し悪しは良く分からないが有り難いことだと思う。


 瓦作りは難しい。


 良く捏ねて、型で形を作り、乾燥させ、焼く。


 言葉にするとこれだけのことだが、実際にやると簡単ではない。


 タンカレーは半分しかない手の平を器用に操り素早く作る。

 ロロは丁寧だが、スピードが遅い。

 ジャンにいたっては、いつの間にか姿を消したようだ。


 俺は……実はこういうの意外と得意なんだよ。

 伯爵代理が瓦作りが得意でも誰も得しないけどな。


 焼いた瓦は簡単な切り妻屋根に並べられていく。


 床はシンプルに土間だ。


 平たく突き固めた床にロケットストーブをドンと据える。


 これで完成だ。

 石造りに瓦葺き、立派なものである。


「立派なもんだ」


 俺は新しく作られた兵舎の出来に満足した。


 この一間しかない長方形の大きめの建物は団員が寝泊まりする生活スペースとなるのだ。

 これを幾つか造り続け、最終的には籠城戦に耐えうる収容人数を目指したい。


「……バリアン様らしいですよ」


 タンカレーがニコニコとこちらを見て笑う。


「普通は城主の居館から造るものなのに、バリアン様は逆」

「平気で兵舎で泊まりますからね」


 タンカレーとロロは嬉しそうに笑う。


 この開拓地には俺の住居は無い。

 いつも兵舎で雑魚寝しているからだ。

 それが彼らにとっては好ましく思えるらしい。


 俺は田中だった頃からプライバシーはあまり大切にしないタイプだった。


 元々の性格なのか、幼い頃の寺暮らしと言う環境で慣れたのか……それは分からない。

 寺には墓地があり、普段から墓参などで他人の出入りはあったのだ。

 人の目などいくらでもあった。


「今の段階で俺の屋敷を造ってもなあ……まあ、最終的には造るとは思うけど」


 俺が苦笑すると、遠くにアンドレが見えた。

 数人の男を引き連れてやって来るようだ。


 この丘は見晴らしが実に良い。


 ……来たか、さてどんなヤツなんだろう?


 俺は別にDIYを楽しんでいた訳ではない。

 人を待っていたのだ。


 山に住まう異民族、エルワーニェの王。


 これから俺が拓く山の主だ。



 山の民との交易を通してエルワーニェの王と会談を求めていたのが実ったのだ……アンドレの大手柄だ。




………………




 俺は丘の上に作られた広場でエルワーニェの一行を出迎えた。


 彼らは6人。


 全員が何本も手槍を持ち、毛皮で作られた衣服を着ている……暑くないのだろうか?

 皆、顔には何かの塗料で青いラインを引いている。


「良く来てくれた、エルワーニェの方々」

「パーソロンだ。ベイスンの若き王よ」


 立派な首飾りを着けた男が答えた。

 赤、緑、黒、白……色とりどりの石で作られた重そうな首飾りだ。


 恐らくは彼が長なのだろう。


 赤い髪の逞しい大男だ。

 髭がモジャモジャと生えているが意外と若そうにも感じる。

 いかにも強そうだ。


 俺は彼の言葉に「はて」と首を傾げた。

 少し訛りが強いが言葉は通じる……しかし、パーソロンとは知らない単語だ。


「我らはパーソロン族、エルワーニェとは言わぬ」


 俺は「なるほど」と頷いた。


 エルワーニェは「辺境に住んでる人」とか「蛮族」と言ったニュアンスがある。

 アモロス人からの蔑称なのだ。

 彼らの自称がパーソロンなのだろう。


 ……だが、ベイスンとは?


「失礼したパーソロンの王よ。ベイスンとは何か?」

「我らはこの盆地をベイスンと呼ぶ」


 ……なるほど、リオンクール盆地の事か……ベイスン、ね。


「これは土産だ、納めてほしい」


 パーソロンの王の言葉で供の者たちが毛皮を差し出した。

 熊や鹿の毛皮と、色とりどりの石が並べられていく。


「パーソロンの王、ありがたく頂戴する……これは返礼だ、受け取ってほしい」


 俺が指示をすると、ライ麦が詰まった袋と鉄器が並べられる。


 今までも彼らパーソロン族が山から降りてきて交易は行っていた。

 彼らは獣肉や毛皮を持ち込み、穀物や鉄器を持ち帰るのだ。


 パーソロンの王がニッと笑い「俺はニアールだ」と名乗った。


「よろしく、俺はバリアンだ」


 俺たちは互いに名乗り、酒を飲みながらの会談となる。


 ニアールは単刀直入、聞きたい質問はズバズバと尋ねてくる。


「我らの山に道を拓き、何とするのだ? 天神(ティエングリ)の許可は得たのか?」

「天神とは何だ?」


 とは言え、この調子で会談は中々進まない。

 社会制度が違うのだ。

 常識も違えば宗教も違う。


「天神とは天の意思だ」

「そうか……天神に許可を得るにはどうしたら良いのだ?」


 俺の質問にニアールは首を振る。


「天神の意思は祈祷師に聞くしかない。1度我が国にも来てほしい」

「分かった。いつでも行こう。そちらの都合がつき次第、向かうとしよう」


 俺とニアールは頷き合う。


 とりあえず天神は置いておき、俺は彼らに道を拓くメリットを伝えることにした。


「山に道を通せば交易は大きくなり、互いの不足は補い合える。飢えることは減り、互いの文化も学べるだろう。人が行き交い、理解が進めば無用の(いさか)いも無くなるはずだ」


 俺はニアールたちに実利を説く。

 彼らは頷き、納得したようだが色良い返事はない。

 やはり「天神」の意思を確認してからのようだ。


 ……まあ、仕方ない。1度に全てが解決すると思うのが間違いだ。気長に行こう……


 互いに酔いが回り、とりとめの無い話も増えてきた。


「バリアン、お前は熊に勝てるか? 1人でだぞ」


 ニアールが得意気に顎を上げた。

 諸肌脱ぎとなり、肌を晒すと逞しい左肩に凄まじい傷痕がある。


「俺は槍で仕留めた。槍を投げるのだ」


 ニアールは不思議な形の棒を見せてくれた。

 端が鉤状になった数十センチの木の棒だ。


「いや、熊と戦ったことはない。この棒はなんだ?」


 俺が尋ねるとニアールは嬉しそうに笑った。

 まるで子供がオモチャを自慢するような無邪気さがある。


「知らぬか? こうして使うのだ」


 ニアールは立ち上がると「フオォウ」と甲高い掛け声と共に槍を投げた。

 槍は唸りをあげ、深々と立ち木に突き刺さった。

 凄まじい威力だ。


 ……凄い、まるでミサイルだ……


 俺はその不思議な棒に釘付けになった。



 この棒はスピアスローワーと呼ばれる器具だ。

 棒の端が鉤状になっており、槍を引っ掻けて投擲する。

 棒の端を握りながら投げれば腕の長さに棒の長さが加わり、遠心力により投げ槍の射程距離も威力も増す。


 世界各地で使われた器具ではあるが、弓矢の普及により廃れていった。


 しかし、パーソロン族は熊などの大型の獣を狩るために威力の高いスピアスローワーを使い続けているようだ。


 スピアスローワーはアトラトルとも呼ばれる。



「どうだ? お前たちには出来まい」


 ニアールは得意気に鼻を膨らませた。


 ……なるほど、強さアピールか、分かりやすい……


 俺はニヤリと笑う。

 こう言うヤツは嫌いじゃない。


「凄いな。その槍で熊を倒したのか? 俺は熊狩りを見たことがない。教えてくれるか?」

「うむ、熊とはな……」


 俺とニアールはすぐに打ち解けた。


 ニアールは様々な事情を教えてくれた。


 エルワーニェと呼ばれる山岳部族は幾つもの氏族に別れていること。

 互いに争う部族もあること。


 飢えに苦しむ者が多いこと。


「故に、俺は道を拓き、穀物が欲しい。是非とも天神に是非を問うてくれ」


 ニアールは酔いの回った目で「なあ?おまえたち」と供の男たちに問いかけた。

 皆が同意見のようだ。



 ……天神、ね……



 俺は曖昧に頷き、パーソロン族の集落を訪ねる約束をした。



 俺は山岳部族の協力を得られなければ、道を拓くためにエルワーニェたちを駆逐しなければならないと考えていた。


 当たり前だが、いちいち軍を派遣して彼らの集落を破壊し、街道を守る砦を造るには莫大な資金がいる。

 仲良くした方が費用はずっと安い。


 彼らが思っていたよりも友好的で助かった。


「なあ、パーソロン族は人を食うのか?」

「いや、俺は食ったことはない。昔は敵の族長を殺したときは心臓を出して食らったらしい」


 ニアールは「俺の祖父と伯父は食われてるけどな」と寂しげに笑った。


 パーソロン族はどうやらマーリージャ族とやらに圧されているらしい。


 これは好都合だ。

 手を組むなら弱ってる相手の方が容易い。


「兵が必要ならば傭兵として派遣しよう」

「そうか。ならば道が通じるように天神に祈らねばな」


 俺の提案に、ニアールは笑い「今日は楽しかった」と告げるや立ち上がった。

 供の男たちもそれに続く。


 随分と急なアクションだが彼らに戸惑いは見られない。


「もう行くのか?」

「ああ、俺たちはベイスンでは休まない。先祖の言い付けさ」


 俺は「そうか」と告げると見送るために立ち上がった。


「またすぐに使いを出す、見送りは不要だ」


 ニアールは笑い、歩き出した。

 力強さを感じる歩みだ。



「凄い奴らでしたね……何だか野蛮を絵に書いたような」


 しばらく後にアンドレがポツリと呟いた。


「そうか?」


 俺が苦笑する。

 日本人から見たらアモロス人だって十分に野蛮だと言われるだろう。

 大きな違いはない。


 だが、アンドレはその多少の「違い」に反応している。


 ……やはり宗教は社会のOSみたいなもんだ。これの違いは大きいか……ならば……


 その後、俺はリンネル師に手紙を書いた。


『エルワーニェと交流を持ち始めた。彼らに聖天の光を届けて欲しい』


 俺はリンネル師にエルワーニェに向けての布教を依頼したのだ。


 天神を信仰するパーソロン族にすれば大きなお世話だろうが、違う信仰を持つ集団は扱いづらい。

 俺のために改宗して貰おうと思う。

 道を拓くのも、聖天教を広めるのも「俺のため」だ。


 文化や宗教を急に変えるのは良くない。

 徐々に、布教や交易を通してリオンクール化して貰おう。

 遅効性の毒のように、気がつく前に蝕むのだ。


 異民族を手懐け、交易で稼ぐ。

 いずれは俺の跡を継ぐ息子たちに、少しでも楽をさせてやりたい。



 貧乏とはおさらばだ。



 俺は明るい未来を想像し、決意を新たにした。




………………




 次にパーソロン族が現れたのはわずか4日後だった。



 この案内人と共に山に登る。


 蛮人エルワーニェの土地に足を踏み入れるのだ。


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