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63話 君の名は

 5年が経った。

 今は23才の春である。



 この5年、俺は内治に力を入れた。


 この間のリオンクールには戦争らしい戦争も無く、王都からの出兵の要請も無かった。


 とは言え、アモロス王国に紛争が無かった訳ではない。


 我らリオンクールには動員令が無かっただけ……要は「見たらアカン奴ら」扱いされていて、他から声が掛からないのだ。


 何せウチは近年問題やスキャンダル続きである。

 アモロスの腫れ物扱いなのだ。



 それならそれで構わないと俺は領内で必死で働いた。

 試したい事はいくらでもあったのだ。


 特に力を入れたのは開拓地の開発、領都の衛生、城塞都市ポルトゥの強化である。



 その甲斐もあって、開拓地は目に見えて大きくなり、踏み車も3基目を設置した。


 ある程度開拓が進んだことにより、安心した平民の三男四男といった者らが入植を始めた。

 彼らの勤労意欲は凄まじく、結果として農地が急速に広がり水が足りなくなったのだ。


 彼らは実家に居れば家畜と等しい扱いであるが、開墾さえすれば自らの一家を構えることが出来るのである。

 初期費用を借金してでも入植地に飛びついたのも無理はない。

 

 ちなみに彼らが借金をしたのは俺からである。

 返済は毎年の年貢で無理なく返済できるように設定したつもりだ。


 開拓地では最近は農耕だけでなく、ヤギの放牧や養蜂を担う者も現れた……良いことだと思う。


 まだまだ開拓地は大きくなるだろう。



 要塞都市ポルトゥでは城壁から張り出す形で防御塔を増築した。

 和風に言えば出丸だ。


 平面的だった城壁に凹凸を付けることで射線を交差させ、防御力を高めたのだ。

 特に城門前の敵は正面左右と3方向から攻撃できる配置にした。

 新しい試みとしては矢狭間や銃眼も増設した。


 リオンクール盆地の城門にあたるポルトゥの改修は重要度が高い。


 歴代のリオンクール伯爵が改修を重ね、俺も新たに手を加えたのだ。


 ある意味で我が家の歴史がここに刻み付けられている。



 そして領都の衛生環境だが……




………………




 領都



「バリアン様が来るぞっ!」

「早く隠れろっ!」

「怖いよー! 母ちゃんどこ!?」


 最近、俺が領都を歩くと軽いパニックが起こる。

 何故か?


 答えは簡単だ。

 殴られるからだ。


 俺は領都の衛生環境を高めるためにゴミ捨て場を指定した。

 生ゴミなどは下級役人が集め、城外の豚舎へ運び出すシステムになっている。


 しかし、結果は散々なものだった……失敗したのだ。


 皆がゴミ捨て場を使わず、好き勝手にゴミを捨て、さらに生ゴミを餌にしていた豚が減ったことにより領都の衛生環境が悪化した。

 豚が減った事情は57話参照だ。


 決まった場所にゴミを捨てる。

 たった、これだけだけの事が上手く機能しなかった。

 何故か?


 答えは簡単だ。

 住民がゴミ捨て場を使わないからだ。



 この問題に俺は頭を悩ませた。



 先ず、何故決められた場所にゴミを捨てることすら出来ないのか?

 これは習慣が無いからだ。


 ならば、新たな習慣を身に付けさせるにはどうしたら良いか?

 従わなければ目に見える罰を与えれば良いのだ。


 大抵の人間は「俺には関係ないや」と考えれば興味を失う。

 そうならないために、分かりやすく「自分も無関係ではいられないぞ」と思わせるようなインパクトのある罰を与える。


 即ち、俺自らが巡回し、ゴミ捨て場以外にゴミを捨てた者を鞭で殴るのだ。

 とは言っても俺が本気で殴れば洒落になら無い怪我を負わせてしまう。


 音が派手になるが、実際は柔らかい感じに工夫した鞭を使用する。

 この鞭は俺の依頼により開拓地の職人たちが開発した優れものだ。


 開拓地では奴隷や子供の躾などで有効だと、わりと普及している。

 アンセルムなどは奴隷に打たれて喜んでいるそうだ。

 色々な使い方があるらしい。


 それでも、殴られれば痛いのに変わりは無い。



 結果は大成功。



 不定期に俺が同胞団と見回り続けたことで不法投棄は数を減らし、領都の衛生環境は見る見るうちに向上した。


 豚もかなりの数が減り(冬の度に潰して食べるから)、豚もゴミも馬糞も無い清潔な町が生まれつつある。



 しかし、衛生観念の無い領民たちは俺を恐怖の対象と見なすようになった。



 住民からすれば、俺は気紛れに町をうろつき、町の者を殴りたいから難癖つけて鞭を振るっているように見えるらしい。


 今もすれ違う子供に泣かれている。


「助けてーっ!? うわーん! お母ちゃーん!!」


 俺が困惑の眼差しを子供に向けると領民の視線が俺に集まるのが分かる。


むごい、あんな小さな子を」

「バリアン様は人を殴るのがお好きだから……」

「ああ、神様!」


 住民の(ささや)きが聞こえる。


 理解されないのは分かってたけど、悲しくないわけでは無い。


 子供の母親が駆け付け「代わりに私がぶたれます!」とか言い出してる。


 ……何だこれ? どういう状況なんだ?


 俺は内心で困惑する。


「まだ子供なんです! お見逃しを!? お慈悲を!!」


 母親がガタガタ震えながら俺にすがり付く。


 ……あー、別に殴りたいわけじゃないのよ?


「う、うむ……その心に免じて許そう」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 俺が許す(?)と母親が涙ながらに感謝し、周囲の住民も安堵の声をあげた。

 中には貰い泣きしている者もいる……訳が分からない。


 ……なんだかなあ。


 俺は足早にその場を去った。



 しかし、この巡回には思わぬ副産物があった。

 領都の治安が目に見えて向上したのだ。


 それはそうである。

 俺や同胞団の巡回中におかしな真似をするバカはそうはいない。

 自然と防犯パトロールになっていたのだ。


 俺は巡回の効果を認め、領都内に同胞団の宿舎……一種の警察署を複数建設した。


 宿舎から決められたエリアを巡回し、定期的に町を見回る。

 これだけで犯罪がグンと減ったのだ。


 もちろん、おかしな汚職を防ぐために定期的に開拓地の同胞団員と交代制とした。

 日本でも岡っ引きの汚職は酷かったらしいからな。


 衛生と治安が向上し、戦が無かったことで人口も微増した。

 次は凍死者を減らすためにロケットストーブや、冬のビタミン不足解消にザワークラウトの普及に努めたい。




………………




 これらの施政により領都の環境は劇的に改善され、リオンクール領内の人口は増え続けた。


 バリアンの統治により、衛生的な生活で病人が減り、凍死者は減り、貧民は職を得る。

 ザワークラウトなどの普及も行われ、冬季における住民のビタミン不足も改善されたようだ。


 これらは数百年後に「類い稀な善政」「時代を超えた政策」と絶賛されるのだが……残念なことに同時代人にはあまり理解されなかったようである。

 

 バリアンが歩く先で、また子供が泣いたようだ。




………………




 プライベートも充実していた。


 先ず、子供だ。


 俺の子供は現在4人もいる。


 スミナは始め女の子を産み、続けて男の子を産んだ。

 年子と言うやつである。


 母上から教わった体位のお陰だろうか……だとすれば凄い話だと思う。


 長女はエマ。長男はロベールと名付けた。

 兄と同じ名だが、色々な想いがここには有る。

 3才と2才だ。


 ロベールと名付けられた黒目黒髪の長男をリュシエンヌは溺愛した。

 何オクターブか高い声で「ロベール、ロベール」と猫可愛がりするのだ。

 きっと早世した兄と重ね合わせているのだろう。


 ちなみにエマも黒目黒髪である。

 


 ベルは男の子を出産し、男の子が2人。

 次男は産まれたばかりで、レイモンと名付けられた。

 金髪青い目のベルに良く似た可愛い赤ちゃんだ。


 俺の長子になるシモンは5才……何と言うか、俺に似ているらしい。

 田中(おれ)が入る前のバリアンに似ているようだ。


 シモンは大きな体の悪ガキだ。

 オツムは少しばかり心配だが……まあ、健康でありがたいと思っている。



 今日も俺とベルが屋敷でイチャイチャしていたらシモンが棒を持ってやってきた。

 コイツは俺が屋敷にいると邪魔ばかりする。


「ちちうえ、けんをおしえてくれ」

「まあ、良いが……ちょっと待てないか? 俺は母上の尻を撫でるのに忙しい」


 ちなみにベルは尻に張り付く俺を無視してレイモンのオシメを取り替えている。


 2度の出産を経験したベルの体は柔らかさを増し、母乳の量も豊富で俺を喜ばせてくれる。

 尻も例外ではない。


 ちなみにスミナはオッパイがデカイわりに母乳の量が少ないらしく、乳母を雇ったほどだ。

 不思議な話である。


 この辺は男の俺には分からない女体の神秘と言うやつだろう。


「とうさまは、かあさまのしりをいつもさわってる。きょうはおれのばんだ」

「分かったよ、それよりも自分の名前と親の名前くらいは言えるようになったか? 言えたら稽古してやろう」


 幼いシモンはムッと膨れたが、仕方がない。

 コイツは最近まで俺の事を「父上」って名前だと思っていたのだ。


「おれはシモン! シモン・ド・リオンクール! ちちうえはバリアン! ははうえはアルレットだ!」


 俺は「ん?」と首を傾げた。

 アルレットとは始めて聞く名だ。


「はて、アルレット……」


 俺が呟くと、尻からベルの緊張が伝わった気がした。

 俺はベルの尻から顔を離した。


「アルレット、愛しているよ」


 俺が囁くと、ベルは顔を赤くして「……不覚」と呻いた。


 ……いや、何かそんな反応されると、つい苛めたくなるじゃないか……


 俺はベルの腰を抱き「アルレット」と再度囁いた。


「私はベルです、ベルとお呼びください」

「分かったよ、アルレット」


 俺が茶化すと、キッと睨まれた。

 もう止めとこう。


「良く言えたな、剣の稽古をしようか」

「おう」


 俺は誤魔化すようにシモンに声を掛けて庭に出た。

 ベルをアルレットと呼ぶのはベッドの中だけにしよう。

 俺は内心で「よくやった」と褒め、息子の相手をした。


 シモンは全く遠慮が無い。

 いきなり棒を振り回して殴りかかってくる。

 子供とは言え当たれば痛そうだ。


 俺もシモンとの稽古は手を抜かない。

 中途半端な稽古で自信をつけて死んでほしくはないからだ。

 何度も打ちすえ、突き飛ばす。


 しかし、シモンはガッツがあり、俺が転ばそうが叩こうが歯を食いしばって向かってくるのだ。

 その闘志は、時に俺がハッとするモノがある。


「シモン、剣はな、振り回すより突くんだ……見てろよ」


 俺は手本を見せ、シモンに繰り返しやらせる。


 ジローが俺に教えてくれたままを伝えたつもりだ……シモンは嬉しそうに歯を見せ、飽きることなく剣を突き出す。

 こいつは筋が良い。


「お前は強くなりそうだ。母上やレイモンを守れよ」

「おう」


 シモンは生意気で聞き分けの無い悪ガキだが、体が大きくて運動神経が良い。



 将来が楽しみだと思うのは親バカだろうか?




………………




 この5年でリオンクール内は安定し、俺の資産も増え続けた。


 砂糖だけでなく、製糖作業させていた奴隷の中に石鹸を作り出せる者が現れたのだ(石鹸づくりの失敗は25話参照)。


 俺が教えた工程で、なぜかコイツだけが安定して石鹸を生産する……実に不思議だ。


 石鹸と言っても固まりきっていない柔らかな物だが、十分に泡がたつ。


 この石鹸を作り出した奴隷は褒美として解放奴隷にし、今では石鹸工場の工場長だ。平民になる日も近いだろう。


 新しい砂糖工場も稼働し、俺の資産は増え続けた。



 リオンクールの地も、ゆっくりだが良い方向に向かいつつある。



 そろそろ拡張の時期だ。


 豊かになれば狙われる。その前に更なる力をつける必要がある。



 俺は開拓地の北から山道を拡げ、新たな交易路を拓く決意をした。

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