62話 真の勝者
久しぶりに手動更新ができました。
俺たちがバリアン派の暴徒に接近すると、群衆は明らかな警戒を見せた。
数は想像していた程ではなく1000人強と言った程度だろうか……動きが鈍く、統一された動きは感じられない。
俺はもっと「暴徒」って感じを想像していたが、山荘を取り囲んだ群衆は暴れてはいない。
どちらかと言えばデモ隊のような抗議の声を上げているようだ。
群衆は叔父のロドリグが率いる軍勢と本格的な衝突には至っていない。
俺とロドリグは協力してリオンクールを統治している間柄である。
それがバリアン派とロドリグの間にはおかしな遠慮のようなモノを生み、武力衝突を避けたものか……ロドリグが大声で群衆に語りかけているのが遠目に見える。
だが、揉み合いや小突き合いは有ったようで、中には血を流している者もいる。
「……軍勢は、ここで止めろ、ドレルムと……」
「分かりました。我々3人だけで」
ロロは正確に俺の意図を汲み取ってくれる。
俺とロロは軍勢に先行して群衆に近づいていく。
続くのはドレルムだけだ。
「道を開けろ! バリアン様が通るぞ!!」
ロロが声を張り上げると群衆がどよめいた。
所々で「バリアンさま」とか「おいたわしい」などの反応が聞こえる。
俺は姿を見せて元気アピールをしたかったのだが、如何せん元気が無かった。
彼らが見たのは歯医者の診療台もどきに括りつけられ、上も下も汚物まみれのグッタリした俺の姿なのだ。
「毒婦を殺せっ!」
「復讐だ!」
誰かが叫んだ。
その声に応じたように、群衆のどよめきが怒号に変わるのに時間はかからなかった。
「バリアン様っ! こいつは不味い!!」
「……いや、山荘まで進め……」
群衆を掻き分けるようにロロは「バリアン様が通るぞ!!」と怒鳴りながら進む。
「バリアン! 大丈夫なのか!? そこを開けろ! バリアンを通せ!!」
叔父の声が聞こえる。
なんだか喧騒に当てられてクラクラしてきた。
「……い、……が……!」
ドレルムが何やら話しかけてきたが、聞き取れない。
すまんな、気分が悪すぎる。
俺は胃液を吐き出した。
ロロが群衆に向かって怒鳴り声を上げている。
あんなに怒るロロは見たこと無い。
……駄目だ、眠い。
……体が、痛い。
俺はここで意識を手放した。
………………
俺が目を覚ましたのは見慣れた部屋だった。
領都の屋敷だ。
「……夢、オチ?」
俺は体を動かそうとするが、身動きすら許さぬほどの筋肉痛がそれを妨げる。
体中が痛い。
夢ではないらしい。
服や体は清められていた。
「お気づきになりましたか? まだお楽になさって下さい」
不意に声を掛けられた……そちらを見ると
知らない爺さんがいた。
……誰?
血の入った桶と見慣れない刃物を持っている……怪しい。
普通はこういう展開だと、妻とか妹が泣きながら抱きついてくるのでは無かろうか?
なんだコイツは?
「どちら様ですか?」
「私はユーリの子、ラノです。領都で医師をしております。お屋敷にも呼ばれておりますよ」
ラノは白い髭をゴシゴシとしごく。
彼の手には血が付いてたみたいで、見る見るうちにスプラッターな感じになっていく。
……ラノって言われても全然知らんな……
見たことも聞いたこともない。
「嘘だ。俺はお前なぞ知らん」
「そんな! それはバリアン様がお健やかにお過ごしなだけです!」
ラノは大袈裟なリアクションで仰け反った。
酷くウザい。
ラノは泣きそうな顔で「信じてください」と血塗れの顔を近づけてくる……正直止めて欲しい。
「わかったよ、確かに俺は病気をしたのは初めてだしな……で、何で血塗れなんだ?」
「はい、瀉血を施し、悪い血を出しました。すると間も無く意識を取り戻されました」
ラノは自慢げに鼻を膨らませている。
……瀉血か……ふうん、効果あるんだな……
そう言えば大分と気分が良い。
左腕を確認したら引っ掻き傷のようなモノがあった。
瀉血は6話参照だ。
「そうか、済まなかったな。随分良くなったようだ」
「はい、血を流したお陰で熱も下がったようです。何よりです」
ラノは薬のようなモノを用意し始めた……せめて手を洗って欲しい。
「これは毒か病気か?」
「毒です。ムカデや蜂から作る毒で体がマヒをするのです。様々な治療がありますが、悪い血を出すのが即効性があります」
ラノは自信ありげに言い切った。
俺はその姿に「むうん」と唸る。
毒を飲まされた記憶はないし、皆と同じモノを食べていた……となると、敵の武器に塗ってあったのかもしれない。
「毒だと言うことは伏せてくれ。何か流行り病だと説明を頼む」
「分かりました。私はこれで下がりますが、何かあればお呼びください」
ラノは簡単に承知した。
伯爵の屋敷に出入りすればこのような事には慣れるのかも知れない。
ラノは部屋から退出し、俺は目を閉じた。
……瀉血に、毒か……
俺は色々考えるうちに、いつの間にか眠りに落ちていった。
瀉血に医学的な効果が有るかどうかは微妙なところだ。
たしかに現代でも一部の病気には瀉血が有効であるとされ、多血症やC型肝炎の治療で瀉血をすることもある。
しかし、解毒や夏風邪に効くか……と言われれば眉唾であろう。
ケースバイケースなのかも知れないが、その多くに科学的な根拠が乏しいのも事実だ。
このラノの見立ては完全なる誤診であるが、バリアンが知る由も無い。
これ以後、バリアンは瀉血を毒消しの効果的な治療だと誤解し、リオンクールで広めてしまうが……ある意味、これは仕方の無いことであろう。
幸か不幸か、バリアンが瀉血を受けた時期と体調が好転した時期が重なったのである。
為政者の思い違いが、誤った政策に及んだ例は世の中にいくらでもあるのだ。
………………
その後
俺の体が回復するまで半月ほど掛かった。
その間の俺は自宅でスミナとお医者さんごっこしたり、スミナと間違ったフリをしてカティアの尻を揉んだりしていた。
いい尻だった。
カティアが結婚したら気軽にセクハラが出来なくなる……この位は許せ。
後は侍女に尿瓶を使ってもらった時は、俺の中で何かが目覚めそうだったな。
そうそう、忘れていた……和平だ。
ドレルムとの和平交渉は叔父のロドリグが中心となり、纏まっていった。
山荘を取り囲んだ群衆はフロリーアがドレルムに引き取られる、つまりリオンクールから追放されると知り、歓呼の声を上げたそうだ。
このときのドレルムの胸中は分からない。
彼らが怒号を上げる中、俺は怯まずに山荘を守った……と言われているらしい。
実際は馬の上で気絶していただけだが、俺が守る形になったことで群衆は鎮まり、山荘は無事であったそうだ。
ただ、問題が1つ……フロリーアは妊娠していた。
ルドルフの子供だ。
これを知ったドレルムは激怒し、ルドルフと殴り合いの大喧嘩をしたそうだ。
最後は夕日の土手でダブルノックダウン……とは行かず、鈍りきったルドルフが現役バリバリのドレルムにコテンパンにされたらしい。
それは仕方ないだろう。
しかし、俺の息子より年下の弟妹ができた……何だか複雑だ。
トリスタンと新しい弟妹は永久的な継承権の放棄を条件にドレルム家に引き取られていったようだ。
そもそも、トリスタンのような継承の正統性が高い者が領外に出るのを嫌うのは、外で兵を募り継承戦争を仕掛けてくる危険があるからだ。
今回のように「絶対にリオンクールに戻りません」みたいな約束があれば少しはマシだが……しかし、約束は破る気が有れば破れるのが問題だ。
俺が和平の主導をしたなら絶対にトリスタンと新たな弟妹が領外に出るのは許さなかっただろう。
ロドリグはこの辺の判断が少々甘い。
……まあ、継承の渦中からは外れた人だからな……イメージがわかないのだろう……
言いたいことはあるが、交渉の席にすら着けなかった俺が文句を言える筋合いではない。
俺はこの裁定を受け入れた。
つまり、今回の戦争の勝者はフロリーアだ。
彼女の目的である「トリスタンを守る」を完遂したのだ。正に母の執念である。
ルドルフは完全に家庭生活が崩壊した。
今回の件でリュシエンヌとの関係は修復不可能なまでに破綻し、俺に一言もなく王都に行ったらしい。
要は家出だ。
現役の伯爵が出奔したのである。
もう訳が分からない。
地方政権の元首が「家出」という言い訳の効かぬ理由で職務を放棄したのだ……それなりの大騒ぎとなり、叔父上は対応に大忙しだったそうだ。
……まあ、自業自得とは言え、ルドルフに同情すべき余地も、無いでもない。
息子と弟に実権を奪われ、愛人と別れ、妻に嫌われた……俺でも家出するかもしれないとは思う。
しかし問題が1つ……ルドルフは現役の伯爵のまま家出してしまったのだ。
これによりリオンクール家は王都でルドルフが、領都で俺が統治する事になる。
ある種の二元的支配が始まったのだが、領地を抑えている俺の主導なのは間違いない。
長きに渡った伯爵位を巡る後継者争いに終止符が打たれたのだ。
ここからは少し未来の話になるが……俺はたまに来るルドルフからの手紙……金の無心や、新しい俺の弟妹「たち」の消息を楽しみにした。
そう、王都に隠居したルドルフは奴隷出身の愛人を大勢囲い、子供を量産した……家督を継げない非嫡出の子供らだが、リオンクール家は今後数十年に渡り「ルドルフの私生児」を名乗る者たちに悩まされ続ける負の遺産を抱えたのだ。
実の親父の奴隷ハーレムである……凄いな、としかコメントできない。
俺は始め、ルドルフはフロリーアを迎えに行ったと勘違いし「そこまでフロリーアを愛していたのか」と感動すらしたのだが、全然違ったようだ。
……ルドルフとフロリーア、不道徳の代名詞とされた彼らは自らの望む未来を手にしたのである。
そして俺が得たものは何か……まあ、一番大きいのは後継者争いの勝利だろう。
しかし、莫大な戦費を使い、兵を殺し、新たな汚名を被ってまで得た価値があるのかは微妙だ。
俺は兄を殺した容疑者であり、父を幽閉し、父と義理の姉を追放した。
もう完全に時代の悪役である。
『強くてズルくて悪いやつ』
これが世間の俺に対するイメージだ。
……まあ、いいさ……次に活かせれば……
どのような泥や汚名を被っても自らの目的に向かって突き進み、自らの望む結果を得たルドルフとフロリーア。
俺はこの2人から多くのことを学んだのだ。
区切りの良い所まで進んだので、要望のあった章の分割と人物紹介を検討します。





