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61話 失われた尊厳

ヘルパンギーナは重症化すると立てなくなります。

私の体験が元ですので症例1でしかありません。個人差は当然あります。

 和平交渉はすんなりと進んだ。

 俺があっさりと頭を下げたことでメンゲ男爵の息子の面目は保たれたからである。



 しかし、俺の体調は悪化した。

 高熱が続き、喉が激しく痛む。

 口の中に水疱もできたようだ。

 全身筋肉痛と倦怠感は悪化し、もはや杖無しで立ち上がるのも儘ならない。

 歩くのもヨチヨチ歩きだ。



 恐らくはバリアンの病気はヘルパンギーナ、いわゆる「夏風邪」だ。

 大人が罹患することは稀ではあるが、その場合は思わぬ重症化することがある。

 籠城している兵士か接触した敵兵かが保菌していたのだろうか……ヘルパンギーナは夏風邪ではあるが、実は一年中感染する可能性のある病気でもある。

 作者も季節外れの時期に罹患し、酷い目に会ったものだ。



 だが、バリアンやリオンクールの民にとって、病気の特定はできない。


 健康そのもののバリアンが倒れた……やはり「毒」を連想したものは多くいたのだ。


『バリアンが毒に倒れた』


 このニュースは敵味方を問わず、一気に広まっていった。




………………




 和平交渉は纏まり、俺とメンゲは両軍の中程に歩を進め、向かい合った。


 本来は互いに一人づつの決まりだが、俺の体調は極めて悪い。

 俺はロロに肩を借りながら歩を進めた。


 その様子に互いの陣からどよめきが起こった。


「……メンゲ卿、過日の、無礼を……お許し下さい」


 俺が弱々しく謝り、(ひざまづ)く。

 あごのどが痛くて上手く言葉が出ない。


 この姿にメンゲは衝撃を受けたようだ。


「リオンクール卿、謝罪を受け入れます。どうかお立ちください」


 メンゲは俺を助け起こし「父の暴言をお許し下さい」と跪いた。


「……受け、入れます……メンゲ卿」


 俺が頷き、互いにハグをして和平は成立。


 これでメンゲとバシュラールの軍は引き上げることになる。

 ヴァーブルの軍はドレルムとの和平が成立するまで待機だ。


「リオンクール卿が毒を飲まれた噂は誠でありましたか」


 メンゲは痛ましそうに顔をしかめる。

 どうやら良いヤツっぽい。


 見た目も小男だった親父に似ず、スラリとした美男である。

 戦場ゆえに手入れのされていない無精髭がセクシーだ。


「……いや、我が領内に、は……毒を好む者はおりません……不徳の者に神が、罰を、与えたのでしょう……」


 俺の言葉にメンゲが感じ入ったように頷く。


「もし、リオンクール卿が万全であったならば、私は首になっていたのでしょうな」


 メンゲは「御免」と短く告げて踵を返した。

 これは彼のリップサービスではあるが、心底俺に同情したのだろう。

 俺には彼の心情が伝わった。



 ……これで半分は方がついた……問題はドレルムだが……



 俺が「はあー」とため息をつくと、ロロが慌てて俺を支えた。




………………




 翌日



 ドレルムの軍はリオンクールから出した道案内の軍と共に領都へと向かう手はずとなった。


 城塞都市ポルトゥで俺とドレルムは向かい合っていた……とは言え、立つことすら辛い俺は座ったままだ。


「どうやら本当に毒か」

「……さあ?」


 俺は喋るのもしんどい。


「昨日は無理したみたいだな。大袈裟な奴だと思ったが、想像より酷い顔色だ」


 ドレルムは怒っている。

 戦場で対峙していた騎士に毒を盛るなど、彼からすれば己への侮辱に等しいのだ。


 実は和平交渉の際も「バリアンが倒れたならば攻撃のチャンスだ」と言う尤もな意見もあったらしい。

 それを、ドレルムが封じた。


 彼は良くも悪しくも立派な男である。

 それ故に、敵対した事情が情けない。


「薬は飲んでるのか?」

「……一応は……効いてるのかな?」


 ドレルムは「話は鷹とつけるから寝てろ」と言い、部屋から退出した。

 気を使ってくれたのだろう。


 案内の軍は200人程をジャンとポンセロが率いる。

 ドレルムの軍は170人程だ。負傷者はヴァーブルの陣に預けたらしい。


 俺はドレルムの率いる軍が少ないと知り彼を謀殺しようかとも考えたが、そこまでしてドレルムを殺す意味は薄い。


 ここでヴァーブル軍を刺激するよりはドレルムを助けた方が得だとソロバンを弾いたのだ。


 つまらない打算である。


 後はルドルフとフロリーアの過ごす別荘に向かえば終わる……筈だった。




………………




しばらく後



「バリアン様、大変です!! 領内のバリアン派が蜂起しました!」

「は?」


 慌てたアンドレが部屋に飛び込んできた。

 どうやらポンセロからの急使があったらしい。


 領内のバリアン派が蜂起し、ルドルフの別荘を取り囲んでいるようだ。

 その数は分からず、多数とのみ報告された。

 叔父上の軍を下回ることは無いだろう。


 今は叔父上の軍が別荘を守り食い止めているらしいが、一触即発の状態らしい。

 ドレルムの軍も立ち往生しているようだ。


 俺は報告の意味が分からなかった。


 トリスタン派ならば分かる。

 フロリーアがドレルムに連れ戻されればトリスタンの保護者は無くなり、俺がトリスタンを出家でもさせればゲームセットだからだ。


 だが、なぜバリアン派が蜂起する必要があるのか?


「理由は?」

「それが……」


 アンドレは言いよどむが、俺が「教えてくれ」と促すと頷いた。


「バリアン様が倒れたのは毒であると、そして……」


 アンドレの説明は簡潔だった。

 要は俺が倒れたのは毒を盛られたからだと言う噂が流れ「毒」と「毒婦」のイメージが結び付いた。

 そして、バリアン派が復讐の為にフロリーアを殺そうと暴発したのだ。


 ……なんだそりゃ? バカバカしい……


 しかも、このタイミングである……目眩がした。


 俺をこんなに困らせて、お前らは一体何がしたいんだと一人づつ説教してやりたい気分だ。


 だが、現実は変わらない。


「……アンドレ、俺が行く。ロロと共に、付いてきてくれ……ここは、ジローに任せろ」



 俺は痛む体を無理矢理起こし、杖にすがってヨチヨチと歩く。

 関節がギシギシと軋み「ぐくっ」と変な声が漏れた。


 アンドレもロロも俺を止めたが仕方がない。


 俺は板に体を縛り付けられ、同胞団に担がれながら現場へ急行した。


 今の俺を暗殺しようと思えば100%成功するだろう。

 完全に身動きができない。


 同胞団でも生え抜き格の者が板を担ぎ、「ソイヤ!ソイヤ!」と威勢よく駆け抜ける。



 俺は運ばれながら考えた……この暴発は誰かの意図したものかと。


 先ず疑わしいのは連合軍だ。

 俺に毒を盛り、バリアン派を煽る……確かに有りそうだが、和平は成立寸前だ。

 戦闘中ならまだしも、今の状況で暴発させる意味が分からない。

 遅れて仕掛けが発動したのだろうか?


 次の容疑者は母親であるリュシエンヌか。

 目障りなフロリーアを殺害するためにバリアン派を煽った……無くはない。

 しかし、わざわざ殺さなくてもドレルムと和議が成立すればフロリーアは返還されるだろう。

 やはり意味が分からない。


 ならば偶発か?


 扇動者がいなければ俺が元気な姿を見せれば鎮静化するかもしれない。


 ……問題は、俺に元気が無いことだが……


 どうでも良いけど、酷く酔うなこれ。

 気持ち悪くなってきた。


「「ソイヤッ!! ソイヤッ!!」」

「ちょっ、ストップ……気持ち悪い、吐きそう」

「「ソイヤッ!! ソイヤッ!!」」


 俺が弱音は同胞団の威勢の良い掛け声にかき消され、俺は半泣きになりながら運ばれる。


 ……と、言うか固定するなら体だけで良いだろ……? 何で腕まで縛られて……あ、もうだめ……



 俺は噴水と化した。




………………




 俺がジャンやポンセロ、ドレルムと合流したときの反応は様々だった。


「ぎゃはは! 汚ねー、なんだこれ!?」


 ジャンは笑い、ポンセロは痛ましそうに目をそらした。

 どちらかと言えば笑って欲しい。


「有り難いが、あまり無茶すんなよ」


 ドレルムの優しさが目に染みる。


 俺をす巻きにしたロロやアンドレは目を合わせようとしない。

 謝れよ。


「……状況は?」

「膠着状態だな……山荘を守る軍が堪えてくれてるが、何かあれば衝突しそうだ」


 有り難いことに武装蜂起では無いようだ。

 まだロドリグ率いる軍と群衆の衝突は起きていない。


 本来はトリスタン派の動きに備えて配置していた軍がフロリーアを守るとは皮肉なものだ。

 しかし、ロドリグとデコスがいち早く山荘を守ってくれて助かった……その判断が遅れていたらここで詰んでいただろう。


 その場合は今ごろ山荘は襲撃され、トリスタンは八つ裂き、フロリーアは辱しめを受けて惨殺だ。


 そうなればドレルムとの和平は失敗し、下手をすればヴァーブルとも拗れただろう。


 俺はロロが差し出した水筒で口を(すす)ぎながら状況を整理した。

 口中の水疱がヒリヒリと痛む。


 バリアン派は何故怒ってるのか?

 俺が毒を盛られたからだ。


 フロリーアが何故襲撃されているのか?

 俺に毒を盛ったと疑われているためだ。


 ならば、答えは1つだけだ。


「ロロ、俺は馬に乗る。だが、乗っかるだけだ……(くつわ)を任せるぞ」


 俺は皆に助けてもらいながら何とか騎乗することに成功した。

 しかし、馬上で姿勢を取るのは厳しく、馬が身じろぎする度に体は悲鳴を上げた。


「こりゃダメだ! 鞍に棒か何かを固定しろ!」


 ふらつき、苦痛で顔をしかめる俺に見かねたのかドレルムが怒鳴った。


 俺は一旦引きずり下ろされる……体が大きいので大変だ。すまんな。


 即席で鞍に骨組みのようなものが取り付けられ、俺はくくりつけられた。

 鞍の後部に板が着き、左側には手すりのように板から棒が伸びている。

 見ようによっては歯医者の診療台のようだ。


 俺は腹と胸を板に縛り付けられ、左手は手すりに括りつけられている。

 かなり窮屈だが、姿勢は楽になった……楽になったけど、腹具合もアレしてるから強く縛らないで欲しい。



 ここで問題が1つ。


「オシッコ」

「だめだ。そこでしろ」


 ドレルムは無慈悲に言い放った。


 そう、縛り付けられたら全く身動きが取れないのだ。

 右手は固定されていないがトイレには行けない。


 俺は「み、見ないで」と消え入りそうな声で呟いた。

 俺の尊厳はズタズタだ。


 仕事が休めない時の病気ってホントに辛い。


 これ、大の時はどうするんだ?



 見ている方も気まずいのだろう……皆は見てみぬふりをしてくれた。

 何をとは言わないが、ご想像にお任せしたい。



「ともかく、急ぎましょう」


 ロロが何もなかったように轡を取って先導する。


 その優しさが辛い。



 すぐ先には群衆が確認できた。

 下手したらリオンクールで内戦が始まる……そう考えたとき、俺は寒気を感じブルリと震えた。



 また、腹が痛くなってきた。


本来はここで決着とする予定でしたが、長くなったので分割しました。

キリが悪くて申し訳ありません。

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