60話 和平交渉
半月後、戦
「フンガアァァァッ!!」
縄で縛った石を、俺はハンマー投げの要領で目の前の攻城塔にぶつけた。
バキバキと音を立てて柱はへし折れ、攻城塔は崩壊した。
……当たり所が良かったか……
俺は崩壊した攻城塔を暫し眺めた。
攻城塔とは城壁の高さまで組まれた櫓だ。
何層にも分かれ、上部には敵の城壁に乗り移るための架橋が備え付けられている。
他にも破城槌を積んで城壁を砕いたり、高層から弓兵が城兵を狙撃する足場も備えている場合が多い。
もちろん移動式で、車輪つきの台車に乗っている。
構造が複雑で大型のため、組み立てに時間がかかるのが欠点と言えば欠点だ。
「ヒューッ! 凄んげえ!」
俺の投擲を見たジャンが大袈裟に驚く。
「ジャン、まだまだ次が来るぞ」
「おう、任せときなよ」
俺が言うまでもなくジャンは次の攻城塔を押す兵士を狙撃していく。
あれから幾度と無く敵襲を退け続けた俺たちだが、今日は一段と激しい攻撃に晒されている。
もう何度も攻城塔や梯子から城壁に乗り移られて白兵戦が繰り広げられていた。
敵兵は優先的にカタパルトやバリスタの破壊を目論み実に嫌らしい。
「怯むなっ! 怯むなよっ!! バリスタとカタパルトは攻城塔を狙えい!!」
ジローの檄が飛ぶ。
俺は掛けられた梯子から敵兵が迫るのを見つけ、石を抱えて走り寄る。
「フンマアァァァッ!!」
変な声が出た。
そのままの勢いで石を梯子に叩きつけた。
見ようによってはラグビーのトライに見えるかも知れない。
梯子は片側がへし折れ、バランスを崩した敵兵が落下していく。
「ていっ! ていっ!」
残る片側もメイスで折り、梯子はガシャンと落下した。
すると遠くの梯子から敵兵が進入するのが見えた。
ポンセロがすぐに対応している。
……糞っ! キリがないぞ! やつらは今日でケリを付けるつもりか!?
正直、この総攻撃には根を上げそうだ。
敵は何グループかに別れ、順繰りに交代しながら攻め手を緩めない。
車懸かりと言うやつだ。
こちらは朝から走り回り疲労困憊、敵はフレッシュな新手ばかりだ。
もう太陽は真上にあり、戦い続けた城兵は心身ともに限界が近い。
「オラオラ!! まだまだ来んかいっ!! おかわりまだかよ!!」
アンドレが壊れた。
疲れすぎて変なテンションになってるみたいだ。
俺は周囲を観察しながら、手薄な所を加勢する。
すると視界の端で城壁をよじ登った敵兵が見えた。
敵ながら凄いガッツだ。
「おめでとう、これでも食らえ!」
ご褒美はメイスのフルスイングだ。
バチンと音を立てて彼は空を舞った。
身を乗り出す形になった俺の兜にガツンと矢が当たる。
兜を貫くことは無く、外傷は無いが衝撃でクラっときた。
「……痛えな、糞」
大したことは無いが、今ので自覚しないようにしていた疲れを体が思い出してしまった。
ズンと太股に疲労を感じる。
……あー、喉が乾いた……
俺はフラリと立ち上がる。
パプォォォォォ
パプォォォォォ
パプォォォォォ
俺が立ち上がるのと、敵の角笛が響いたのは同時だった。
……はは、勝った、のか。
俺はバタンと倒れ、大の字になった。
味方の大歓声が疲れた体に染み込んでいくようだ。
「バリアン様っ! 大丈夫ですか!?」
ポンセロの声だ。
もう返事をする気力も無いが大騒ぎされたら士気にかかわる。
「大丈夫だ。ちょっと頭をぶつけてな……あと、疲れた……」
ともかくも敵の総攻撃を凌いだ。
ここで潮目が変わることになる。
………………
翌朝、自室
「使者だと?」
俺が確認すると「ヴァーブル家からですね」とアンドレは答えた。
……ヴァーブルか、何のイメージも湧かないな……
「まあ、会ってからか。広間に通してくれ」
「わかりました」
俺の指示を受けたアンドレが速やかに退出した。
俺も「よっこらせ」と椅子から立ち上がるが、身体中が悲鳴を上げた。
筋肉痛だろうか?
「ぐっ、痛ててて」
俺は顔をしかめながら歩く。
ちょっと感じたことが無いような痛みだ……全身筋肉痛のような症状と、体の倦怠感。
……張り切りすぎたかな?
俺はギシギシと軋む体を無理矢理動かして広間に向かった。
そこには、見知らぬ騎士がいた。
立派な体格だ。特に太い首が目立つ。
だが顔の印象が恐ろしく薄い。
平凡を絵に書いたような面構えの中年男だ。
茶色い髪に黒い瞳。
額の傷痕が無ければすぐに忘れそうな顔……髭をサッパリと剃り上げているのは好印象か。
「お初お目にかかります。私はルイ・ド・ベシー。ヴァーブルの騎士です」
ベシーは、俺の左右に家臣が揃うのを待ち名乗った。
……ルイか……名前まで地味だな……
俺は少しこの男に好感を持った。
「はじめまして。バリアン・ド・リオンクールです」
俺が名乗ると男は「閣下の素晴らしき戦ぶりには~」などと世辞を言い始めたので、俺は遮るように口を開いた。
「いや、世辞は止めましょう。ご用件を伺います 」
俺は話を進めることにした。何だか妙にダルい。
風邪引いたかな?
「は、承知しました。本日はリオンクール伯爵家とメンゲ、ドレルム両家との和平の仲介に参りました」
「和平の仲介?」
俺は苦笑する。
両家と俺たちの和平の仲介とは上手い言い方だと思った。
「仲介ね……自分たちも戦っておきながら虫のよい言い種じゃありませんか?」
「いえ、閣下と矛を交えたのは武家の倣い。好のあるメンゲ家の求めに応じたのみ……我々は当代きっての戦上手である閣下とも縁を結びたく思っております」
また世辞が始まりそうだったのて俺は手で軽く制した。
「これはヴァーブル家との交渉ですか? それとも連合軍の話ですか?」
俺は基本的な質問から入る。そもそも全権大使なのか単なるお使いなのかも分からない。
「連合軍全体……とお考え下さい。私は今回のヴァーブル領軍を率いる身であり、メンゲ卿やドレルム卿からも和平の仲介を頼まれています……余程の難題でも無ければ私が裁量させていただきます」
俺は「承知しました」とシンプルに返した。
取りあえずはベシーと和平案を纏めれば良いようだ。
「それで、内容は?」
こちらもさ和平となれば渡りに舟。
俺は余程悪い条件でもなければ受けて良いと思っている。
防衛戦で勝っても儲けが少ないからだ。
長引けば長引くほど赤字が出る。
「は、閣下にはメンゲ家に謝罪と賠償、ドレルム家には娘御の返還と賠償で如何でしょうか?」
俺は「うーん」と考えた。
戦が終わるならば謝罪くらいはするべきだが……問題はフロリーアだ。
ルドルフがあっさりと手離せば良いのだが、何とも言えない。
ムリヤリ連行しようとしてフロリーアに怪我でもさせたら話がややこしくなる。
「謝罪は受け入れます。ただし、賠償は無しでメンゲ家からも我が妻も侮辱した件を詫びること」
「当然です……賠償は、僅かでも良いので出していただけると助かります」
謝罪に関してベシーはさも当然だと頷いた。
しかし、賠償金は僅かでも出してほしいらしい……要はバリアンを懲らしめた体にしたいのだ。
協議の結果、賠償額は5000ダカットに決まった。本当に僅かだ。
「ドレルム卿の娘は……私としては承知したいが、本人の意思もある。ドレルム卿と面談をしてもらうのはどうでしょうか?」
ベシーは「むうん」と首を傾げた。
「ドレルム卿の身の安全はどの様に保障されますか?」
「ドレルム卿の軍を領内に駐留させても良い。食事はこちら持ち、なんなら人質も預けます。ただし、ドレルム卿の軍だけです」
俺の提案にベシーは頷く。
「落とし所はそのくらいですね。これで両家の面目は保たれる」
そうなのだ。
この戦いは何か戦略目標があって始まった訳では無い。
リオンクール家に侮辱された両家が名誉のために戦いを挑んだだけなのだ……実にバカバカしいが、受けた不名誉を放置もできないのが騎士稼業でもある。
「両家とはそれで良し。しかし、バシュラールが何もなしとはいきませんよ?」
「そこですか……しかし、バシュラール家は……」
俺とベシーとの交渉は続き、バシュラールはリオンクールとの平和条約の締結で決着となった。
平和条約と言えば厳めしいが、内容は簡単だ。
1・両家は3年間は戦争をしないこと
2・バシュラールはリオンクールと戦争にならぬ限り物流を止めないこと
3・やむを得ず、バシュラール領をリオンクール軍が通過するときは略奪を禁ずること
4・バシュラール家はリオンクールに5000ダカットを支払うこと
これだけである。
物流が止まらないならばウチが得だ。
賠償は先程とは逆で、領内向けに「勝ったぞ」とアピールするためだ。
額は発表する必要は無い。
ただ「賠償金をぶんどった」と発表するだけだ。
「そして……我がヴァーブルが今回の労をとるわけですが、閣下にお願いがあります」
ベシーは自然な感じで切り出した。
……だろうな、これじゃあ兵を出したヴァーブルは丸損だ。土産は必要だろ……
俺は「ほらきたぞ」と身構える。
「何でしょう? 出来ることならいいのですが……」
「は、閣下は聡明な方であります……次代の王へ相応しき方への支持をお願いしたく……」
なるほど、王弟派への鞍替えをしろと言うのだ。
だが、これは飲めない。
俺は王様に庇って貰った恩義がある。
ここで鞍替えしては、国王派のドレーヌ子爵とも上手くいかなくなり、いよいよ外交で孤立するだろう。
「駄目です」
「ならば、ヴァーブルと好を通じて頂きたい。マティアス殿下に忠誠を誓うのではありません」
ヴァーブルとの好か……とは言っても、相互に兵を出し合うような軍事同盟もあれば「仲良くしようね」くらいの修好条約もある。
俺が「内容によります」と伝えるとベシーはニコリと笑った。
「互いに不戦は如何ですか?」
「それは互いの軍だけ? 同盟相手は無効でかまいませんか?」
ヴァーブル侯爵領とリオンクールは領地も離れているし、問題ないようにも感じるが俺は念入りに確認する。
でないと仲の悪いバシュラールと揉めた時に困るからだ。
良く考えずとも、軍を出した見返りが遠方の領主との不戦条約だけとは不自然ではあるが……正直言って俺の集中力は切れていた。
「それで構いません」
「ならば、きまりです」
俺は立ち上がるが、体の軋みを感じ、少しふらつく。
「如何なされた?」
「いや、昨日の戦で少し足を挫きましてね」
俺は誤魔化したが、ベシーはどう見ただろうか?
だが、相手も戦争を止めたがっており、和平は成立の流れだ。
ここで引っくり返したりはしないだろう。
俺とベシーは固く握手をし、彼は退出した。
案内はポンセロだ。
………………
ベシーが離れた頃合いを見計らい、俺は尻餅をついた。
もう限界だ。
「バリアン様っ!? 如何なされましたか!?」
皆が心配して駆け寄ってくる。
「少し、体調が悪い……体が痛い」
俺が顔をしかめると「まさか毒では」とアンドレが口にした。
「滅多なことを言うな……毒を入れる者などは城内にいない」
俺はアンドレを嗜め、ロロとジャンに肩を貸して貰いながら部屋に向かう。
「っ!! 痛てて」
「おいおい、大丈夫か? 筋肉痛にしては酷いな」
俺の不調にジャンは驚き、ロロは無言だ。
ちなみに俺は今までバリアンになってから風邪らしい風邪も引いたことは無い。
……やばいな、これは……ただ事じゃないぞ……風疹か? インフルエンザか? 夏風邪くらいならば良いが……
俺は自分の異変に寒気がした。
俺に病名はわからない。
「2人とも、俺に何かあれば叔父上に協力しろ。俺の息子……シモンは無理に伯爵にする必要は無い」
少々大袈裟だが、これは遺言でもある。
俺もまさか自分が死ぬとは思ってないが、アモロスでは容易く人は死ぬ。
それこそ夏風邪程度でもだ。
2人は変な慰めは口にせず、しっかりと頷いてくれた……実に頼もしい。
……よりによってこのタイミングか……ついてないな……
俺は担ぎ込まれたベッドで眠りについた。
深い、眠りだった。