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59話 奴隷戦士ロロ

 前哨戦は終わった。

 被害状況は軽微、大半が敵の石や矢が当たっただけの負傷者であり、死者はごく少ない。


 重傷者は下げ、軽傷者は広場に待機している予備部隊と交代させた。

 門が破られた時や火災などの不測の事態に備えて広場には兵を詰めているのだ。

 軽傷ならば十分にこなせるだろう。


「バリアン様、敵の負傷者の回収は上手く行きませんな」


 ポンセロだ。

 城門の外に出て敵の負傷者を回収させていた……無論、人道的な理由では無く、捕虜にして身代金を頂戴する為だ。


「どうした?」

「クロスボウですよ、威力がありすぎて大半が虫の息です。これでは捕虜はかなり少ないですね」


 俺は「へえ?」と気の抜けた返事を返した。


 ヨーロッパでも大量の死者を出すクロスボウは、11世紀頃に時のローマ法皇により「キリスト教徒への使用禁止」を通達されていた。

 それほどまでにクロスボウの威力は高いのである。


「死んだなら仕方ないな、死体は適当にその辺の乱杭に串刺しにしといてくれ」


 ポンセロは眉も動かさず「承知しました」と命令を実行した。

 串刺しにされた敵の死体は大いに敵の士気を下げるだろう。



 数少ない捕虜には纏めて俺が面談する。




………………




「おい、お前らの中でドレルム卿の部下はいるか?」


 俺は集められた捕虜39人に向かい語りかける。


「いないのか? ドレルム卿は我が兄の舅であり、私とも大変親しい仲だ。申し出れば悪いようにせんぞ?」


 捕虜たちは俺の言葉に顔を見合わせ、半数近くが名乗り出た。

 いくらなんでも全員が数百人しか手勢のいないドレルムの部下ではあるまい。

 だが、それが狙いだ。


「はは、予想より多いな……良し、君たちは解放しよう。ドレルム卿には『例の件は承知した』と伝えてくれ」


 俺は同胞団に命じてドレルムの部下を城門の外に解放し、残りの捕虜を全て城壁から突き落とした。


 この様子は敵軍からも確認できたはずだ。

 捕虜は少なく、身代金を貰うより有効利用した方が良いと判断した。


「あーあ、もったい無くね?」


 ジャンが墜落死体を眺めてぼやく。


「ジャン、これは敵の心を攻めたのですよ。バリアン様は連合軍の弱点である『結束』に楔を打ち込んだ……単純な手ですが、これはキツい」

「分かるけどさー、どうせなら身代金もらってから殺せば良いのによ」


 ジャンの言い種に皆が笑った。


「そりゃいいな、ジャンよ、明日には適当に矢文を打ち込んでくれ。ドレルムの陣だぞ」


 俺がニヤリと笑うと、ジャンが「よくやるよ」と肩を竦めた。


 後は適当な敵兵の死体に俺からドレルムへの裏切りの手紙でも仕込んでおくか。

 敵が気付くかどうかは運次第だ。


 ドレルムは連合軍中で唯一の国王派だ。

 狙うならドレルムで間違いはない。



 俺は城壁の上から敵軍を眺めると、何やら作業しているのが見えた。

 恐らくは攻城兵器を組み立てているのだろう。


「なあ、今から奇襲できると思うか?」


 俺が尋ねると「無理だろ」とジャンが素っ気なく答え、アンドレは「敵の見張りが……」と理屈っぽく答えた。



 まあ、敵の用心も万全って訳だ。

 敵将は案山子(かかし)ではないのだ。




………………




 3日後



 敵軍に動きがあった。


 敵将が馬を進め、言葉合戦を挑んできたのだ。


「こらあっ!! バリアンっ! 鷹と娘を出せっ!! あと卑怯なマネすんな! この野郎!!」


 ドレルムだ。


 言葉合戦と言うより苦情のような内容に頬が緩む。


 恐らくドレルムは俺の嫌がらせを受けて嫌味の1つも言われたのだろう。

 不名誉を晴らすために今回は矢面に立つらしい。


 典型的な騎士のドレルムは一種のスポーツマンシップに則って戦争を行う。

 俺の策略などは彼から見れば「汚い手」としか映らないだろう。


「おーい! ドレルムさんや! もっとコッチに来いよ!! 顔が見えないぞ!?」

「やなこった!! 変な弓で狙う気だろ!?」


 俺が「バレたかー!?」とおどけると味方から失笑が漏れた。


「ふざけんな! こらあ!! ギタギタにしてやるからな!!」


 ドレルムが自陣に引っ込み、敵軍が動き出した。


 長い梯子(はしご)と屋根付の破城槌が見える。

 これらを急ピッチで仕上げたのだろう。


 梯子は車輪つきの台車に乗った折り畳み式だ。


 そして土嚢を運ぶ雑兵が大量に見える。

 恐らくドレルムは空堀を埋める気だ。


「攻城塔は無いな」

「さすがに2~3日では作れませんよ。そのうち出てきます」


 俺とロロが軽口を叩いていると、ジローの合図でバリスタやカタパルトが攻撃を開始した。

 敵の歩みは乱杭に阻まれ極めて遅い。


 敵兵が串刺しにされた味方を片付けながらこちらに向かってくる。

 これだけで士気は低下しているだろう。



「そろそろか。ロロ、頼むぞ」

「お任せください」


 俺とロロは城壁に張り付き、弓を構える。


「良し、弓隊! 攻撃だ!!」


 ジャンの号令に従い俺たちも矢を放つ。


「おっ! 上手いな!?」

「たまたまですよ」


 ロロの矢が土嚢を運ぶ敵兵に命中した。

 それに比べて俺は駄目だ。

 俺は腕力が強いので弓も強いヤツを使っているが、当たらなければ意味がない。


「しかし、無防備だな。」

「ええ、土嚢を運んでいては盾が使えませんからね……憐れなものです」


 口では同情しつつも、ロロは射撃を緩めない。


 ガコン!


 大きな音のした方を見ると、梯子が堀の向こうから掛けられている。

 敵兵がぞろぞろと梯子を登リ始めた。


 梯子の先端は鉤爪のようなものが付けられており、しっかりと固定されている。

 衛兵数名が必死に外そうと頑張っているが、梯子は動かない様だ。


「梯子が掛けられたか、ロロここは任せた」


 俺はロロに矢筒を渡し、梯子に向かって走り出した。


「どけどけい!!」


 俺は衛兵を押しのけて梯子をメイスでぶん殴った。


 中々の強度だが、何度も殴るうちに梯子はメキメキと悲鳴を上げてへし折れた。


 同時に間近まで迫っていた敵兵も落下する。


「今度はコッチか!?」


 俺は次の梯子を狙って駆け出した。

 見れば敵兵が土嚢で空堀を埋め始めた。


 ……くそっ数が多い! 忙しいな!


 俺は必死で戦い、走り回る。


 どれだけ時間が経ったのか、その感覚すら無くなるほどに俺は必死で働いた。

 ひたすら目の前の敵に対処する。


 敵の攻撃はジリジリと味方を追い詰め、城壁ギリギリで敵兵の進入を食い止めている梯子もあったほどだ。



 パプォォォォォ

 パプォォォォォ

 パプォォォォォ



 角笛の音が響く。

 敵が退却するらしい。

 思いの外、あっさりと引くようだ。


 ……しめた! 追撃だ!


 俺は広場に待機している部隊と合流し「追撃だ! 開門しろ!」と命じる。


「バリアン様っ!? 深追いはダメです!!」


 ロロが城壁から叫んだが止める気はない。

 跳ね橋が下り、俺は退却する敵の背に迫った。


「続け! 続けっ!!」


 俺は大声を張り上げながら駆け抜け、敵中に躍り込んだ。


「ウオォォォォ!!」


 雄叫びを上げて殴る。

 粗末な盾を構えた雑兵の頭を潰した。


「ガアアァァ!!」


 背を向けて逃げる敵兵の背中を殴り付けた。

 敵兵は不思議な形状となり絶命する。


「バリアンだっ!! バリアンが出たぞ!」

「逃げろ!! 殺されるぞ!」

「早くしろ! 後ろがつかえてるんだ!」

「駄目だ! 追い付かれるぞ!?」


 敵の雑兵たちは半狂乱になりながら逃げる。

 さすがにおかしい。


 脆すぎる。


 俺は逃げる雑兵の首根っこを掴んでひっくり返した。

 すると、遠くから馬蹄の音が轟き、近づいてくるのが分かった。


「あそこだ! 抜かるなよ!」

「一気に囲め!!」


 俺が雑兵の首を踏み折るのと、騎兵隊が俺を捉えたのは同時であった。


 騎兵隊は10人弱だが、動きがいい。精兵だ。

 騎兵の指揮官には見覚えがある。ドレルムだ。


「バリアン! 観念しやがれ!!」


 ドレルムが叫び、騎兵が俺に襲いかかる。


 ……しまった! 誘きだされたか……!


 ドレルムは常に先陣を駆ける俺の戦いぶりを知っている。

 俺の追撃を予測し、騎兵をスタンバイさせていたらしい。

 見事に策にはまったようだ。


 俺は騎兵の槍を転がりながら躱わす。


 危機一髪だ。

 俺の口から「うおっ」と声が漏れた。

 次から次へと馬上から狙われさすがに手も足も出ない。


 馬の体重が乗った攻撃を食らえばお仕舞いだ。


 俺は必死で逃げる。

 だがこの好機を逃すほどドレルムは甘くない。


 反撃する間もなく騎兵に囲まれた。


 ……ヤバい、殺られる!?


 俺が諦めかけたとき、後ろから声が上がった。


「怯むなロロッ!! バリアンはこれにあり!!」


 ロロだ。


 馬に乗ったロロが俺に追い付き、大声を張り上げながら騎兵隊の一角に突入し、包囲を崩す。


 騎兵たちはロロの言葉に惑わされて数瞬ほど躊躇した。

 俺とロロの軍装はそっくりなのだ。


「バカッ! バリアンはあっちだ! 逃げるなコラッ!!」


 ドレルムが声を掛けるがもう遅い。

 ロロは巧みに馬を操り、囲まれぬよう騎兵隊の足止めに徹している。


「あばよー! とっつあぁん!!」


 俺は一目散に逃げ出した。

 次第に味方が合流し、ドレルムたちも退いたようだ。


 ……助かった……九死に一生とはこのことか……


 俺は「ふうーっ」とため息をついた。




………………




「一体何を考えてるんですか!?」

「信じられねえよ。バカだなあ」

「バリアン様、ドレルム卿は油断のならない相手です」

「大将がこれじゃあ兵は堪らないってもんで」


 皆がそれぞれに俺を責める。

 こればかりは言葉もない。


 ロロは責められる俺を見てニヤニヤしている。


「申し訳ない……もうやらないよ。多分。」


 俺の言い種に皆が呆れ果て、次々に小言を言われるが仕方ない。


 好機と見たら敵に突っ込んで味方を勢いに乗せる。

 これが俺のスタイルだ。

 禁止されたら木偶の坊になってしまう。


 後ろで大将らしく采配でも振るってろと言われても、どうも俺はその手のセンスに乏しい。

 戦場での視野が狭いのだ。


 ……たぶん、大将タイプじゃないんだろうなぁ。


 俺は自分の能力の欠点に嘆息した。


 今回のことでは反省しなければいけない点が多い。


 俺の不注意で危うくロロを失う所だった。

 ロロは無二の親友であり頼れる相棒だ……こんなことで失っては悔やんでも悔やみきれない。


 俺は今後、できないなりに戦場を広く見ようと心に誓った。

 才能センスが無いなら経験でカバーするしかない。


「ロロ、助かったぞ」


 俺が礼を述べると、ロロはニッと男臭い笑みを見せた。



 奴隷戦士ロロ。

 知勇兼備の勇士であり、バリアンの無二の忠臣。


 この活躍で彼の武名は一気に広まることとなる。

今回は有名エピソードがモデルです。

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