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58話 連合軍襲来

 18才の夏、といえば何だか甘酸っぱいドラマがありそうな気もするが、実際はそうでも無い。


 田中だった頃は高校最後の大会に向け部活に精を出し、バリアンの今は土木工事に精を出している。


 どちらにも甘さは無い。



 デコスの情報によると、メンゲ率いる連合軍は秋口には到着するらしい。


 俺はジローや衛兵、同胞団と協力し、要塞都市ポルトゥの防備を固めていた。

 人足も雇っているが、彼らは資材の運搬がメインだ。


「オーライ! オーライ! 良しっ! 固定しろ!!」

「バカッ逆だよ! あっちに向けるんだよ!」

「空堀は平らにするなよ!! 歩きづらいようにデコボコにしろ!!」

逆茂木(さかもぎ)足りねえぞ!?」


 工事の喧騒は凄まじい。

 この工事の出来次第で自らの生死が別たれるのだから当然である。



 逆茂木(さかもぎ)とは、幾重にも別れた木の枝や根を利用して作られるバリケードである。


 葉を落とし、樹皮を剥ぎ、枝の先端を尖らせる。

 この尖らせた先端を敵が進行してくる方向に向け、何十本も何百本も植える。

 こいつを城壁の下や空堀に仕込んでおけば敵兵が城壁に取り付くのを妨害できるし、無理矢理突破すれば鋭い先端で傷を負う。

 古代ローマではセルヴスと呼ばれたらしい。


 逆茂木は空堀の底に仕込んだものを羊馬城と呼ぶこともあるそうだが、ここでは逆茂木で統一したい。



 大型の逆茂木は原始的なクレーンのようなもので設置していく。


 逆茂木以外にも乱杭(らんぐい)も地面に打ち込む。

 乱杭とは馬や兵器が通行できないように不規則に打ち込んだ杭だ。



 他にはポルトゥの城門を跳ね橋に改装した。

 跳ね橋は城壁の上に巻き上げ器を着けただけの簡単な物だ。


 実は俺はアモロスに来てから跳ね橋を見たことが無いが、全く無いわけでもないらしい。

 城門の前には空堀に普通の木製の橋を架けることが多いようだ。



「バリアン様、間に合いそうですね」


 ロロが汗を拭いながら話し掛けてきた。

 俺もロロも工事に参加して汗を流している。


「そうだな、だが新兵器の使い方を訓練させたいし、空堀だって増設したい。敵は多数だ」

「はは、こりゃ大変だ」


 ロロは大変などと言うが笑っている。

 実にロロは豪胆な男だ。

 俺は彼が戦に際して狼狽えたり怯んだ所を見たことが無い。


「ならクロスボウやバリスタの射程距離を調べて目印を作りましょう。慣れない兵器でも目印が有れば違いますよ」

「それは良いな! すぐに取りかかろう!」


 アモロスに有るのかどうかは知らないが、バリスタは見掛けない兵器だ。

 カタパルトはチョイチョイ使われるらしい。

 いずれもクロスボウも含め、使い方の訓練は必要である。


 バリスタやカタパルトの射程距離を調べて目標物すれば訓練の効率も上がるだろう。



 俺たちは着々と準備を進め、すぐに秋を迎えた。




………………




 秋だと言うのに、気温が高い妙に蒸し暑い日が続く。



 連合軍が姿を見せた。

 その全容は実に五千人を超える。



 俺は敵軍の到着前にバシュラール側に攻勢に出たかったのだが、これは無理だった。

 バシュラール側も当然警戒しており、かなり早い段階でリオンクールとの境界線に軍を集結させていたのだ。


 正面から戦ってバシュラールごときに負ける気はしないが、本戦前に消耗するのは悪手だと言われ攻撃は沙汰止みとなった。


 確かにバシュラール側に時間稼ぎをされて、だらだらとやりあってる内に本隊が到着したら目も当てられない。

 無難に堅城である要塞都市ポルトゥで迎え撃つこととなった。


 桶狭間よろしく、山の間道から奇襲でバーンみたいな戦いをしたかったんだが、アンドレから「敵も偵察くらいしますよ」と言われ恥をかいた。


 なかなか難しいものだ。

 俺は信長にはなれそうも無い。

 どうでもいいけど、最近の信長ってなんでオールバックなんだろうな? 肖像画はチョンマゲなのに不思議だ。



 敵はメンゲ男爵長男、騎士ドレルム、バシュラール子爵、ヴァーブル侯爵の連合軍。

 号して6万の兵数だ。ちょっと盛りすぎだと思う。


 対するリオンクール勢は号して2万人の兵力……一種の景気づけだが実に馬鹿馬鹿しい。

 リオンクール軍は俺が率いる1700人が要塞都市ポルトゥを守り、領都で叔父ロドリグが率いる500人が後背を守る。


 敵の潜入部隊が間道を使って奇襲を行うかも知れないし、ルドルフ派トリスタン派が反旗を翻すかもしれない。

 ロドリグとデコスで不測の事態に備えているのだ。


 5000対1700、一般的に籠城戦は力攻めならば3倍~5倍の兵力を要すると言われ、戦力比は先ずは五分。


 兵の進退や士気が勝敗を決するだろう。



「凄い大軍だなあ」

「本当ですねえ。ただ装備は大したこと無いですよ」


 俺とアンドレが世間話のように敵軍を評する。

 確かに敵は粗末な装備の雑兵が目立つ。

 ヴァーブル侯爵は兵数ばかり揃えて送ったらしい。


「おっ、敵将が出てきたな。言葉合戦だ」

「はははっ! バリアン様に出来るのかよ!?」


 ポンセロの言葉を受けたジャンが笑う。


 自陣に緊張感はあまり無い。

 良い意味でリラックスしている。


 敵将が来た地点は既にバリスタやカタパルトの射程圏内だ。


「攻撃するなよ! 言葉合戦だぞ!?」


 俺は大声で指示を飛ばし、城壁で高くなっている部分を目指して歩く。


 敵将が大音声で言葉合戦を始めた……知らない武将だ。


「聞けい! リオンクールの兵よ! 私はエロワ・ド・メンゲ!!」


 ……メンゲの息子か……親父に似ず、立派な武者ぶりだ。


 俺はメンゲの息子の姿に感心した。

 見た目と言うのは実に大事だ。

 どれだけ有能だろうが、醜悪で貧相な男に人は従い辛い。


 総大将は見た目が大事だ。


 これは顔の美醜と言うよりも『立派さ』のことである。

 味方を鼓舞し、敵を怯ませるような迫力や貫禄が求められる。


 見た目が悪ければ、どれ程の才能があろうとも総大将は勤まらない。


 大将には華が必要だ。


「卑怯にもバリアン卿は我が父を……」


 メンゲの息子は俺の非を鳴らし、自らの正当性を主張する。

 余程練習したらしく、中々の雄弁ぶりだ。


 俺は城壁の端に立ち、メンゲの言葉を受けた。


 両軍の注目が集まるのがよく分かる。

 言葉合戦は景気づけだ。

 勝てば勢いに乗れる。


 俺は大きく息を吸い込んだ。


「聞けい!! エロマ○毛!!」


 これだけで自軍の兵から失笑が漏れる。


「これでも食らえい!!」


 俺はズボンを下ろし、丸出しの尻をピシャリピシャリと敵陣に向けて数度叩いた。


 自軍から爆笑が巻き起こる。


「「いーひっひっひ!!」」

「「ガッハッハ! ケツを食らいやがった!!」」

「「ケツを狙ってきたのか!? ご苦労さん!!」」


 リオンクール軍からの嘲笑を受けてメンゲが怒りに言葉を失った。


 言葉合戦は総大将の論を競う場だが、付き合う義理は無い。

 要は敵の士気を挫いて味方を盛り上げれば良いのだ。


 野卑な兵士たちは大盛り上がりで喜んでいる。

 掴みはオッケーってやつだ。

 笑えば敵に対する恐怖が薄らぐ。


「がっはっはっ! バリスタっ!! メンゲを狙えっ!! 若様の尻を守れよ!! 射てい!!」


 ジローの指揮で城壁の上に備えられたバリスタが一斉に矢を放つ。


 流石に距離があるので命中は無かったが、馬が驚いたために棹立ちになった。

 メンゲは辛うじて落馬を免れ、急いで連合軍の本陣へ戻る。


「「あーっはっは!!」」

「「尻を見せて逃げやがった!」」

「「いーっひっひ、俺が掘ってやろうか!?」」


 リオンクール軍の嘲笑を受けた連合軍の指揮官は攻撃を命じ、敵軍は一斉に前進を始めた。

 敵も武人である。ここまで侮辱されては引き下がってはおられまい。


 さすがに俺も尻を出すのは恥ずかしかったが、尻を見せて敵が釣り出せたなら安いもんだ。

 挑発は幼稚なほど効果は高い。


 敵軍が『オッ! オッ! オッ!』と掛け声を掛けながら前進を始めた。

 攻城兵器もない(作者注※攻城兵器は現地組み立て式)軍勢の攻撃など、どれだけ集まろうが物の数ではない。


 俺の中ではドレルムもメンゲもバシュラールも「リオンクール被害者の会」程度の認識だ。

 端から飲んで掛かっている。


「バリスタ! カタパルト! 狙う必要はないぞ! 固まっている敵を射てい!」


 ジローが指示を飛ばし、バリスタやカタパルトが矢弾を飛ばす。


 バリスタは言わば大砲だ。

 短槍のような矢を直線的に放ち、敵が盾を構えてようが貫き倒す。

 運が良ければ1射で2~3人を倒す威力を秘めている。


 カタパルトは曲射砲だ。

 放物線を画きながら人の体重ほどの岩を飛ばしたり、小振りの岩を頭上から散弾の様にバラ蒔いていく。

 バリスタ程の射程も精度も無いが面での攻撃が可能だ。

 今は防御で用いているが、攻城戦ならば城壁を越えて城内を攻撃したりも出来る。


 バリスタもカタパルトも嵩張り、移動や組み立てが大変だが、今回は城壁の上で運用しているために問題は少ない。


「おっ! そろそろだ! 盾を並べろ! 石や矢を食らわせるぞ!!」


 弓隊を率いるジャンが指示を飛ばした。


 歩兵が城壁の上に盾を並べ投石紐(スリング)を使う。


 据え置きができるように工夫した盾に隠れながら弓兵も射撃を開始した。


 ポルトゥの城壁に矢狭間や銃眼は無い。

 改修の機会があればとは思うが、今回は時間がなかった。


 俺も弓を引き絞り、敵の先頭グループに適当に矢を放った。

 ジャンのような達者ならば狙撃が可能だが、俺にはそこまでの技量はない。


 敵兵からも疎らに応射が来る。

 俺の前の盾にも2本目の矢が突き立った。


「クロスボウ、射てい!!」


 ジローが声を張り上げた。

 見れば敵兵がクロスボウの射程を示す杭を通過している。


 ……意外と見れないもんだな……ジローはさすがに冷静だ……


 俺は矢を放つことに夢中で敵の動きをイマイチ把握していなかった。

 初めての籠城に冷静さを失っていたのかも知れない。


 敵の悲鳴が続く。

 80張ものクロスボウの斉射に敵の戦列が乱れた。


 クロスボウの射手は盾に隠れ、装填を始める。


 ……クロスボウの運用は盾とセットだな……


 戦の最中だが、俺はクロスボウ部隊の運用を考えていた。

 装填中は無防備だが、据え置きの盾に隠れれば良いのだ。


「敵が張り付くぞ! 歩兵は準備を始めろ!!」


 ジローの激が飛ぶ。

 見れば敵兵が空堀に差し掛かっている。

 投石紐を使っていた歩兵が素手で大きめの石を投げ落とし始めた。


 俺も人の頭くらいの石をサッカーのスローイングのように両手で放り投げた。

 狙いを付けない盲投げだが命中したようだ。


 近くでガツンと音がした。

 見ればバリスタに敵の石が当たり壊れたようだ。

 兵士が狼狽えている。


 ちなみにバリスタは射手と装填、3人で運用している。


「気にするな、盾に隠れろ!!」


 俺が声を掛けるのと、バリスタの射手に矢が突き立つのは同時だった。


 ……くそがっ!


 俺は怒りを力に変えて石を放り投げた。

 石は堀の中に落ち、逆茂木に手間取る雑兵に命中した……本当は隣の弓兵を狙ったのだが、まあ良い。


 視界の端で勇ましくも敵兵が城壁をよじ登るのが見えたので、上から石をプレゼントした。

 落下した敵兵は逆茂木に突き刺さり絶命したようだ。


 見れば空堀に仕込んだ逆茂木にロープを引っ掻けて抜こうとしている敵もいる。


 ……嫌なことしやがる。どれだけ手間を掛けたと思ってやがるんだ。


 俺は石を落としながら苦々しく見守るしかない。


 籠城戦は忍耐だ。

 あまり俺には向いていない。



 ……どれ程の時間が経っただろうか。




 パプォォォォォ

 パプォォォォォ

 パプォォォォォ



 敵陣から角笛が響いた。

 退却の合図だ。


 ……やったか? 次は追撃をしてやりたいな……


 潮が引くように敵軍は下がり、死者や負傷者が残されている。

 敵も矢弾を受けながらの退却だ……負傷者を拾うほど余裕は無いのだろう。


「勝ったぞ!」

「勝鬨を挙げろ!!」


 ポンセロやアンドレが味方を煽り、城壁からは大歓声が響き渡った。


「若様、ひとまずは凌いだってとこで」


 ジローが汗だくの姿を見せた。

 気を張り詰めていたのだろう。見事な指揮だった。


「ジロー、さすがだな」

「いえ、必死でさ」


 ジローの顔に喜びは無い。


「どうした?」

「次はもっと厳しくなるはずでさ……敵も案山子(かかし)じゃ無え、梯子(はしご)や攻城搭を組み立てるワケで」


 俺は「なるほどな」と頷いた。


 城攻めには攻城兵器を組み立てるのが普通だ。

 次の攻撃は何日後かになるだろう。


「次は追撃をしたい……というか、敵を待つことは無いだろ? 夜襲はどうだ?」

「敵も警戒してらあ……言ったでしょ、敵は案山子じゃ無え」


 ジローが呆れて此方を見る。

 なんだか凄く馬鹿にされた気分なんだけど。


「ジローさん、バリアン様は暴れ足りないんですよ。いつも真っ先に飛び出してばかりだから……ははっ」


 いつの間にか近づいてきたロロが笑った。

 ロロも必死で働いたようだ……彼の矢筒は空っぽになっている。


「マジかよ!? 大将だろ!?」

「そう言う人なんですよ」


 ジローとロロが大爆笑した。


 人を脳筋みたいに言うなよ。

 ただ俺は敵がいると飛び出してぶん殴りたくなるだけだ。


 ……あれ? 脳筋、かも?


 まあ、いい。



 今日の所は勝てた。

 それが重要だ。

 次も、その次も勝つ。


 そのうちに冬が来る。

 それで決着だ。



 俺は束の間の勝利の余韻に浸っていた。

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