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52話 不和

再開します。

 王都からスタコラサッサと逃げ出した俺たちは僅か5人で先を急ぐ。



 即ち、俺、ジャン、ロロ、アンドレ、タンカレーの5人である。

 全員が騎馬であるために僅か半月ほどでリオンクールに到着した。


 タンカレーの傷も癒え、馬で移動するくらいは問題無いようだ。


 俺たちは手を振りながら城塞都市ポルトゥに近づく。

 これは武器を持ってないよと言うアピールであり、敵と誤認されないための用心だ。

 意外と誤射は多い。


 しかし、心配するまでも無く、すでに城壁からは俺たちを発見していたようだ。

 衛兵たちが「おーい! おーい!」と手を振っている。


 続々と城壁には衛兵の姿が増え続け、非常事態を告げる鐘まで鳴り始めた。


「おいおい、何だか凄いぞ?」

「大歓迎みたいですね」


 アンドレとロロが戸惑いの声を上げた。


 俺の去年の戦での活躍はすでにリオンクール中で知られた話になっており、城代を勤めていた城塞都市ポルトゥでは凄い人気になっているようだ。


 こちらも手を振りながら城門を潜り広場に出ると、人がかなり集まっていた。


「「ウワアアアア」」

「「バリアン! バリアン!」」

「「オオオオオオォッ」」


 あまり広くない空間に人が集まり大声を張り上げる……城壁の内側に反射した大歓声に空気が震動している。


 ちょっとこれは凄い。



 俺は足を止めて集団に向かい合った……そして集団の中にスミナを見つけ、下馬し駆け寄った。


「スミナ、ただいま!」

「お帰りなさい、あなた」


 俺たちが抱き合うとさらに「わあああ」と歓声が起こる。


 そのままなし崩し的に大宴会となり、ポルトゥ中がお祭り騒ぎになった。


 そこら中で好き勝手に飲み、騒ぎ、喧嘩が始まる。


 俺の活躍は滅茶苦茶に誇張され、100騎で嵐の中を百里駆け抜け百万の軍勢を撃破したとか、一睨みで敵が気絶したとか、半月程で百の城を征服したとか……もう「英雄とはこうあって欲しい」みたいなイメージというか妄想の塊みたいになってるようだ。


 色んな人から武勇伝をせがまれるが、流れてる噂の方が凄いのでインパクトに欠け、チョット悲しい。


 俺たち5人は英雄扱いであり、宴席の間中酒を注がれ続けた。


 特に俺は引っ張りだこで、スミナやカティアと話す機会すら無い有り様である。


 吟遊詩人は「バリアン武勲詩」なる歌を歌い続け、皆が「バリアン万歳」「リオンクール万歳」と喜びの声を上げる。


 このバリアン武勲詩とやらの歌詞がまた酷く際どい。



 バリアン バリアン

 リオンクールの王

 勝利の担い手 神の寵児

 さあ リオンクールの子らよ 耳を傾けよ

 古の時代の誇りを取り戻せ

 バリアン バリアン

 リオンクールの王

 鋼の体に 銀の勇気

 太陽に等しき輝きの王よ

 彼の名誉を今こそ歌おう



 ヤベえ。何がヤバイって完全に謀反の歌だよコレ。

 際どいって言うかアウトだったわ。


 今のが1番で2番3番4番と続く訳だけど……3番なんて偽りの王を討ち果たせとか言ってるし……ウチは国王派なんですけどね、一応。


 この歌詞を聞いたらアモロス人なんかは良い顔はしないだろう。

 リオンクールの地では支配階級の騎士などはアモロス人である。

 あまり刺激をしたくない。



 まだ俺に叛意は無い。



 今はな。




………………




 とりあえず、何よりもスミナだ。

 スミナに着弾させねば、俺の未来、我が家の未来に暗い影が差す。


 俺の隠し子がバレたとしても、スミナに子供がいるのといないのでは大違いだ。


 俺は翌日から朝朝昼昼晩晩晩と頑張った。

 本当に朝から晩までイチャついていたので、同居のカティアが何か言いたそうにしていたが……まあ、この世界じゃ嫁入り前に「その手の知識」を仕込むことは割りと有るそうだし、気にしないことにした。


 スミナはさすがにキツそうにしていたが、俺のガッつきぶりを好ましいモノとして受け入れてくれたようだ。


「1年も我慢したんだもんね……いっぱいしていいよ」


 この言葉に俺の胸はチクリと痛んだが、まあバレなきゃいいんだ。


 18才になったスミナも随分と立派になり、12才の頃から成長を見守り続けた俺を喜ばせた。


 ベルが尻ならばスミナは乳。

 彼女らは共に魅力的であり甲乙は判じ難い。

 正に龍虎、(そび)え立つ双璧である。


 ……バレなきゃノーカンだ。ポンセロが来たらすぐにベルを隠せるように領都の屋敷を用意しなきゃな。


 王都なんて地の果てのことがバレるはずがなかろうと……俺は油断しきっていた。



 はい、ご想像の通りです。



 バレました。


 娯楽のない時代に噂話は人々の大切な楽しみなのだ……領主の息子が愛人を孕ませたなんて格好のネタである。

 これが広まらないはずがない。


 ……と、言うより……なんで俺はバレないと思ってたんだ?


 俺は首を捻る。

 考えてみれば、あれだけ屋敷で堂々とイチャついておいてバレないと考える方がオカシイ。

 人の目はいくらでもあるのだ。



 噂を聞いたスミナはアンドレに泣きつき問い質した。


 そして、今に至る。

 俺はアンドレがスミナの兄貴だと言うことを忘れていた。


「酷いっ! 何で他の女と子供を作ったの!?」

「いや、作ったんじゃなくて……」


 スミナはわんわんと泣き、カティアもそれに味方する。


「……私より先に妾と子供を作るなんて……ううっ」

「違うんだ! 違わないけど、違うんだって! 偶然なんだよ! 偶然できたの! ぽぽーんって!」


 もう自分で何言ってるのか訳がわからない。


「カティアも分かってくれよ、男にはやらなきゃいけない時もあるんだ! 騎士には退くに退けない戦いもあるだろ!?」


 俺は妹に泣きつくが、彼女は汚物など見たくもないと視線すら合わせない。


「兄さんは昔から女性にだらしなかった! 義姉さんが可哀想っ!!」

「そんな昔の事を言うなよ!!」


 俺とカティアが声を張り上げると、スミナがしくしくと泣き、荷物をまとめ始めた。


「待てよ! スミナ!」

「私がいけないんでしょ!? 子供作れなかった私がいなくなれば良いんでしょ!?」


 俺は「違うって! 偶然なんだよ!」と必死で止めるが、揉み合ってるうちに俺の手がスミナの顔に当たる形になった。

 これは偶然だ。


 しかし、スミナは信じられないと言った顔をして、自らの頬を撫でる。


 ……ヤバイ。これはマズイ……


 偶然とは言え、浮気した挙げ句に隠し子を作りバレたら暴力……これはヤバすぎる。


 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。


「ごめん、スミナ! わざとじゃないんだ!」


 俺は必死で謝るが、スミナは泣きながら外へ飛び出して行った。


「最っ低!!」


 カティアも俺を睨み付けて外に出ていく。



 ……ああ、やっちまった……



 ポツンと取り残された俺は部屋で呆然としていた。


 スミナはカティアを連れて実家に帰り、俺が「嫁に逃げられた」話は一気に広まった。



 ……笑っていいのよ?




………………




 領都



「……と、言う次第です」


 俺が王都の一件やスミナと喧嘩した事を父のルドルフに伝える。


「……なんというか、まあ、お前らしいな……国王派なのは不幸中の幸いだ」


 ルドルフは苦笑いして頷く。


「すぐに王都を去ったのは好判断だったな。騒ぎが大きくなればタダでは済まん」


 俺は頭を下げ、無言だ。


「バリアン、世継ぎとしてこの屋敷に移るがいい。(スミナ)がいないなら引っ越しも早かろう」


 ルドルフは「プッ」と吹き出した。

 腹立つな……まあ、自業自得だけど。


「わかりました。今日にでも移ります」


 俺は「それと」と、少し間を置いて付け加えた。

 少し雰囲気を変えたい。


「空き地を開拓しようと思いますが、よろしいですか?」

「……ふむ? まあ構わんだろ。隣の領主と話し合うようにな」


 ルドルフは意外そうな顔を見せたが、村が増えることにデメリットは無い。

 すぐに許可をしてくれた。


「ありがとうございます」

「うむ、リュシエンヌにも声を掛けてやれ」


 そう言うとルドルフは去っていった。


 ……そう言えば、母上はどこに?


 俺が帰ったのにリュシエンヌがいないのは不自然だ。

 いつもならルドルフと一緒に迎えてくれたはずだ。


 ……はて、喧嘩でもしたのかな?


 俺は屋敷内を探し回ることになった。



 ふと、庭で小さな男の子が若い女の召し使いと遊んでいるのが見えた。

 この子はトリスタン、今は亡き兄ロベールの忘れ形見だ……確か2才になる。


「やあ、トリスタン……お婆ちゃんを知らないか?」


 俺はトリスタンの前で小さく屈み、視線を合わせた。


 小さなトリスタンはキョトンとし、召し使いは慌てた様子で屋敷に引っ込んだ。


 ……なんだ? 様子がおかしいぞ……


 俺が(いぶか)しんでいると義姉のフロリーアが慌てて走り寄り、鬼気迫る様子で引ったくる様にトリスタンを抱き締めた。


「トリスタンに近づかないでっ!!」


 フロリーアは血を吐くように叫び、敵意を剥き出しにして俺を睨み付けている。


 ……なんだ? これは……


 義姉の変貌ぶりに俺は戸惑った。

 どちらかと言えば義姉のフロリーアはおっとりとしたタイプで、怒鳴った姿など見たこともない。


 ……それが一体なぜ……?


 隣の召し使いに視線を送ると、彼女はサッと俯いた。


 そもそもフロリーアは22才だ……まだまだ若い。

 子供を置いて実家に帰り、再嫁するのが普通だ……俺もフロリーアはドレルムと帰ったと思っていた。


 フロリーアは戸惑う俺をキッと睨んで、トリスタンを抱えたまま室内に帰っていった。



 ……そうか、義姉上は兄上の死を俺の暗殺だと信じ込んでいるんだ……


 俺はズンと気が重くなった。


 恐らくはロベールの死に不審な点があることをフロリーアに伝えた者がいる。

 まあ、ロベールの元従士とかその辺だろう。


 そして、兄の死で1番得をした者……つまり(バリアン)を疑うのは当然だ。


 フロリーアは俺の非道を吹き込まれ、すっかり信じ切っているのだろう。


 こればかりはどうしようもない。

 俺がどれほど否定してもフロリーアは聞く耳持たないだろう。

 人は信じたいものを信じるのだ。


 フロリーアはトリスタンを守るためにリオンクールに留まったのだろう。

 フロリーアが実家に帰る場合はトリスタンは置いていかねばならない……トリスタンはリオンクールの子供だからだ。



 これらの事実は、俺を支持しない層の存在を示している。

 恐らく、トリスタンを旗印にした勢力が生まれつつあるはずだ。


 兄のロベールはアモロス人を中心に騎士階級の支持者が多かった。

 リオンクール人の支持が多い俺に反感を持つ者が、そのままスライドしてトリスタンを担ぎ上げるだろう。



 ……今はいい、だが俺の邪魔になるようなら殺さねばならん……俺は、リオンクールの支配者になるのだから。



 俺がリオンクール伯爵として立たなければ兄の死が無駄になる。

 兄の死を無駄にしないために兄の子を殺す。

 そこに躊躇いはすでに無い。



 俺は兄の面影を振り切り、暗い決意を固めた。


内政パートがしばらく続きます。

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