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50話 命中

試験的に日常回を挟みます。

 王への謁見も済ませた俺だが、今年はどうやら冬が来るのが早い。


 あまり無茶をする必要が無いので、王都で冬を越すことにした。

 旅の途中で雪に降られては洒落でなく死人が出るかもしれないのだ。


 俺は退屈している同胞団には交代で狩を任せ(リオンクール家は王都の側に森を所有している。伯爵家になる以前に騎士家だった頃の名残だ)、王都で様々な文物を見て回った。


 そして、武器を扱う鍛冶屋で面白いモノをみつけた。クロスボウだ。




………………




 クロスボウとは


 クロスボウとは板バネの力を用いて専用の矢を発射する機械式の弓である。

 起源は古く、紀元前には資料に姿を現している。


 西洋では狩猟などに用いられたようだが、戦争で大々的に用いられたのは11世紀ごろからであり、名高いヘイスティングスの戦い(1066年)などでも用いられたようだ。


 利点は何と言っても威力と訓練期間の短さだ。

 弓の習熟には長い鍛練が必要だが、クロスボウは機械の扱いに慣れれば直ぐに扱えるようになる。

 威力は射手の力量に左右されず、素人の農夫の矢が鎖帷子を易々と貫通するのだ……その利点は計り知れない。

 弓を引き絞るのとは違い、発射の姿勢を維持しやすく、狙いをつけ安いのも利点である。


 逆に短所はコストとメンテナンス。そして何より速射が出来ないのと、有効射程距離だ。

 コストとメンテナンスは言うまでも無いだろう。構造が複雑な分だけ壊れやすく費用が高い。

 クロスボウは速射が出来ず、1分間に2発も射てれば上々だ。これは熟練した弓兵は1分間に10~12射出来ることを考えると非常に遅い。

 射程距離は優れているが、構造上クロスボウの矢は短く矢羽も少ないために弾道が安定しない欠点がある。有効射程距離が短いのだ。


 ちなみにアモロスのクロスボウは「山羊の足」と呼ばれるレバーを用いて弓を引くタイプのようだ。

 漢字では(いしゆみ)と書く。




………………




 ……ふーん、クロスボウか……見たこと無かったけど、有るんだな。


 俺がまじまじと見つめていると、鍛冶屋の親方が「止めときな」と声を掛けてきた。

 槍の先を研ぎながらの雑な接客である。


「そいつは複雑でな。壊れても直せねえだろ?」

「確かにね……親父さん、こいつを戦争で使うことってあるのかい?」


 俺の質問に鍛冶屋の親方は「聞かねえな」と素っ気なく答えた。


 しかし、俺はクロスボウに強く惹かれた。


 弓兵とは言わば職人だ。

 養成には長い期間がかかり、数を揃えるのは一苦労だ。


 しかし、クロスボウならモノを用意すれば、簡単に弓兵が揃うのだ……この利点はコストを補って余りある。

 メンテナンスさえ可能ならば是非とも導入したい兵器だ。


「親父さん、コイツを買うからメンテナンスを教えてくれないか?」

「あん? 駄目だ。整備には分解や組立もいるんだ。弟子でも無いのに教えられるか」


 親方は俺からクロスボウを引ったくると、プイッと奥に入っていく。


「待てよ! 弟子になるよ! それなら良いだろ?」


 俺が食い下がると「ふざけるな」と声だけが聞こえた。


「なら、弟子か遍歴鍛冶を紹介してくれ! 頼むよ!」


 俺は必死で声を張り上げる。

 折角のクロスボウを指を食わえて見逃したくない。


 遍歴鍛冶とは、一人前になり町から町へと仕事を探す鍛冶職人だ。

 この時代の職人は、一人前になると親方の商売敵にならぬよう旅に出て仕事を探すのだ。


「ウチの領地に招きたい! 3年は無税! 家も用意する!」


 そこまで言うと親方は不機嫌そうに出てきた。


「なんだ、お前さんは貴族か?」

「ああ、リオンクール伯爵家の後継ぎになると思う」


 親方は俺の言葉に興味をもったようで「条件次第だな」とぶっきらぼうに答えた。


「5年無税にしよう。希望者には市民権も」


 親方はまだムッツリと俯いている。


「独身者には結婚も世話する。それが煩わしいなら女奴隷をつける」


 ピクリ、と親方が反応した。


 ……これはもしや?


「2人にする」


 少し反応した。


「若い娘……10代かな」


 にやけてきた。あと一押し。


「ボインちゃん」


 無反応……違ったか?


「処女」


 親方が「フッ」と悟りを開いたかのような、一切の迷いから解き放たれた顔を見せた。


「負けたぜ、お前さんの元で世話になるよ」

「……あ、うん……来年に入植地を作る予定だから、仲間がいたら頼むよ……時間はあるから集めてほしい」


 親方は「任せときな」と爽やかな笑顔を見せた。

 実にいい笑顔だ。


 この焦げ茶色の髪を角刈りにした髭面の親方はアンセルムと言い、30才前後の体格のよい『処女厨(ユニコーン)』である。


 彼の紹介によって鍛冶屋は数人確保され、クロスボウ部隊は整備されていく。




………………




 そして、俺はとある商家の前に立つ。


 ここはロナが嫁いだ商家だ。

 いわゆる雑貨屋……なんでも屋である。


 子供をおぶったまま店番をする美しい女性が見えた……ロナだ。


 ……綺麗になったな、子供も産まれたのか……おめでとう。


 俺は離れた場所からぼんやりと眺めていたが、どうにも声を掛ける切っ掛けがない。


 少し離れた所でまごついていたら「あれ? バリアン様」と不意に声を掛けられた。


 ロロだ。


「わっ、バカっ! 見つかるだろ!?」

「何で隠れてるんですか?」


 俺の戸惑いにロロが首を傾げる……そりゃそうだ。

 何で隠れてるのか俺も分からん。


 その声が届いたか、ロナがこちらに顔を向けた……ドキッとした。


 恋愛感情かと言われれば違うんだけど……だけど否定も出来ないような……不思議な感情が巻き起こった。


「バリアン様、ですか……?」

「やや、やあ、久しぶりだね。子供、産まれたのか」


 舌を噛んだ。

 妙に緊張する。


「バリアン様、お久しぶりです。ロロから聞いていたけど本当に立派になられて驚きました」

「うん、その……ロナは綺麗になったな」


 ロナは「まあ、お上手」と上品に笑った。

 その様子に少し寂しさも感じる。


 ……何か、普通だな……変な緊張したのは俺だけか?


 ロナはもう「大人の女性 」って感じだ……3才年上だから、19才になるはずだ。


 ロナの旦那さんは商用で町に出ているらしい。

 俺はロナと無難な世間話をしながら、ロナの旦那さんの帰りを待った。


 ロナの額の傷痕は、知らなければ気づかないほどに薄くなっている。


 それが何だか、俺とロナとの繋がりが薄くなったように感じ、寂しくなった。



「これは始めまして、ルイの息子、トマです」


 ロナの旦那さんは40がらみの優しげな商人だ。

 中肉中背、どこにでもいそうな詰まらない親父……なんでロナはこんなん選んだんだか……何か腹立ってきた。


 ちなみに××の子○○と名乗るのは、姓の無い自由民では一般的だ。


「ロナには……いえ、奧さんにはお世話になって……」

「いえいえ、以前と同じようにロナとお呼びください、家内も幼馴染みから『奧さん』なんて呼ばれたら寂しがりますよ」


 トマは商人らしく、愛想よく対応してくれる。


「トマさんは隊商はお持ちですか?」

「ええ、2隊だけですが……弟と従兄弟がそれぞれ率いています」


 なるほど、隊商が仕入れた品物をトマが王都で貴族相手に捌くのだろう。


「うん、それはいい。来年か再来年くらいからはリオンクールの私の所に派遣してくれませんか? 珍しい品が取引出来ると思います」


 俺の言葉にトマが「珍しいとは」と食いついてきた。

 いきなり商談が始まったのでロナとロロは戸惑っている……すまん。


 仕事の話なら冷静になれる。

 俺はトマと喧嘩したいわけではないのだ。


「砂糖です」

「まさか……いや、僅かながら取引量は増え続けているし……」


 トマがブツブツと独り言を言いながら悩み出した。

 この様子に俺は少し面食らった。


 彼は完全に己の思考に没入し、俺のことを忘れたようにすら見える。


「すいません、バリアン様……この人はこうなると何も聞こえなくなってしまうんです」


 ロナがクスッと笑う。

 俺はその様子で気がついた。


 ……あ……そうか、ロナは幸せなんだ……それを俺は気に入らなかったんだな……バカな嫉妬だ……


 俺ではロナを幸せにできなかったろう。

 トマと一緒になったロナが幸せそうなのを見て、俺は詰まらない嫉妬をした。


 何だか、凄く恥ずかしくなった。


「ロナ、おめでとう。幸せになったんだな」


 俺は改めて、心からロナを祝福した。


 ロナは恥ずかしそうにはにかんだ……それは懐かしい、俺のよく知るロナの笑顔だった。



 その後、商談もまとまり、トマの隊商は再来年からリオンクールに派遣されることになる。

 砂糖の増産も急がねばならない。


 来年は忙しくなりそうだ。




………………




 その夜



「……何か、あったんですか?」


 情事の最中に、不意にベルが話しかけてきた。

 これは珍しい。


「いや、なんで?」


 俺が尋ねると、ギュッと玉を掴まれた。

 俺は堪らず「あだだだ」と悲鳴を上げる。


「……別に」


 ベルはプイッとそっぽを向いた。


 ……何かって、ロナの事か?


 俺は首を捻る。

 ベルはロナの事は知らないはず……しかも、彼女は王都では屋敷に引きこもりっぱなしで仕事と言えば俺の相手をすることだけ。


 ……なぜベルが感づいたんだ? と言うか(やま)しいことは何もないぞ。


 女の勘ってやつか?

 恐ろしい。


「馬鹿だな、俺は王都に来てからベル以外の女は触っていないよ」


 これは本当である。

 ロナにも指一本触れてはいない。


「……別に、旦那様がどこの女を抱こうが私に関わりはありません」

「いや、王都は広いけどベルより美しい女はいないさ……明日はどこかに出掛けようか?」


 ベルは「嫌です」と、にべもない。


 だが、俺は堪らなくベルが可愛く思えた。


「ベルがヤキモチ焼いてくれるなんてなあ。嬉しいよ」

「違います」


 俺は嫌がるベルをムリヤリ抱き寄せた。


 

 実は、この前後に「命中した」ようだ。

 そりゃ、毎日毎日3回も4回もやってりゃ着弾しても不思議はない。



 この事実に俺が青くなるのは……数ヶ月後のことになる。


活動報告でもお知らせしましたが、8月17日~19日の間お休みいただきます。

感想やコメントも返せないと思いますが、ご了承ください。

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