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49話 初恋に捧げる詩

ちょっと長めです。

 俺たちは1月ほどかけて王都に辿り着いた。

 季節は秋を迎えようとしている。


 のんびりした行程だったが、小なりとは言え軍勢である……そう考えれば仕方が無い。


「それではベルジェ伯爵は預かって行きます」

「はい。お願いします。私は屋敷で待機……外出時には連絡をします」


 ドレーヌ子爵は「そこまでしなくても大丈夫ですよ」と笑った。


「今日は事務的な手続きもありますからね。バリアン殿の出番はもう少し後になります。ゆっくりしてください」


 ドレーヌ子爵はそう言い残し、王宮に向かった。

 実に頼れる親戚の兄ちゃんだ。


 ドレーヌ子爵の一族にカティアのお婿さん候補はいないだろうか?

 是非お願いしたい……いや、もうちょっと近い方が安心だな。

 アンドレ……? うーん、これ以上コカース家と関係強化してもなあ……タンカレーは実家の力が無いし、ジャンはドSだからなあ……難しい。


 貴族の婚姻とは難しいものである。


 俺は最後にベルジェ伯爵を「ガオー」と威嚇し、リオンクールの屋敷に向かう。


 馬糞だらけの表通りを抜け、貴族街に入ると見覚えのある風景が広がっていた。



 迷うことなく、俺はリオンクール家の屋敷に着く。


 そこには小数だが留守を守る従士や使用人たちがいた。

 懐かしい、幼少期を過ごした屋敷である。


 ……懐かしいな……こんなに小さかったかな?


 俺は懐かしさに胸を締め付けられながら井戸に触れた。


 ……ここで、ロナが洗濯をしていて……


 俺がクスリと笑うと背後から気配がした。


「懐かしいですね」


 ロロは遠くを見るような目で呟いた。

 彼も幼い頃の記憶を思い出しているのだろう。


 ……懐かしいな、何もかもが。


 俺は井戸をスッと撫でた。


「王都にいる間はいいから、ロナと母ちゃんに会ってこい。もちろん泊まってきても良いぞ。俺も顔を出すと伝えといてくれよ」


 俺の言葉にロロは少し躊躇いながら「ありがとうございます」と頭を下げた。

 ロロの母親もロナ夫婦に引き取られ、共に暮らしているそうだ。


 奴隷だったロナの幸せな暮らしぶりは、ちょっとしたシンデレラストーリーとして王都の奴隷たちの憧れらしい。


 しかし、「裕福な商人に見初められた」と言うような話ばかりで、教育の大切さが噂にならないのは、なんとも中世的である。


 ロナは元奴隷でありながら読み書き計算ができ、才女の見本のような存在だ。

 この時代のアモロス王国では女性貴族であっても読み書きができる者は稀である。


 ……考えたら、ロロは8才の頃から家族と会って無いんだよな……


「ありがとな、ロロ」


 俺が改めて礼を述べると、ロロが恥ずかしそうに顔を掻いた。



 俺は同胞団の世話を留守の従士たちに任せ、教会に顔を出すことにした。

 ドレーヌ子爵からの連絡も流石に今日は無いだろう。




………………




 教会はかなり立派になっていた。

 武骨な石造りの建物にはモルタルが塗られ、祭壇には太陽を象徴化したような放射状のモニュメントが置いてある。


 俺はお供のポンセロと共にモニュメントに(ひざまづ)き、祈りを捧げた。


 実は普段の俺は敬虔な信徒そのものである。

 毎朝の礼拝は欠かすことは無いし、教学の本を複写した事すらある。

 喜捨だって欠かすことは無い。


 実際にさほど信仰心が有るわけでは無いが、アモロス王国では聖天教会の影響力は大きい。

 信心深いと思われて損をする事は先ず無いのだ。


 俺が祭壇に向かい暗記している聖句を唱えていると、見覚えがある坊さんが出てきた。

 確か書庫の管理をしていた坊さんだ。


「お見事な聖句ですな、さぞや日々の信仰に励まれているのでしょう」


 俺が聖句を終えると、坊さんはニコニコとしながら近づいてきた。


 俺が立ち上がると体格に少し驚いたようだ。


「お久しぶりです。本日はリンネル師はお見えでしょうか?私はバリアン・ド・リオンクールです」


 坊さんは「はて」と首を傾げたが、何かを思いだし、目を丸くして驚いた。


「バリアン様! ご立派になられて……全く気づきませんでした」

「はい、聖天の加護のお陰で息災にしております」


 坊さんは俺の来訪を喜んで歓待してくれたが、残念ながらリンネル師は巡教で地方に出ており不在だと言う。

 この坊さんの名はカロン、リンネル師の留守を任されているのだから中々の坊さんだ。


 このカロン、年の頃は30前後であろうか……頭をツルツルに剃髪し、鶴のように背が高く痩せている。


 カロンの言葉によると、リンネル師は説話集を完成させ売れっ子の説教師として活躍中なのだとか……道理で教会が立派になっているはずだ。


「バリアン様が来られた事はお伝えしますよ」

「はい、お会いできずに残念でしたが、カロン師に会えて良かった。実に懐かしい」


 カロンの語り口は軽妙であり、さぞや説教も得意なのだろうと察することができた。


 リンネル師に会えなかったのは残念ではあるが、不在ならば仕方ない。

 王都を去る時にでも手紙を渡せば良い。


 俺とポンセロはカロンに挨拶をし、教会を出た。


 ビウーと肌寒い風が吹く、秋にしては気温が低い。


「ポンセロ、俺はこの教会で学んだのさ……医学書関係は読み尽くしたぞ」

「本ですか……」


 俺とポンセロは無駄話をしながら帰路に着く、幼い頃にジローと歩んだ懐かしい道だ。


 ……あの時は、右も左も分からずに手を引かれて歩いたんだ……


 郷愁というには違和感があるが、俺にとっての原点は間違いなく王都だ。

 全てが懐かしい。


 ……俺がこっちに来てから……あれ? 俺はそれまで……そうだ。日本にいたのか……


 何だか頭がこんがらがってきた。

 なんだか田中の記憶が一段と薄れてきたのを感じる……乗ってた車の車種とか、携帯電話の番号とか、どうでも良いことは覚えてるんだけどな。


 ……まあ、いいか。俺は俺だ。



 俺は深く考えないことにした。

 今の俺はバリアン、田中は何年も前に死んだのだ。




………………




 翌朝、懐かしい部屋で目が覚めた。


 ベッドは大きいものに変えてもらったが、他は当時のままだ。


「おはよう、ベル。一緒に礼拝堂に行くか?」


 俺が問いかけると、ベルはシーツを巻き付けて立ち上がった。


「妾が礼拝堂には行けません……貞節の教えに反しますから」

「ん、そうか」


 別にそんなルールは無いが、無理強いすることではない。

 俺が無理強いするのはもっと……いや、止めとこう。


 俺はそれ以上は語らず身支度を整えて礼拝堂に向かった。

 30分ほどのお参りの後に従士たちの訓練に参加する……なんだか久しぶりだ。


 ただ、幼少の頃と違うのは俺が一番強いことか。


 アルベールに仕込まれた剣術、柔道をアレンジした体術、そしてこの身体能力。


 俺は面白いように従士たちをやっつけていく。

 いつの間にか訓練は「バリアンに挑戦」みたいな様相を示してきた。


 何人目かを投げ飛ばすと、不意に拍手が聞こえてきた……ドレーヌ子爵だ。


「見事ですな、バリアン殿」

「これは……わざわざ子爵自らおいでくださるとは」


 俺は訓練を中断し、ドレーヌ子爵と向かい合う。


「実は陛下がバリアン殿に大変興味を示されまして、急遽本日の謁見となりました」

「興味……ですか?」


 ドレーヌ子爵の話によると、王様は俺の武功に興味を示したと言うよりは俺の軍装である「悪魔の仮面」に興味を抱いたのだとか。


 俺はドレーヌ子爵に勧められるままに鎧を身に付け、王宮へ向かった。

 鎖帷子は返り血で錆が浮いてきており、肩も裂けたままだが……まあ良いか。




………………




 ヨーロッパの王宮と言えば、大半の人がネズミの王国にある尖塔のあるお城とかの感じを思い浮かべるだろうが、実際は武骨な石造りの平屋であった。

 ただ、王の権威を示すかのように屋根は高い。


 内装で宮殿らしいところは、壁面にゴージャスなタペストリーを飾りつけているところくらいか。


「何か気を付けることはありますか?」

「そうですね……陛下は荒々しい受け答えをあまり好みません。穏やかで控えめな言動が無難でしょう」


 俺は「参考になります」と答え、広間へ入った。


 そこは何の変哲もない広間。


 真ん中に長細い囲炉裏があり、奥は舞台のように一段高くなっている。

 舞台の上には立派な椅子が2つ。


 椅子に座っているのが王と王妃だろう。

 周囲には側近らしき家来が何名か王を取り囲むように立っている。


 左右の壁にはタペストリーが掛けられ、護衛の戦士が潜んでいるのが確認できた。


 広間を進むと、舞台の上から驚きの声が上がった。

 どうやら俺の見た目のインパクトが強かったようだ。


 俺はドレーヌ子爵の動きに合わせて一段高い舞台の真下まで進み、(ひざまづ)いた。


「お前がルドルフの子か」


 舞台の上から声が掛かった。神経質そうな声だ。


 俺はドレーヌ子爵をチラリと見ると彼は頷いた。

 どうやら直接答えて良いらしい。


「左様です。バリアンと申します」

「立って姿を見せてくれ」


 頭上の声に応えるように俺は立ち上がり、王を見据える。


 弱々しい、痩せた中年男がそこにいた。


 彼の名はジャマル・ド・アモロス。ジャマル善良王と呼ばれる人だ。

 くすんだような、白髪混じりの金髪に、ヤギのような顎鬚(あごひげ)が何とも言えず貧相である。


「大きいのう、それに恐ろしげな仮面じゃ! のう? そう思わぬか?」


 王は左右に意見を求め「そうですね」などの無難な返事に満足しているようだ。


「ロベールは残念だったな。話を聞かせてくれるか?」

「はい、兄は勇ましく戦い、敵の矢に(たお)れました……騎士の倣いでは有りますが、残念に思います」


 王は「うんうん」と顎鬚をさすっている。

 兄であるロベールは王に覚えて貰っていたようだ。


「ベルジェの明星を一騎討ちで討ち果たしたそうだな。顔を見せてくれるか?」


 王の言葉に「はっ」と短く答え、俺は面頬と兜を外した。


 舞台の上から「ほお」と言ったため息が漏れ聞こえた。


「仮面を着けるからには厳めしい醜面(しこづら)かと思うたが、美々しい若武者ではないか!」

「まあ、本当に凛々しい」


 王と王妃は俺の容姿を褒めてくれた……ブサイクを仮面で隠してると思われてたのね……なるほど。


「バリアン、詩を吟じてくれぬか」


 王が突拍子も無いことを言い出した。

 周囲の取り巻きがニヤニヤしている所を見るに、俺を困らせようとしているのかも知れない。


 ……なるほど、俺をテストしてるのか……?


 詩吟はある程度の教養が必要だ。

 知能テストみたいな使われ方もするらしい。


「は、ならば即興で」

「面白い! バリアンは詩人かや!」


 王が手を打って喜んだ。


 俺はアモロスの詩なんて全く知らない。

 精々がロナに習った童謡くらいだ。


 もちろん俺に詩作の心得は無いが、日本人なら誰でも知っている有名な歌をアモロス語の音を合わせて歌うことにした。

 ちなみに原曲の著作権保護期間は満了している。


 ……えーっと、こうかな?



 夕焼け空にトンボが飛ぶ

 共に見たのは幼き日

 15才であの娘は嫁ぎ去り

 私への手紙はもう来ない



 ……日本語に再翻訳すると変な感じだ……本当はもうちょっと音の繋がりは滑らかで、違和感は少ないはずだ。


 即興にしては旋律も守れたし、まあまあ良いのでは無かろうか?


 チラリとドレーヌ子爵に視線を送ると驚いたように目を丸くしている。

 舞台の上の反応も鈍い。


 ……あー、失敗?


 俺が仕方ないなと苦笑いすると「素晴らしい!」と声が上がった。

 王の側近の1人だ。


「うむ! 勇ましい戦場歌かと思うたのに恋歌とはな! これは1本とられた!」

「ええ、麗しい……美しくも儚い初恋の詩ではないですか」


 王と王妃が絶賛してくれた……盗作とはとても言えない。


 しかし、郷愁を刺激するような詩を翻訳すると初恋の歌になるとは面白い。


 側近たちも「旋律が良い」「声も悪くない」などと褒めてくれるが……まあ、元が歴史的な名曲だしな。


「ジュスタンよ、お前はどう聞いたか?」


 王がドレーヌ子爵に問い掛けた。

 ジュスタンとは子爵のファーストネームだ。


「は、なんとも見事な……まさかバリアン殿にこれほどの詩才が有ろうとは露知らず、不明を恥じております」

「そうか! ジュスタンも知らなんだか!」


 良く分からないが、王は上機嫌だ。

 恐らくは武張ったことよりも、文化的なことが好みなのだろう。


 ……善良王って呼ばれるくらいだものな。


 俺は納得した。

 文化的な事が得意で争い事を好まぬタイプ故に、各地の反乱に悩まされているのだろう。


 各地の諸侯は言わば軍閥の主だ。武力でしかモノを判断しない脳筋タイプも多い。

 騎士が詩作などと鼻で笑う者も多かろう。


「先の武功と併せて褒美をとらす。望みはあるか?」


 王の言葉にある種の緊張が走る。

 俺がこの場で「側近にしてください」と言えば取り立てられるだろう。

 周囲の側近たちの視線が集中するのを感じる。


 しかし、俺の答えは予め決まっている。


「私の武功は……父の名の下で成したものです。褒美には値しません」


 そう、俺の上司は父のルドルフだ。

 ルドルフ以外から褒美を貰うとややこしくなる。


 この場合は、王からルドルフに、ルドルフから俺に、と言う流れでなくてはいけない。

 上司の上司は上司では無いのだ。


 ここで俺が王の直臣となればルドルフが不快に思うだろう。


 実は複数の主君を持つ騎士は意外と多い。

 例えば、とある騎士がAの領地は王から、Bの利権は伯爵から授けられた……となれば、その騎士は両者への忠誠を求められる。

 その場合は予め「この場合はコレ」と細かく誓約書を作るのである。


 そんな面倒なことはしたくない。


 それにたしか源頼朝と義経の仲がおかしくなったのも、義経が勝手に朝廷から褒美を貰ったためだ。

 失敗した前例があるのに真似をする必要は無い。


 場は少し白けた雰囲気が漂ったが、こればかりは仕方ないだろう。


「無欲なことだな。ジュスタンはどう見るか?」

「は……若くして誠に(わきま)えた振る舞い。詩才と共に見事なものです」


 王の質問にドレーヌ子爵が答えた……どうやら大きく的を外さなかったようだ。


「うむ、この見事な若者には名誉を与えよう。先程の詩を吟遊詩人に歌わせるのだ。バリアンよ、宮廷の詩人に伝えてやってくれ」


 王は満足げに頷き、俺とドレーヌ子爵は広間を退出した。


 どうやら大きなヘマはしなかったようだ。

 俺は大きく息を吐いた。



 最後に王が「ルドルフは果報者だな」と呟いたのが印象的だった。




………………




「素晴らしい! 実に素晴らしい!」


 廊下でドレーヌ子爵は俺を絶賛してくれた。


 どうやら先程の態度を褒めてくれているようだ。


「見事な振る舞いです。あそこで褒美を貰ってはリオンクール伯爵は喜びません。詩作も良かった!」


 ドレーヌ子爵は「褒美の話が出たときは冷や汗がでました」と笑った。


 俺はその後に宮廷の吟遊詩人に先程の歌を伝えると、横にいたドレーヌ子爵もすぐに覚えたようだ。

 彼も詩才が有るのだろう。



 ちなみにこの詩は後に「(バリアン)とロナの恋歌」となった。

 タイトルもズバリ「ロナに捧げる詩」である。

 短く覚えやすいので直ぐに拡まり、俺の「初恋」は有名なエピソードとなった。

 惹かれあう若き2人が身分に引き裂かれた麗しくも悲しき物語である。


 ちなみに物語の中の(バリアン)は中学生くらいの細身のイケメン、ロナは奴隷でありながらも気高く美しき乙女だ。

 リオンクールの地で俺とロナは惹かれ合い、愛し合っていた。

 しかし、身分違いのために2人の結婚は認められることはなく、ロナは自ら身を引き、遥か遠くの王都に嫁ぐのだ……


 ……なんと言うか、何処から突っ込んで良いやら分からない。

 ロナの旦那さんには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 もちろん俺にはそんな意図は無かった……というか、ロナとトンボを眺めたことは皆無だ。


 意外と歴史のエピソードなんてこんなモノなのかも知れない。



 もう少し後の話にはなるが……


「あの……バリアン様はやっぱり姉ちゃんと、その……」


 後にロロに変な心配をされてしまったのは少し心外ではあった。

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