48話 日本の味
戦は終わりを告げ、後方の拠点に軍は移された。
ベルジェ城は跡形もなく焼き尽くされ、柱に使っていた釘すらも略奪された。
建物の土台すら破壊する徹底ぶりであり、再利用するならば1から作り直さねばならないだろう。
ルドルフの怒りのほどが知れる破壊ぶりだ。
後方の城に戻り、ルドルフやドレルム、ドレーヌ子爵らは忙しげに戦後処理や論功を行っているが、そこは3人の大人の話だ。
本来ならば俺も参加すべきなのかも知れないが、ルドルフが俺の肩の負傷を気遣い休暇をくれた。
騎士ギャレオに突かれた肩は打ち身で真っ黒になっており、見た目はチョット凄い。
とは言え、無視は出来ないので、こちらからはアンドレとポンセロをお手伝いとして派遣している。
出来れば2人には、その手の事に慣れて貰いたいとも思っているのだ。
彼らには同胞団の幹部になってもらいたい。
俺は負傷していた仲間と合流し、互いの無事を喜びあった。
「タンカレー、生き長らえたか」
「はい、死んだ父ちゃんに叱られましたよ『まだ早い』って」
タンカレーは「はは」と力無く笑う。
彼は重症であり、まだ寝床で上半身を起こすのがやっとだ。
「タンカレーよ、体が動かなくなっても同胞団ではいくらでも仕事がある……文字を覚え、算術を学べ。畑も作るぞ、奴隷の管理もな。」
俺はタンカレーに気休めは言わないことにした。
彼は左手の指をいくらか欠損し、槍で胸を2度も突かれ、足も槍で突かれている。腕の骨も折れていた。
完治をしても今までのような戦働きは無理であろう。
「バリアン様……私は」
「ダメだ、休ませんぞ。ロロは文字も計算も得意だ。教えてもらえ。」
俺がニヤリと笑うと、タンカレーは「うぉぉ」と咽び泣いた。喜びの涙だ。
恐らく同胞団をクビになると思っていたのだろうが、信頼の置ける部下をみすみす見逃すものか。
タンカレーは学はないが頭は良い。四則演算くらいならすぐに覚えるだろう。
彼は平民でもあるし、いずれは内政担当として活躍して貰いたい。
ちなみにアモロスで四則演算ができれば十分に高位の内政官が勤まるインテリだ。
俺が王都でリンネル師の前で計算をしたらその速度に驚かれたものである。
九九って実はかなりのチートかも知れない。
「ロロの傷の具合はどうだ?」
「ええ、肉は盛り上がって来ましたし、もう大丈夫です……タンカレーも私も、膿を持たなかったのが良かったみたいです」
ロロはペロッとシャツを捲り上げたが、傷の回復は早そうだ。
ジャンが傷口を突っついているが大丈夫そうだ。
「ロロっていつも怪我してるよな」
「不思議とジャンは怪我しませんね」
何が可笑しいのか、2人は笑い転げている。
……確かにロロは毎回のように負傷をするが、ジャンが怪我をしたことないな……
俺は不思議に思って首を傾げる。
強いて言えば「武運」かも知れない。
戦場で運は重要だ。
「たまたま」強敵と当たった。
「たまたま」体調が悪かった。
「たまたま」そこに立っていた。
戦場で偶然に死ぬことは「良くあること」だ。
無論、逆に不思議な幸運で勝ちを拾うこともある……今回の戦争で言えば、俺の奇襲攻撃がそれだ。
だから、騎士や兵士は験担ぎを好む。
少しでも幸運を引き寄せるためだ。
「……アルベール様と、ロベール様は残念でしたね」
ロロが呟くと、賑やかだった場の空気は重くなった。
ちなみに、アルベールもロベールも戦死として扱われている。
「爺ちゃんは、まあ、なんつーか……好きなことして死んだんだから喜んでたと思うな」
ジャンは明るく「はは」と笑った。無理をしている様子は無い。
「だけど、バリアン様にだけ夢を語りだしてさ……それはチョット寂しいけども、まあ、俺もバリアン様を手伝えば爺ちゃんは喜ぶだろうし」
「へえ、どんな夢だったんですか?」
ジャンとロロがまた盛り上がり始めた。
タンカレーも嬉しそうだ。
俺は「どっこらせ」と立ち上がり、背を伸ばす。
「どこに行くんだ?」
「ジャン、野暮は言うなよ」
俺の言葉を聞いたジャンが肩を竦めた。
「バリアン様、奥様より先に孕ませてはいけませんよ」
悪戯っぽくロロが告げると、ジャンとタンカレーがゲラゲラ笑った。
コイツら何か変なテンションになってるみたいだ。
タンカレーなどは傷が痛むのか苦悶の表情で笑っている……器用な奴だな。
「知らんわ。コイツに聞けよ」
俺が自らの股間を指差すと、ロロまで爆笑した。
その後は俺とベルは好試合を繰り広げた。
久しぶりのベルは、何と言うか……素晴らしかった。
攻守が噛み合い、高め合う……間違いなく、今年1番のベストバウトであった。
俺が負傷してることで、力量が釣り合ったのかも知れない。
男女のレスリングの道は奥深く、果てしない。
………………
俺は数日間、仲間と遊んだり、ベルとイチャついたりしながら過ごした。
やはりスミナは可愛いが「正妻」といった遠慮がある。
スミナにはあまり無茶をして嫌われたくない。
その点、ベルは気楽だ。
スミナには頼めないような少しアブノーマルな楽しみ方もできる。
ちなみに聖天教会の教えでは、男女のレスリングは「正常位」以外は認められていない。
「正常位」は子供を作る尊い行いだが「それ以外」は快楽を貪る淫らな行いらしい。ワケわからん。
そう言う意味なのでアブノーマルと言うのは「この世界基準で」である。
決して現代的価値観でおかしな想像しないように。
そうこうしていると、俺にも会議に参加するように連絡があり、俺は会議室に向かった。
「お呼びですか?」
俺が尋ねると、ルドルフは「うむ」と頷く。
「バリアンよ、私の名代として王都までベルジェ伯爵を護送してくれ。ドレーヌ子爵に正式な使者を勤めて頂くが……王にお前の顔を覚えて貰う意味もある。分かるな?」
兄であるロベールが亡き今、後継者として名前と顔を売ってこいという意味だろう。
思えば俺はこの手のことは兄に任せっきりで、何も知らない。
「バリアン殿、何も心配は要りません。難しいことは私が引き受けます。バリアン殿は礼儀もしっかりしているし、問題はありませんよ」
ドレーヌ子爵が頼もしく請け負う……イケメン過ぎやろ。
「俺は……1度娘に……フロリーアと会いたいしな。同行はできん」
ドレルムが「すまんな」と謝った。
俺の兄嫁であるフロリーアはドレルムの娘だ。
確かに今後の相談をする必要があるだろう……俺は頷いた。
「お前が独身なら再嫁させるんだがなあ」
ドレルムがぼやく。
兄嫁と弟が再婚するのは、この時代では珍しくないことだ。
家と家の繋がりを考えれば合理的な考え方でもある。
確かタンカレーの母親もそうだったはずだ。
……義姉上か……悪くないな……と言うか、兄上には悪いが是非お願いしたい……
俺は義姉を思い出しニマリと笑った。
兄嫁と言うこともあり、あまり性の対象として見たことは無いが、義姉のフロリーアは魅力的な女性だ。
フロリーアは子供を産んでから、みっしりと肉置きが良くなりグラマーな体型になった。
あどけない童顔と実にミスマッチであり、そこが良い。
スミナもベルも若く細身である……俺は胸や尻がムチムチした女性も好きだ。
「おい!? だから、お前は駄目なんだって! 聞いてたか!?」
俺はドレルムの怒鳴り声で正気に返った。
「ふふ、仕様の無いやつだ……だがなドレルム、あれはバリアンならずとも憧れるぞ。まだ若いのに尻の肉付きがな……」
「おいこら! お前たち親子はいつも何を考えてんだ!?」
ルドルフとドレルムがギャアギャアとじゃれあい始めた。
実に賑やかなオッサンたちだ。
しかし、さすが我が父……目の付け所が実に良い。あれは良い尻だ。
ドレーヌ子爵が「やれやれ」と肩を竦めた。
………………
俺と同胞団、ドレーヌ子爵とその従士はベルジェ伯爵を護送しつつ、王都へ向かう。
50名ほどの大所帯だが、ベルジェ伯爵を奪還しようとする馬鹿がいないとも限らない。
俺たちは隊商も引き連れ、ゆっくりとした速度で歩みを進めた。
ベルもタンカレーも置いてくわけにもいかず、どうしようかと悩んだが、隊商に預かって貰えることになり助かった。有料だけどな。
この遠征で俺は大金持ちになった。
同胞団や部下に褒美を分け与えても、まだまだ残っている。
リオンクールは空き地ばかりだ。
手始めに奴隷を20人ばかり購入して何処か開拓をしようと思う。
食い物が無ければ人は増えない。人が増えなければ戦争は出来ない。
やはり騎士にとって戦争は経済活動と言っても良い。
戦が上手ければ大儲け、逆に戦下手は損するばかりだ。
いずれ領地を拡げる戦争をするならば、課題は農業と軍備。
『農戦』
これが俺の成すべき事業だと思う。
取り合えず金を稼ぐ。
奴隷を買いまくって農業をさせる。
それを同胞団で監視する……護衛って名目が無難かな。
集めた奴隷は20年くらいで解放してやろう。
先に希望があれば意味の無い反抗もしないはずだ。
奴隷同士で結婚させ、20年も経てば大半のヤツは地縁や血縁も出来て離れられなくなるだろうし問題ない。
奴隷による開拓が軌道に乗れば、平民の三男坊四男坊を入植させて兵役人口を増やしたい。
理想は曹操が行った屯田と兵戸制だけど詳細は知らないし、現地の事情に合わせてやっていくしかないだろう。
後は農具や農法だが……
俺がブツブツと呟きながら馬を進めていると隊列が止まった。
どうやら休息のようだ。
俺も同胞団に休息を命じた。
しばらく兵の煮炊きを見守っていると不思議な香りが漂ってきた。
何だか懐かしいような……妙に郷愁を感じる不思議な香りだ。
俺はその香りに釣られてフラフラと歩くと、ドレーヌ子爵の従士隊の鍋が匂いの元のようだ。
「不思議な香りだな、何を食ってるんだ?」
俺が従士たちに話しかけると「食べてみますか?」と勧められた。
……モノ自体はなんの変哲も無いスープだが……
俺は恐る恐る汁を口に含む……「ウマイ!」俺は驚きで目を丸くした。
「お気に召しましたか?」
ドレーヌ子爵がゆっくりと近づき、話しかけてきた。
「ええ、これは旨い。きっと、調味料が違うんだな……何ですか?」
「それはね……おいっ、アレ持ってきてくれ」
俺は運ばれてきた壺を覗き込んで驚いた。
……しょっつるだ!
俺は指を付け、ペロリとソレを舐めた。
正しく「しょっつる」である。
俺は止まらなくなってペロペロと舐め続ける。
別に田中も東北出身では無いが、どことなく日本を思い出させる味に夢中になってしまったのだ。
「あはは、気に入って頂けましたか! 魚醤と言います。我が領では良く使われているんですよ」
ドレーヌ子爵は「匂いが駄目だという人も多いんですよ」と笑った。
多分、地元のソウルフードを気に入った若者に好感を抱いたのだろう。
ニコニコと上機嫌だ。
ドレーヌ子爵領は海沿いの土地だ。
リオンクールの北北西に位置し、直線距離はさほど離れていないが、山脈をグルリと迂回しなければならない。
……これは山を拓いて交易路を作らねば! 砂糖を増産して交易しよう。しょっつる欲しいしな。
俺は「うんうん」と頷いた。
恐らくは狩人や山岳民族の使う獣道はあるはず……そいつを拡げるのだ。
「いやー、美味しい。実に美味しい」
俺が手放しで魚醤を褒めると1壺分けてくれた……凄い嬉しい。
ちなみに同胞団に見せてみると、大半のヤツは匂いで顔をしかめていた。
ベルは……やっぱり嫌そうな顔をした。
どうでも良いけど、ベルが顔をしかめたり悲しげな様子を見せると妙に興奮してしまう……俺はもうダメかもしれない。
……スミナにはそんなの感じないんだけどなぁ……
俺は首を傾げた。
ロベールの死で変化をしたのはルドルフだけではない。
俺も、少し変わってきた気がする。
………………
余談だが、馬車で護送されていたベルジェ伯爵は俺の事を心底恐れていて、逃亡の気配すら無かった。
彼は俺が近づくだけで俯いてガタガタ震えだすのだ。
……こんなオッサンの泣き顔なんて見ても嬉しくないわ!!
俺はその度にイラつき、剣で尻を刺したり鞘で殴ったりと虐めていた。
そこに兄とアルベールの死に対する八つ当たりが有ったのは否めない。
ちなみにベルジェ伯爵は小太りの性格悪そうな40男だ。
ヘアースタイルが独特で、カッパみたいなハゲかたをしている茶髪。
口髭が全然似合ってないのも何だか腹が立つ。
今もベルジェ伯は俺が「コラアッ!」と怒鳴ると馬車の中で丸まっていた。
こんなヘタレがどうして反乱なんぞ企むのか俺には理解できない。
俺は何だか腹立たしくて、悲しかった。
敵の親玉は、なんと言うか……悪くて、強いやつであって欲しかった。
こんな詰まらないヤツとの戦いで、仲間が、兄やアルベールが死んだと思うと怒りが治まらない。
また、俺はベルジェ伯を殴りつけた。
ベルジェ伯にとって1ヶ月の旅路は面白く無いモノだったろう。
だが、彼は王都に着いてからも面白くない毎日が待っているはずだ。
ベルジェ伯は破産状態だ。身代金も満足に払えない捕虜の扱いなど「お察し」である。
弱いヤツが悪い。
溺れた犬はさらに殴られる。
そう言う時代なのだ。
俺はこの負け犬を見て『負けかた』の大切さを学んだ。
負けるにも負けかたと言うものがある。
破産するような負け方は論外だ。いわば戦の損切りを覚えねばならない。
……それが出来ねば、これは未来の俺の姿だ。
俺は馬車で丸まる禿げた負け犬に、自らの成長を誓った。
ついに書き溜めのストックがつきました。





