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47話 激突、騎士ギャレオ

 ベルジェ城から和平の使者が来た。

 和平とは建前で、実質は降参である。


 ベルジェ伯爵は王国に出頭し、王の虜囚となると申し出た。


「却下だ……話にならん」


 ルドルフはベルジェ伯爵からの提案を拒否した。

 使者の顔が曇る。


「ベルジェ伯、並びに全男子の出頭。ベルジェ城の破却、そして……リオンクールへの賠償金1000万ダカット」


 ルドルフの提案は滅茶苦茶である。

 端から交渉をする気が無いのだ。


 ルドルフは……怒っていた。

 激怒していると言っても良い。


 この戦役で我が子を喪った悲しみを怒りに変え、ベルジェ伯爵に八つ当たりをしているのだ。


 ルドルフは馬鹿ではない。

 ロベールの死が暗殺であると疑っているし、容疑者も特定しているだろう。

 しかし、最重要参考人のアルベールは戦死し、怒りをぶつける先が無くなってしまった。


 暗殺事件の真相は容疑者死亡でウヤムヤになったのだ。


 この振り上げた拳を、たまたま対立していたベルジェ伯爵に向けて降り下ろしただけだ。


「1度、城に戻り相談をして参ります」


 ルドルフの怒りを感じ取ったベルジェ伯爵の使者が、いそいそと天幕から出ようとした。


「バリアン、帰すのは1人だけで良いぞ」


 ルドルフは俺に声をかけた。


 俺は「分かりました」と答え、使者の脇に控えていた従者の首根っこを左手で抑え、右手で髪の毛を掴み引っ張りあげた。


 哀れな従者は鶏が絞め殺されるような悲鳴を上げ、首の骨をパピッと可愛く鳴らして絶命した。


 ルドルフの意図は軍使をビビらせることだ。

 出来るだけ残酷に殺す必要があった。


「な、なにをなさいますか!?」


 しばし呆然としていた使者が悲鳴に似た声で喚く。


 ……やかましい奴だな……黙らせるか。


 俺が使者の肩を掴むと、ルドルフが「やめよ」と止めた。


「軍使には礼を尽くすものだ。手出しはならんぞ」


 ルドルフが残忍に笑う。実に嬉しそうだ。


 たしかに軍使に手出しをするのはマナー違反だが、今さらそれを言うかと俺は呆れた。


「その死体は車輪刑にして晒せ」

「はい」


 俺は天幕の外で哀れな従者の遺骸を滅茶苦茶に曲げ、取り外した荷車の車輪に絡め付けた。

 普通はハンマーとかで関節を砕くらしいのだが、俺は素手でペキペキと折る。


 この遺体は車輪に取り付けられたまま、高く梟示(きょうし)されるのだ。


 軍使は顔を真っ青にしながら陣から退出した。

 気の毒なほどに怯えきっている。


 ……これで少しでも父上の気がすめば良いのだが……


 俺は小さく「ふう」と、ため息をついた。


 軍使が帰った後には対策会議があるために天幕へ向かう。

 俺の視界の端に磔にされたベルジェ伯領の領民が見えた。



 ロベールが死んでから、ルドルフは少し変化した。

 明らかに攻撃的に、残酷になっているようだ。


 難民となった民衆がベルジェ城に集まってくるが、今はルドルフの命令で捕らえて(はりつけ)にしている。


 ……父上は兄上の死で少し……おかしくなっている……


 ロベールの遺体は後方に移され、防腐処置を受けた後にリオンクールへ向かうと聞いた。


 ……母上も、義姉上も、おかしくなるのだろうか……?


 俺は心臓を締め付けられるような感覚に目眩がした。


 ……ああ、早く家に帰りたい……スミナやカティアの顔が見たい……


「バリアン、おいこら、バリアン」


 俺を揺する感覚で現実に引き戻された。

 ドレルムだ。


「ここは戦場だぞ! 気を張れ、辛いのは分かるがロベールは騎士だった。覚悟はあったろ」

「ええ、すいません」


 俺はドレルムに礼を述べ、軍議に集中する努力をした。


 時間が経てば楽になるかと思ったが、色々考えすぎて頭の中が整理できない。


 俺はなんとか軍議に耳を傾ける。


 結局はベルジェ伯爵への対策会議というのも「どこを落とし所にするか」と言う政治向けの話であり、あまり俺の出番はない。


「ベルジェ伯爵は降参以外の選択肢はありません。領内は壊滅し、軍も無い。今も頼みの綱の堅城に籠って嵐が過ぎ去るのを待っているだけです。こちらから降参を呼び掛ければ応じるでしょう」


 ドレーヌ子爵は「ベルジェ伯の出頭、城の破却」を落とし所と考えているようだ。

 ドレルムもほぼ同じ。


 ルドルフは……よく分からない。



 その時、天幕がバサリと音を立て「失礼します」とデコスが入ってきた。

 彼はロベール亡き今は兵の取りまとめを行っている。


「ベルジェ城から敵が出ました。1騎です」

「1騎だと? 軍使では無いのか?」


 ルドルフが尋ねるが、デコスは「戦支度です」と冷静に答えた。


 俺たちは天幕を出て、様子を確認した。


 確かに山を駆け下る騎士が見えた。


 ……あれは確か……


 俺はその騎士に見覚えがあった。


「騎士ギャレオだ」


 ドレルムが隣で呟いた。

 そう、彼は「ベルジェの明星みょうじょう」と呼ばれる騎士ギャレオ。ベルジェ伯領で随一の凄腕だ。

 たとえ1騎とは言え油断はできない。


「我が名はマルセル・ド・ギャレオ!! ベルジェの明星だ!!」


 騎士ギャレオは小高い位置にあるリオンクール軍の陣地を見上げながら大音声で名乗りを上げた。


 自分で「ベルジェの明星」とか名乗るのは恥ずかしくないのかね?


 俺は薄笑いを浮かべながら首を捻る。


「悪魔の仮面の騎士よ!! 私は貴殿に挑戦する!! 槍を合わせたまえっ!!」


 ……おっと、ご指名か。


 悪魔の仮面の騎士と言えば、ジャンも面頬は着けているが……まあ、俺で間違いは無いだろう。


 ギャレオはよく通る声で俺を指名し、一騎討ちを望んだ……実に男のロマン溢れる騎士物語である。


 普通に考えれば受けるメリットは無いだろう。


 戦争はもはや決着がついたのだ。わざわざ敵の土俵に上がる必要はない。


 しかし、これは騎士から騎士への挑戦である。

 しかも相手は端武者ではない。名高い「ベルジェの明星」なのだ。


 別に強制ではないが、わざわざ危険を侵して単騎で挑んだ敵の勇気に応えなければ臆病者だと見なされる。


 臆病者には誰も敬意は抱かない……そういう時代なのだ。


 ……この戦の最後のヤマだな。ギャレオを倒して城の戦意を挫く……見てろ兄上、アルベール、大物を送り込んでやるぞ!


 俺は自分の部隊に戻り、槍を抱えて(ノワール)に騎乗した。


「バリアン様、盾は?」

「いらん、守りは鎧任せさ」


 ポンセロが持ってきてくれた槍は俺専用の特注だ。

 長身怪力の俺に合わせて普通の槍よりもかなり長い。


 俺が陣中を馬で移動すると大歓声が巻き起こった。


「「バリアン! バリアン!」」

「「バリアン! バリアン!」」


 俺は大声援に後押しされ、陣から出撃した。


「俺はバリアン!! バリアン・ド・リオンクール!! 騎士ギャレオ、その首貰ったぞっ!!」

「「ウワアアァァァァ」」


 俺の名乗りで陣中が盛り上がった。


 俺は斜面を騎乗したまま、ゆっくりと並足で下る。


 騎馬での戦いはいきなり全力で駆け出すモノではない。

 馬の加速には拍車(はくしゃ)(ブーツのかかとにあるトンガリ)を使う。

 始めから拍車をかけては、激突前に槍を構えて拍車を緩めた時に、馬が「走らなくても良いのか」と判断し、敵との衝突前に減速してしまう。

 徐々に加速し、ピークで激突するのが肝要だ。


「ありがたい!! いざあっ!!」


 ギャレオも徐々にスピードを上げながら駆け寄せてくる。


 ……俺もギャレオも得物は槍だ、長い俺の槍が先につく! 貰ったぞっ!


 俺は槍を構えて突撃した。

 しかし、ギャレオは俺の槍を下から跳ね上げ、そのまま滑らすように槍を突き出してきた。


 ……な!? 上手い!!


 俺は辛うじて身を捻り、槍先を躱わした。

 馬の体重が乗った刺突は、肩を掠めただけで俺の自慢の鎖帷子は裂かれ、鮮血が舞った。

 俺は強い衝撃を受け、落馬しそうになるのを必死で耐える。


 俺たちは向き直り、仕切り直しだ。


 俺は中途半端に距離を置き、槍を長く持ち、殴り付けるようにギャレオを狙う。

 俺の怪力の成せる技だ。


 これにはギャレオも予想していなかったようで、槍を立てて防いだが、ベキイッと互いの槍が凄まじい音を立ててへし折れた。


 互いに剣を抜いて向かい合う。


 馬を寄せて斬り結ぶが、馬上では互いに動きが制限され単調な攻撃になる。

 なかなか決着はつかない。


「ギャレオ! 馬を下りて勝負だ!」

「よかろう!!」


 俺たちは距離をとり、下馬した後に向かい合う。


 ここまでは先ず互角。


 自陣から「オッ! オッ! オッ!」と俺の戦意を煽る掛け声が響く。


 ベルジェ伯爵も城の城壁から固唾を飲んで見守っているのかもしれない。


 俺は長剣のみ、ギャレオは長剣と盾を構えている。


 じりじりと互いに距離を測りつつ右に動く。

 上から見れば円を描く動きのように見えるだろう。


「呑気なものだな、騎士ギャレオ」


 俺が不意に声を掛けた。

 ギャレオはピクリと眉を動かしたが無言だ。


「妹かい? 恋人かな……」


 俺は懐から布を取り出した。

 女の肌着(シミーズ)だ。


「哀れなもんだな、『マルセル様あ、マルセル様あ』ってよ! 泣いてたぜえ、クックック」


 俺は肌着を持ち上げてベロリと舐めた。


 安っぽいハッタリだ。

 だが、ベルジェ領内は焼かれ続け、ギャレオも冷静さを失っていたのかもしれない。


「き、貴様あっ!!」


 ギャレオが逆上し、剣を突き出してきた。

 直線的な動きだ。


 ……貰ったぞ!


 俺は肌着をギャレオに投げつけ、突き出された剣を叩き落とした。

 手首を狙った攻撃だったが、ギャレオの引き手が速い。


「ガオオォォォォッ!!」


 俺は雄叫びを上げながらギャレオに体当たりをした。


 ギャレオは俺のショルダーチャージのようなぶちかましを盾で防いだが、そこは体格が違う。

 小さく「ウワッ」と悲鳴を上げ、ギャレオは大きく後ろへ吹き飛んだ。


「死ねえ! 死ねえ!」


 俺は倒れたギャレオに剣を何度も叩きつける。

 ギャレオは必死に盾で防ぐが、俺はお構いなしに盾の上から何度も剣で殴り付けた。


 ついに、ギャレオが何も持っていない右手を突き上げた……降参のポーズだ。


 ……知るかっ!


 だが、俺は突き上げられた右手に剣を叩きつけた。

 ギャレオの手首が宙に舞う。


「な!」


 ギャレオの目が見開き、彼は驚きの声を上げた。


 ……お前のような強敵を、生かしておくはずが無いだろう!


 俺はその首へ剣を突き刺した。

 骨を砕く感触が手に伝わる。

 切っ先は貫通し、勢い余って地を刺した。


 俺はそのままギャレオの首をむしりとり、高々と掲げた。


「討ち取ったりい!!」


 俺が雄叫びを上げると自陣から大歓声が巻き起こった。


「「バリアン! バリアン!」」

「「バリアン! バリアン!」」


 地を揺するような大歓声が轟きわたり、盾を打ち鳴らす音は雷鳴のようだ。


「この戦は先が見えたぞっ!!」


 俺が(ノワール)に騎乗し、剣を高々と掲げると「うわあああ」と再び大歓声が巻き起こった。


 ベルジェ城から降参の使者が出てきたのは、それと同時であったらしい。




………………




 ベルジェ伯爵は降参した。

 条件も何もない全面降伏だ。


 俺が騎士ギャレオを討ち取ったことで城内の心は折れたらしい。


 ベルジェ伯爵は王都に出頭し、他の一族は全てリオンクールの捕虜となり、身代金を支払うまで監禁されることとなるようだ。


 ベルジェ城は完全に破却され、城に籠っていた兵士と非戦闘員を合わせて900人の人々は奴隷として売り払われた。

 この代金はリオンクール伯爵家、ドレーヌ子爵家、ドレルム騎士家で三等分された。



 この戦争でベルジェ伯爵領は致命的なダメージを負い、冬の死者も含め総人口の8割以上が死に絶えたと言われている。

 俗に言う「ベルジェの悲劇」だ。


 以後百年にも渡りベルジェ伯爵領は人が寄り付かぬ不吉な土地となり、僅かな寒村と荒れ地が広がり続ける事になる。


 この地域では、家業を手伝わない子は「バリアンが来るよ!」と仕付け、夜に口笛を吹くと「バリアンが戸口に立つ」と言われるほど、(バリアン)を恐れたそうだ。



 ようやく、戦争が終わる。


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[一言] 主人公のしてる行動がゲームに出てくる残虐でめちゃくちゃ強い悪役並みで好き()
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