45話 陰謀の矢
俺たちはベルジェ領を突っ切って行軍する。
輸送隊を切り離した軍隊の速度は驚くほど速かった。
俺たちの担当は一番遠いエリアだが、予定よりもかなり早く目標の村に着く。
……凄いな、倍……いやもっと速い。
俺はリュックサック部隊の行軍スピードに感心した。
これなら十分に武器になる。
村人がこちらに気づき、バラバラと姿を現した。
男たちが農具や粗末な武具を手に集まり、女子供は家屋で息を潜めているらしい。
「良し、速度を落とせ、このまま村に迫るぞ」
俺たちは速度を緩め、武器を構えながらジリジリと村に向かう。
俺は馬を駆け、村の手前で止まった。
俺の軍装を見た村人たちから恐れと驚きの入り交じったどよめきが起こった。
所々から「悪魔だ」「いや仮面だ」「角が生えてる」と言った声が聞こえる。
俺は村の男たちが聞く姿勢になるまでしばし待つ。
「この村に告げる! 直ちに立ち去るならば見逃そう!!」
俺は言葉を溜め、力を込める。
「だが、嫌だと言うならば皆殺しだ!! 直ちに返答せよっ!!」
男たちが騒ぎ出した。
退去しろと言われてもなかなか出来るモノでは無い。
彼らの生活の全てがここにあるのだ。
しかし、俺は悠長に返答を待つ気は無い。
「ならばやむ無し!! かかれえっ!!」
俺はリュックサック部隊に攻撃を命じた。
俺も馬を駆け、男たちの中を駆け抜ける。
俺が駆る黒の馬体は大きく、加速すれば並の農夫が食い止められるモノでは無い。
たちまちに男たちの集団は崩れ、俺はすれ違いざまに剣で逃げる農夫の背を切り裂いた。
騎士ギャレオに対抗するには愛用のメイスでは難しい。
剣の練習を兼ねて馬上から村人を狙う。
「やめて!」
どこかで女の悲鳴に似た叫びが聞こえたが、俺は逃げ回る男を馬蹄にかけた。
殺すのが目的ではないが、恐怖感を植え付けるために無惨に殺す。
いつの間にかリュックサック部隊も追い付いたようで次々に民家を襲っている。
「畑に火をつけろ!」
夏穀の麦が育つ畑に火が放たれた。
農民の長い努力を踏みにじる行為だ。
だが、容赦はしない。
「家屋は略奪の後に火を放てっ!!」
バラバラと村人が逃げ散るのが見えた。
目標は達成だ。
彼らが俺たちの恐ろしさを広めてくれる。
「井戸に死体を落とせ! 森にも火をつけろ!」
俺も慣れたものである。
焼け落ちる家屋から悲鳴が上がり、火だるまになった子供が飛び出してきた。
どこかに隠れていたのだろう。
……止めを刺してやらねばな……
俺は馬で駆けた。
『なんでこんなに酷いことができるんですか?』
ベルの声が聞こえた気がした。
あの時のベルの言葉は俺の奥深くまで届いた。今でもたまに思い出す。
……何か、どこかで忘れてきた何かを思い出せそうな……
あの時、何か不思議な感覚に囚われたのを思い出す。
思い出したら、猛烈にベルに会いたくなった。
俺が目の前で一族を皆殺しにし、犯し続ける女。
彼女は後方の城で商隊と共に待機しているはずだ。
視界の端々で火の粉が飛び、黒煙が上がる。
俺は目がチカチカとしてきたので、村の広場へ移動することにした。
周囲の様子を確認するとリュックサック部隊が忙しく働いている。
どうでも良いけど、リュックサック部隊って呼びづらいな。
何かいい名前を考えたいな……「お運びし隊」とか?
なんか違うなと、俺は首を捻った。
………………
その後、俺たちは村を幾つも襲い、火をかけた。
黒煙が上がり、住民は俺たちを恐れて逃げ散っていく。
運の悪いものは逃げる先々で俺たちに襲われたらしい。
出発から3日ほどで俺たちの担当エリアは終了し、少し早いが最後の村で一晩を明かすことにした。
「ポンセロ、傷はどうだ?」
俺はポンセロに傷の具合を尋ねた。
ポンセロの傷は鼻柱から右耳にかけて一文字に切り裂かれている。
「ええ、大きいから派手に見えますけどね。大したことはありません。」
「しかし凄い向こう傷だなあ」
俺がしげしげと眺めると、ポンセロは居心地悪げに顎を掻いた。
ポンセロは元々老け顔で貫禄があったが、この傷のお陰で迫力が増した。
「ポンセロって結婚してるのか?」
「いえ、まあ、その……」
ポンセロがゴニョゴニョと口籠る。
「逃げられたんだろ」
ジャンが「あはは」と笑う。
どうやら大当りのようだ……ポンセロが「はは」と苦笑した。
「まあね、兵隊稼業ではなかなか……俺もお二人みたいに顔が良けりゃ話は別ですけど」
「そんなお世辞を言っても何も出んぞ」
俺は苦笑いしながら焚き火に薪を加えた。
ポンセロとジャンが「おや?」という顔をしたが、付き合いきれない。
確かにこの国の鏡は金属を磨いただけの質の悪い物だが、スミナも持っているし、俺も自分の顔は知っている。
俺は自分が美男だと思ったことは無い。
ジャンは正統派のアイドルって面構えだ。ハチマキ巻いてローラースケート履いてそうな感じ。
俺の顔はそれに比べたら明らかに濃い……ひょっとしたら美男の基準が違うのか?
今度スミナにでも聞いてみよう。
「ポンセロが再婚する気があるなら何か考えるぞ……そういや、アンドレにも嫁さん来ないな?女っ気も無いけど禁欲主義なのかな?」
俺は義兄のアンドレを思い出すが、21才になる彼にも女っ気はまるで無い。
まあ、戦場ではやることはやるから同性愛者では無さそうだが……
「と、いうか……バリアン様が異常なんですよ。」
ポンセロが苦笑いした。
焚き火の前だと普段話さないような事まで話すのは不思議だ。
その後はのんびりと一晩過ごし、数日の疲れを癒した。
周囲の村は破壊されつくし、敵襲はまず無い。
………………
翌日
俺たちは本陣に向かい移動するが、やはり行軍スピードは速い。
……リュックサックを他の部隊の兵士に与えようか……便利さが広まればリヤカーなんかよりは普及しやすいはずだ。
技術なんて世に出れば、マネをされアドバンテージはすぐに無くなる。
俺ができることは敵もできる……そのうち敵にもリュックサック部隊が出てくるかもしれない。
俺は油断するなよと自らを戒めた。
本陣に着くと、何やら様子がおかしい。
どこか浮わつき、騒がしいのだ。
これは統率力のあるルドルフの陣では珍しい。
俺は何か嫌な予感がして指令部である大きな天幕に向かう。
すると、そこには信じられないモノがあった。
棺だ。
従軍している聖職者が最期のミサを行っているらしい。
明らかに身分の高い者が亡くなったのだ。
誰が?
周囲を見渡すが、ルドルフ、ドレーヌ子爵、ドレルム……アルベールにデコスもいる。
ロベールは村への攻撃部隊を率いていたはずだ。
……誰が?
俺はミサの最中にも関わらず、ふらふらと棺に近寄った。
皆の注目が集まるが、何故か、棺の中を見なければならない気がした。
棺を覗き、俺は気が遠くなる感覚に襲われた。
ロベールだ。
そこには物言わぬ兄が横たわっていた。
「何故だっ!? 兄上が農夫ごときに遅れをとるはずが無い!!」
俺はデコスに食って掛かる。
彼はロベールの補佐役だった。
「射手です。森に挟まれた隘路で待ち伏せを受けました」
「……バカな、そんなこと……」
俺は足元が崩れるような感覚に陥り、ふらつく体を兄の棺で支えた。
……そんなバカな話があるか……村を襲う作戦を敵が知り得るはずが無い。何故待ち伏せが出来るんだ……進軍ルートを狙うなんて、そんなの……
『知ってなければ無理じゃないか!!』
ゴツッとした衝撃を顔面に受け、俺は現実に引き戻された。
ドレルムだ。
どうやら取り乱した俺を殴ってくれたらしい。
「バリアン、ミサの途中だ」
それだけ言うと、ドレルムは黙り込んだ。
彼はロベールにとって舅である。
娘の夫を喪って苦しくないはずが無いのだ。
「……すいません、取り乱しました……お許しを」
俺はルドルフと聖職者に詫び、部屋の隅に向かった。
正直、ここからの記憶があまり無い。
ルドルフと何かを語った気もするが、上の空だ。
……俺を擁立しようとし、兵を動かせ、進軍ルートを知り得る立場……
俺はすぐに容疑者を特定した。
その男は犯行を隠そうとすらしていない。
……まさか、ここまで強硬な手段に出るなんて……
容疑者の心当たりはある。
だが、それを口にするわけにはいかない。
証拠もなく、そのような事をすれば陣中を混乱させるだけだ。
……兄上、すまん、これは俺のせいだ……
俺は兄の側で涙を流した。
……俺には兄上と争う気概が無かった……それを許せぬ者が沢山いることに気づけなかった……
俺は兄の棺の側で一晩過ごした。
憎しみ合ってすらいない兄弟が争わなければ殺される……こんな糞のような時代に吐き気を催しながら。
『アナタは……家族はいないのですか?』
俺に家族を殺された女が、どこかで俺のことを嗤った気がした。
村の攻撃はロベールの担当分以外は順調に進み、戦機は満ちる気配を見せ始めた。
犯人は誰なんだ……





