44話 ベルジェ城
軍は再編され、別動隊にいた騎士たちは本隊に吸収された。
負傷兵も戦列を離れ、俺の部隊は同胞団と平民や自由民の志願兵のみの88人となった。
軍での位置付けは部隊長である。
別動隊を吸収した本隊は負傷兵を除き、およそ2500人ほどである。
軍は程近くの城を占拠し、ここを拠点とした。
負傷兵を休ませる場所を求めたのだ。
………………
「ロロ、タンカレーをたのむぞ」
「はい、バリアン様もお気を付けて。変な女に引っ掛かってはいけませんよ」
俺はロロの軽口に下唇を突き出して応えた。
ベルは変な女では無く、良い女だ。
負傷をしたロロはここで待機となる。
ポンセロも顔面を鼻柱から右耳にかけて切り割られていたが、傷は浅かったらしい。こちらは引き続き従軍する。
「ジャン、アンドレ、ポンセロ……今回の俺たちの仕事は終わりだ。後は本隊に合わせて適当にやるぞ」
「なんだそりゃ?」
俺の言葉にジャンが呆れた。
アンドレは苦笑し、ポンセロは真面目くさった顔で頷いた。
軍は城の守りとして数百を裂き、軍を進める。
狙いはベルジェ伯の居城である。
ベルジェ伯の居城であるベルジェ城は堅城で名高く、難攻不落と呼ばれる山城だ。
俺たちは攻略の軍を布陣したが、見上げるベルジェ城はトンデモ無い代物だった。
……何だこりゃ!? こんなのどう攻めれば良いんだ!?
それは九十九折になった遮蔽物の全く無い山道の上に聳え立つ櫓の群れ。
攻め上がれば矢や石の標的になるだけだ。
「こいつは……無理だろ」
俺なら力攻めは無理だと判断するが、父のルドルフがどうするかは分からない。
今の俺は部隊長である。
行けと言われたら行かねばならないが、出来れば止めて欲しい。
ルドルフは兵に命じ、小高い丘に簡単な柵を築き陣地とした。
籠城は籠っているだけでは士気を維持できない。
たまには夜襲の1つも掛ける必要がある。
それへの備えとして陣地を作るのはオーソドックスなスタイルだ。
俺は近くの部隊を率いて近くの森で木材や薪を集めていた。
2000人以上が煮炊きをする薪は凄まじい量である。
杉の木や樅の木は生木でも燃えるので燃料には最適だ。
せっせと薪拾いをしていると、本隊から伝令がやって来た。
アンドレが対応している。
俺も「よっこらせ」と立ち上がり、そちらに向かった。
「バリアン様、軍議を行うそうですよ」
「そうか、直ぐに向かおう」
俺は伝令に告げると陣に向かい歩き出す。
大人しくしているところを見るに、ベルジェ城にはさほど兵がいるとは思えないが油断は禁物。
俺はベルジェ城を眺めていた。
………………
「来たかバリアン。ご苦労だったな」
天幕に入るやルドルフが俺に労いの言葉をかけた。
「遅れて申し訳ありません 」
俺は頭を下げた。
その場には全員が既に集まっている。
ルドルフに兄のロベール、ドレーヌ子爵や騎士ドレルム。
軍の幹部であるアルベールやデコスもいる。
「いや、任務に着いていたのだ。気にするな」
ルドルフは「それよりもだ」と続けた。
「バリアンよ、お前ならベルジェ城をどう攻める?」
……俺なら、か……
じっと考える。
力攻めが単純だが、敵の矢を防ぐには仕寄りと呼ばれるバリケードなどで身を守る必要がある。
だが、仕寄りを抱えて斜面を駆け上がるのも厳しいだろうし、攻撃部隊の全てに与えるにはそれなりに時間がかかる。
そして破城槌などの攻城兵器の類いが山を登るのは容易ではない。
力攻めは難しそうだ。
ならば持久戦になる。
敵の食料か抗戦する意思が無くなるまで包囲する。
問題は敵に援軍が有るかどうかだ。
確かベルジェ伯爵は王弟に唆されて数年前に反乱を起こしている。
そちらから支援が無いと決めつけることはできない。
……いや、そもそも城を落とさなくても……?
今回の任務は「ベルジェ伯の討伐」である。
要は再起不能なほどに痛め付ければ良いのだ。
城を落とすのはベルジェ伯を痛め付ける手段であって目的では無い。
「そうだ、攻めなくてもいいのか」
つい、思考が口から漏れた。
黙り込んだ俺をそのままに軍議は進んでいたが、場の空気が変わり俺に視線が集まるのを感じる。
「何か思い付いたか?」
ルドルフが問いかけてくる。
俺は「大したこと無いですけど」と頭を掻き、前置きした。
「城を攻めると大変ですから、領内の村を焼きましょう」
俺の発言にドレルムが「はあ?」と呆れた。
「バリアンよ、そりゃあチト……」
「いや、聞きましょうドレルム卿」
ドレルムが何かを言いかけたが、ドレーヌ子爵がそれを制し先を促した。
「先ずですね……今回の任務はベルジェ伯の討伐です。散々にやっつけて、もう謀反は懲り懲りと思わせるのが目標です」
一同が頷く。ここまでは良い。
「だからですね、領内を破壊し尽くして再起不能にしましょう……ついでに領民をベルジェ城に追いたてれば食料の減りも早まり士気が下がること間違いなしです」
俺の発言に場の空気が固まった。
「いや、それは……」
ドレーヌ子爵が呟いた。
同じ領主として気が引けるのだろう。
奪うだけの略奪とは違い、破壊し尽くすとなると復興への手間は雲泥の差だ。
内政には時間や手間がかかっている。
それを知る者が破壊や虐殺を躊躇うのは、ある意味で自然だ。
「城に籠る騎士や兵士も自分達の城や村が焼かれていると知れば、籠城どころでは無くなって脱走も増えますよ」
俺が「前もやりましたけどね、はは」と笑うと、ドレルムが引きつった顔で「こりゃ参った」と呟いた。
ドン引きである。
この時代の戦争は、言わばスポーツに近い。
どれだけ憎かろうがルールの中で決着をつけるのが普通だ。
俺みたいに貴族の捕虜を殺したり、領民を皆殺しにするような作戦を実行するやつは先ずいない。
「こんなのされたら堪らんね。バリアンとは戦いたくねえな」
「全くです。ですが我らが嫌がる……つまりベルジェ伯も嫌がるはずです。上手くやれば誘い出せるかも知れませんね」
ドレルムとドレーヌ子爵が頷き合った。
アルベールとデコスはニヤニヤとしながらこちらを見ている。
……ルドルフとロベールは……良くわからない。
「バリアン、お前は……」
ロベールが何かを言いかけて止めた。
正義感で俺を責めるような意味の無いことはしない。
「何だったら、領民を全部城の前で磔にするか?」
アルベールが不気味な提案をする。
確かに敵は怯えるだろうが……そんな事をするより城に逃がした方が良いと思う。
「いや、それなら城に逃がした方が良い。非戦闘員が増えれば増えるほど士気は下がる」
ルドルフも同意見のようだ。
少しホッとした。
「やるぞ。ドレルムとドレーヌ子爵も兵を出してくれ。ドレルムは50人ほどを1隊、ドレーヌ子爵は2隊」
ルドルフは即断即決。
こうと決まればテキパキと指示を出していく。
「バリアンとロベールも1隊ずつだ。後は騎士たちから見繕うとしよう」
俺とロベールは「はい」と答え、並んで天幕から出た。
これはロベールと話すチャンスだ。
「兄上、私は……」
「バリアンよ、何も言うな。言ったら形になる。私が功を立てれば良い……そうだろ?」
ロベールはこちらを見てニッと笑った。
……ああ、やはり気づいてる。俺を擁立する動きがあることを……
俺はロベールの聡明さを改めて感じた。
そして俺への愛情も。
「幸いに父上は元気だ……まだまだ時間はあるさ」
ロベールはそう言い残し、自らの部隊へ向かった。
時間はあっても、良い流れになるとは限らない。むしろ本人の知らないところで派閥が形成されるかも知れない。
今回は御輿ではなく、担ぎ手が問題になるだろう。
……軍議で出しゃばり過ぎたか? いや、無理な城攻めなんかに巻き込まれたら堪らないからな……そもそも尋ねられて無視はできないし、これでいい。
俺も「それはそれ」と切り替えて自らの部隊へ戻る。
よそ事を考えて死にたくない。
先ずは目の前のベルジェ伯だと城を睨んだ。
思えば、俺のこの曖昧な態度が……後に悲劇を呼ぶことになる。
………………
俺は部隊を2つに分け、50人程を率いる事にした。
全員がリュックサックを装備している。
ベルジェ伯の村々を破壊して略奪すれば補給は可能だ。
手持ちの食料はリュックサックだけでいい。
そう言えば、リヤカーの性能試験はバッチリだ。
メンテナンスと修理がネックだが、荷車なんかより余程に楽だと好評だ。
全てリヤカーにすることが可能ならば行軍スピードはかなり変わるはずだ。
……まあ、揃えるのが大変なんだけどな……
俺は苦笑した。
いくら自分の部隊だけを整えても配下の手勢はそうはいかない。
先はまだまだ長いのだ。
「留守の部隊を任せるのはアンドレだ。これは俺の義兄であるアンドレにしか任せられない。頼むぞ」
アンドレは俺の妻、スミナの実兄である。
器用でなんでもこなす彼なら問題は少ないだろう。
アンドレも納得して引き受けてくれた。
恐らく「アンドレにしかできない」と言うのが効いたと思うのだが、どうだろうか?
人数が少ない俺の部隊は直ぐに仕度をし、整列する。
「バリアン様、整いました」
ポンセロの言葉に頷き、地図を仕舞う。稚拙な地図だが、有るのと無いのでは雲泥の差だ。
これは落とした城で見つけたやつだから、ある程度は信頼できるだろう。
「出発だ!」
俺はシンプルに命じ、部隊は歩き出す。
ベルジェ伯領を地獄に落とすための行軍が始まった。





