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43話 進む陰謀

 戦には勝った。


 だが、軍の損耗が酷い。

 同胞団も4名失った。

 騎士も2人やられたようだ。


 騎士は最前線で戦うがゆえに、戦死したり捕虜になることは多い。


 そして……タンカレー。


「バリアン様、タンカレーはどうですか?」


 アンドレが様子を見に来た。

 彼には軍の状況を調べて報告するように命じてあった……どうやら調べはついたようだ。


「状況は?」

「はい、死者、重傷者は多数……まともに動けそうなのは400人弱ですが、負傷者も含みます。騎士の死亡は2人……ロロは脇腹を槍で突かれてますが……なんとか。ポンセロは大丈夫そうです」


 俺は頷いた。


 全体の20%の損害だ。

 連戦の傷は浅くはない。

 俺たちの軍は、本隊と合流して再編しなければ話にもならないほど疲弊している。


 敵の本陣の抵抗は凄まじいものだった。

 


「タンカレーは……難しいかもしれん」


 俺は出来る限りの手当てをしたタンカレーを見下ろした……左の手の平が切り割られ、小指と薬指を欠損。

 槍で3ヶ所突かれ、打撲は多数、骨折もしている。

 意識は戻らない。


 どれだけ暴れたのか想像もつかないような重傷である。


 ……生き長らえても、元には戻るまい……


 俺は「ふう」とため息をついた。


「負傷者を見に行く、タンカレーは任せたぞ」


 俺はアンドレにタンカレーを託し、その場を後にした。


 ……キツいな。俺の命令で仲間が死ぬのは……本当にキツいな……


 俺は負傷者を見て回るが、多くの者に「慈悲の一撃」を加えることになった。


 ロロの傷を看たのは最後だ。

 なぜならロロは俺の半身だ。

 指揮官が兵を放ったらかして自身の手当てをするわけにはいかない。

 故に彼は今回の遠征では常に後回しだ。


 ロロは笑う。

 後回しにされることが彼の誇りでもある。


「これなら大丈夫だ。あばら骨が折れているが、肉を削がれただけだ……安静にすれば、治る……」


 俺は堪らなく涙が溢れてきた。

 ロロに「慈悲の一撃」を加えずに済み、神仏に感謝をした。


「バリアン様、我らは勝ったのです。笑いましょう」


 ロロが笑う。

 爽やかな笑顔だ。


「そうだな、喜ぼう」


 俺も笑った。

 こちらは泣き笑いだ。


「バリアン様、鎧を脱ぎなよ。バリアン様の怪我も看なきゃな」


 振り返ると、いつの間にかジャンとアルベールが立っていた。


 俺が鎖帷子を脱ぐと首がチクチクする……どうやら首を薄く切られたようだ。

 面頬の(たれ)が無ければ危うい所だった。


「バリアンよ、あいつが騎士ギャレオだ。ベルジェ伯の手下では一番の凄腕だ」


 アルベールは腕を組み「どうだ?」と尋ねてきた。

 何がどうなのかは難しいが、ギャレオの強さを聞いているのだろう。


「強いよ。コイツじゃ少々分が悪いかもしれん」


 俺は腰から吊るしたメイスを撫でた。

 ギャレオは凄まじい動きだった。

 大振りの攻撃では捉えきれない。


「それほどか! なるほど、さすがは若くして名高いベルジェの明星だな」


 ……ベルジェの明星ねえ。


 俺はギャレオの姿を思い浮かべた……イケメン金髪の20代の騎士……なんかムカついてきた。


「アルベール、ギャレオの事を教えてくれよ、何ならギャレオの城を落として人質を捕ればいい」

「ははっ、そりゃいいな」


 俺の提案にジャンが笑う。

 アルベールも「ぐっふっふ」と不気味な声を上げて笑った。


 アルベールは意外と詳しく、様々な情報を教えてくれた。実際に対策ができるかは別にして、敵を知るのは悪いことでは無い。




………………




 翌日まで森で過ごし、俺たちは出発した。


 丘に登ると本隊は僅かに数キロ先の丘に布陣している。


「こんなに近かったのか」


 俺は呆れた。

 昨日の敵軍は恐らく本隊と会戦をする予定だったのだろう。

 もう少しうまく立ち回れば本隊と挟み撃ちに出来たかも知れない。


「バリアンよ、もはやお前は英雄だ。リオンクールを継げ」


 アルベールがまた俺に怪しげなことを囁いた。


「いや、俺はリオンクールの家督とか、本当に興味が無いんだ……そんなのは兄上に任せるよ」

「ふん、野心が無いのが欠点だな。ロベールに殺されるぞ?」


 俺の答えが気に入らなかったのだろう。

 アルベールはプイと横を向いた。


「かもな……その時はアルベールに頼むよ。年寄りの仕事さ」


 そう、俺を殺した者は同胞団に八つ裂きにされるだろう。

 若者には任せられない。


「バカバカしい、実にバカバカしい」


 アルベールは馬上で手を広げ、辺りを睥睨(へいげい)した。


「望めば! この全てを! アモロスの過半を制する才覚がありながら殺されるのか!!」


 アルベールが血を吐くように叫んだ。

 思えば、彼は俺を最も近くで見てきた大人だ。


 ……すまん、アルベール……だが、今回の武勲はデカ過ぎる……


 やりすぎたのだ。


 調子に乗って暴れすぎた。

 今さら後悔しても遅いが、敵城を3つも落とし連戦連勝。

 あげくの果てには5倍の敵を打ち破った。


 改めて考えれば尋常の戦果では無い。


 ……出陣前は、あれほど目立たないようにと気を付けていたはずなのに……だけど、仕方が無いじゃないか。手を抜いた指揮で仲間を殺すわけにはいかないんだ……


 実は俺は半ば諦めていた。

 後はルドルフとロベールが俺の隠居を認め、子が産まれれば人質を出すくらいしか思い付かない。


 俺がロベールと争えばリオンクールを割る内乱だ。

 騎士階級には征服者であるアモロス人が多く、平民以下はリオンクール人が多い。

 どちらが有利とも言い難く、下手をすれば爺さんの代に逆戻りになる。

 民族運動の再燃だ。


 俺には兄を殺して、のし上がろうとするガッツも無い。


 じっと目を閉じ、黙っていた。


「バカバカしい! お前に付いてきた者はどうなる!?」

「それを言われるとな……辛いよアルベール……俺を殺せばリオンクール人が騒ぎ出すだろう。そこを説明して、腹を割って話すしかない」


 問題の大きさに俺は頭を抱えた。

 兜を被っているために髪には触れることは無かった。


 ……ん? これ、行けるか?


 俺はコツコツと兜を突ついた。


「アルベール、俺は坊さんになるぞ。髪を剃れば髪の色は関係無い」

「バカな!? お前のような暴れ者に坊主が勤まるかよっ!」


 アルベールが吐き捨てた。


「俺は子供の頃に『是非に』と誘われていたんだぜ? みんなで坊さんになるか」

「バカバカしいっ!」


 出家をすれば世俗の相続権は放棄したと見なされる。

 考えればリンネル師もそうであった。


 適当な場所を修道院とかの名目で開拓しよう。

 看板だけ修道院にして、実情は開拓村にする。


 内実は世俗の生活をすればいい。


「ふふ……今から信仰の生活が楽しみだよ」


 俺が笑うと、アルベールは盛大にため息をついた。


 俺のこの考えは、言わば子供じみた現実逃避だったのだろう。

 アルベールはそれを良く知っていたのだ。



 俺たちは本隊に合流する前に先触れとして数名の軍使を本隊に送った。

 誤認されて攻撃を受けては堪らない。




………………




 俺が本隊に合流すると大騒ぎとなった。


 それはそうである。

 会戦の予定地にまで軍を進めたら、敵軍は壊滅していたのだ。

 それも、別動隊がおよそ5倍の戦力差を粉砕して堂々の着陣である。



「「バリアン! バリアン!」」

「「バリアン! バリアン!」」



 本隊は鳴り止まぬ足踏みと大歓声に包まれた。

 この状況にタイトルを付けるならば「英雄の誕生」であろうか。


 総大将であるルドルフと、援軍の将であるドレーヌ子爵、騎士ドレルムが俺を迎え入れる。

 俺は兜と面頬を外して小脇に抱えた。


「「うおわあぁぁぁ!!」」


 ただそれだけで大歓声が轟いた。


「……凄い歓声だ」


 俺が思わず呟く。

 2000人以上の戦士の歓声を間近で聞くと、腹の底から圧迫されるような迫力がある。


「バリアン、見事な働きだ」


 ルドルフが俺を称えて「大きくなった」と肩に手を置いた。


「まさか、あのチビが……バリアンよ! デカイ男になった!!」


 ドレルムが顔をくしゃくしゃにして俺に抱きついた。

 彼はやや老けたとは言え、まだまだパワフルだ。


「バリアン殿、私はジュスタン・ド・ドレーヌと申します。貴卿の従兄弟になります」

「始めまして、バリアンです」


 ドレーヌ子爵は穏やかそうな30才前後の紳士だ。

 リュシエンヌよりやや明るい金髪に近い髪色、緑の瞳……整えた口髭が実にダンディーだ。


「その、母上に似ていますね」

「はは、甥ですからね。この度の武勲は比類の無い偉業です……しかもまだ16才だとか。私も親族として鼻が高い」


 ドレーヌ子爵は屈託なく笑う。好人物のようだ。


「バリアンよ、天幕へ入れ」

「いえ父上、私と共に戦った勇士たちにお言葉をお願いします」


 俺が告げると、ドレルムが「ほう」と感心した。


「そうだな、良く気がついた。私も浮かれていたようだ」


 ルドルフが「ふ」と薄く笑い、兵と向かい合った。


「無双の戦士たちよ! この働きは忘れぬぞっ! 今はしばし休め!!」


 ルドルフがシンプルな褒詞を述べ、天幕に向かった。


 再度、歓声が湧き起こる。


 慌てて俺も続く。

 俺の後はアルベールやデコスなどの幹部も天幕に入っていった。




………………




「素晴らしい! 実に素晴らしい!」


 アルベールの報告を受けてドレーヌ子爵が声を上げた。

 かなり興奮している。


「凄えな、全軍を伏兵かよ」

「まさに、バリアン様の軍略は古のイシドール大王にも勝りましょう」


 ドレルムと、ロベールの補佐役のデコスが感嘆の声を上げた。


 イシドール大王とはアモロス王国の昔の王様である。

 戦上手で鳴らしていたらしく、地方政権だったアモロス王国の版図を4倍に拡げ、統一の礎を築いた名君だ。


 アルベールはかなり「盛って」報告しているが、これは兵士たちの武勲にも繋がるので口出しは出来ない。


 報告の中では俺は敵の進軍ルートを予測し、全軍を伏兵にする奇策を実行したことになっている……そんなの諸葛孔明とかじゃなきゃ不可能だ。


 俺が何度か経験した戦争の中ではシュミレーションゲームでありがちな「陣形」とか「戦術」の類いは実際には、ほとんど無理だと思う。

 全軍が同胞団みたいな親衛隊ならば可能だろうが、実際は騎士の手勢なども含めた寄り合い所帯だ。

 一糸乱れぬ統率などは不可能だし、意思疏通の不十分な状態で下手に擬装退却なんかさせようものなら、兵士が負けたと勘違いし、そのまま敗走に繋がりかねない。


 いかに薩摩の釣り野伏せが異常なのか良く理解できるし、俺も絶対に引っ掛かる。


「騎士ギャレオとの一騎討ちか、大したものだ」


 ロベールが呟いた。

 兄は決して凡庸では無い。

 自分の置かれた立場に気づいているはずだ。


 ならば言う機会は逃したくない。


「父上、兄上、後で相談したいことがあるのですが」


 俺は意を決して口を開いた。


「なんだ?」

「その……できれば家族だけで……」


 ルドルフの問に俺が気まずさを感じる。


「バリアン、ドレーヌ子爵やドレルム卿に失礼だぞ! この場で言わぬか!」


 アルベールが俺の邪魔をする。

 俺は「後で」と言ったのに、この場で発言するように仕向けたのだ。

 他家の人間の前で御家騒動の話はできない。

 しかもドレルムはロベールの(しゅうと)だ。気分を害することは間違いない。


 ……ぐ、この爺い……!


 俺はアルベールを睨み付けるが、知らん顔をしてやがる。


「なんだ? 何かあるのか?」


 ルドルフの問いが気苦しい。

 仕方なく俺は違う相談を口にした……ベルのことだ。


 俺は以前、ジゼルたちが住んでいた屋敷をベルのために貸してくれないかとルドルフに頼んだ。

 さすがにスミナには知られたくない。



「だーっはっはっは! やっぱり大物だな! 妾の世話を親父に頼むか! だーっはっはっは!」

「はあ……バリアン、少しは自重したらどうだ?」


 ドレルムが大喜びをし、ロベールが呆れた顔をする。


「騎士の娘か……その女が子を産めば、スミナの子よりも血筋が良くなる。それは問題があるぞ」

「はあ、その……つい」


 ルドルフが顔をしかめて難色を示す。


 そうなのだ、問題はスミナよりも高貴な妾を迎えるとややこしいことになりかねない。


 ……しかし、もうベルは手放せん……


 そう、多分俺はベルに「惚れた」のだ。

 だから執着をしている。理屈じゃない。


「そんなに良いのか? どこがいいんだ?」

「その、腰つきがですね……こう、くびれが……」


 ルドルフの問いに俺が手でベルのシルエットを宙に描きながら真剣に答えると、ルドルフはニヤニヤと笑い、ドレルムは爆笑した。


「英雄は色を好みます、今回の武勲で屋敷を譲られては如何ですか?」


 ドレーヌ子爵が助け船を出してくれる。

 軽くこちらにウインクしてくるが、妙に格好いい。

 惚れてまうやろ。


「くっくっく、16才で妾か、大したものだ」


 ルドルフは堪えきれずに笑い出した。


「良かろう、屋敷は使え。だが、その女には気を付けろよ。忘れるなよ、お前に恨みを抱いているだろう……後は子を成しても嫡出とは認めるな。ケジメはハッキリとつけよ」

「ありがとうございます。気を付けます」


 俺は「ほっ」と息を吐いた。


 出家計画は切り出せなかったが、また機会はあるだろう。

 懸案事項が1つ解決したのは確かだ、前向きに捉えよう……明らかに優先順位が違うけどな。


「バリアン、我が家は代々女で失敗する家系だ……家臣の妻を寝盗って殺された当主もいる。お前の女狂いは間違いなく我が家の血だ」


 ルドルフが自嘲気味に吐き捨てた。

 恐らくはジゼルのことを悔いているのだ。


「肝に命じます」


 俺は深々と頭を下げた。


「何だ? その年で女狂いをしてるのか!?」

「それは、凄まじいですな」


 ドレルムとドレーヌ子爵が興味深げに俺に問う。


「ふっふっふ、こいつはな、15の時に女を抱きながら防戦の指揮をとった横着者よ」

「なんだそりゃ!? おいっ鷹よ、面白そうだな!」


 ルドルフとドレルムが悪乗りを始め、俺は散々に馬鹿にされた……まあ、自業自得だが。



 いつの間にか、アルベールとデコスが天幕から姿を消していたことに、俺は気が付かなかった。

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[気になる点] 主人公は本気でお家騒動を起こしたくないと思っているのか…? 考えている事とやっている事が支離滅裂だ。
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