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42話 奇跡の奇襲

 朝となり、騎士たちと粗末な朝食をとりながら軍議を行う。


 軍議とは言え、合流地点に向かうことは決定しており、予定の通達のみだ。


 あまり意味の無い軍議にも思えるが、これは「騎士の皆さんの意見も尊重してますよ」と言うポーズである。


 彼らはプライドが高く、軍議を開いて意思を確認しなければ「軽く見られた」と逆恨みをするかもしれない。


 俺を大将だと認めてくれているが、それとこれとは話は別だ。


 彼らは彼らで自分の名誉を守らなければならない。

 もし、彼らの同僚や率いる兵たちが「アイツは大したこと無い」と思えば騎士としての世渡りは出来なくなるからだ。


 そう言う意味でも面倒くさい奴らではあるが、戦では勇猛果敢な部隊長として活躍する頼もしい存在でもある。


 たまにはこうして同じ飯を食うのは悪いことではない。


 騎士たちも特に質問は無く、軍議は終了だ。


「アンドレ、ポンセロ、兵をまとめろ。出発するぞ」


 俺はアンドレたちに指示を出し、厩舎に向かう。

 俺はいつも乱戦ばかりなので戦では馬に乗らないが、移動中は馬に乗る。

 愛馬と言うような存在は居ないが、動物は嫌いではない。

 俺もたまにはこうして自ら世話をするのだ。


 馬に鞍を乗せ、頭絡(とうらく)を付ける。


 ……蹄鉄も替えてやりたいけどな……すまんな。


 俺は馬の首をよしよしと撫でる。


「馬も家族なんですか?」


 振り返ると騎士の娘がいた。

 まだ商人のキャラバンに向かっていなかったようだ。


「こいつは……家族? うーん、仲間ではあるな」


 俺は顎に手を当て真剣に考える。

 騎士は馬を家族や相棒と呼ぶものも多いが、俺はあまり馬には拘りが無い。


「名前は?」

「馬のか? (ノワール)だ。黒いからな」


 俺はシンプル極まりない名前を披露した。

 分かりやすくて良いと思うのだが、ジャンからは「ダセー」と不評だ。


 女もクスリと笑った……この女の笑顔は初めて見た。


「私に名前を下さい。奴隷としての名前を」


 女が真剣な眼差しでこちらを見つめる。

 目に力がある。昨日までは無かった、強い光だ。


 彼女なりに何かを受け入れたのであろう。

 彼女の一族は俺により皆殺しにされており、彼女は天涯孤独の身の上だ。

 親族が城を継いだとしても、そこに彼女の居場所は無い。


「そうだな……ベル」


 ベルとは美しい、綺麗、素晴らしいといったニュアンスの言葉だ。


「ベル……体を売って生きる卑妾には相応しいかもしれませんね」


 女……ベルは「ふ」と自嘲の笑みを浮かべて俺にしなだれかかって来た。


「子を産みます。その子に貴方を殺させます……一族の復讐を果たします」

「そうだな、それは良い考えだ」


 俺とベルは口づけを交わした……さすがに軍を待たせて始めるわけにはいかないので、ぐっと下半身に理性を注入し我慢の子である。


 長いキスを終え、唾液がツッと互いの口に糸を引いた。


「キャラバンへ向かえ、出発するぞ」


 俺は馬に跨がり「隠れてなくてもいいぞ」と物陰に隠れていた兵士たちに声をかけた。

 彼らは騎士やアルベールの馬を準備に来たのだが、キスシーンに遠慮をして隠れていたらしい。


 ベルはそのままキャラバンへ向かったようだ。


 ……まずい、まずいぞ……スミナやカティアに見つからないように屋敷を用意しないと……


 俺は今頃になって「エライことになった」と冷や汗が吹き出すのを感じた。




………………




 軍は城を出て北へ向かう。

 とは言え、土地勘も無く、補給のために村々を略奪しながらの行軍だ。

 実際には「北の方」に移動しているぐらいのアバウトさである。


「なあ、アルベール……予定なら合流地点にはそろそろ着くはずだよな?」

「む……西か東に逸れたかも知れんな。」


 西か東にって何だよ……真逆じゃねえか……要は迷子だな。


 俺はため息をぐっと飲み込んだ。

 迷ったのはお互い様だ。

 アルベールばかりの責任では無い。


「すまん、迷ったようだ……アルベール、あの丘に登ろう。高いところから確認できるかも知れん」


 俺はアルベールに詫びた。

 お互い様だが、若い者が謝れば丸く収まる時もある。

 敬老精神だ……相手が息を吸うように人を殺すアルベールでも老人は老人だ。


 アルベールも「よかろう」と頷く。


 軍は向きを変えた……その時、凄まじい豪雨が起きた。


 ちょっと体験したこと無いような豪雨だ。


 雨は激しく地を叩き、他の音は一切が聞こえない。

 数メートル先すら見えず、目も開いていられないほどだ。


「……! ま……に……ろっ!!」


 俺は必死に声を張り上げるが雨音にかき消され、指示が通らない。俺は馬を下り、近くの兵に肩を掴ませた。


 はぐれ無いように肩を掴み合いながら森に向かって歩む。

 森ならば多少はマシなはずだ。


 ……クソッ、傘の1本でも……というか、こっちに来てから傘を見たこと無いな?



 余談だが、傘の起源は大変古く、エジプトの壁画等でも確認されているが、西洋では「傘」と言うものが普及したのは17世紀以降。

 海外から持ち込まれたのが切っ掛けであったようだ。

 現代の「洋傘」の形が完成したのは18世紀のイギリスであり、それ以来爆発的に普及し、現代に至る。


 筆者はイタリア人から「現代風の傘はイタリアが発祥」と聞いたことがあるが、残念ながら真偽は分からない。


 ともかくも、バリアンの生きている時代のアモロス地方では「雨は打たれるもの」である。


 話をバリアンに戻そう。



 ……森に入ると、少しはマシ、かな……?


 相変わらず凄まじい豪雨は続く。

 このような状態では火も起こせず、じっと耐えるしかない。


 皆が思い思いに木陰で雨を凌ぐ。


 雨中に下手に動けば疲労が溜まり、兵がはぐれる。

 人は雨に打たれるだけで疲労するのだ。


 ……やれやれ、物資もダメになるかもな……


 俺はウンザリとして空を見つめた。




………………




 どれほど時間が過ぎただろうか。


 あれほど荒れていた天気がピタリと治まった。


 ……不思議だな、ゲリラ豪雨ってヤツか?


 俺がぼんやりと空を眺めていると、聞きなれた音と喧騒が聞こえた。

 行軍の音である。


 ……森の反対側からだ……!


 俺は数名の同胞団を率いて音の方角を目指す。

 すると、そこには信じられないモノが見えた。


 ……軍隊……敵だ、大軍だぞ……これはマズイ、逃げなければ……


 俺は愕然とした。

 森の外にいたのは敵の大軍である……2000人、いや2500人は居るかもしれない。

 それが僅か数十メートル先を行軍している。


「……様、……バリアン様よ」


 一瞬、呆然としていた俺を引き戻したのはジャンだ。

 敵を警戒してか声は低い。


「やるぞ、敵は気づいていない。しかも雨の中の強行軍だ。疲れきってる」


 俺はジャンの言葉に愕然とした。


 ……コイツ、5倍の敵に突っ込めって言うのか!?


 身震いがした。

 たまらなく小便がしたくなってきた。


 たまらず、そこで立ち小便をする。

 ちょっと恥ずかしいが漏らすよりはマシだ。


「凄えな、普通はビビって出なくなるモノですがね」

「ポンセロ、ウチの大将は並みじゃねえよ、サイズもな」


 ポンセロとジャンが軽口を叩き「クックック」と笑う。


 周りを確認すると、同胞団は皆が笑っている。獲物を狙う、肉食獣の獰猛な笑みだ。


 ……そうか、奇襲なら敵の大将を狙えるはずだ。ジャンなら狙撃もできるし……やれる!


 小便をしたら少し落ち着いた。

 パニック状態だった思考力も回復してきたようだ。


「よし、兵を集めろ。静かにだ」


 俺の指示で団員が下がる。

 兵を呼びに言ったのだ。


「バリアン様、ジャン、兜と鎧に泥を塗りますよ。太陽が出たらマズイ。先に見つかったらお仕舞いです」


 ロロは泥を掬い、ベチャリと自らの鎖帷子に擦り付けた。

 太陽光の反射を抑えようと言うのだ。


 俺は常と変わらず冷静なロロを頼もしく感じた。


「はは、そりゃいいや……っと」


 ジャンが俺の顔面目掛けて泥を投げた。

 ベチャリと音を立てて俺は泥まみれになる。


「……ありがとよ」


 俺は怒りを堪えながらジャンに礼を言う。


 ……コイツ、怒れないと知ってやがる……クソっ!


 今は大声を出すわけにはいかないが、必死で笑いを堪えるジャンを見ると無性に腹が立ってくる。


「ジャン、今は大人しくしてください。すぐに暴れられますよ」


 ロロが「ふふ」と笑いながらジャンの頭から泥を掛けた。


 ジャンは俺とロロより1才年下で、いつもヤンチャな弟分だ。

 大人びたロロはいつもストッパー役で……それは今でも変わらない。


 俺は得難い2人の友人と出会えた幸運に感謝した。

 マジで最高の仲間だ。



 俺たちが泥遊びしてる間に、振り替えれば兵が集まってきている。


 俺がメイスを腰から外し、掲げると皆が武器を手にした。


「ジャン、近くの偉そうな敵を狙撃してくれ。それが合図だ」


 敵軍との距離はやや開き60メートル強……だが、ジャンならば苦にもならない距離だ。


 ジャンがキリリと弓を引き絞り、放った。


 結果は見るまでも無い。


突撃(シャルジュ)ーッ!!」


 俺は叫びながら駆け出した。

 前方では騎士が落馬するのが見えた。ジャンの矢が脇腹を貫いている。


「続け! 続け! 続けーっ!!」


 俺は叫びながら走る。

 長身の俺のスライドは大きく、グングンと敵陣に迫る。


 すると、俺の横を騎馬が駆け抜けた……アルベールだ。


 ……オイオイオイ!? 60才、一騎駆けかよ!?


 俺は必死で追う。


 するとアルベールは敵軍にはぶつからず、すぐ脇を並走するように駆け抜けている……敵の注意を引いているのだ。

 軽快な手綱捌きだ。熟練の技が光る。


 敵は混乱しており、矢も飛んでこない。


「俺に続けっ!! 続けえーっ!!」


 俺は叫びながら敵軍の斜め後方から斬り込んだ。


 敵の指揮官はジャンが狙撃すれば良い。

 俺は暴れて敵を怯ませる。


「ウワッ!? 化け物!」


 怯んだ敵を殴り付けた。

 バチャーンと不思議な音を立てて頭が爆ぜた。

 クリーンヒットだ。


 隣ではロロが盾で敵の顔面を殴り付けていた。

 盾は面ではなく、端の部分を立てて殴るのが基本だ。

 ロロの戦いは派手さはないが基本に忠実であり、確実に敵を仕留めていく。


 俺もロロに負けじと目の前の立派な鎖帷子をつけた敵兵の腹を殴り付けた。

 ガチャンと交通事故のような音を立てて敵兵は転がり、そのままゴボリと血を吐いた。


「タンカレー! 前に出過ぎるな!! ポンセロ! タンカレーを!!」


 タンカレーは勇敢だが、少し前に出過ぎだ。

 ポンセロが援護に行き、タンカレーの脇を固めるが、騎士や従士クラスの強敵が固まっていたらしい。

 2人はたちまちに押し返されている。


 タンカレーが槍で突かれた。


「怯むなタンカレー!! 今行くぞ!!」


 そうは言ったものの俺は俺で手一杯だ。

 敵兵を蹴散らしながら向かおうとするがなかなか進めない。


 俺たちの奇襲で敵兵は逃げ腰だが、騎士などの指揮官クラスは必死で抗戦してくる。


 ジャンの狙撃を避けるためか、乱戦に備えたかは分からないが、騎士たちは下馬し、果敢に挑みかかってくる。


 ……これは大当たりだ! ここまで必死になって守る何かが近くに居る……恐らくはベルジェ伯!!


「攻めろ! 攻めろ!」


 俺は檄を飛ばしながら敵の騎士の頭を兜ごとカチ割った。


 すぐに次の騎士が来たがコイツが強い。

 騎士は巧みに俺のメイスを躱わし、突きや斬撃を何度も入れてくる。

 しかし、躱わすことに気を取られて体重が乗っていないようだ。

 祖父の鎧を貫くほどの攻撃では無い。


「ガオオオオオッ!!」


 俺は獣のように吠え、この強敵に盾を投げつけた。

 意表を突かれたか騎士は怯み、体制を崩した。

 そのまま両手でメイスを持ち、殴り付ける。

 メイスは唸りを上げ、敵の騎士を砕く……かと思われた。


 しかし、騎士を庇った敵兵に阻まれ届かない。

 敵兵の背骨が砕けた。


「ビセンテッ!? この化物(バケモノ)!! 良くもビセンテをっ!!」


 敵の騎士は半狂乱になりながら向かってきたが、敵兵が取り囲み下がっていった。


 そのまま敵は崩れ、散り散りに逃げ出した。

 退却ではない、壊走だ。


 ……惜しい獲物を逃がした……


 あれは強敵だった。

 恐らくは後ろに本陣を置いていたのだろう。


 そこを俺たちが急襲した……道理で手強かったはずだ。

 敵将を守るための必死の防戦だったのだ。


 敵がどっと崩れ、味方が追撃をする……敵に損害を与えるのは追撃戦だ。

 あちらは騎士たちに任せよう、存分に戦えばいい。


「タンカレー! 無事か!?」


 俺はタンカレーに走り寄る。

 重症だ……敵の槍に数ヶ所突かれ、左の手の平は半分になっている。小指と薬指が無い。


「傷は浅いぞっ! 気をしっかりと保て!」


 俺はタンカレーを担ぎ、商隊のいる森へ走った。


 見ればロロも脇腹を突かれたようだ。

 ポンセロも負傷し、顔から血を流している。


 ……戦争ってのはこう言うことだ、殺すってことは殺されるってことだ……



 見事な奇襲攻撃で5倍の敵を粉砕した。


 しかし、俺に勝利の喜びは無かった。


※お知らせ


今までなんとか毎日の更新を続けていましたが、8月~9月頭は仕事の関係で更新が乱れる可能性が高いです。

できる限り更新の頻度は保ちたいとは考えていますが、ご了承下さい。

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[一言]  タンカレー・・・。
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