表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/166

37話 妹のいる暮らし

少し性的な表現があります。

 最近、俺は妹のカティアと暮らすようになった。


 別に手を出したりしないし、ラッキースケベとかそんな下心は……ほんの少ししか無い。


 ジゼルが亡くなり、ユーグが旅に出た今、領都で彼女を1人にするのは不安がある。

 俺の母親のリュシエンヌは愛情深い母である……その愛の深さ故に腹違いの妹が『不慮の事故』に遭わぬとも限らない。

 妹は俺の手元にいるのが無難だ。



 城代は自室があり、カティアが寝泊まりしている。

 俺は兵舎だ。


 さすがに一緒の部屋で寝るほど俺の意思は強くない。


 彼女が家族と住んでいた家は父のルドルフの物であり、そちらは最低限の使用人に管理を任せ移り住んだのだ。


「……っ」


 カティアが俺の腕の中で痛みに身を(すく)めた。


「痛いか?」

「ううん、気持ちいいよ……」


 俺は今、カティアの(しらみ)を取ってやっている。

 この時代、虱は全員が持っていると言っても過言では無い。

 男は坊主頭にすれば良いが、女はそうはいかない。


 植物油で洗髪した後に細かいクシで丁寧に梳いているとシラミが落ちてくる。

 これは「虱潰し」と言う言葉があるように、根気のいる作業だ。


 数日も続ければ虱は退治され、痒みは治まる。


 だが、すぐにまた虱は湧く。

 そう言うモノなのである。



 始めは男の俺に髪を触られるのを恥ずかしがっていたカティアだが、俺はこの手の作業は好きだし得意だ。


 何度かするうちに、屋敷より連れてきた使用人より上手いので俺に任せてくれるようになったらしい。


 こうしてカティアの虱を潰していると、実家の飼い猫の(のみ)取りをしてやったのを思い出す。


 ……あいつ、メスなのに「クロベエ」って名前だったなあ。変な名前だ……


 この手の単純作業をすると、忘れていた色々なことを思い出す。


 大切な時間だ。


「良し、このくらいにしとくか。ありがとうカティア、楽しかった」


 俺がカティアに礼を述べると、彼女は恥ずかしそうにはにかんだ。


「ありがとう兄さん、その……」


 カティアは大人しく、自己主張をあまりしない。

 それはジゼルから教えられた処世術なのかも知れない。


「そろそろ仕事に行くよ 。こう見えて城代なんだ、偉いんだぜ?」


 俺はカティアに軽口を言いながら部屋を出た。



 すると、そこにはポンセロ……元衛兵長だ、彼が控えていた。


「どうした? 用があるなら声を掛けてくれれば良かったのに」

「いえ、急ぎませんので……演習場の工事が終わりました。ご確認をお願いします」


 どうやら従士たちと造っていた演習場が完成したらしい。

 俺はポンセロと共に演習場に向かった。


 演習場はポルトゥからほど近い場所にある。




………………




「よしよし、注文通りだ」


 俺は完成した演習場を見てニヤリと笑った。


 演習場とは土塁だ。

 土壁と木製の柵を備えたモット・アンド・ベイリー式の城壁である。


 浅い50~70センチくらいの深さがある空堀と、110~130センチくらいの土壁。

 土壁の上には簡易的な木製の柵を備えている。

 騎士の居城の一般的な城壁だ。

 これは土を盛るだけなので簡単に造ることができる。



 俺は試しに走り寄り、柵を掴んでグイッと登る。

 意外とスンナリと登れた。


 ……簡単に登れるが……鎖帷子を着けたらどうかな?


 俺は土塁から下りてポンセロに「登れるか?」と聞いてみた。

 やはりポンセロも軽く登る。


 ……なるほど、鎧を着けなければ城壁を登るのは容易いか……


 俺は「騎兵にできないこと」は攻城戦と射撃だと考えた。

 騎兵にできないことをすれば歩兵の強みになる。


 これからはこの演習場で、攻め手と守り手に別れて演習を重ねる予定だ。


「よし、取り敢えずは完成の褒美に酒を出そうか! ポルトゥに戻ろう」


 従士たちは歓声を上げ、ポルトゥの広場で酒盛りとなる。

 酒盛りと言ってもビールはわりと常飲しているのだが、みんな騒ぎたいのだ。


 歌い、躍り、喧嘩する。

 実に野蛮だがエネルギーに満ち溢れている。


「バリアン様、もう1杯どうぞ」


 大工の娘が俺に酌をしてくれた。

 この娘は以前、ジャンと「遊んで」いたが、その後は付き合っている様子も無い。

 そして今日は俺に酌をしてくれるのだ。


 ……ふうん、そうか。


 俺は娘をぐいっと引き寄せ「名前は何だ」と尋ねた。


「……マノンです」

「そうか俺はバリアンだ」


 マノンは若い娘だ。赤茶色の髪に緑の瞳、下膨れにソバカス顔だが愛嬌がある。


 俺はそのまま物陰に引っ張り込み、彼女と遊んだ。


 俺とマノンが宴から消えたことは皆が知っているだろうが誰も探さない。



 ~俺の財産は

 ~痩せた土地に痩せたヤギ

 ~ヤギは母ちゃんそっくりで

 ~俺を見たらツバを吐く



 従士が面白い歌を歌っている。

 俺はマノンと遊びながら歌詞に聞き惚れた。


「なあ、マノン……面白い歌だと思わないか?」


 マノンの返事は無い。

 それどころでは無さそうだ。


 風呂に入らない体臭にも慣れた。

 薄い塩味のスープも手で食べるようになった。

 都市で放し飼いにされた豚に驚く事もない。


 ……俺も慣れたもんだ。


 俺が3ラウンド目に突入する頃、異変が起きた。


 歩哨の兵が「騎兵隊がくるぞ!」と大声を上げたのだ。


 俺はマノンを抱えたまま「もうすぐ終わるから待ってろ!」と広場に姿を現す。


 繋がったままの俺たちを見て従士たちが「ヒャー!」と大喜びした。


「門は閉じて弓を配置しろ! 衛兵長は門の守りだ! 弓の指揮はポンセロがとれ!」


 俺はマノンを揺すりながら指示を飛ばす。

 彼女は羞恥のあまり俺の首にしがみついている。


 彼女には悪いが城も俺も非常事態だ。

 同時進行でいきたい。


「同胞団は広場で待機だっ!」


 結局、従士たちの隊名は「同胞団」に決まった。

 正式名称は「バリアン同胞団」だが、さすがにそれは恥ずかしいので同胞団と呼んでいる。

 命名者はアンドレ。

 隊名を皆に相談したら満場一致で決定したのだ。

 ちなみに「コブラ会」は満場一致で否決されている。畜生。


 事が済んだ俺はマノンに「良かったよ」と声を掛けて兵舎に向かう。

 さすがに指揮官は武装しなければ格好がつかない。


 3回も遊ばせてもらったマノンには悪いが放置させて貰った。




………………




 騎兵隊は父であるルドルフの従士隊であった。


 ルドルフはポルトゥの厩舎に馬を預け、広場で従士たちに休息を指示した。


「父上、ご無事でしたか」


 俺が広場に顔を出すと従士たちからどよめきが起こった。


 無理もない、俺の出で立ちは角付の兜に面頬。

 2重の鎖帷子に革鎧、挙げ句の果てには特大メイスだ。


 明らかにヤバい人なのである。


「バリアンか……ユーグから仮面のことは聞いていたが、凄いで立ちだな」

「父上はユーグに会ったのですか?」


 ルドルフは「ああ」と返事をした。


 俺は先ず報告かと思い、城代に就任したことをルドルフに伝えることにした。


「父上、叔父上から城代を引き継ぎました。私が今は城代をしています」

「そうか、お前なら苦もなくこなすだろうな……しかし、大きくなったな」


 ルドルフは俺を見て呆れた顔をした。

 15才の俺はそろそろ身長が止まってきた気がするが、明らかに190センチを超えている。


 立派な体格のルドルフよりも明らかにデカい。


「はは、お爺さんの血ですかね? それよりもカティアがいるのです。会ってやってください」

「む、この城にか?」


 俺とルドルフが並んで城内を歩く。


「ユーグはな、フーリエ侯爵の従士になった」

「フーリエ?」


 ルドルフが指でフーリエと綴りを宙に書きながら「西の実力者だ」と教えてくれた。


「ドレルムの推薦でな。フーリエ侯爵は知的な若者を好むらしい」

「ユーグとは王都で?」


 ルドルフは足を止め、俺に向き合った。

 その顔は明るい。


「良くしてくれたな、バリアン。ユーグもお前には感謝していたぞ」


 ルドルフは俺の肩を抱き「お前は俺の誇りだ……初陣のことも含めてな」と笑った。

 実に男臭い笑いだ。


「来年、また陣触れがある、ベルジェ伯爵の討伐だ。ベルジェ伯爵は数年前に叛き、今回も陣触れに応じなかった……軍を勝手に引き返した私への罰も含め、リオンクールから兵を出すことになった」

「わかりました、来年に備えて備蓄を増やします」


 ルドルフは「うむ」と頷いた。



………………




 余談だが、カティアの部屋では少しトラブル……と言うかなんと言うか……色々あった。


 俺がマノンと「遊んだ」ことはカティアの知るところとなったようで(そりゃそうだ)、彼女は泣きながら俺を責めたのだ「不潔だ」と。


 それを見たルドルフが勘違いし「妹と関係を持つとは何事か!」と怒り狂うし……もうメチャクチャだ。


 幸いルドルフは誤解を解いてくれたが、マノンとの「遊び」を厳しく叱責された……あの状態で止めれるのかルドルフに聞いてみたいもんだ。聞かないけど。

 カティアは中々許してくれずに大変だった。

 お年頃の娘は難しい。


 ルドルフは「(カティア)に手を出すなよ」と言い残し、領都へ向かった。


 あの親父は俺を何だと思ってるのだろうか?



 マノンとはその後どうなったかって?

 後日、またお誘いしたら引っ叩かれたよ。


 そりゃそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リオンクール戦記発売中
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ