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36話 野ざらし

 年が明けた。



(つの)ですか?」

「そう……おっ、この釘なんか良いな。これをこんな感じに……」


 俺は要塞の鍛冶屋で兜の注文をしていた。

 戦で祖父の兜を無くしてしまったからだ。


 鍛冶屋の親方は「角か……」と困惑している。


 実は俺は面頬の威嚇効果を実感し、兜にも角を付けてやろうと思い付いたのだ。

 手頃なサイズの釘を額の辺りに2本固定してもらう予定だ。


「後は、鉄の棍棒だ。こんくらい長さが欲しいな」

「メイスですか? そんなに長いと重くなりますよ」


 馬上でも使えそうな長剣を示しながら長さを指定する。


「ああ、ダメならまた考えるから……あと陣笠、こんな兜なんだけど」

「ええっ? まだあるんですか!? 少し時間を下さい」


 鍛冶屋の親方は俺の注文に音を上げた。

 特注品を連続して頼めば……まあ、普通は嫌がるだろう。


「急がないから頼むよ、支払いは……おっと、忘れてた。コレも頼む」

「え? 怪物の鉄仮面ですか……喉を守るのは良いですね」


 鍛冶屋の親方は面頬に興味を持ったようで、裏返して構造を確認している。


「すまんが頼むよ」

「ええ、お任せください」


 俺は面頬の注文も追加して、鍛冶屋を去った。

 鍛冶屋の親方は面頬に夢中だ……珍しいのだろう。


 ポルトゥの要塞内にも鍛冶屋はおり、このように武具の注文・メンテナンスから鍋の修理まで受け持ってくれるのだ。


 俺は注文を済ませ、ぼんやりと広場を歩く。

 広場では従士たちが数名で弓の稽古をしているようだ。


 ……ふむ、頑張ってるが……何か戦術のトレーニングもしたいな……何がいいのかな?


 俺は少数の歩兵の戦術とは何かを考える。

 理想は父であるルドルフの騎馬隊だが、あれはコストが掛かりすぎだろう。


 歩兵の強み……強み……


 俺が唸りながら歩いていると、アンドレが足早に近づいてきた。

 どうやら何かあったらしい。


「バリアン様、こちらでしたか」

「うん、鍛冶屋に行った後に見回りをな」


 これは別に嘘ではない。

 俺の仕事は要塞の維持管理だ。

 うろうろして不備を見つけたり、住民の働きぶりを視察するのは仕事なのだ……サボりでは無い。


「バリアン様、バシュラールの者がリオンクールで略奪を働いたそうです……恐らくは山の間道を使ったのでしょう」

「そうか……きっと領内で食い物が不足しているのだろうが、捨ておけん」


 俺は従士たちに集合を命じた。


 恐らくはバシュラール子爵領内では、リオンクール軍の略奪とバシュラール子爵の借金返済のための無茶な税率で民が困窮し、食料が不足しているのだ。


 今の季節は冬である。

 食い物が無くなる時期なのだ……無ければ他で調達するしかない。


『欲しければ奪え』


 この時代、当たり前の価値観である。


 それは理解できるが、許すわけにはいかない。


 俺が守るのはリオンクールの民であり、バシュラールの民では無いのだ。




………………




「と、言うわけだ、盗賊を退治するぞ」


 俺が従士たちに告げると、皆が頷く。


「バリアン様、間道は3本……1つは雪で使えぬでしょうが、二手に別れるのですか?」


 ロロが質問をした。

 要塞都市ポルトゥの周りには3本の間道があり、軍や騎馬の通行は困難であるが人ならば十分に通ることが出来る。


「いや、交代で見張るとして、二手に別れては数が減り過ぎる、細い間道は潰すぞ」


 もともと本街道を使えない事情の者や山岳民族が使う道だ。

 猟師も使うそうだが、3本あるうちの1本を潰しても構わないだろう。


 どこからか苦情が来たら……兵隊で脅し上げて交渉だな。

 それでもゴネたらお察しだ。


「半分ずつ交代だ。ジャンとタンカレー、アンドレとロロがそれぞれ従士を半分ずつ率いろ。俺は適当に参加する」


 本来ならば解放奴隷のロロは従士では無いが、文句を言うヤツはいない。


 ……だが、従士という呼び方も何だかな……何か隊名を考えるか……


 何かカッコいい名前を考えよう。「コブラ会」とか良いかもな。

 思い付きにしては悪くない。


 俺は「うんうん」と頷きながら従士たちに向き直った。


「よし、初めは全員で道を封鎖するぞ。適当な丸太を担げ」


 要塞にはある程度の資材が備蓄されている。


 ポルトゥの大工の親方にも同行してもらい、間道に簡単な柵を作った……何度か往復することになったが、完全に間道を塞いだ。


 無理をすれば通れないことも無いが、荷物を担いで通るのは厳しいだろう。

 封鎖はこれでいい。


 ……斧や槌で破壊されるかな……?まあ、言い出したらキリが無い。


 ついでに警戒する間道にも掘っ立て小屋を作った……スペースの問題で小屋って言うより昔のバス停みたいな壁が1面だけ無い変な建物だ。

 材料が足りなかった。


 ボロいが別に住むわけではないし、これで良い。

 ここにロケットストーブを入れて暖をとる。


 寒い山道を越えて凍えきった者と、体を温めた者では動きが違う。

 まず後れは取るまい。



 この日から2チームが交代で見張りを続ける事となった。


 連日の監視ではあるが、冬山の夜営は危険なので日のある時間のみ、酷い悪天候は中止だ。

 そもそも賊も冬山を夜間行軍で越えるはずがないし、悪天候時も同じだ。



 だが、世の中とは得てして待ち人は来ないものである。


 俺たちの監視は空振りを続ける事となる。




………………




 10日後



「さびーな、バリアン様は平気なのか?」

「寒いに決まってんだろ」


 俺はジャンとタンカレーのチームに加わり間道に向かう。

 ザクザクと凍りついた雪を踏み分けながら俺たちは進む。


大分(だいぶ)と降ったみたいですね」

「ああ、昨日は寒かった……町の方じゃ死人も出ただろうな」

 

 タンカレーと無駄話をしながら、ぼんやりと先を見ると違和感がある。


「ジャン、何かおかしくないか?」

「ああ、足跡だな。雪の積もり方が違う……先を行かれたみたいだ」


 俺たちは警戒しながら先を進む。

 足跡の上から雪が積もっている……昨夜のうちに通ったのだろう。


 ……吹雪の山を越えるとは無茶をするな……いや、俺たちを避けるためか……?


 俺たちが間道の警備をしていることは別に隠してはいない。

 侵入したバシュラールの盗賊が俺たちの存在を知り、裏をかこうとしたのかも知れない。


「おっ、小屋にいるぞ」


 ジャンがいち早く小屋の異変に気がついた。

 誰かがいるようだ。


「良し、準備はいいか?」


 俺は全員に声をかける……俺も槍を握り締め、心を落ち着ける。


「よし、懸かれっ!!」


 俺の号令の下、雄叫びを上げて俺たちは走る。


  しかし、小屋に潜む者たちは反応が無い。


……おかしいぞ? なんだ?



 その疑問はすぐに解けた。



「死んでるな」

「ああ、凍死だ」


 俺たちが小屋を確認すると、そこには6人の男たちが固まって凍死していた。


 ロケットストーブの使い方は分からなかったようだ。

 ストーブには皮膚らしきモノが張り付いている……恐らくは調べている内に、凍った金属部に皮膚が張り付いてしまったのだろう。

 くっついた皮膚を無理矢理はがしたのだ。


 ……ロケットストーブ汚しやがって、この原始人が……


 俺は男たちの頭を順番に槍で小突く。

 すると息がある者が2人いたのでそのまま槍で止めを刺した。


「呆気ない幕切れだな」

「おう、ドンくせえ奴らだぜ。捨てるのも面倒くせえな」


 ジャンがいかにも気だるそうに死体を蹴飛ばした。


「あの、その死体ですけど」


 タンカレーがおずおずと口を開いた。

 何か言いづらそうにしているが、男がモジモジしても可愛くないぞ。


「畑にですね、カラスが集まると……殺すんですけど、その死体をですね……吊るす、こんな風ですけども」


 タンカレーは要領を得ない口ぶりで懸命に説明をする。


 これは別に彼が頭が悪いとかそう言うのでは無く、受けた教育の問題である。

 人に何かを説明をする練習が足りてないだけだろう。

 タンカレーはわりと賢いと思う。


 従士たちにも読み書き計算くらいは教えてやらねばいけない。


 俺とジャンは、たまに質問を挟みながら根気よくタンカレーの説明を聞き続けた。



 タンカレーが言いたいのはこうだ。


 カラスの被害を防ぐには、まずカラスを殺し、吊るして晒す。

 するとカラスとは賢い生き物で、仲間がそんな目に遭った畑には寄り付かないのだとか。


 それを人間にもやる……つまり、バシュラール側の間道入り口に盗賊の死体を吊るしてはどうかと言うのだ。


 俺は「カラス避けねえ」と半信半疑で聞いていた。


 ……おっきい目玉風の風船と似たようなモノか……


 俺はぼんやりとマンションのベランダに吊るされた風船を思い出していた。


「そりゃ面白いな! やろうぜ、ははっ」


 ジャンは死体を吊るすと聞いてテンションが上がってる。

 他の従士は顔をしかめる者もいるが……嫌悪感は、まあ、そこまででも無いようだ。


 ……やるか、効果があれば儲けものだ。


「タンカレー、採用な。後でお小遣いやろう」

「ありがとうございます!」


 タンカレーが得意気に鼻をゴシゴシと(ぬぐ)った。

 他の従士たちから突つかれたりしてるが笑っている。


「よし、死体を担げ。バシュラール側に持ってくぞ」


 俺たちは死体から使えそうなものは剥ぎ取り、死体を担いで間道を進んだ。




………………




「この辺りかな、小高いし頃合いだろ」


 少し小高くなった所にほどほどの大きさの木が1本だけ生えている。

 遠くからでも目立つだろう。


 俺は死体を下ろし、死体のズボンを剥がした。

 ロープが勿体ないからズボンで木に吊るすのだ。

 獣が届かない高さにしなければ死体がすぐに食われて意味が無い。


「ぎゃはは! ちんこ丸出し! ぎゃはは!」


 ジャンが何かツボに入ったらしく喜んでいる。

 まあ、嬉しそうで何よりだ。


「こんな感じですかね?」


 タンカレーが折れた立木に死体をブッ刺して串刺しみたいにしている……不気味なオブジェだ。


「もっとさー、腸とか出そうぜ?」

「放っといても鳥が散らかしますよ、目玉とか」


 ジャンとタンカレーが不気味な世間話をしている間にも死体は吊るされていく。

 従士が最後の死体を吊るした……みんな悪乗りして最後の2体は逆さ吊りだ。


「不気味だな……確かに俺ならこの道は通らないだろうな 」


 出来上がったのは6体の死体を使った不気味な空間。

 俺なら絶対に近づかない。


「よし、小屋で少し見張りを続けるぞ」

「ええー、マジかよ」


 ジャンが不平を漏らすが、盗賊が1組とは限らない。

 警戒は重要だ。




…………




 その後


 結論を言えば、盗賊の被害は激減したようだ。

 吊るした死体には効果があったらしい。


 心理的なことであっても、簡単な工夫で敵の侵入は減らせるのだ。


 ……この手は使えるな……タンカレーには感謝だな。


 俺はタンカレーに感謝をした。いくらでも応用の効く戦術になりそうだ。



 その後は従士たちに文字を教えたり、便利そうな農具を鍛冶屋に注文したりとそれなりに冬を過ごした。



 要塞の生活も慣れてきた。

 妹のカティアを呼び寄せても良いかも知れない。

 今でもたまには様子を見に行くが、彼女は知り合いも少ないようで寂しげに過ごしている。


 (カティア)と共に暮らす。

 それは、悪くないアイデアに思えた。


 まさかとは思うが、妹を邪魔に思う者……それは主に身内だが……それらが彼女に危害を加えないとは限らない。

 庶兄ユーグとの約束は守りたい。俺はカティアを任されたのだ。


 ……そうだな、そうするか。


 ついでと言うわけでは無いが、カティアと会ったときに変な気持ちにならないようにスミナにも会いに行くようにしよう。

 さすがに妹に手を出すつもりは無いが、溜まると何をするか分からなくなるのが俺という生き物なのだ。


 事実、俺はスミナと会うと考えただけで堪らない気分になってくる。


 ……もう我慢できん。



 俺は雪の中を馬で駆けた。



 余談だが、若い体を持て余し気味の俺は我慢できずにポルトゥの町へ娼婦を買いに行ったことがある。


 しかし、買えなかった。


 さすがに病で鼻の無い相手はダメだった……あれなら自家発電でいい。

 案外、処女性や貞節を貴ぶ理由とはこの辺にあるのでは無かろうか?

みんな大好きブラド3世のエピソードがモデルです。

ブラド3世は数百と言われるトルコ兵を串刺しにして、トルコのメフメト2世の戦意を挫き撃退したそうです。


コブラ会は……最近、ベスト〇ッド3をたまたま見たので。

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― 新着の感想 ―
[一言] ダニエルさん、ワックス塗る、ワックス拭き取る アニメ等で回し受けがクローズアップされる度に思い出します。 そう言えば、ベストキッドの悪役の少年がおっさん世代になって立ち直って行く様をドラマ…
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