34話 リオンクール人
困った。
何が困ったって……俺が人気者すぎてな。
いや、バカみたいな話だが本当なんだ。
今、俺の従士になりたいと申し出るものが集まり過ぎて困っているのだ。
その数は11人……決死隊のメンバーも目立つ。
その全員が黒目黒髪のリオンクール人だ。
ロロやジャンたちも加えて15人……さすがに俺の財力では、これだけを食わせる事は出来ない。
砂糖も少しずつ売っているが、甜菜から採れる砂糖は少量であり、とても全員を賄いきれる生産量ではないのだ。
早く生産体制を整えたいが……俺には領地が無い。
他人の土地で事業を起こすのはリスキーだ。
滅多にあることでは無いが、領主の気まぐれで財産を没収されることすらある時代なのだ。
とりあえず彼らはリオンクール家の客になってもらったが、限界はある。
毎日毎日、次男の友達が10人以上飯を食う家なんて早々あるものでは無い。
「と、言う訳なんです……父上や兄上の従士になれと勧めてはいるのですが」
「お前が良いと言うんだろ……ふう」
俺の相談にロベールがため息をついた。
兄のロベールは複雑そうだ。
従士とは一種の人気のバロメーターであり、主人の実力の指標でもある。
従士とは平民戦士が自由意思で「この人なら」と見込んで仕えてくれるものだ。
理由は人格とかもあるだろうが、大抵は戦の強さだ。
強い主人は、戦に勝つ名誉を与え、ガンガン略奪して稼がしてくれる存在である。
戦ベタには従士はあまり集まらないし、略奪品を分け与えない主人は従士がいつかないだろう。
ロベールにも従士はいるが、学友であったり、父ルドルフの従士の子だったりである……自ら集まった者たちでは無い。
ロベールは優れた資質を持つ若者であり、父の遠征軍にも従った実績もある。
だが、それらはルドルフの影に隠れており、弟の俺は劇的なデビューで故郷を救った。
そして見た目だ。
ロベールはリュシエンヌに似て茶色い髪に緑の瞳だ。
いかにもリオンクール風の黒目黒髪の俺にリオンクール人の人気が集まるのも無理はない。
ロベールは色々と思うところは有るはずだが、決して口に出さない。
19才なのに立派な態度だと思う……俺が19才の時は何してたかな?
確かコギャルブームで……うっ、頭が……
まあ、そんなこんなで俺とロベールはチョッピリ気まずい関係なのだ。
「とは言ってもな……戦の予定も無いし……」
何だかんだとロベールは俺の相談をしっかりと考えてくれている。
だが良い思案は無いようだ。
……と、言うか……俺の相談が無茶なんだよな……
俺は「収入が無いけど部下を養いたい」って言ってるんだもんなあ……普通なら「寝言は寝て言え」と怒られそうな話だ。
本当に申し訳なく思う。
すまん兄よ。
その時、ドカドカと音を立てながら我が家の執事が現れた。
「聞いたぞ、従士を養う仕事をくれてやろう……要塞都市ポルトゥの城代をやれ」
アルベールは「ぐっふっふ」と喜んでいるが、俺には良く分からない。
「城代?」
「そうだ。ルドルフの代わりに城を治めよ。仕事は簡単だ……城を維持管理して敵が来れば叩き潰せ」
俺の疑問にアルベールが答えるが、あんまり簡単そうじゃないぞ。
「でも、政治とかしたこと無いぞ。ポルトゥを治めるなんて無理だ」
俺が弱音を吐くと、ロベールが「それは違うぞ」と答えた。
「ポルトゥの都市には市長や議員がいて自治をしている。都市は自治を与えられ、税を納める。お前はその税から予算を貰って城を維持管理するんだ」
「つまり、町は任せて城の管理だけか……つまり、その予算を使って従士を養えば?」
ロベールが「そうだな」と答えた。彼の説明は分かりやすい。
ちなみに城の予算と城主の私財はあまり分けて考えないらしい。
予算=お小遣いでは無いが、従士を養うことはできそうだ。
無論、城代があまりに酷いと更迭か、それ以上に酷い目に合うのは言うまでもない。
何事もやりすぎは禁物である。
「今は財務官が兼任していたか……いや、先日の戦いでロドリグに変わったか?」
アルベールが「ふむ?」と首を捻る。
ボケた訳では無いだろう。
彼にとっては戦が無ければ思い出せない程度の閑職なのかも知れない。
「ありがとう、兄上、アルベール。城代をするよ、折角集まった者たちだから」
俺が礼を述べると、2人は頷いた。
「ああ、後な……ヤニックの村はポルトゥからほど近い。寄ってやれ」
それだけ言うと、アルベールが「ふん」と去っていった。
「アルベールとヤニックは散々にやり合った間柄なんだ……お爺様の時代さ」
ロベールがポツリと呟いた。
ライバルか……アルベールはある意味、自分の理解者を失ったんだ。
俺はぼんやりとアルベールの後ろ姿を見送った。
………………
「おい、皆! 集まれ!」
俺が声を掛けると、屋敷の従士希望の奴らが集まった。
……あれ? 多くないか……10、11、12、13……増えてるじゃねえか。
俺は「まあいいか」と呟いて、彼らを引き連れて要塞都市ポルトゥに向かう。
当然、ロロたちも一緒だ。
ポルトゥの砦に着くと、叔父のロドリグが迎えてくれた。
アルベールからの手紙を渡し「ほうほう」と喜んでいる。
「……14才で城代とは大したものだ。それで、この者たちは?」
叔父さんは俺の後ろに並ぶ従士を眺めた。
「従士です」
「なんと……お前は凄いなあ。最後までちゃんと面倒を見るんだぞ」
いやいや『ちゃんと面倒を見るんだぞ』って犬じゃないんだからと内心で突っ込むが、本質的には近いのかも知れない。
叔父さんは呆れながらも俺に仕事の引き継ぎをしていく。
要塞には様々な人が住んでいる。
先ずは財務官……これは予算を預り、使用人たちの管理をする。 家令と呼ぶこともある。
次は衛兵たち……兵士とは言っても、彼らは砦を攻められなければ戦に出ることは無い。門番や歩哨が任務である。
職人たち……大工や鍛冶屋、石工が住んでいるのだ。要塞のメンテナンスや武器の生産を行う重要な役割を持つ。
厩舎番……馬の世話をする使用人だ。厩舎長は権威があり、馬の購入なども任されることがある。
僧侶……坊さんだ。礼拝堂でお参りしたり、戦死者の供養をしたりする。教養があるので公文書を書いたりすることもしばしば……城代が文盲の可能性もあるので仕事は多い。
使用人……財務官が管理しているお手伝いさんで、奴隷が多い。料理や掃除と日常に欠かすことの出来ない存在だ。
彼らを指揮して要塞の維持管理をし、異変があれば対処するのが俺の仕事だ。
ポルトゥの都市部は自治を行っている900戸弱の小都市だ。
人口にして5000~7000人くらいだろうか。
奴隷をカウントしたり、しなかったりで正確な人口などは分からない。
人口が何千人の町というと「小さいな」という感想だろうが、実際は立派なモノである。
この世界で生活する大抵の事はここで賄えてしまうのだ。
ポルトゥの市街地の成り立ちは、戦災を逃れ、安全を求めて要塞に集まってきた者たちである。
故に大した産物はなく、商業が盛んだ。
リオンクールの玄関としての商業都市でもある。
「まあ、ざっとこんな感じだな……何かあるか?」
「はい、アルベールからヤニックさんの村を訪ねよと言われていまして」
叔父さんは「ああ、それなら」と簡単な場所を教えてくれた。
「俺もまだ数日いるからな、今日はここまでにして村に行くといい。慌てる必要は無いからな」
俺は叔父に見送られ、ヤニックの村へ向かう。
従士たちをゾロゾロ引き連れていく訳にもいかないし、供はロロだけにした。
ジャンやアンドレは少し不満そうだったが、ロロはジローと顔見知りであるし、剣や盾が上手いロロは護衛としては適任だ。
ロロは純粋な剣槍のテクニックだけならば俺たちの中では1番だ。馬術も俺より上手い。
模擬戦になると俺が体格や柔道で圧倒してしまうのは仕方がない事ではあるが、ロロの身長もまだ伸びており先が楽しみだ。
ヤニックの村は近く、馬を走らせれば程なく見えてきた。
丘や小川を利用し、攻めづらい地形をしているのが見てとれる。
なんだかヤニックらしいなと思い、ニヤリと笑みが溢れた。
パプォォォォォ
村へ近づくと、角笛が鳴り響く。
「バリアン様、これは……?」
「何かの合図だな、恐らくは防衛用だろうが……油断するなよ」
俺たちが近付くと、丘の上からこちらを伺う人影が確認できた。
見張りらしい。
丘には柵が張り巡らされ、こちらから登るのは難しいだろう。
……戦時下でもあるまいし……
俺は少し違和感を持った。防備が整いすぎている。
村の正面には土塁があり、門は閉まっている。
木製の櫓も立ち、弓で狙撃されては危険だ。
並の小城よりも防備は固い。
「お前たちは何者だ!?」
丘の上から誰何の声が響いた。
「俺はバリアン! 伯爵の息子だ! ヤニックさんの墓参に来た!」
俺が大声で返事をすると、何やら人影が動くのが見える。
しばらく待つと、見覚えのある男が門から出てきた。
ジローだ。四角い顎からは立派な髭を垂らしているが、間違いない。
「ジロー! 久しいな!」
俺とロロは馬から下り、ジローに声を掛ける。
「ん……まさか、なんてこった! 若様じゃねえかっ」
「そうだよ、ジロー」
俺とジローはガシッと互いを抱擁した。
「ロロもだ! デカくなりやがって!」
「お久しぶりですジローさん」
ロロもジローと固く抱擁した。
ジローの背はあまり高くなく、ロロの方が身長はある。
だが、逞しいジローの太い腕はロロを締め上げているようだ。
「若様もデカすぎやせんか、全く気づきやせんでしたよ!」
ジローはガッハッハと笑い、村へと招いた。なんでもジロー家は代々この村の名主をしているそうだ。
村はいかにも貧しそうであるが、あちこちに訓練用の標的があり、山塞のような雰囲気である。
牧歌的なスミナの村とは対照的だ。
「なんだか凄いなあ」
「砦みたいですね」
ロロも同じ感想を抱いたらしい。
「ここはね、親父の代までは反乱の拠点だったんでさ」
「なるほど、それでか……あれは何だ?」
俺が丘の上の土塁を示すとジローが「ああ避難所でさ」と答えた。
「村が攻められたら女子供は丘の上に逃げるんでさ、普段はあそこの倉庫に非常食入れてます」
「なるほどなあ……女子供が無事だから男は安心して戦える、か」
ロロも「なるほど」と納得しているようだ。
ジローはキョロキョロとする俺たちを気にせず、奥の教会の敷地まで進む。
墓地だ。
「これでさ」
ジローが示したのは真新しい木製の杭だ。
名主の墓としては質素に過ぎる。
「ウチはね、薄葬が誇りなんでさ」
ジローがポツリと呟いた。
俺とロロは墓に祈りを捧げてヤニックを偲ぶ。
「ヤニックさん……アルベールがな、よろしくって言ってたよ、楽しかったって」
俺が墓に呟くと、ジローはそっぽを向いた。
泣いているのだろう、肩が震えている。
どれくらいの時間が経っただろうか、俺とロロは立ち上がり「ありがとうジロー」と礼を述べた。
その後はジローの奥さんや子供たちを紹介して貰い、村の衆とレスリング大会となった。
俺は村人全員をやっつけ、ロロもジローといい勝負をしていた。
「かーっ! 強い!」
俺が村人を投げ飛ばすたびにジローが嬉しそうに笑い、初めは遠慮がちだった村人たちも笑顔を見せた。
リオンクール人は強い人が好きだ。
こうやって力を見せれば仲良くなれる。
この後は食事が振る舞われたが実に質素だ。
大麦と苦い葉っぱの粥と、塩漬け肉だ。
この葉っぱは乾燥したイチゴの葉らしい。
そんなもん食い物だとは思わなかった。
いちいちヤギを潰すスミナの村とは比べ物にならない。
「貧しいでしょう?」
ジローの奥さんが恥ずかしそうに俯いた。
美人ではないが、素朴で優しそうな人である。
「いえ……それよりも奥さんに会えて良かった。ジローが『最高の妻だ、他に見たこと無い』っていつも自慢するので……ロロと2人で噂してたんです。1度は会いたいと」
「まあ、お上手ね」
ジローの奥さんは口許を隠して控えめに笑った。
「ちょっ、ちょっ、若様、変なこと言わないで下さいよ、付け上がりますよ」
ジローが慌てて俺を止める。
皆が大笑いだ。
……いいな、貧しいかもしれないが、良い村だ……
俺はしみじみとヤニックらしいと思う。
「親父はね……死ぬ前に言ってやした。バリアン様はリオンクールの希望だと、アモロスからの解放者だと」
ジローがポツリと呟いた。
「いや……俺も伯爵の息子だよ」
「違うんでさ、そう言うんじゃない」
ジローは目を瞑って少し間を置いた……ヤニックの言葉を思い出しているのだろう。
「何て言うか……若様はリオンクール人なんでさ。そう、リオンクール人なんだ」
ジローの言葉が、ずんと胸に響いた。
ジローも、従士たちもそうだ。俺を『リオンクール人』だと思って慕ってくれる。
しかし、それは……
俺は考えないことにした。
俺がロベールと争うはずがない。
そんなことをすれば、家族は誰も喜ばない。
俺は自分の嫌な想像を頭から必死に追い出した。