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33話 兄弟

 これはロロの結婚式より少し前のこと。



 俺たちにやっつけられたバシュラール子爵が降参した。


 ルドルフの率いる遠征軍が引き返したのだ。


 バシュラール軍の腹積もりでは、ルドルフの遠征軍は南西の反乱が足止めするはずだった。


 しかし、バシュラール軍は留守のロドリグに粉砕され、ルドルフの遠征軍は反乱を無視して引き上げてきた。


 結果、バシュラール領は蹂躙される。


 留守の軍に敗北したことにより、遠征軍に備えていた部隊も士気が崩壊して瓦解。

 各地の小城や村は遠征軍に略奪され、捕虜となった兵士は数珠繋ぎにされてリオンクールに送られた。

 身代金が払えぬ者は奴隷として鉱山で使い潰される運命が待っているだろう。



 王都からの兵の召集に応じず、軍事行動を始めたバシュラール子爵は明確な謀反であるとされた。



 降参したバシュラール子爵は自ら王都に出頭し拘束され、長男(留守の軍と戦い落馬した将)は戦死。他の騎士らもリオンクールの捕虜となり莫大な身代金を払うことになった。


 バシュラール子爵も国王に6百万ダカットを支払い釈放されたらしい……当然、これらは借金だ。

 

 バシュラール領は借金を返済するために領民に収入の8割とも言われる重税がかけられ、農民の反乱が歯止めが効かなくなる。


 ……バシュラール子爵は破産したのだ。



 王弟は派閥の構成員であるバシュラール子爵を見捨てるわけにもいかず、大分(だいぶ)と援助をしたらしい。

 子分を見捨てると、派閥の維持はできなくなるからだ。

 とばっちりを受けた王弟派から、ルドルフは大いに恨みを買ったらしいが、これは仕方が無いだろう。



 そして父のルドルフも、遠征軍を無断で引き上げたために王都で釈明に追われているらしい



 難しいなあ、と思う。

 派閥やら政治やら、考えたくも無い。


 ただ、思うのはそれらの恐ろしさだ。

 少し運がなければリオンクールが破綻していた。



 そもそも、これだけ反乱が頻発するのだ。

 アモロス王国は恐らく広すぎる。

 まともに統治が出来ていない。


 いっそ、王弟とやらを担ぐ南部を独立させてしまえば楽になりそうだが……まあ、そうもいかないのだろう。


 王弟はバシュラール子爵が泥をかぶったお陰で「なあなあ」で許された。

 武装蜂起自体が「なあなあ」で終わったからである。


 何度も叛かれ、許し続ける王を人々は「善良王」と揶揄(やゆ)しているそうだ。

 民衆からもナメられている。


 故に、反乱が続く。


『反乱を起こすものは赦してはいけない』


 俺はこのスケールのデカイ兄弟喧嘩から学んだ。




………………




 遠征軍が引き上げてきた。

 大戦果である。


 行軍はまるでパレードのような有り様で領都はお祭り騒ぎだ。


 総大将であるルドルフは王都に向かったために率いるのは兄のロベールだ。


 これはリオンクール伯爵の後継者がロベールであると領民に強く印象づける狙いがあるのは間違いない。



 ……立派なものだ……


 俺は母や義姉と並んでロベールの勇士を見守る。


 今回の戦いで俺も活躍したとはいえ、家督争いをするつもりは無い。


 軍に解散を告げたロベールは、雑務は部下に任せ足早にこちらに向かい歩いてくる。


 母のリュシエンヌがソワソワとしだした。

 ロベールを心配していたのだ。抱き締めたいと思っているのが傍目からでも見てとれる。


 そして……ロベールは義姉のフロリーアと固く抱き合った。

 見つめ合って濃厚なキスをしている。


 ……まあ、そりゃそうだよな……それにしても外人のキスってスゲエな……


 俺はぼんやりとロベールを眺めていたが、ふと気になり、チラリとリュシエンヌを見る。


 リュシエンヌは明らかにガッカリしている……形のよい眉が八の字になってた。


「母上、仕方ありませんよ若いのですから」


 俺は「これで代わりにしてください」とリュシエンヌを抱き締めた。


「ああ、バリアン」


 リュシエンヌもひしと抱きつき、固く抱擁する。

 代償行動ってやつかな?


 それをロベールとフロリーアが不思議そうに眺めていた。


 うん、俺にも良く分からん。


「なあバリアン、戦に出たんだって? 話を教えてくれよ」


 俺たちの抱擁が終わった後にロベールが嬉しげに近づいてきた。


「む……また大きくなったな、本当に14才なのか?」


 ロベールが俺の姿を見て複雑な表情をした……彼は立派な体格をしているが、俺の方が身長が高い。


 俺はそろそろ「巨漢」と言われるカテゴリーに入りつつある。

 しかも身長はまだ止まらない……ひょっとしたら大巨人と呼ばれたプロレスラーみたいになるのかと不安になる。


「ふふ、ロベール……バリアンは凄いのよ、お爺様の鎧を着て戦ったのよ。とても力持ちなの」

「ええっ!? あの鎧を!?」


 リュシエンヌとロベールが楽しげに話すと、フロリーアが少し拗ねたような顔をした。

 仲が良さそうな嫁姑だと思っていたが、色々あるのかも知れない。


 ……まあ、人間だしな。色々あるさ。


 俺はフロリーアを含めて、この家族が大好きだ。

 だから、兄弟喧嘩(かとくあらそい)なんて真っ平御免だ。




………………




 兄の帰還より数日後、リオンクールの屋敷に2つの訃報が届いた。


 父の第二夫人ジゼルと、ヤニックだ。


 ジゼルは疫病で倒れ、病は抜けたものの体調を崩し、寝込んでいたらしい。


 ヤニックは槍傷が悪化したそうだ。


 俺は交流のあった人の死に、少なからずショックを受けた。

 特にジゼルはまだ若く、死ぬような年ではない。


 ジゼルは身内でもあり、葬式に出ようとしたのだが、リュシエンヌもロベールも反応は冷淡であった。


「バリアン、領民が一人死んだところで全ての葬式に出るわけにはいかないよ」


 ロベールは心底、ジゼルやその子らを軽蔑しきっている。

 母のリュシエンヌはジゼルを嫌い抜いており、ロベールはその影響を強く受けている。


「しかし、ユーグやカティアの母ではないですか? 父上の子供の母です」


 俺がなおも言い募ると、ロベールは「ふん」と鼻で笑った。


「俺の兄弟はバリアン、お前だけさ。解放奴隷が産んだ子など、兄弟であるものか」


 ジゼルは出自が卑しいと聞いていたが、奴隷だったのか……無理もない。


 奴隷は売り買いされる一種の家畜である。

 現代人的な感覚で友達になる俺が変わり者なのだ。


 貴族が家畜に欲情すれば笑われる。

 誰もジゼルの出自を口にしなかったのはこのためである……恥を隠していたのだ。


 だが俺にはルドルフのジゼルへの想いの強さが良くわかる。

 批判を恐れず、本来なら認知されるはずの無い子供たちを認めたのだ。ルドルフには勇気があると思う。


「兄上……父上が聞いたら悲しむと思います……残念です」


 俺の言葉にロベールはピクリと反応したが、無言だった。



 俺は何とも言えない気持ちでジゼルの屋敷に向かう。



 ジゼルたちが住んでいる屋敷にはまばらに人があり、彼女の限られた交遊関係が偲ばれる。


 遺体は既に教会で埋葬したという……普通、それなりの身分の者が死んだときには遺体は暫く安置されるものだが、ユーグは手短に済ませたようだ……やはり出自を気にしたのだろう。


 俺が弔問に訪れると、ユーグは少し驚いた表情を見せた。


「この度は御愁傷様でした。お悔やみを申し上げます」

「これは……ご丁寧に痛み入ります」


 ユーグは何か言いたげであったが、飲み込んで無難な挨拶をした。


 俺は屋敷をそれとなく観察する。

 リュシエンヌへの遠慮などもあり、初めて訪れたのだ……それが弔問とは寂しい話だと思う。


 質素な、小さい屋敷だ。

 使用人もいるようだが家風なのだろうか、目立たぬように振る舞っているようだ。


「まさか、来てくれるとは思わなかった……」

「ジゼルさんは、まあ色々あったみたいだけど、知り合いだし……それに兄妹の母親じゃないか」


 ユーグは兄妹という言葉にピクリと反応した。


「そうか……うん、カティアも喜ぶよ」


 ユーグは俺と家族のやりとりを察したのだろう。

 リュシエンヌやロベールは露骨にジゼルを嫌い、軽蔑していた。


 俺はユーグと、いつの間にかカティアも交え、とりとめもない世間話を続けた。


 考えてみたら、この腹違いの兄妹たちとは殆ど交流が無かった。


「ユーグ、そのさ……良かったら、なんだが」


 俺はユーグに「仲間にならないか」と誘った。

 ユーグは物静かで知的な印象の好青年だ。

 わだかまりが無ければ共に切磋琢磨できる相手だと思う。


「いや……僕とバリアンが近すぎては良くない想像をする者が出る」


 ユーグはポツリと呟いた。


 確かに長男を差し置いて、下の兄弟が結託しては問題があるのかもしれない。


「僕はさ、遍歴の旅に出ようと思うんだ……母が亡くなって、伯爵が不在……ある意味でチャンスだろ?」


 遍歴の旅とは、武者修行のようなモノだ。

 この時代、騎士・職人・商人、様々な職の者が旅に出る。


 特に「遍歴の騎士」と言えばロマンや冒険を求めて各地を巡る物語の主人公にもなる花形でもある。

 新たな名誉を求めて傭兵として活躍する者もいる。

 需要とマッチングすれば仕官もできるだろう。


 反面、現実は甘くはなく、野盗に襲われたり、逆に野盗になったり、餓死や凍死も珍しくは無いが……


「そこで、カティアをバリアンに任せたいんだ」

「任せるったって……」


 俺はカティアを見た。

 ジゼルに似て細い印象だ。

 十分美少女と呼ばれる顔立ちである。

 黒く長い髪を簡単に纏めて背中まで垂らし、清楚な雰囲気だ。


「いや、任せると言っても兄妹だからな。妻にしてくれとか、そんな話じゃない」


 ユーグの言葉に俺は「ほっ」と息を吐いた。

 残念な気もするが兄妹だからな……どうも、一緒に過ごしてないせいか、ユーグたちとは兄妹という認識が薄くて困る。


「はは、カティアも残念だろうがな」

「もうっ兄さん止めてよっ」


 ずっと黙っていたカティアが声を上げて真っ赤になってる。

 うん、普通に可愛くて困る。


「たまに様子を見てやって、良い相手が入れば嫁がせて欲しい。伯爵家でも、バリアンなら任せられる」

「いや、俺にはそんな……父上が決めることだ」


 そう、嫁ぎ先は家長であるルドルフが決める。

 俺の出る幕ではない。


「まあな、でも明らかにオカシイときは一言、言ってくれるだろ?」


 ユーグは「それでいい」と頷いた。


「俺が手を出したらどうするんだ?」

「まあ、それは……その……大事にしてやってくれ」


 俺の下品な冗談にユーグが苦笑いする。

 カティアは気分を害したのか真っ赤になって席を外した。


 妹にセクハラしてどうするんだと思うが、まあ、二人きりの方がユーグも本音を言い易いだろう。許してほしい。


「ユーグ、遍歴の旅なんか止めとけよ……現実は優しくないぞ」

「うん、まあな……でも、このままロベールの部下にはなれないよ……バリアンが伯爵になるなら別だが」


 ユーグが言い辛そうに本音を語った。

 確かにルドルフは彼をそれなりに可愛がるだろうが、代替わりで酷い目に合うかもしれない。

 腹違いの兄弟などは常に粛清リストの上位ランカーだ。


「そうか、そうだな……なら紹介状を書こう。王家に仕える騎士ドレルム宛に。道中はアルバンの隊商にくっついて行けばいい」

「そうか……すまない、甘えるよ」



 俺はユーグの屋敷を辞去し、自室で紹介状を書いた。

 こういうのは紹介者をヨイショしまくるのが普通だ。

 俺も「知勇兼備にして思慮深し」とか頑張って書いた。後はユーグとドレルム次第だ。


 心配なのはロベールの妻のフロリーアはドレルムの娘だということだ。

 彼が嫁の実家に働きかけてユーグを邪魔するかと考えたが……まあ普通に考えればそこまではすまい。


 アルバンに問い合わせると、生憎と丁度良い隊商が無く、知り合いの遍歴商人の護衛を紹介して貰えることになった。


 やはり道連れがいれば旅は心強い。




………………




 ロロの結婚式が済んだ後、ユーグはリオンクールを去った。


 それを知ったロベールとリュシエンヌは喜びを隠そうともせず、ユーグの出奔を俺が手引きをしたと知るや上機嫌となった。


「良くやったなバリアン、アイツがいると母上が悲しむからな」


 ロベールは無邪気に笑う。

 その様子が、俺には堪らなく腹立たしかった。


 殴り付けてやろうかとも思うが、それをしてはさすがに不味い。



 ……事情は分かるけどな、納得できるかは別問題だ……クソッ!



 俺は足早にその場を後にした。


バシュラールとの決着はロベール視点で書いていましたが、妙に長くなり

「主人公の出ない話を長々と書いてもな」とボツにして、ダイジェストにしてしまいました。


お兄ちゃんの活躍の場が奪われ、空気感が増したような……

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