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32話 友の結婚

 翌日、俺はロロと共にスミナとアンドレの村を訪ねた。


 すぐに村娘が気づき、こちらに手を振る。

 彼女は確かスミナの友達だ。


 俺も軽く手を振りながらコカースの家に向かう。


 改めて他の村と比べると、この村はかなり豊かで人口も多い。

 戦争で人を出しても疲弊した様子があまり感じられないのは凄いと思う。



 スミナの家に向かうと、何故かコカースは既に俺の到着を知っていたらしく家長自らが出迎えてくれた。


 ……何で分かったのかな?


 俺は少し首を傾げるが、気にしないことにした。


 実はタネは簡単で、俺と村娘が手を振っていたのに気づいた農夫が走って知らせたらしい。


「バリアン様、この度の戦勝おめでとうございます」

「ありがとう、コカース殿、家長自らの出迎えとは恐縮です」


 俺は馬を下り、ロロに任せた。


 俺の身長は高く、コカースが前に立つと、禿げた登頂部が見えてなんだか笑える。


 スミナは家長であるコカースが挨拶しているために口を挟めず、後ろで控えているようだ……正直、親父はいいから、早くスミナとイチャつきたい。


「さあ、戦勝の宴を、今日は野ヤギを仕留めまして」

「いやいや、気遣いは無用。バシュラールとの戦もまだ終結したわけではありませんし、身内だけで語らいましょう」


 俺の言葉を聞き、コカースは喜色満面と言った風情で喜ぶ。

 言外に俺が「スミナと結婚する」と言ったからだろう。


 裕福な平民であるコカースは騎士身分を求めて伯爵家とのコネを欲していた。

 伯爵の次男である俺が娘のスミナと結婚すれば、彼の野心は大きく前進するだろう。


 ……正直、宴会とかも面倒だしな……


 俺はぼんやりとコカースの禿げた頭を見つめていた。




………………




 甘かった。


 村社会をナメていた。

 農村で「身内」と言えば全員が身内だと言っても間違いでは無い。

 よそ者が入るスキマなどは存在しない閉鎖的な空間なのだ。


 ……どうしてこうなった……?


 皆で泡の無いビールを飲み、野ヤギの鍋を食いながら皆が騒ぐ。

 塩味のみのヤギ汁はかなりクセがあるが、慣れると旨い。ロバより好きかな。


 働き盛りの男が少ないのはアンドレの兄と共に遠征軍に参加しているからだろう。


 しかし、軍が食い物が無いと嘆いていたのに、この村ではまだ余裕すら感じられる。


 これは夏であることが大きい。当然、冬ではこうはいかない。

 冬季の食糧事情はどこに行っても過酷だ。

 餓死や凍死はどこにでもある身近なものである。



「バリアン様の話を聞かせてくだせえ! アンドレに聞いたところじゃ陣頭で戦ったとか!」


 初老の農夫が俺に戦場の話をねだる。

 すると、他の男が立ち上がり「凄かったぜ」と興奮した様子で口からツバを飛ばした。


「俺に続けってよ! バシュラールを100人も殺したんだ」


 どうやらアンドレ以外にも先の防衛戦に参加した者がいるらしい。

 身ぶり手振りで話を盛り上げている。


 ならばと俺ものっかかり、戦場の体験を話すことにした。

 ここはスミナの故郷なのだ。

 なるべくなら住民とは仲良くしたい。


「敵が近づいてきた……バシュラールは一万人、こちらは数百人、圧倒的な不利だ……敵からは雨のように矢が降り注いだ!」


 俺は話に緩急をつけて身ぶりを交えて派手に話す。

 大人も子供も男は勇ましい話が大好きだ。


「その矢の数たるや、俺は恐怖し盾に隠れ動けなくなる……しかし、アンドレは怯まない! 何と剣で矢を切り飛ばして前に前にと……」


 俺は先の戦争を誇張を交えて村人に語る。

 特にアンドレの活躍度を100倍ぐらいにしたら皆が大喜びをするので楽しい。


 子供たちは「すげえ」とアンドレをキラキラとした尊敬の眼差しで見つめている。


 ちなみにアンドレはあまり剣は使わないが問題は無い。

 これは「お話」なのだから。


「敵陣で倒れた俺に、敵の斧が迫る……しかし、その時! 敵の斧が宙に舞った。アンドレだ! アンドレが敵の大男を……」


 ロロがニヤニヤとしながらビールを飲み、アンドレは「いやまあ、ちょっと」と顔を引きつらせている。


 遠征に出ているアンドレの兄がいたら大笑いしているかもしれないが、父親のコカースは子供たちに混じって喜んでいるのだから可愛いものだ。



 話も一段落し、俺は「小便してくるよ」と席を外した。

 スミナに目配せをしたら、彼女も席を外す。

 その動きはぎこちなく、側にいる女たちが苦笑するほどだ。


 俺たちは宴席から離れ、木陰で並んで座った。


「嘘つき、兄さんがあんなに勇ましいはずないわ」


 開口一番でスミナが俺の嘘を責める……よほど言いたいことがあったらしい。


「嘘じゃないさ、アンドレは勇ましいよ……ただ、チョッピリ大袈裟に言っただけさ」


 俺たちは視線を交わしてクスクスと笑った。


「見せて」


 スミナが俺の正面に回り、真面目な顔をするが主語が無いので分からない。


「何を?」

「怪我。バリアン様も怪我をしたって兄さんから聞いたの」


 俺は「大したこと無いよ」と笑うが、スミナが真剣なのでシャツを脱いだ。


「ここかな……まあ、細かいのは色々……」


 俺が矢傷を見せると、スミナがそっと傷口を舐めた。


 これは極めて原始的だが治療だ。

 動物が傷口を舐めるのは、唾液には消毒や傷を癒す成分が含まれているからである。

 誰しも無意識に指の傷などを舐めた記憶があるだろう。

 それは傷を癒す本能なのだ。


 俺はそのままスミナを抱き締め「納屋に行こう」と耳打ちした。


 宴会から姿を消した俺たちを探す者はいなかった。




………………




 日も暮れかけた頃に、俺たちは村を出た。


「済まなかったな……その、待たせてさ」


 俺とスミナは思いの外に燃え上がってしまい、ロロを待たせてしまった。


 ロロは「はは」と笑うだけだ。


「ゴメンな……ロロだってミレットに会いたかったはずなのにさ」

「いえ、明日会えますから」


 ロロは本当に「良いヤツ」なのだ。

 主人と奴隷と言う立場だが、俺の親友だ。


「あのさ、ミレットの爺さんか親父さん……ちゃんと挨拶したいんだけど」

「えっ? 挨拶ですか?アルバンさんと面識ありませんでしたっけ……?」


 アルバンとはミレットの祖父だ。リオンクールの屋敷に出入りしている商人でもある。


 ちなみにミレットの父親は遍歴商人であり、こちらとは面識が無い。

 遍歴商人とはキャラバンを組んで町から町を移動する商人だ。

 貧しいリオンクールには必要不可欠な存在でもある。


「いや、そうじゃない、ミレットも17才だ……結婚するんだろ?」

「……それは……」


 俺の言葉にロロが口籠る。

 読み書きや計算ができるロロは、アルバンからミレットの婿にどうかと誘われているのだ。


 この時代に読み書きや計算が出来る者は少ない。

 武術にも優れたロロは、実は特殊技能の塊なのだ。

 奴隷として買えば、いくらの値となるか想像もつかない。


 無論、奴隷身分のロロからすれば、解放奴隷となり裕福な商家の婿となるのは、これ以上無い好条件だ。

 そして何よりミレットとは好き合っている。

 本来ならば迷う事では無い。


「俺は、バリアン様に仕えたいんです……だから、その……」

「ああ、だから挨拶に行くんだ。俺の部下のまま、ミレットと結婚を許してもらおう」


 そう、そのために砂糖を用意した。

 リュックサックには、初期の甜菜糖と、最近の改良した甜菜糖、30センチくらいの素焼きの壺にそれぞれ7分目くらい入っている。

 まだまだ品質に問題はあるが、砂糖というだけで価値は計り知れない。


 これでダメなら何を持って行ってもダメって事だろう。




………………




「これは……?」

「砂糖だ。味を見てくれ」


 翌日、俺はミレットの仲介でアルバンと商談をしていた。

 もちろん内密にだ。


「甘い……! これは正しく砂糖」


 アルバンは痩せた60才過ぎの老人で、頭は禿げ上がり、目は白内障により白く濁っているが、矍鑠(かくしゃく)とした印象だ。


 彼は砂糖を舐めて驚いた様子を隠しきれない。


「これをどこで……リオンクールには殆ど流通しておりませんが」

「俺が作った。錬金術でな」


 アルバンは「なんと」と呟いた。


 この時代に錬金術は盛んではないが、卑金属を黄金に変える研究として古くから存在は知られていた。


「錬金術で……砂糖が」

「ああ、事実として、砂糖がここにある」


 アルバンは「うむむ」と顔をしかめた。

 14才の若造が錬金術などとはとても信じられぬ怪しい話だが、目の前に砂糖が存在するのだ。

 この事実をどう受け止めようかと悩んでいるようだ。


 俺は錬金術師とハッタリを効かせた訳ではなく、甜菜から砂糖を生み出すのは「錬金術」という説明がしっくりくるのだ。


 下手に説明しても理解されないだろうし、錬金術師という方が通じる。


「これを、内密に取引したい……俺は砂糖を定期的に作ることが出来る、だが、人には知られたくない」

「それは……そうでしょうな」


 俺の言葉にアルバンは頷く。

 錬金術師や神秘主義など、下手をすれば教会に異端扱いされかねない。


「これをアルバンさんに卸す代わりに、1つお願いを聞いてほしいんだ」

「ほう、これだけの話です……聞きますよ」


 アルバンの目が力を得て細くなる。

 俺を値踏みする商人の目なのだろう。


「孫娘のミレットさんとロロを結婚させてやってほしい……ロロを俺の部下のままで」

「ほう、それは」


 意外な提案にアルバンは意表を突かれたようだ。


 貴族の若造に余程の無理難題を吹っ掛けられると思ったに違いない。


「ミレットさんとロロは好きあっている、結婚させてやりたい。だが、俺もロロは手放せん」

「しかし、困りましたな。ミレットは我が家の一粒種……息子の子はミレットしかおりませんので」


 俺は「もっともだ」と頷いた。

 アルバンは金持ちだ。

 金持ちは財産の行方を気にするモノなのだ……それが自分の死後であっても。

 その辺は現代もあまり変わりは無い。


「2人の長子は必ずアルバンさんの商家に入る……どうだろうか?」

「はっはっは、私を幾つだとお思いで? もう64になります」


 俺はじっとアルバンを見つめる。


「300ダカット」


 アルバンが不意に金額を口にした。


「砂糖です、2壺で300ダカット。これは初めての商いですから安めにさせていただきます……なにしろ錬金術で生み出した砂糖にどれほどの値がつくか分かりません。評判を見てまた値を考えさせてください」


 300ダカットが安いかどうかは俺には判断がつかないが……まぁ、安いんだろう。


 ちなみに旅の護衛などで傭兵を雇うと、食事付きで日当は20~40ダカットくらいだ。


「つまりそれは」

「はい、孫娘の結婚を認めましょう……ただし」


 アルバンが強く言葉を吐いた。

 俺はゴクリと喉を鳴らす。


「長子は商家に入れてもらいます。そして、砂糖の取引は続けさせてください」


 アルバンは右手を差し出してきた。

 俺はそれを強く握る。

 商談成立だ。


「ロロ! ミレット! 聞いてるんだろ!?」


 俺がドアに向かって声をかけると、2人は恥ずかしそうに入室した。


「おめでとう、バジルが帰ったら結婚式を挙げよう」


 アルバンがニッコリと笑う。先程までの商人の顔では無く、好好爺然とした表情だ。


 ちなみにバジルとはミレットの父親らしい。


「お爺ちゃん……ありがとう」


 ミレットが満面の笑みでアルバンに応えた。

 相変わらず、けしからん胸部をしている。


「バリアン様にお礼を言いなさい……ロロくん、私はバリアン様のような方は初めて見ました、婿(むこ)であるあなたがバリアン様に付いていくことは我が家にも大きな利を生みます。期待していますよ」

「はいっ、ありがとうございます!」


 アルバンの言葉にロロは大きな声で応えた。




 この年の初冬、ロロとミレットは結婚した。


 これでロロは奴隷身分から解放され、解放奴隷となる。


 俺はロロを解放するのに金を受けとる積もりはなかったが、アルバンが頑として譲らず、結局は分割払いで3万ダカットを受け取ることになった……友情に値段がついたようで微妙な気分だ。


 俺は嫌がったのだが、俺が変に意地を張って話が流れたらロロに申し訳ない。

 結納のようなものかと無理やり納得し、最終的には受け取った。

 この辺の価値観の違いには未だに戸惑うことがある。


 ロロは奴隷長屋を出てアルバンの店舗兼住居に住むことになった。

 ちなみに建物は自由民であるアルバンの所有物ではなく、借家である。

 これほどの金持ちなのだから、さっさと市民権くらいとれば良いと思うのだが、遍歴商人は土地に縛られない方が都合が良いらしい。

 遍歴商人は様々な土地に行くのだ……色々あるのだろう。



 後日、アルバンは「この調子だとすぐに曾孫(ひまご)ができそうだ」と笑った。

 ロロとミレットは同居人がいても遠慮などはせず、夜な夜なレスリング大会を開いているらしい。


 夫婦仲の良いことは何よりである。



 彼らが幸せそうに暮らす裏で、俺はアルバンに耳打ちをした。「ロロもミレットも、本人も知らないうちに砂糖作りを手伝っている」と。


 要は俺を裏切ったらロロもミレットも道連れになるぞと脅しをかけたのだ。

 事実、ロロを通してミレットから甜菜を購入したことはある。全くの嘘ではない。



 アルバンは顔を引きつらせ、砂糖は2壺500ダカットで取り引きされるようになった。


砂糖が1壺250ダカット。

安いようにも感じますが、中世の商人は平気で仕入れ値の5倍とか値をつけたそうです。

2~3回の仲買があったと考えた場合、末端価格では何千ダカットになる場合も考えられます。


【おわび】

個人的にいろいろ調べたのですが、中世の物価はよく分かりませんでした。資料によりマチマチで……作中の価格は想像です。スイマセン。

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[良い点] 面白いです。 [一言] 漫画から続きが読みたくなって来ました。 追って参ります。
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