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30話 狂気の戦

 決死隊が戻った日、俺は軍を率いる叔父のロドリグに報告に行く。



 報告・連絡・相談は会社員の基本だが、実はなかなかできなかったりするものだ。

 俺の部下には徹底するように指導しなければならないだろう……その為には自分からだ。


「叔父さん、2村、2集落、多数の森を破壊しました。味方に脱落者はいません。再出撃は可能です」


 俺が報告すると、叔父とヤニックは満足そうに頷いた。


「やったな、バリアン。敵の士気は明らかに落ちたぞ、逃亡兵も出ているようだ」


 叔父さんは嬉しげに何度も俺の背中を叩いた。少し痛い。


「うむ、自分達の後ろに敵がいると分かれば我らに集中も出来ぬのだろう、明らかに圧力が落ちた。」


 ヤニックがニヤリと迫力のある表情を見せた。

 古傷から黄色い歯が覗き、ちょっと凄い顔である。


「そう言えば、昨日は交戦したみたいですね」

「後ろで煙が上がり、すぐに引いたわ。敵も我らとの交戦中に奇襲を受けては堪らんからの」


 俺の質問にヤニックが答えるが、実に楽しげだ。

 叔父さんも「まったくだ」と喜びを隠そうともしない。


「バシュラール軍は後方の警戒に別動隊を出したようだ、お前の目論見通りになったぞ……敵は数を減らし、士気を落とした。さて、次はどうする?」


 叔父さんは俺を見て目をキラキラと輝かせている。

 まるで新しいオモチャを見つけた子供だ。

 俺を突つけばアイデアが出ると思っているなら、少し甘い。


「敵が弱ったのならば時間を与えるのは悪手。勢いのまま攻めましょう、総攻撃です」


 この俺の言葉に叔父も「うーん」と顔をしかめた。

 敵が減ったとは言え、戦力比は2対1に近い。

 まだ圧倒的に不利な状況である。


「いや、悪くないぞ」


 ヤニックが叔父に「あれを見ろ」と空の荷車を示す。


「もう食い物が無い。軍を維持できんのだ……」


 ヤニックが声を低くした。

 兵に聞かれたくない話なのだろう。


「バリアン様の言う通りだ。勝負をかけるなら……ここしか無い」


 ヤニックは悔しげに言葉を吐き出した。

 もともと、リオンクール軍は物資がないから迎撃に出たのだ。

 持久戦が出来るなら城塞都市ポルトゥに籠れば良いのである。


 叔父は空の荷車を睨んで「ぐぬ」と呻き声を上げた。


「バリアンよ、残念ながら私は軍才には長けておらぬ……戦機が読めぬのだ。これは知識や経験の話ではない」


 叔父さんは悔しげに歯噛みをした。

 いつも飄々とした態度の叔父が、悔しさのあまり泣きそうな顔をしている。


「だが、お前は違う! お前とヤニックが戦機が満ちたと言うならば勝負をかけるぞっ!! 兵を立たせろ!」


 叔父が大声で兵に指示を飛ばし始めた。


 ……この叔父は本当に強い人だと思う。この状況で14才の若造の意見を取り上げる大将がどれだけいるだろうか?



 ロドリグは自ら軍才が無いと嘆いたが少し違う。

 ここ一番で腹をくくり、部下の進言を受け入れ、勝負に出れる大将に軍才が無いはずがないのだ。


 ロドリグには戦機を読む勝負勘には恵まれていないかも知れないが、優れた将器が備わっていると見ても良い。



 叔父の指示により、兵が並び、訓示を待つ。

 見れば負傷者も戦える者は残り、戦列を維持しているようだ……その数は総勢で500人ほどだ。


 これは奇跡的なことだ。

 普通、この時代の軍隊は敗戦すれば粉々に粉砕されることが多いが、彼らは脅威的な粘りで脱落者を殆ど出していない。


「バリアンよ、お前が兵に声をかけてやれ」


 叔父は俺に声をかけ、ヤニックが槍と盾を手渡してきた。


「戦死者のものだがな、無いと締まらんだろう」


 ヤニックはニヤリと笑う。


 俺は槍と盾を受け取り、力強く頷いた。

 兵の前に立つと「バリアン様だぞ」「何が始まるんだ」とざわつくのがわかる。


 出陣の前の訓示は大将か、それに準ずる者の仕事なのだ。

 俺が出てこれば不審に思うのが普通である。


全員が聞く姿勢になるまで暫し待つ。

兵のざわつきが徐々に治まっていくのが分かる。


「俺の声が聞こえるか!? 俺の姿が見えるか!?」


 俺が声を張り上げると、それに応えて兵たちが盾を叩く。

 どうやら全員に声は届いているようだ。


「ならば見ろ! 俺の姿を覚えろっ!!」


 俺は両手を広げ声を張り上げた。


「脇目もふらず、ただ俺に続けっ!!」


 槍でバシュラール軍を指し示す。

 そこには憎むべき敵がいる。

 兵の目の色が変わった。


前進(アバンセ)!!」


 俺の号令で軍が動き始めた。


 勢いで勝手に出撃の号令を下してしまったが、俺に訓示を任せた叔父は何も言わなかった。

 このまま任せるつもりなのかも知れない。



 俺は兵の先頭に立って進む。

 これにはアルベールの教えがあるからだ。


『指揮官は先陣に立て』


 アルベールは常々こう言っていた。


『先陣が崩れた軍が勝つ例は少ない、故に先陣に立ち機先を制することが必要だ』


 アルベールは常に先陣にあり、兵を指揮したのだろう。

 経験に基づいた確かな教えだ。


 ならば俺はアルベールよりも前に出よう……陣頭、いや、先頭に立つのだ、一番に敵に槍をつけるのだ。


 これは子供じみた馬鹿な考えなのだろう。

 だが、倍の敵と戦うのは常識的に無理だ。

 常識外の行動で敵をくじき、味方を奮わせねばならない。


 山本五十六は「やって見せねば人は動かじ」と言ったそうだ。

 よく分かる。

 俺が「死ぬ気で戦え」と言ってもどうにもならない……俺が「死ぬ気で戦って」見せるのだ。



 ……(いにしえ)のアレキサンドロス大王や項羽も、源義経だって陣頭で戦ったんだ。



 他人に出来て俺に出来ない理屈があるか!!



 俺は半ば焼け糞になり先頭を進む。


 この時の俺は正気では無かったのだろう。

 冷静に考えれば歴史上の偉人と自分を比べるなど狂ってる。


 だが、俺の狂気は伝染し、軍全体が戦意で満ちていくのを感じる。

 将の戦意は兵に伝わるのだ。



 敵陣が反応し、俺たちを迎え撃つ体勢を整えた。

 本来ならばここで足を止め、弓や投石紐(スリング)で射撃の応酬となるはずだ。


 だが、俺は止まらない。


「バリアン様っ! 矢が来ます!」


 後ろでロロが叫んだ。

 彼は負傷を押して戦に加わっているのだ。ひしゃげた陣笠が痛ましい。


 俺の周りには決死隊やロロ、ジャン、アンドレ、タンカレー……皆が集まっている。

 負けるはずがない。



 ……ここだ!!



「俺に続けっ!! 突撃(シャルジュ)ーッ!!」


 俺は雄叫びを上げて駆けた。

 理屈で言えば大将は叔父であり、俺に指揮権は無い。

 だが、なぜか戦場の熱が俺を、皆を衝き動かしていた。


「「ウオワァァァァァ」」


 リオンクール軍も俺に続く。


 戦の作法を完全に無視をした奇襲である。

 バシュラール軍は意表を突かれ、驚き、反応が鈍い。


「続け! 続け! 続けえーッ!!」


 俺は叫びながら走る。

 俺を狙って矢が放たれるが、盾を掲げて走り続けた。


 リオンクール軍は自然と縦長の槍の穂先のような形となり、バシュラール軍と衝突した。


「ウオォォォォ!!」


 俺は盾を捨て、槍を振り回して敵を殴り付ける。

 滅茶苦茶な動きだが、周りには敵しかいない。

 人の迷惑など考える必要が無いのだ。


「バリアン様を死なすなっ!! 進め! 進め!」


 ジャンの叫び声が聞こえる。


 敵の盾を殴り付け、槍が折れた。

 俺は剣を抜いて振り回す。



 目標は敵の後陣で指揮をとる騎士だ。

 馬に乗り、立派な鎧を身に付けている。明らかに大将クラスだ。


 あの騎士を倒せば金星だが、まだまだ距離があり大勢の敵が壁となって立ち塞がっている。



 兜の上から殴りつけられた。

 強い衝撃を感じ、兜が脱げた。

 お返しに口の中に剣を突き刺してやった。


「そこをどけえっ!!」


 続いて目の前の敵を剣で殴り付け、頭をカチ割ったが剣が根元から折れてしまった。


 そのために俺の動きが止まり、敵の従士らしき大男に横からタックルされ、転んでしまった。


 ……しまった、不味い!


 上からのし掛かられるが、それは問題では無い。

 俺はブリッジをして体勢を入れ換え、思いきり拳で股間を殴り付けた。

 何とも言えない嫌な感触が手に伝わり、大男は泡を吹いて失神した。


 だが、敵陣で足を止めては危険だ。

 すぐに次の敵が俺に斬りかかってきた。


 ……ここまでか……!


 妙に敵の動きがゆっくりと見える。

 俺は新手に反応出来ずに、そのまま剣を受けようとした。


「ウラアーッ!!」


 俺に向かってきた敵兵がぶっ飛んだ。

 俺は一瞬、事情が飲み込めず、目を凝らす。


 見れば俺を狙った敵兵と味方が揉み合いになっている。

 タンカレーだ、タンカレーが体当たりで敵兵を食い止めてくれたのだ。


 ロロが取っ組み合いをしているタンカレーを助け、敵兵を引き剥がして短剣で止めを刺した。


「バリアン様、ご無事ですか?」


 アンドレが俺を助け起こし、落ちていた手斧を俺に手渡した。


「助かった、恩に着るぞ」


 俺は手斧を受け取り、状況を把握しようと周りを見渡す。


 肝を冷やしたことで、妙に冷静になってきた。

 先程の狂ったような熱はもう俺の中には無い。


 次々と味方が追い付いて来たようだ。

 後続の味方がどんどん敵に襲いかかっている。


「アンドレ、行くぞ! ロロとタンカレーを援護するぞ!!」


 俺はアンドレに声をかけ、戦いに戻っていった。




………………




 凄まじい乱戦の結末は呆気なく終わりを迎えた。


 敵の指揮官の馬が何かに驚き、馬が棹立ちになったのだ。

 指揮官は落馬し、それを見たバシュラール軍は崩れた。



 たかが落馬と思うかも知れないが、馬の高さから転落すれば命取りになりかねない。

 有名なところでは英国王ウィリアム3世、日本では鬼と呼ばれた佐竹義重なども落馬で死亡している。



 敵が崩れた後も俺たちは散々に追撃を続け、ヘトヘトになった俺は比喩ではなくぶっ倒れた。

 恐らく、脳内麻薬が出すぎて疲労を忘れていたが、体力が尽き果てたのだろう。

 電池が切れたようにバタンと倒れてしまった。


 俺は味方に担がれながら後方に下がり、勝利の閧を聞くことは無かった。


 その後、リオンクール軍はバシュラール軍の物資を奪い、数ヶ所の略奪を行って引き揚げたらしい。

 これだけ痛めつければ当面の脅威も無いだろう。


 なんとも締まらない幕引きであったが、寡兵をもって敵の侵攻を退けたこのド派手なデビュー戦は強く俺の記憶に刻まれることとなった。


 ……自分より強い敵と戦うのは駄目だ。何度死ぬかと思ったか……



 世には「勝てば官軍」と言う価値観がある。

 ある意味で真理だろう。

 死人に口無し……要は勝ったものだけが記録を残し、正統性を記すことができるのだから。

 負ければ言われ放題、奪われ放題である。


『勝てば正義……つまり、勝てる状況・相手を選んで戦わなければならない』


 弱い者から奪う。

 強い者は避ける。


 当たり前のことだが、俺は強く教訓として頭に刻み込んだ。


 ……こんな博打(ばくち)はもう()()りさ。


 兎も角も勝てた。

 今日はこれで良い。



 俺が目覚めたのは城塞都市ポルトゥに帰還した後のことだった。


指揮官が先備えに~って言うのは石川数正のエピソードをモデルにしました。

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