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3話 聖天教会

 早朝



 屋敷の庭で行われていた朝の訓練が終わり、皆が一息をついていた。



 俺は早くこの世界に馴染むために、家来たちの武術の朝稽古に参加していたのだ。

 7才では大した訓練など出来はしないが、この手のことに積極的に参加することが新しい組織に馴染むコツだと俺は知っていたからだ。


 とはいえ、邪魔をしない程度に後ろにくっついて剣を振る程度ではあるが。


 訓練は剣や盾がメインだ。王都の中で弓は使えないらしい。


「バリアン、どうだい? 何か思い出したかい?」


 訓練を終え、俺に声を掛けてきたのは共に訓練に参加していた兄のロベールである。

 ロベールは母に似て明るい茶色の髪に緑の瞳を持つ爽やかなイケメンだ。

 年は12才、俺よりも5才年上になる。


兄者人(あにじゃひと)、すいません、何も」


 俺はやっと覚えた辿々(たどたど)しい現地語で答えた。


「そうか……まあ、焦ることはない、しかし兄者人などと呼ぶな。よそよそしいぞ。」


 ロベールは苦笑いをして俺の言葉使いを(たしな)めた。

 兄者人とは自分の兄を敬う表現だが、どうやらロベールにはお気に召さなかったらしい。


「すいません、では、何と?」

「兄さんとか、兄貴とか……」


 ロベールは俺の素直な様子を見て上機嫌だ。

 どうやら俺が入るまでのバリアンは生意気なガキだったらしく、ロベールや他の子供とは仲が悪かったらしい。

 実は屋敷にいる使用人の子供らなどは俺と口をきいてもくれない……俺はボッチである。


「兄さん、今日、母様と、教会に、行きます」

「そうか……良いことだな。俺は駄目だな、教会は退屈でさ。」


 今日は教会でお参りがある日なのだ。


 俺がこの地の宗教に興味が有るわけでは無い。

 だが、宗教は社会のOSみたいなモノであり常識である。

 ここから著しく外れると危険だ……現代の日本人だって、外国人が仏像を盗めば怒り、どこかの神社の御神体だった大岩に登ったクライマーが叩かれているのだ。

 文明の発達していないアモロス王国ではそれ以上であろう。

 逆に、信心深いと思われる行為は好感度が高いはずだ。


 俺はアモロス王国の宗教を知る必要があった。



 俺はロベールと朝食を食べに食堂へ向かう。


 アモロス王国では食事は1日に2回、遅めの朝食と早めの夕飯だけだ。


 夕飯は皆で揃って食べるが、朝食は食堂や厨房でササッと済ますことが多い。

 一番デカイ部屋にデカイテーブルがドンとあり、俺はそこを勝手に食堂と呼んでいる。


 朝食のメニューは黒パンにチーズ、根菜が入ったスープである。


 パンは固く、チーズは強烈なクセがある。

 スープは煮物とスープの中間くらいで味が薄い。


 どうやらアモロス王国は食料事情は良くないようだ。


 ……マズイなあ……


 俺は内心ではウンザリしながらもマズイ飯をガッついた。

 バリアンの体は燃費が悪く、やたら腹が減る。

 味などには構っていられない。


「はは、バリアンは凄いな……ウマイか?」

「はい、食べさせて、貰える、だけで、幸せです」


 ロベールの言葉に俺が答えると、彼は少し考え込んだ。


「食べさせて貰えるだけでか……バリアン、お前は変わったな」


 ロベールはしみじみと呟いた。


「バリアン、今までのお前より、今の方が俺は好きだな……たぶん、皆がそう思ってるよ」


 ロベールはそう言うと「母様が待ってるぞ」と俺を(うなが)した。


 ……実の兄貴から記憶が無くなって喜ばれるとは……バリアンって本当にクソガキだったんだな……


 俺は少し複雑な思いで母の元に向かった。




………………




 俺は母に連れられて教会に向かう。


 教会と言っても質素なもので、ステンドグラスや壁画などは一切が無い。

 武骨な石造りのホールに椅子が並べてあるだけだ。

 御神体すら無く、何やら放射状のシンボルマークが壁に画かれているだけである。


 ここは聖天教会と言い、太陽神を唯一神とする宗教を広めている……よく分からないが、アモロス王国では主流派の宗教のようだ。


 皆で聖句というお経のようなモノを唱和した後に坊さんの説教が始まる。


 今日の坊さんは俺を除霊しようとしたオッサンだ……どうやら偉いさんらしく、皆が真剣な雰囲気で話に聞き入っている。


 聖天教会の教義はシンプルであり、良いことをすれば極楽だか天国だかに行き、悪いことをすれば地獄行く……分かりやすくて良いと思う。


 守るべき『良いこと』も決まっていて、寛容、忍耐、慈悲、節制、勇気、貞節、謙虚、勤勉、信仰の9つ、九徳と言うらしい。


 今日は貞節の尊さを説いているようだ。



 俺と母親は伯爵家という身分の為だろうが、特別席のような所で説教を聞いた後に坊さんと面会をした。


 この坊さんはリンネル師、40才くらいの教会の偉い坊さんだ。

 リンネル師は頭をツルツルに剃り上げた痩せた坊さんである……聖天教会の坊さんは剃髪をするらしい。


「いかがですか、バリアン様のご様子は?」

「それが……まだ治らないのです」


 リンネル師とバリアンの母であるリュシエンヌは痛ましげに俺を見つめた。


「バリアン様は非常に熱心に教えを聞かれていましたね、聖天の教えにご興味がおありですか?」


 リンネル師は優しげに俺に話し掛けた。


「はい、とても、興味があります、妻は貞淑に、夫は妻に、誠実であれ、よく分かります」


 俺が辿々しく今日の説教について答えると、リンネル師とリュシエンヌは驚いた様子で目を見開いた。


「リュシエンヌ様……これは」


 リンネル師はリュシエンヌに何やら小声で確認しているが、彼女は小さく首を横に振っている……何か不味いことを言ったのだろうか。


「バリアン様、他に何か……そう、人は何故貞節に生きねばならないのでしょうか?」

「……人々が、好色、ならば……父の、わからぬ、子が増え、親は、子を養わず、子は、親を敬わず、世が乱れます。」


 俺は先程の説教の内容をそのまま答えた……アレンジをしなければ大丈夫なはずだが……宗教はどこにツボがあるかわからないので少し不安だ。


「まさか、7才で……バリアン様、貞節とは何でしょうか?」

「はい、人の守る、べき、正しき道、九徳……寛容、慈悲、節制、勇気、貞節、謙虚、信仰……えーっと」


 俺が指折り数えていくと、2つほど足りない。


「忍耐と勤勉ですよ」


 リンネル師は優しく俺に語りかけた。


「リュシエンヌ様……驚きました、バリアン様は神に愛されておいでです。記憶が無くなられたのも意味があるのでしょう」

「まさか、バリアンが……」


 2人の様子を見て、俺は気がついた……やりすぎたのだ……12才のロベールとて「退屈だ」で済ます話を、7才の子が興味を持てば不自然なのは間違い無い。


 俺はまだ、7才の自覚が足りなかったようだ。


「バリアン様は世にも稀な高僧となるでしょう……是非とも」

「しかし、僧院には……」


 先程から怪しげな会話が聞こえる……冗談ではない、若い身空で出家をする気は無い。


 俺は意を決し、2人に話しかける。子供らしさを心掛けながら。


「僕は、お坊さんは、嫌です、兄さん、リオンクール家、助けたいから」


 俺が申し訳なさげに申し出ると、リンネル師は「これは早まりました」と笑ってくれた。


「バリアン様は兄上がお好きなのですね」

「はい、やさしく、強い」


 俺の言葉を聞いてリュシエンヌが「おお……」と感激で目を潤ませている。

 恐らくはロベールとバリアンの兄弟仲が悪かったことを心配していたのだろう……貴族で兄弟の家督争いなんかは普通にあるだろうし無理もない。


「ならば、学問をされますか? バリアン様は大変に素質がある。教会ならば本もありますよ」

「はい、是非とも、母様、学問、したいです」


 俺が母におねだりすると「もちろんよ」と彼女は微笑んだ。



 こうして俺は聖天教会で学問を学ぶことになった。

 アモロス王国の社会常識に疎い俺にとって、これはかなり有り難い申し出だ。



 俺は翌日から、朝は家臣たちと訓練をし、午後から教会に通うというスケジュールをこなすことになる……このまま続ければ、成人までにそれなりのスキルが身に付くはずだ。



 少し後に分かったことではあるが、アモロス王国の識字率は極めて低く、農村部において聖職者以外に字の読み書きできる人間はほとんどいないらしい。

 驚くべきことに下級貴族ですら「名前が書ければ十分」として文盲であることもあるとか……母が学問に理解のある人で本当に良かった。


 俺はリンネル師の元で学べる幸せを噛み締めた。


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