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28話 名誉の無い戦い

 一戦した後、互いの軍は距離をとり、睨み合う形となる。


 多勢に痛めつけられたリオンクール軍が壊滅しなかったのは士気の高さ故だ。

 普通ならば逃げ散っても不思議では無い。


「奇襲に備えろ! 地の利は敵にあるぞ!」


 ヤニックが疲れはてた兵を叱咤し、歩哨を立たせているのが見えた。


 見渡せば、皆が傷ついている。

 正確な死傷者は分からないが、意外と死者は少ない……しかし、多くの者が傷を負ったようだ。


 まだ負傷者が戦死者になる可能性もある。


「ロロ、傷は浅いぞ、しっかりしろ」


 俺はロロの頭の傷を水で洗い流し、スミナの肌着(シミーズ)を裂いて固く縛った。


「ば、バリアン様……もったい無い……」

「ああ、もったいないけどな、肌着より友達が大事さ」


 ロロは陣笠の上から手斧で殴られたらしく、右の眉の上を深く切られていた。

 命に別状は無いだろうが、傷は残るだろう。


「……すいません……バリアン様……」


 ロロが涙を流す。

 見れば周りの兵も貰い泣きしているらしい。



 指揮官の戦陣での振る舞いは兵の士気に大きく影響する。


 ナポレオンは兵士と同じ食事をし、呉起は負傷兵の手当てを自らが行った。

 これらの行いが指揮官への尊敬となり、忠実な兵士を生み出すのだ。


 バリアンは恋人の肌着を裂いて奴隷兵の傷を手当てした。

 この行為は味方の兵を奮い立たせるのに十分な行いだったのである。

 バリアンという指揮官は決して兵を見捨てないと強く印象づけたのだ。


 火器の無い時代の戦闘を左右するのは兵の士気だ。

 もともとリオンクール軍は郷土の防衛戦であり、士気は極めて高い。

 兵の質に劣っても倍以上の敵を押し返したのは士気の高さ故である。


 話をバリアンに戻そう。



「ジャンは……大丈夫そうだなアンドレはどうだ?」

「バリアン様の方が痛そうだぜ。鎖帷子を脱ぎなよ」


 俺の質問には答えず、ジャンは俺の肩を示した。

 見れば矢が刺さった場所に血が滲んでいる。

 矢の柄は折れ、矢尻だけが埋まっているらしい。


「ああ、本当だ。頼むよ」


 俺は鎖帷子と鎧下を脱ぐ。

 鎖帷子は頑強だが、構造上の問題で細い矢尻などは通してしまうのだ。


 ちなみに何度も槍で突かれた腹は革鎧と鎖帷子に阻まれて無傷である。


「あだだっ!」

「……っと、取れたぜ」


 俺が情けなく悲鳴を上げるが、ジャンはお構い無しに乱暴に矢尻を(えぐ)り取り、止血する。

 これで治療はお仕舞いだ。


「おー痛、(たま)らんねこりゃ」

「バリアン様に殴られた敵も同じこと言ってるぜ? こりゃ堪らんってな!」


 ジャンの冗談に皆が爆笑する。

 俺に棍棒で殴られた奴が「こりゃ堪らん」で済むはずが無いのだ。


 リオンクール人は気性が荒く、負け戦でも挫けない気骨がある。

 こんな時でも笑いが出るとは剛毅な者たちである……それが、空元気であったとしても。



 その時、1人の若者が俺の前に飛び出し、両手をついて頭を下げた。


「バリアン様っ! ありがとうございました!!」


 見れば知らない兵士である。

 俺は「はて」と首を傾げた。


「俺はガエタン・タンカレーです。先程の戦で、バリアン様の槍に命を救われました」


 20才前後の若者である。

 黒い髪を坊主頭にし、ゴツい印象だが、背はあまり高くない。

 武装は貧弱で、普段着を重ね着しているだけのようだ。


 ……しかし、槍と言われても……タンカレーって何か旨そうな名字だな。


「ほら、槍を投げたじゃないですか……」


 見当違いのことを考えて、ぼんやりしていた俺にアンドレが助け船を出した。


 確かに、先程の戦いで敵に槍を投げて味方を助けた。


 そうか、あの兵士か。


「おお、あの時の! 無事だったか、良かったな!」


 俺が思い出すと、タンカレーは改めて頭を下げた。


「気にするな、俺が危ないときには助けてくれよ」

「はいっ、はいっ、必ずお役に立ちますっ!! バリアン様の盾になります!!」


 俺の何気ない一言にタンカレーは涙を流して感激をしている……どうもやりづらい。


「いいよ、盾にならなくても……良かったらこれを使えよ。穴が開いてるけど、少しはマシになるだろ?」


 俺は脱いでいた自分の革鎧を彼に渡した。

 タンカレーの装備があまりにも貧弱であったためだが、彼は驚きで目を丸くした。


 俺は知らなかったが、目上の者が戦場での働きを賞して褒美を下げ渡す……これは一種の主従関係の成立を意味するらしい。


「必ずや、必ずやお役に立ちます! バリアン様の前で討ち死にします!!」

「いいよ、死ななくて。この戦は勝つからな」


 俺が笑うと皆が怪訝そうにこちらを見ている。

 ロロもジャンもだ。


「なんだ? 負けるつもりだったのか? 俺は今から叔父さんやヤニックに夜襲の許可を貰いに行こうと思ってたのに」

「そりゃいいぜ! 俺も乗った!」


 ジャンが声を上げると「俺も俺も」と手が上がる。


「待て待て、許可をもらってくるから休んでろ」


 俺は立ち上がり、叔父のロドリグの方に歩き出した。




………………




「夜襲だと!?」


 俺の提案を聞いた叔父が驚きで声を上げた。


 この場にいるヤニックとユーグも怪訝そうな表情だ。


 夜襲とは敵地で気軽にするモノでは無い。

 街灯が並び、コンビニが24時間営業する現代とは違い、中世の夜は正に闇だ。

 土地勘の無い者が夜襲を計画しても迷子になるのがオチなのだ。

 同士討ちの危険も高い。


「叔父さん、狙うのは敵陣ではありません」

「どういうことだ?」


 叔父が首を(ひね)る。


「狙うのは敵の村や森です。少数で火をつけて回れば領地を持つ騎士や村に住む平民はいやがるはず……敵の兵士ではなく、兵を養う後方を狙うのです。俺たちを放置すれば森は焼け、村人は死ぬ……それに背後に兵が回ったと判断すれば必ず兵を割いて後ろの警戒をするはずです。交戦中に後ろを狙われる危険がありますから」


 俺の発言に叔父は驚いたようだ。


 アモロス王国では経済の概念は薄い。

 略奪の結果として敵の経済に打撃を与えることもあるが、それは結果であり、敵の経済を攻撃してダメージを与える発想は無いのだ。


「ふむ、面白い。確かに敵の兵士は後ろに気をとられ、村を守るために数を減らすかもしれん……だが、道案内がおらんぞ?」


 黙って俺と叔父さんのやり取りを聞いていたヤニックが口を開いた。


「大丈夫だ。俺はアルベールに連れられて、この辺りは散々に略奪したからな。道はわかるよ」


  俺の言葉に叔父、ヤニック、ユーグが呆れた。


「なんと悪辣な……剣を持たぬ女子供を狙うとは卑怯ではないか!?」


 ユーグが若い正義感で怒りを見せ、こちらを睨む。


「ユーグ、卑怯だ何だってのはな……勝ってから言え。堂々と戦っては勝てん。数が違うからだ」

「なんだと!? 見損なったぞバリアン、臆したのか!?」


 ユーグは感情的になり、声を荒げた……恐らくは初陣を果たした興奮もあるのだろう。普段の冷静な彼ではない。


 俺はため息をついた。

 こんな青二才の正義感を優先して負けるなど真っ平御免だ。


「ユーグ、俺が大切なのはな……妹のカティアや恋人のスミナだ。敵の領民など知ったことか。彼女たちを守るためなら皆殺しにしてやるよ。正義に(こだわ)って……スミナを殺してたまるかよッ!!」


 俺が一喝すると、ユーグは黙り込んだ。

 悔しげに唇を噛むが、俺の言葉を理解したのだろう。

 反論は無かった。


「多くは割けんぞ、ただでさえ数が足りん」


 叔父が悔しげに歯噛みをする。

 敵にも打撃を与えたはずだが、戦力比は変わらない。

 苦しい状況なのだ。


「決死隊を募りましょう、10人で十分かと」


 多すぎて敵に捕捉されては意味が無い。

 少数で後方をかき回すのだ。


 ちなみに「決死隊」とは、一種の心意気と景気づけだ。

 別に死ぬまで戦うわけではない。


「後は時間だ。兵糧が無い。切り詰めても4日は維持できんぞ」


 ヤニックが忌々しげに荷車を見た。

 この軍が維持できなくなればリオンクール内で強制的に物資を徴発し、要塞都市ポルトゥで籠城となるだろう。


 ただでさえ貧しいリオンクールで強制的に食料を集めては、冬が越せず多くの餓死者を出すのは想像に難くない。


 これは本当に最後の手段だ。

 疫病で弱り、遠征軍に男手を取られ、食料を徴発しては誇張抜きでリオンクールが破綻しかねない。


「2日以内に戻ります。散々に火をつけて、派手に暴れているように見せかけましょう」


 この提案に叔父もヤニックも頷き、志願者を募ることとなった。


 しかし、10人のところに60人近くも志願者が集まり、選ぶのに苦労した程だ。


 ジャンもタンカレーもメンバーに選ばれた。

 ロロとアンドレも当然のように志願したが、彼らは負傷しているので留守番となり、悔しさを隠そうともしなかった。



「……それはそうと、バリアンよ、さっきは凄かったな! 20人くらい殺したんじゃないか!?」

「うむ、まるで巨人(ティターン)のような暴れぶりだ!」


 夜襲の話が一息ついたころ、今ごろ思い出したかのように叔父さんとヤニックが大喜びをして俺に絡んできた。


「大袈裟だよ、止めを刺したのは精々が5~6人くらいだよ」


 そう、棍棒や槍で殴り倒したような敵兵は死んでないだろう。実際はこんなくらいだと思う。


 しかし、俺の言葉に周囲がどっと喜んだ。

 現実に肉弾戦で5人も殺せば大活躍なのである。


「いやいや止めを刺さずとも、倒したのは20人は下るまい。敵陣に一番槍をつけたのも見ていたぞ! 大手柄だ!!」


 叔父さんはなおも俺を持ち上げる。


 俺はふと気がついた。


 これはヒーローを作って盛り上げようとしているのだと。


 関西のプロ野球チームがボロ負けした試合でも「若手が止まらん! 4安打猛打賞や!」とかスポーツ新聞に書くのと同じで、一種の景気づけだろう。


 確かに敗戦ムードは一掃したい。

 ならば俺が変に謙遜するのは良くないだろう。


 俺も何か景気の良いことを言った方がいい。


「次はバシュラール子爵の首をもいでトロフィーにしてやる!!」


 俺が気炎を吐くと、周囲の兵が盛り上がった。


 叔父さんは静かに頷き、笑っていた。




………………




 その後、俺は選ばれた10人の決死隊に向かい、互いに名乗りあった。


 これから生死を共にするのだ。コミュニケーションは大切にしたい。


「よし、日が沈んだら出発だ。今のうちに寝ておけ、これから不眠不休になるぞ」


 そう伝えるや、俺はロロに「日が沈んだら起こしてくれ」と伝えてゴロッと地面に転がった。


 初陣の疲れはベッタリと全身に貼り付き、俺はすぐに意識を手放した。


 ぐおーっ、ぐおーっ


 俺は大きなイビキをかきながら眠る。


 戦の後は気が高ぶり、小便がでなかったり、眠れなかったりするそうだが、俺は疲れのためかアッサリと眠りこけた。


 このことで決死隊の隊員もリラックスし、それなりに休めたらしい。


 戦場での心理とは不思議なものである。



 日が沈んだら、10人の勇士と共に敵地に乗り込む。


 そこは名誉のある戦場では無い。


次回は酷くなります。

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― 新着の感想 ―
結局のところ、結果が全てなんだよねえ。 歴史は勝者が創るもの 卑怯だの何だの 勝てば官軍、負ければ賊軍 日本でも今でも、明治維新の影響が政財界にあるんだから。
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