21話 リュックサック
男子中学生のノリです。
ベルジェ伯爵の反乱はあっさりと鎮圧され、11才の夏が終わる頃には軍が引き上げてきた。
率いるのは俺の叔父であるロドリグという騎士だ。
この叔父さんは父のルドルフと同腹の兄弟のはずだが、とにかく影が薄い。
ルドルフが伯爵領に居るときは王都の屋敷を任されたりとか、そんな感じの仕事ばかりしている。
「ご無事で何よりです叔父さん、父上や兄上は?」
「やあバリアン、大きくなったな! 兄上たちは王都に向かったよ、来年には戻るんじゃないかな?」
叔父さんが言うには戦勝報告を兼ねて兄のロベールを披露するために従士たちと王都に向かったらしい。
「そもそも、反乱の理由は何だったのですか?」
「うーん、封建的権利の拡大を目指していたらしいが……王弟殿下の差し金らしい」
俺は「へえ」と気の無い返事をした。
封建的権利の拡大とは何ともフワフワした理由である。
王弟ってのが絡むならば、恐らくは権力争いなのだろう。
「バリアンが成人すれば俺も引退かな……はあ、くたびれた」
叔父は「それじゃあな」と言い残し去っていった。
確かに、ロベールが家督を継げば叔父のポジションに俺が入る可能性は高い。
あの叔父は頼りないが如才なくルドルフと付き合い、リオンクール伯爵領でもそれなりに重んじられて生きている。
ある意味で優秀である。
本来ならばライバルとしてルドルフと権力争いをしてもおかしくないはずなのに、野心も見せず、能力も見せず、ルドルフの名代として生きているのだ。
……ある意味で賢い人なのだろう……
俺は叔父の後ろ姿を見送った。
彼は俺の生き方の1つを教えてくれているのだ。
………………
「ロロ、具合はどうだ?」
俺はノックもせずに奴隷長屋に入る。
実は今、ロロは怪我をしていた。
春先の誘拐で味をしめた俺たちは、再三再四と野盗のような行為を繰り返した。
当然、バシュラール子爵領側もバカではない。次第に警戒が高まり、先日は自警団のような集団と交戦し、逃走中にロロが背に矢を受けたのだ。
幸い、大した傷では無かったが、これは運が良かっただけだ。
俺とジャンはアルベールから大目玉を食らい、馬を取り上げられたために今は謹慎中のような形になっている。
何度も襲撃に成功し、雑になっていたのだろう。
俺は反省した。
……略奪とはもっと効率的にしなければ……いちいち対策を立てられては身が持たない。もっと徹底的に1度で奪うべきなのだ。
俺は初めての敗戦で大きな教訓を得た。
「あっ! バリアン様っ!」
「きゃあ!!」
長屋に入るとロロと女の子が慌てて離れた。
女の子はミレット。屋敷に出入りしている商人の孫娘だ。
2人はベッドに並んで座りイチャイチャしていたらしい。
この時間帯は長屋は無人であり、完全に油断していたようだ。
驚いたミレットは衣服を整えて慌てて逃げていった。
なんだか悪いことをしてしまった気がする。
「……ごめんな。邪魔するつもりは無かったんだが……」
「いえ、邪魔じゃないです!」
ロロが何とか誤魔化そうとしているが……まあ、若いし仕方ないと思う。
「試作品が出来てな……良かったらと思ったんだけど……ミレットが帰ってからでいいぞ。長屋の入り口で見張っといてやるよ」
ロロがモゴモゴと口籠るが、前をおっ立てていては何を言っても説得力は無い。
俺は外に出て、気まずそうにしているミレットを長屋の中に入れてやった。
彼女は躊躇っていたが、俺が見張りに立つと分かると納得したようだ……俺が覗くとは考えないのだろうか?
俺が「あんまり長屋でするとバレるぞ」とミレットに囁くと耳まで真っ赤になっていた。
ささやかなセクハラである。
ミレットは俺とロロよりも3才年上の14才だ。
茶色い髪を左右で三つ編みにし、一重瞼の地味な顔立ちだが、胸部の発育が素晴らしい。
俺は正直、ロロが羨ましい……リア充爆発しろ。
程なくすると、室内から楽しげな声が聞こえてくる。
「ロロくんは怪我してるから、お姉ちゃんが……」
「ああ……僕、もう、もうっ」
……ロロのやつ、ミレットに『お姉ちゃん』とか言わせてやがるのか……ド変態め。
俺は努めて平静であろうとするのだが、何故か思考が訳の分からない方向に進み、悶々としてしまう。
これは多分、体のせいである。
俺の中身はオッサンだが、体は10代の元気盛りである……どうやら思考が体に引っ張られているらしい。
特に女を知ってから体に変化があった。性欲が強くなったのだ。
「クソッ! 俺も混ざりてえっ!」
俺は居ても立ってもいられず、剣を抜いて「ていっ! ていっ!」と素振りを始めた。
しばらくすると、タイミングが良いのか悪いのか、スミナ・コカース嬢の姿を見つけてしまった。
彼女は俺に手酷くフラれてからもマメに顔を出す……なかなかガッツがある。
……あの娘でいいんじゃないか? 俺の嫁さんになりたがってたしな……そうだな、抱いてやるか。
うん、それが良い。
なかなか可愛いし、俺の嫁さんにしてやろう。
スミナも喜んでくれるはずだ。
俺はスミナの方に向かって走り寄る。
あれ? スミナってこんなに可愛かったかな?
めちゃめちゃタイプだ。結婚したい。
俺はスミナの顔を見ると股間の滾りが抑えきれなくなってきた。
「スミナさん、今日も来てくれたのか……嬉しいよ」
「あの? バリアン様? 何か……」
俺はスミナの手を握り「会いたかった」と囁いた。
「え? あの……」
スミナが戸惑いを見せる中、俺は彼女の供に「人が来ないか見張ってろ」と伝え、スミナをグイグイと物陰に連れ込む。
「バリアン様っ? 何を……やめてっ!」
「スミナ、好きだ!」
俺はムリヤリ押し倒し、スミナの唇を奪い股間をまさぐる……
「んぐっ、嫌っ! 嫌っ!」
「スミナ、好きだ……好っきやねん!」
ばちーん
……
……痛え……
俺は正気に戻った。
どうやらスミナにビンタされたようだ。
「こんなっ……こんな方だとは思いませんでしたっ! 最低ですっ!!」
スミナは泣きながら走り去って行った。
……そりゃそうだ。そうなるわ……と言うか、あの娘に手を出したらダメだろ……
俺はぼんやりと走り去るスミナを眺めていた。
思春期の性欲とは恐ろしい……俺は完全に「それ」しか頭に無かった。
彼女を避けていた事情などスッポリと抜け落ちていたようだ。
やばすぎるな……これからは気を付けよう……と言うか、長屋の見張りしなくちゃ。
俺はトボトボと奴隷長屋に帰って行った。
好きだよと
寄ってくるから
浮かれはて
触ると逃げた
うたかたの恋
作、バリアン・ド・リオンクール
………………
しばらく後、ロロと供にミレットを見送る。
まあ、俺は完全にお邪魔虫だが、ロロが嬉しそうで何よりだ。
俺もデカパイのお姉ちゃんに甘やかされたい。
「バリアン様、顔が……腫れてませんか?」
「気のせいだ。試作品を見せるからアルベールとジャンを呼んできてくれ」
試作品……これは俺たちが稼いだ金で、試作の装備をいくつか注文していたのだ。
リュックサック、陣笠、革鎧、面頬、5本指手袋である。
リュックサックは革細工職人に注文した。
30リットルサイズ程度の物でチェストストラップとヒップベルトも付けた本格的な形だ。
これは、軍隊の遅すぎる移動を何とかできないかと考えて作った。
軍隊で最も遅いのは輸送隊の荷車である。
荷車を使わずにリュックサックで物資を輸送できないものかと考えたのだ。
実現できれば速度で敵を圧倒できるだろう。
陣笠、これは日本の足軽が被ってる三角のアレである。
構造が簡単なので量産できないかと鍛冶屋に注文した。薄鉄で形成し、表面には黒い塗料を塗り、防水仕様となっている。
革鎧は、まあ、革鎧だ。
裸みたいな兵士が多いので、何とか安く防具が作れないかと革細工職人と相談を重ねた労作だ。
膝まであるチュニックのような簡単な上着を革を2枚重ねで作る。当然、股の辺りはスリットを入れた。
その上にワックスで煮固めた硬革を小さなパーツにし、胸部や腹部を守るように縫い付けた。
一見すると日本の腹当に見えない事もない。
面頬は鎧武者が着けているマスクだ。
鍛冶屋が顔のように成形するのは難しいと言うことで、鼻の部分が鳥の嘴のようになっている天狗頬と呼ばれるタイプだ。
髭は植えていないが、喉を守る垂もちゃんと付けた。
5本指手袋はそのまま、革手袋である。ミトンみたいに雑な作りだが、ジローの親父さんみたいに指を欠損した兵は多い。
指を保護するために作ってみた。
しばらくするとロロがアルベールとジャンを連れてきたので全員で品評会をする。
先ずはリュックサックだ。
「面白い形の背負い籠だな……ふむ、大きいな」
「この紐は何?」
アルベールとジャンは興味津々だ。
「この紐はこうして……固定するんだ」
俺がチェストストラップとヒップベルトを縛ると「なるほど」とアルベールが頷く。
「軍隊は遅いだろ? 荷車を使わなければ軍隊の速度も上がるかと思ってさ。これに入れて兵隊が食料を運ぶんだ」
「なるほど、良い思案だが……気になる所もあるな」
アルベールはリュックサックの中を確認しながら頷く。
「まず、量だ……これでは精々が2~3日分の食料と水しか運べまい。それに兵を酷使して疲れさせては肝心の戦闘に響くぞ」
「そうか……そう言うものか」
俺は「うーん」と顔をしかめた。
日本兵は荷物を担いで歩きまくったイメージがあるが……ひょっとしたら、日本兵が異常なのかも知れない。
「だが、面白い。敵の拠点が近い場合や、略奪などで2日以内に補給が可能ならば効果的かも知れん……これ以上は実戦で試すしかあるまい」
リュックサックは仮採用となった。
次は陣笠である。
「面白い形ですね。盾みたいだ」
ロロが陣笠を被る。
「はは、変なの!」
ジャンがケラケラと笑う。
「ふむ、鉄に漆か……強度は良しとして……」
アルベールがロロの陣笠を引っ張ると簡単に脱げてしまった。
「固定は工夫がいるな。革の帽子などを被って、その上に被るのはどうだ?」
「なるほど、固定か」
俺も陣笠のイメージはあるが固定方法は良く知らない。
後に革の帽子の上から被るとそれなりに固定ができた。
陣笠は革の帽子とセットで採用である。
帽子の分、コストが上がったが、それでも水滴型の兜の三分の一以下のコストらしい。
お次は革鎧だ。
これは自信作である。
「ふむ、悪くない」
「わっ、硬いんですね」
アルベールとロロが興味深げに硬革を確認する。
硬革は指で突つくとコッコッと音がする。
「これは良いな。これなら鎖帷子の上からも着れるぞ」
「なるほど! それもアリだな」
革鎧は文句なしに採用。
デザインを極力シンプルにしたために、コスト面でも優秀である。
次は面頬だ。
「うっはっ! 恐えー!」
「急に見たらちょっとビックリしますね」
俺が着けて見せるとジャンとロロが反応した。
どうやらデザインが面白かったらしい。
「うむ、威圧効果もあるな……それに喉を守れるのは良い」
アルベールにも好評である。
「ちょっと、コストがな……陣笠や革鎧よりも高いんだよコレ」
「だろうな」
俺がぼやくとアルベールも苦笑いした。
面頬はパーツが多く、コストが高い。
「顔と喉を守るのは素晴らしい。指揮官用だな」
「でもさー、全員がコレ着けてたらビックリするだろうな」
ジャンが無邪気な反応をするが、敵に対する視覚的な効果が期待できそうだ。
面頬はコストの関係で保留。
最後は5本指手袋だ。
「うーん、これじゃ弓が使えねえよ」
「投石紐も使えませんね……」
意外にも不評だ。
「ダメだな、指を保護したいのは分かるがな。重装兵や騎兵なら使えるだろう」
意外にも手袋は不採用……まあ、仕方ないな。
本当はロケットストーブを試作したかったのだが、肝心のルドルフが不在のために今回は見送った。
プレゼンをする相手が居なければどうしようもない。
「一通り見たが、どうだろうか? 革鎧とリュックサックくらいは全員分作ろうと思うんだけど」
俺が提案するとジャンが「やった」と喜び、ロロは複雑な顔をした。
「……バリアン様、私は奴隷です」
「だからどうした?」
ロロの言葉を俺は即座に否定する。
身分の問題では無い。ロロは友達なのだ。
裸で戦場に行かせるものか。
「俺たちが同じ鎧を着て戦えば目立ってカッコいいな!」
ジャンも、ロロに鎧を与える気満々である。
「……ありがとうございます」
ロロが頭を下げた。
「気にするな、ミレットとの情事を見学したお礼さ」
「んなっ!? 見てたんですか!!」
俺はニチャリと笑い「お姉ちゃんがしてあげるね」と裏声で口真似をした。
「なっ! 完全に覗いてるじゃないですか!」
「聞こえただけだって! 声が大きいから皆で聞いてたんだって!」
俺とロロがじゃれあい、アルベールとジャンがやれやれと肩を竦めた。
2日後、俺がスミナ・コカース嬢を押し倒してビンタされたことがバレて形勢逆転するが、それはまた別の話だ。





