20話 変化
女性が乱暴される描写があります。
11才の春が来た。
俺とロロの身長はぐんぐんと伸びてきた……声変わりもその内に始まるだろう。
この春に少し事件が起きた。
リオンクール伯爵家に王都から動員令が届いたのだ。
王都から見れば南東、リオンクールから見れば南西に位置するベルジェ伯爵が、周辺の小貴族を巻き込んで反乱を起こしたのだ。
貴族は王家に土地の所有を認められ、権利を保証されている。
その見返りとして貴族は王家の動員要請に応じる義務があるのだ。
父のルドルフは兵を動員し2000人を率いてベルジェ伯領に向かった。
騎士となった兄のロベールも出陣する。
軍の編成を見ていたら、何故か今回は商人や坊さんがわりと大きな団体で同行していた。
「アルベール、あの商人たちは何だ? 戦力なのか?」
俺が首を傾げるとアルベールは「ぐっふっふ」と笑った。
「良く見ておるな、あの商人たちは戦利品を買い取ったり、遠征軍に必要な物資を集めて販売したりする……一種の補給を担うのだ。有料だがな」
なるほど、軍隊とは言え、人が生活すれば必要な物資は膨大な量になるだろう。
それを商機とするとは逞しいというか何と言うか。
「あの軍が敗れたら商人はどうなる?」
「略奪されるな」
そりゃそうかと納得した。
凄まじいハイリスク・ハイリターンだ。
坊さんは戦死者の供養をしたり、兵士に神の教えを伝えたりと心のケアをするのだろう。
現代の軍隊でも戦場で心が病む兵士が多いと聞いたことがある。
宗教は心の慰めになるだろう。
「次くらいは参加できるかもね、楽しみだなー」
「そうですね、ジャンは10才ですから、あと5年くらいじゃないですか?」
ジャンとロロが楽しげに笑っている。
戦争に行きたいとは勇ましいことだ。
大体アモロスの成人は10代の半ばである。
成人すれば俺たちも戦場に行くことになるのだろう。
「……そうか、もうすぐだな」
俺はポツリと呟いた。
………………
父のルドルフが出征してから、少し困った事態となった。
「バリアン様、私はヨルゴ・コカースの娘のスミナと申します……先日のレスリングを拝見いたしました」
今も俺の目の前には供を連れた平民の娘がいる。
ルドルフの不在で執事のアルベールが忙しくなり、ロロとジャンとの自主訓練中に話しかけられたのだ。
最近、この手合いが多い。
知らない娘から不意に声を掛けられる……これだけ聞けばモテ自慢に聞こえるだろうが、事情はそんなに単純ではない。
先日のレスリングで注目を集めた俺に娘をあてがおうとする者が増えたのだ。
始めは学友になりたいという男子が来ていたが、アルベールが追い返すので最近では娘をなんとか愛人にでもしようという魂胆なのだろう。
要は有望そうな俺の青田買いだが、変な野心家に引っ掛かって俺と兄貴が争うようになっては堪らない。
今までは、この手の輩にはルドルフが防波堤になっていたが、留守になったのを幸いと既成事実を作ろうというのだろう。
何せ俺は11才だ。可愛い女の子にクラっと来ても不思議ではない。
俺の中身はオッサンだが、体が反応して我慢できなくなる可能性は十分にある……男とはそういう生き物なのだ。
故に、困る。
「ああ、えーっとコカースさん?」
「いえスミナとお呼びください」
俺は内心でため息をついた……面倒くさいのだ。
正直、邪魔くさいが彼女には非はあるまい……親の言いつけで来ているだけだ。
傷つけるのも嫌だし、上手く帰って欲しいが、そこまで俺は器用ではない。
俺にできるのは期待を持たせずに帰ってもらうだけだ。
彼女は売り込みに来るだけはあり、そこそこに見目は整っている。
編み込んだ黒い髪に、切れ長のブラウンの瞳……混血だろうか?
俺よりも年上に見えるが、この年頃は女子の方が発育が良い。同年代かもしれない。
身なりも品が良く、そこそこ裕福な家の娘だと分かる。
「……スミナさん、レスリングを見ていてくれたのか、ありがとう……2人目の騎士は手強かったよ、大男でね」
「ええ、もちろん見ていました! あんなに大きな相手を倒すなんて感激しました!」
俺は「ふう」とわざとらしくため息をついた。
「2人目は兄の学友だった。大男でもない」
俺は肩を竦めて「行くぞ、ロロ、ジャン」と2人を連れて立ち去った。
彼女を置き去りにして。
少し心が痛むが、変に期待を持たすほうが残酷だ。これでいい。
「あー、もったいなくね? 可愛いのに。俺が慰めてやろうかな?」
「駄目ですよジャン、バリアン様は立派です。下手な相手を選んでは伯爵様がお困りになる」
俺は複雑な気持ちで2人の会話を聞いていたが、ふと気になって質問することにした。
「ずいぶんと分かったような事を言うな? ジャンなんてまだ10才じゃないか?」
そう、俺が小学4年生の頃は、女の子と下校しただけで「うわー! 女と遊んでるー!?」「エローい!」とか言われたモノである。
ジャンの発言はあり得ない。
「はあ……本気で言ってるのか? バリアン様は意外と奥手なんだな。ロロなんてミネットと……」
「ちょっと! 何を告げ口してるんですか!?」
ジャンとロロがギャアギャアとじゃれあっている。
ミネットとは、屋敷に出入りする商人の孫娘で自由民の女の子である……たしか俺たちよりも幾つか年上だったはずだが……?
「え、何? ロロって彼女いるの?」
「違います! ただ、たまにお食事に呼ばれたりとか」
俺の質問にロロが面白いように狼狽える。
親公認か……確かにロロは奴隷階級だが、俺の側近みたいなもんだしエリート教育を受けている。
文字も書けりゃ計算もできるのだ。
商家の婿にはちょうど良い人材だろう。
俺だってそういう事情があればロロをミネットに譲って解放奴隷にしてやるのも吝かでは無い。
ロロを失うのは痛いが、ロロが信用できる商人として俺に協力してくれるのなら大きな意味があるし、好きな相手がいるなら結婚させてやりたい。
ちなみに奴隷を解放身分にするかどうかは所有者の判断である。
こういう場合は、引き受け手が持ち主に代金を払って、解放奴隷にするのが通例だ。
「はあーっ、俺がどんな思いで女の子の誘いを断ってるのか知らないのか……まさかロロが爛れた情欲まみれの生活を送っていたとは」
「違いますっ! 違いますよ! 変な言い方しないでくださいよっ!!」
俺たちは賑やかに騒ぎながら道を歩く。
こうしてみれば年相応の少年だと思う。
「ぎゃはは、そうだ! 今日は女でも拐おうぜ!」
ジャンが「カラオケ行こうぜ?」的なノリでとんでも無いことを言う。
だが、悪くないアイデアではある。
「そうだな、そうするか……変な相手を選ぶより後腐れがないしな。皆で卒業と洒落こむか」
俺も随分とアルベールに染まったものである。
そうと決まれば話は早い。
軍事行動とは時間を掛けて有利になることは無いのだ。
………………
この後、俺たちはバシュラール子爵領の農家を襲撃した。
農村とも呼べぬ小集落を騎馬で襲い、女を2人誘拐した。
30代の女房と20前後の女である。
始めは10代半ばの娘もいたが、泣き喚くためにジャンが癇癪を起こして馬から突き落として殺してしまったのだ。
俺たちは領都に戻るまで、この憐れな女たちにお世話になった。
何故かロロが30代の女房を気に入り、ロロ専用みたいになっていたのは意外であった。
彼は縛られた中年女との行為の最中に「母さんっ」とか呼ぶ高度な内容を楽しんでいた。
……まあ、ロロも立派なショタだからな……
俺は励むロロとジャンをぼんやりと見て、10才でも出来るもんなんだなと感心していた。
俺もそれなりに楽しみ、最後は領都でアルベールに頼んで2人を売却した。
金額は合計で25000ダカット……これが高いのか安いのかは俺には分からない。
どうやらリオンクールでは商売は物々交換が多い。
貨幣は「共通クーポン券」的というか、問題なく使えるが、店によっては喜ばれないこともあるようだ。
アモロス王国の通貨はダカットと言う。
日本円でどのくらいかはサッパリ分からない。基準が違いすぎるからだ。
無理に換算するなら、安い店で夕飯を食うと10~15ダカット、1ダカット100円くらいだろうか?
しかし、ツギハギのある古着が800ダカットもするし、その辺は本当に良く分からない。
俺はアルベールにお礼も兼ねて4人で6250ダカットずつに分配しようと思ったが、心得違いだと怒られた。
奴隷であるロロと利益を分配するのはおかしいらしい。
手数料としてアルベールに5000ダカットだけ渡し、後は俺が纏めて管理することにした。
考えれば俺たちの装備は全てリオンクール家やアルベールから貸してもらったものばかりである……せめて俺たち3人の装備くらいは自前で揃えるようになりたい。
馬は農耕用の駄馬でも8000ダカットくらいはするらしい。
高級な軍馬だと50000ダカットとかもザラなのだとか……先は長い。
「でもさー、金の稼ぎ方が分かっちゃったな……適当な若い女を拐って売ればいいんだろ?」
「別に女じゃなくてもいいんじゃないですか? 豚でも馬でも盗めばいいんです」
味をしめた2人が皮算用を始めた……いかにも子供らしい無邪気さである。
「あ、そう言えば」
「どうしたんですか?」
俺の呟きにロロが反応する。
「ロロに彼女ができたってロナに手紙で書いたんだけどさ」
「ちょっと! 何をしてるんですか!?」
俺たちは「あはは」と賑やかに笑う。
……今度は馬を狙おう、金を稼がなくちゃな。
もはや俺は誘拐や盗みに対して……いや、殺人にすら罪悪感を感じない。
いつの間にか……そう、いつの間にか俺は変わっていた。
これが良いことか悪いことかは俺には分からなかった。





