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2話 さようなら田中

 数日が経った。



 薄々感じていたが、ここは日本ではなく、恐らく時代も違うのではないかと思う。

 タイムスリップなど、とても信じられないが実際に目の前にある現実がそうなのだから仕方がない。


 さすがにド田舎でも電化製品が一切無いのはおかしい。

 文明から離れ自然の生活をするとか、そう言う主義主張のコミュニティだったとしても、最低限は文明的な物を使っているはずだと思うが、ここには一切それがないのだ。


 そして、巨人だ。


 これは彼らが巨大なのでは無く、逆だった。

 俺が小さいのだ。


 今の俺は子供の姿をしている。


 ……信じられないだろ? 俺も信じられない。

 今の俺は外国人の男の子の姿をしている……7~8才くらいだろうか?


 髪も瞳も黒色なので違和感はあまり無いが、バタ臭い顔つきをしている。

 名前はバリアンと言うらしい。


 そして先日の男女は両親だと思う……言葉が分からないので曖昧なのは許して欲しい。



 あれから俺は記憶喪失とされ、病人として扱われた。


 医者と思わしき人物に薬(?)を飲まされ、効き目が無いと分かると教会のような建物へ行き、祈祷だかお祓いだかをたくさん受けた。

 坊さんか神父かは知らんが、それっぽい親父に水をビチャビチャとかけられたり、臭っさいお香でまぶされたりしたが、効果はない。


 一瞬、悪霊か何かになった俺が除霊されるのかと思ったが、そうでも無いらしい。



 一体、これは何なんだろう?


 輪廻転生かとも思ったが、いきなり子供から始まるものなのだろうか?

 そもそも過去に生まれ変わるものなのか、今までのバリアンはどうなったのか、疑問は尽きない。


 この数日は何もする気も起きずに臭いベッドでゴロゴロと転がっていただけだ。


 そもそも、俺のこの状態はいつまで続くのか?

 ある日突然にバリアンが目覚めて俺は居なくなるのかもしれない。


 そう考えると、何もする気にならない。

 そもそも『田中正(たなかただし)』は死んだのだ。

 他人(バリアン)の人生までどうこうして良いのか……


 バリアンの母に心配されながらゴロゴロしていると、ふと、祖父から教えてもらった言葉を思い出した。



『過去は追ってはならない、未来は待ってはならない。ただ現在の一瞬だけを、強く生きねばならない。』



 これは確か釈尊しゃくそん、お釈迦しゃか様の言葉だ。

 実家が寺の俺はこの手の話をたくさん聞いて育ったのだ。


 ……今を生きろ、か。お釈迦さんは良いこと言うなあ……


 過ぎた過去や起きてもいない未来に囚われる……確かに不毛である。


 良く考えたら、このまま元に戻らず、ひたすらゴロゴロしてダメ人間になったかもしれない。


 俺は祖父に感謝をした。


 ……爺ちゃん、ありがとよ……寺なんか継がねえとか暴言吐いてゴメンな。


 心の中で祖父に謝罪をし、心の祖父にそっと手を合わせた。



 死んで元々、取り合えず精一杯やってみよう……そう考えるまでに4日もかかったのはご愛敬だ。


 しかし、無駄な時間では無かったと思う。

 俺が目の前の現実を受け入れるのには必要な時間だった。



 俺は田中ではなく、バリアンとしてこの地で生きるのだ。




………………




 取り合えず、何をするにも現状を把握する必要がある。

 俺は改めてあちこちを見て回ると、ここの環境は著しく居住性が悪い。


 飯は薄くて不味いスープに黒パンとかを日に2食……これは俺が病人扱いだからかもしれないが、あまり良い食生活では無いようだ。


 トイレは素焼きの壺にボットンだ。

 衛生面は悪く、彼らは水浴びはするが風呂は無いらしい。

 当然、手も洗わない。歯も磨かない。


 台所にはガスは無く、(かまど)や薪で煮炊きをしている。

 鋳物の鍋はあるので、少なくとも鉄器文明である。

 しかし、台所には排煙装置が無く非常に(けむ)い。


 街並みは無骨な石造りの家に板葺いたぶきや藁葺わらぶきの家が多く、ほとんどが平屋である。(バリアン)の家も平屋である。


 道行く人は粗末なウールや麻の服をまとっている。

 剣や弓を持っている者はいるが、鉄砲は見ない。

 馬に乗った偉そうな人もいる。


 上着に毛皮を羽織っている蛮族っぽい人もいるが、国籍が違うのかも知れない。


 彼らは外国人、白人だ。髪は茶色や金髪が多い気がする。黒は稀だ。


 町の規模は大きく、家並みの連なりはかなり続いている。街の端には城壁もあるようだ。


 遠目には背の高い石造りの城の様なものが見えるが、お殿様や王様がいるのだろうか?



 ……どうだろうか? 始めはベタに中世ヨーロッパかなと思っていたが、イメージの中世よりも文明が発達していない気がするのだが……


 とにもかくにも、観察してこの世界に馴れねばなるまい。


 そして、この地で生きていく最低限のもの、それは言葉だ。

 俺は必死で言葉の習得に励んだ。




………………




 二月(ふたつき)ほどが経った。



 季節は夏のようで日差しは強いが、日本のような蒸し暑さを感じない爽やかな気候だ。


 俺の語学は何とか会話が成立するほどには上達し、情報の収集は進んだ。


 2ヶ月で語学の習得とは我ながら凄いが、これは俺の能力ではなく、バリアンの体が覚えていたと言うか、言葉がすんなりと入るのだ。

 耳に馴染むのである。


 バリアンのフルネームはバリアン・ド・リオンクール。7才だ。


 立派な名前だろう? 何せ貴族だからな。


 リオンクール家は伯爵家、押しも押されぬ大貴族だ。

 領地は東の彼方にある東方山脈に囲まれたリオンクール盆地と言う所らしい。


 俺の住んでいるこの町はアモロス王国の王都、首都だ。

 ご近所さんだと思ってた人たちが実は家来だと分かった時には驚いたものだ。


 当主はルドルフ……これはあの黒髪の巨人だ。やはり俺の親父だった。

 普通、貴族って「おじゃるおじゃる」って感じだと思うだろ? とんでもねえ詐欺だ。


 アモロス王国は日本みたいに公家や武家が別れておらず、貴族は戦いの義務がある西洋式のようだ。

 高貴さは義務を伴う『ノブレス・オブリージュ』ってやつだな……多分。


 リオンクール家の当主、ルドルフ・ド・リオンクールは32才、軍人として活躍し、王国の偉いさんになって王都に住んでいるらしい。

 リオンクールの鷹と呼ばれる武人なのだとか。

 あの面構えも納得だ。


 母はリュシエンヌ、あの明るい茶髪の美人さんだ。親父と同じ32才。

 どっかの貴族の娘らしい。

 貴族の女は家事なんかやらないのかと思いきや、メイドさんたちの指揮をとって家事をしているようだ。

 実際に体を動かしてるのはメイドさんだが、そう言うものなのだろう。


 兄弟は兄が2人に妹が1人いるらしいが、これは少し複雑らしい。


 一緒に住んでる兄弟は一番上のロベールのみだ。

 後の兄妹は親父が身分の低い愛人に産ませたらしく兄弟扱いではなく家来らしい。

 つまり俺は三男なのに次男扱いなのだ……納得しがたいが、そんなものなのだろう。

 確か織田信長も身分の低い兄がいたはずだ。



 ……しかし、アモロス王国か、聞いたことないな……


 俺はさほど地理に詳しいわけではないが、アモロス王国やアモロス地方など聞いたこともない。

 古いヨーロッパの地名なのかもしれないが……疑問は尽きない。



 バリアンとして生きる決意はした……だが、親父は堅気ではない面構えだし、家の中でも色々ありそうだ……普通の会社員だった俺やっていけるのだろうか。


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