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19話 天才レスラー現る

寝技は格闘技のチート

 体に異変が起きた。



 10才の夏を迎える頃に、俺の体が痛み出した。

 特に膝の裏や太股の痛みが酷い。


 これは恐らくは成長痛だ。

 俺の体は二次成長期に入ったのだろう。


 しかし、酷い痛みだ。

 前回(たなかのとき)はこんなに痛かったかなと首を傾げるが、個人差の範囲内であろう。


 俺はヨモギを使った湿布を貼りながら痛みに耐え、なんとか眠る。

 すると間も無く、窓の外の騒がしさで目が覚めた。


 ……うるせえなあ、何だよこんなに早く……


 俺が眠い目をこすり窓を覗くと、すっかりと日は昇り、奴隷たちが忙しげに働いているのが目に入ってきた。


 ……そう言えば、今日は兄上の叙任式だった。


 俺は身を起こして様子を伺う。


 屋敷の広場も念入りに清められ、気の早い者は既に集まっているようだ。


 どうやら少し寝過ごしたらしい……最近は痛みで眠りが浅くて困る。


 急いで身支度を整えて礼拝堂に行くと、何とか朝の祈りには間に合った。

 今日は叙任式に参加する家臣も参加しており満堂である。


 皆と聖句を唱和し、退屈な説教を聞く。

 どうやらリンネル師の説教はかなりのレベルであったらしく、彼以外の坊さんの説教で感心したことは1度もない。

 変な贅沢を覚えたものだ。


 リオンクールの坊さんのボソボソとした語り口は非常に聞き取りづらい。

 何とか欠伸(あくび)(こら)え、退屈な時間を乗りきった。


「バリアン、こっちよ、叙任式には間があるから少し食べなさい」


 着飾った母のリュシエンヌが慣れた様子で俺を台所に(いざな)った。

 彼女は子爵家の出身である。恐らくはこの手の行事に慣れているのだ。


「バリアン、もう少しお洒落(しゃれ)をして来なさい。髪をといて、腕輪を着けるの。今日はロベールの晴れ舞台よ、あなたの恥は兄の恥になるのです」


 俺はリュシエンヌに(たしな)められ、軽く食事をした後に身支度を整えた。


 俺も一応だがよそ行きの服は持っていた。

 だが、体が大きくなったらしく、あまりサイズが合っていない。


 まあいいかと呟いて着替えた後に、銀の腕輪を左手だけに着けた。

 ガキがジャラジャラとアクセサリーを着けるのは好みではない。


 髪をといて、マントを羽織れば完成である。



 俺は急いで広場に向かった。




………………




 いよいよ叙任式だ。



 庭の広場に舞台が用意され、上段にルドルフ、中程の段に騎士や従士が軍装で並び、新たな騎士を迎え入れる用意が整った。


 ラッパが吹き鳴らされ、吟遊詩人の賑やかな演奏が始まる。


 すると、身を清め、真新しい衣服に身を包んだロベールが現れた。

 左右には介添人も付き添っている。


 ロベールが舞台の下まで進むと武具が運び込まれ、彼は介添人に手を貸して貰いながら鎖帷子、盾、軍靴を身につけた。

 兜は小脇に抱えたまま舞台に上がる。


 真新しい鎧兜は壮麗であり、着用者の身分の高貴を誇るかのように輝いている。


 美しい鎧に身を飾ったロベールがルドルフの前に進み出る。

 すると、ルドルフが重々しく口を開いた。


「息子よ、神に愛されるように正義を愛し、不正を憎め」

「……はい、教えに背かぬように必ずや努めます」


 ロベールが凛とした声で誓いを立てた。

 すると、ルドルフがロベールを拳で殴り付ける……儀礼的な打撃では無い。

 容赦の無い一撃は、覚悟をしていたであろうロベールが思わずによろめいたほどの打撃であった。


 これは『コレー』である。


 若い騎士が誓いを忘れぬように痛みで心身に刻み込んだのだ。


「行け、騎士よ! 敵の前で勇気を示せ!!」


 ルドルフが大喝と共にロベールに剣を授けた。


「「ウワアーッ!!」」


 会場の内外から大きな歓声が上がる。


 ここに新たな騎士が誕生したのだ。



 ここからは領都を上げての祝宴である。

 伯爵の長子が騎士となったのだ。

 儀礼以上の意味があり、大々的にアピールする意味も当然にある。


 ここから広場は戦いを模した競技会が開催される。

 剣技、レスリング、弓術、馬術である。馬上槍試合はまだ無い。


 当然、1日では終わらず、3日間に渡る大宴会だ。

 最終日には優れた競技者が表彰される。



 俺はレスリングの競技会に参加する。

 平民以上であれば参加は自由だ。

 勝ち抜き戦であり、負けるか、負傷で交代である。


 ルールは簡単で、砂場のような会場で相手の両肩を地面に着けるか、降参させれば勝ちだ。

 力強く組み合うことが人気であり、打撃はルール違反では無いが人気はあまり無い。



 歓声が聞こえる。

 どうやら前の試合の決着がつき、俺の順番が来たようだ。


 俺が会場に姿を現すと会場からどよめきと失笑が聞こえる。

 力自慢のレスリングに10才の子供が出てきたからだ。

 まあ、予想通りの反応だ。


 相手は原始人スタイルの裸男。汗が滴る胸毛に会場の砂が絡んで見るからに不潔である。

 俺よりも頭1つ分は身長が高い、逞しい黒い髪のリオンクール人だ。


「ガッハッハッ、伯爵の子供を殴れるなんてツイてるぜ!」


 挑発なのか本音なのかは分からないが、安っぽい威嚇でこちらを怯ませようとしている。


 ……カモだな。


 俺は内心で笑った。


「バリアーンッ! 頑張れよっ!!」


 特別に(しつら)えた客席でロベールが応援してくれた。

 それに俺は片手を上げて応える。

 見ればルドルフを始め、リュシエンヌやジゼルにカティアまでいる……ユーグはいないが、どこかに参加しているのかも知れない。


「大丈夫ですか?」


 審判役の男が心配気にこちらを窺うが、俺が「やります」と伝えると、彼は頷いた。


「始めっ!」


 開始の合図と共に両者は動く。


 裸男は両手を広げて俺を威嚇する。


 俺は素早く身を低くして裸男の左足にピッタリと身を寄せ、足を絡ませたまま全体重で巻き込むように倒れ込んだ。


 柔道で言うところの小内巻き込み、捨て身小内と言われる技だ。

 無警戒の裸男に見事に決まった。


 受け身もとらず、裸男は肩を強打し呻き声を上げる。

 俺は流れるように体勢を入れ替えて裸男を抑え込んだ。


 肩と顎をしっかりと固定すれば対格差があろうとも逃げられるモノではない。


「ぐあおっ! 離せっ!!」


 裸男の呻き声を聞き、我に返った審判が俺の勝利を宣言した。


 周囲からは俺への歓声ではなく、裸男への嘲笑で溢れ返った。


 裸男は真っ赤になりながら「油断しただけだ」「やり直せ」と叫んでいる。


「お前は戦場でも同じことを言うのかッ!! 油断したからやり直せと!?」


 俺が大喝し睨み付けると裸男は「ウグッ」っと言葉を飲み込みスゴスゴと引き上げた。


 後ろ姿が寂しげだ。

 少し悪いことをした気がする。



 まさかの番狂わせに会場が戸惑っている中、次の対戦者が現れた。


 茶色の髪色の十代半ばの若者だ……彼は確かロベールの学友の1人である。

 対格はガッシリとしているが、身長は俺よりやや高い程度だ。160センチくらいだろう。

 髪の毛を短いポニーテールにしたお洒落ボーイである。


「負けるなエンゾッ! バリアンも頑張れ!!」


 ロベールの複雑な声援が聞こえた。

 彼はエンゾと言うらしい。


 俺とエンゾは向かい合い、構える。


「始めっ!」


 審判の掛け声と共に俺たちは掴み合う。


「ウオオォッ!!」


 俺は雄叫びを上げながら全身のバネを使いエンゾを2度、3度としゃくりつける。

 腕力では無く、体を使った動きだ。


 不意を突かれた……と言うよりも未知の動きに翻弄されたエンゾは体制を大きく崩し、そのまま俺の体落としを食らった。


 未知の投げ技である。エンゾは受け身も取れずに背中から落ち、ノックアウトした。


 エンゾの着ていた質の悪いシャツは、俺の動きにより大きく裂けている。


 審判が俺の勝利を宣言した。


 会場が大きくどよめく。


 ……勝てるぞ、このバリアンの体と柔道、そしてこの世界での戦闘経験があれば十分に戦える!


 俺は大きくガッツポーズをした。


 会場が「ウワアッ」と歓声を上げた。

 ルドルフとロベールも身を乗り出して驚いている。


「この勝利は兄のために! 次の勝利は妹に捧げようっ!!」


 俺が勝利を宣言すると会場のボルテージはさらに上がった。


 ようやく立ち上がったエンゾと次の対戦者が交代した。



 次の対戦者は厳つい髭面の従士だ。

 金髪に赤い肌、俺よりも頭1つ分高い身長だが、樽のような体形をしている。


 俺の身長は同年のロロよりも高く、150センチほどだろう。

 樽男の身長は180センチ弱だろうか。


「始めっ!」


 審判の合図と共に樽男は俺にのし掛かるように体重を掛けてきた。

 俺はたまらずに倒れ込む。


 樽男が対格差を活かすのは間違いではない……だが、俺には寝技がある。


 俺はのし掛かる樽男の左腕を引き出し、頭ごと足で締め付けた。前三角絞め、正三角絞めと呼ばれる絞め技だ。


 樽男は完全に頸動脈を絞められ、バタバタと苦しみ俺のシャツを引っ張った。


「なんだ!? あれは?」

「足で首を絞めたぞ!!」

「見たこと無い技だッ!」


 観客が騒ぎだしたが無理もない。


 寝技の発展は20世紀始めに高専柔道が大きく関わってくる。

 詳しい言及は避けるが、アモロス王国の人々にとって、バリアンの使う寝技のテクニックは全くの未知の技である。


 寝技のテクニックとは攻防の経験と知識だ。これが無ければどうしようもない。

 この場合は「知ってる者」が「知らない者」を一方的に痛め付ける展開となる。



 バタバタと苦しんでいた樽男はガクリと脱力し、俺は技を解いた。

 樽男は気絶したのである。



 会場はシンと静まり返り、すぐに爆発したような歓声が上がった。


「「バリアン!! バリアン!!」」

「「バリアン!! バリアン!!」」


 まさかの(バリアン)コールである。

 男ならこれが嬉しくないはずがない。


 俺は破れたシャツを脱ぎ捨てた。

 そして指を高く突き上げ、ゆっくりと妹のカティアを指した。

 カティアはキョトンとしていたが、これに気づき必死で拍手をしてくれた。


 この勝利は彼女のものなのだ。


「「ウオオォー!!」」


 俺の煽りで観客はさらに盛り上がった……次はどいつだ?



 結局、俺はこの後で2人を倒し、5人抜きで終わる。

 最後は打撃メインの相手に持久戦を仕掛けられ、体力が尽きて抑え込まれてしまった。


 俺を破った従士は、終始アウトボクシングに徹し、凄まじいブーイングに見舞われていた。


 ルールを破った訳で無し、俺はアウトボクシングも作戦の内だと思うし、本気でぶつかってきた相手への敬意もあるのだが……ちなみにこの従士はブーイングを浴びながら七人抜きをして表彰されることになった。


 5人抜きで表彰され無かったのは残念である。


 だが、この日に俺が見せた活躍は会場にインパクトを与え、大きな話題となった。


 世上に(いわ)


「神秘の技を持つ少年レスラー」

「魔術で相手を絞め殺す」

「見たこともない技で腕を折る」

「何倍もの相手を投げ飛ばした」


 などと少し大袈裟な評判となり、俺の学友になりたいという若者が一時期殺到したらしい。


 だが、彼らはアルベールの姿を見て辞退することになったそうだ。


 まあ、これは仕方ないことだと俺は諦めている。

 なに、ロロとジャンがいれば十分さ。




………………




 俺以外にもジャンが弓の競技会で好成績を上げた。

 弟子が揃って大活躍したアルベールの評判もうなぎ登りである。


 ちなみに奴隷であるロロは参加資格が無いが、俺たちの活躍を見た騎士から「ロロを譲ってほしい」と何件もオファーが来たほどだ。

 もちろん、即座に断ったのは言うまでもない。



 俺とジャンは表彰されることは無かったが、大いに注目を集め、期待の若手として認識されたようだ。


 主役であるロベールは馬術に出場し、少し接待くさいレースで2位となり見事に表彰された……お約束ってヤツである。



「バリアン、凄い技だったな! 自分で考えたのか!?」

「アルベールがあのような技を使うなど見たこともない……もう1度見せてくれんか」


 余談だが、(ルドルフ)(ロベール)が俺の弟子になった。

 本当に仲の良い親子である。


※競技会の中身は創作です。


経験者はご理解いただけるかと思いますが、関節技や寝技は「知らない」と警戒すらできません。

やや大袈裟に書きましたが、天才少年に大男が締め落とされるのは十分にあり得ると思います。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] いまさらながら、『しゃくりつける』とはどういう動作なのだろうか?方言?
[良い点] 20kgほど体重差があると技術だけではどうにもならないと言った寝技の得意なレスラーもいますが、全くの初見殺しの技術ですし、十分説得力のある勝ち方だったと思います。
[一言] 結構この話は割とあり得る事。 ボクサーが寝技に持ち込まれたらどうやっても勝てない。
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