18話 仲間
冬が来た。
冬の間はアルベールの児童虐待も少しだけ緩やかになり、俺たち全員が殺しに慣れたために貧民を殺すことも減った。
つまり、俺たちはマトモな訓練をしている。
とは言っても、アルベール基準ではあるが……
「くそっ、参った!」
俺に組み敷かれたジャンが降参した。
俺たちは短剣での組手をしていたが、実はこの手の格闘が俺は大の得意なのだ。
まずもって、ロロやジャンには負けない。
理由は簡単、柔道である。
俺は高校生の部活として2段まで修得しているが、実は柔道というスポーツは1対1の格闘においてかなり洗練されていた。
素人相手と取っ組み合いになれば、まず負けない。
短剣同士でやりあうときも相手の袖を引いたり足を掛けたりして体勢を崩すことも十分に可能だ。
寝技になれば凶悪で、抑え込みや絞め技、関節技などは知らない者を相手にすれば無敵に近い。
短剣を持っているのだ……抑え込みはイコール死である。
ただ、あくまでも1対1に限定した話ではあるが……
「バリアン様、やっぱ強えーな」
ジャンが悔しそうに立ち上がる。
「うむ、今日はこれまで。ジャンとロロもバリアンの格闘術を身に付けよ。まるで熟練の戦士のような動きだ」
アルベールもこればかりは俺を褒めてくれる。
俺からすればズルをしている気分にはなるが、過去の努力の成果でもある。
「はあ、バリアン様には何をやっても敵わない……落ち込みますよ」
ロロが訓練用の武具を片付けながらボヤいた。
これは少し珍しい。
「どうした? 何かあったのか?」
ロロの様子が心配で声を掛けたが、彼は「はは」と力無く笑うのみだ。
「バリアン様には分からねえよ、頭も生まれも良いし、あんなに強いなんて反則だぜ」
ジャンが嫌味を言いながら舌を出した。
これは彼なりにロロの気持ちを代弁したのだろう。
ジャンの不器用な優しさである。
ジャンは「ついてくんなよ!」と言い残し、ロロと肩を並べてどこかに行ってしまう。
……俺から言わせたらロロもジャンも十分に凄いけどな……
これは本音だ。
俺が彼らに勝っているのは41年のアドバンテージがあるからである。
俺が小学3年生のころはテレビゲームに夢中であった。
ついてくるなと言われた手前、俺は踵を返して歩き出すが特に用事はない。
俺は自宅に帰り、広間でぼんやりと母の刺繍を眺めていた。
「どうしたの? バリアン、お友だちと喧嘩したの?」
「いえ、今日は訓練も終わったし、ジャンもロロもいないので……」
母のリュシエンヌは穏やかに「退屈なのね」と笑った。
「ならお仕事をあげるわ。カティアが来ているから相手をしてあげなさい」
俺は「おや」と感じた。
カティアは腹違いの妹で、リュシエンヌはあまり良い感情を持っていなかったはずである。
「カティアが来てるのですか?」
「ええ、ジゼルとユーグにお父様がお話があるそうよ、カティアは退屈をしているわ」
父の第2夫人ジゼルとその子らは別の家に住んでおり、普段はあまり交流がない。
俺は「わかりました」とリュシエンヌに告げ、カティアを探した。
彼女はすぐに見つかり、庭で退屈そうに雪玉を並べていた。
「やあカティア」
俺が声を掛けるとカティアはビクッと身をすくめた。
カティアは俺より1つ年下の8才だが、子供ながらにこの屋敷は居心地が悪いのかもしれない。
「俺のこと、覚えてる?」
「……バリアン様」
カティアはもじもじと小さな声で答えた。
彼女は綺麗な黒髪を三編みにし、背中に垂らしている。
素朴な感じがして可愛らしい。
どうやらリオンクール人は髪を編み込むのが好きなようである。
「違うよ、俺はカティアの兄さんだ。そんな他人行儀に呼ばないでくれ」
俺がかつて兄のロベールに言われた言葉を彼女に伝えたが、彼女はもじもじと気まずそうにするのみだ。
「カティア、退屈なら王都で流行っていたゲームをしよう、楽しいぞ」
俺は「ちょっと待ってて」と声を掛けて双六盤を用意した。
実は双六は従士たちが持ち帰り、リオンクールでもそれなりに流行を見せている。
「双六だ、知ってるか?」
俺が尋ねると、カティアは首を横に振った。
俺は暇そうな女の奴隷を捕まえ、適当に庭の石を並べて腰掛けにし、3人で双六を始めた。
カティアも奴隷もルールを知らなかったが、単純なのですぐに理解したようだ。
2度ほど繰り返すと、双六好きの従士が寄ってきたので、彼も加えて4人で繰り返し遊ぶ。
「かーっ、また2かよっ! バリアン様っ! サイコロがおかしいぜ!?」
従士のオーバーなリアクションでなかなか盛り上がった。
カティアもくすくすと笑っている。
何度か繰り返していると、話が終わったようで、父のルドルフがジゼルとユーグを連れて庭に出てきた。
「む、バリアンか……カティアを見ていてくれたのだな」
ルドルフは俺とカティアを見比べて薄く笑った。
「まあ、カティア、バリアンさんに迷惑をかけて……」
ジゼルが眉をひそめる。
「私が遊んでもらったのですよ、なあ? カティア」
俺がカティアに声を掛けると、彼女は恥ずかしそうに俯いて「ありがと、兄さん」と小さく口にしてくれた。
ジゼルとユーグは少し驚いたようだ。
「カティア、バリアンさんをお兄さんなんて失礼な」
ジゼルが慌ててカティアを嗜めるが、俺が止めた。
「私がカティアに頼んだのです。父上に妹を頼んだのに中々できないものですから」
俺が下品な冗談を口にすると従士が「ぶわっはっは」と爆笑し、俺はルドルフからゲンコツを食らった……さすがに調子に乗りすぎた。
「まあ、バリアンさんったら」
ジゼルも笑う。
これでいいのだ。
「バリアン、ユーグは名跡の絶えていた騎士家のブラールを名乗る……心得ておけ」
ルドルフが重々しく口にし、ユーグが前に出た。
ユーグは俺より3つ年上の12才だ。ロベールと俺の中間になる。
父のルドルフよりも母のジゼルに似たようで線の細い少年だ。
黒い髪と黒い瞳がリオンクールの血を強く感じさせた。
「これよりはユーグ・ド・ブラールと名乗ります、よろしくお願いします」
ユーグは固い挨拶をした。
俺にあまり親しみは感じてない様子だ。
「ブラール卿、こちらこそご指導をいただきますよう」
俺も恭しく頭を下げる。
ユーグは名ばかりとは言え、騎士家を継ぐのだ。
主筋とは言え次男坊の俺が威張って良い相手ではないだろう。
「うむ、バリアンはユーグを、ユーグはロベールを恃め。母が違おうとも血の繋がった兄弟である」
ルドルフがそう言って頷いたが、ユーグの内心はどうであろうか?
騎士家を継いだと言えば聞えは良いが、名字が変わると言うことはルドルフの後継者になる可能性が絶たれたに等しい。
しかも先程の挨拶には領地の言及が無かった。彼が領地を貰えるかは怪しい。
領地が無ければ騎士などただの穀潰しだ。
傭兵くらいしか身をたてる術はあるまい。
ルドルフはユーグに領地を与えたいであろうが、下手に力を持てばロベールもリュシエンヌも嫌がるだろう。
俺は先程のリュシエンヌの雰囲気が柔らかかった理由を察した。
「バリアン様は文武に秀で優秀だと音に聞こえております、私こそご指導ください」
ユーグの殻はあくまでも固い。
俺には彼の心を読むことは出来なかった。
「兄さん、双六楽しかった」
カティアが嬉しげに呟いたのが印象的であった。
「バリアンよ、ユーグとカティアを頼むぞ……ロベールは母の影響で、あれらを好ましく思っておらん」
ジゼルたちが帰宅した後に、ルドルフが寂しげに呟いた。
「もちろんですとも、カティアの夫たらんとする者は私に試練を課されるでしょう」
俺がおどけるとルドルフは薄く笑い、俺の頭をぐりぐりと撫でた。
「そんなに気を使うな、お前は賢いが……いや、気にするな」
ルドルフは俺の肩をガシッと掴んだ。
……ああ、この人は俺の親父なんだな……
俺は力強いルドルフの手から確かな温もりを感じた。
………………
数週間後、俺はロロとジャンに驚かされることになる。
彼らは俺に隠れて特訓をしていたらしく、ロロは盾の、ジャンは弓の扱いが明らかに上手くなっていた。
「同じことをしていても敵いませんから」
ロロがそう言いながらはにかんだ。
照れた表情が実にロナに似ている。
「3人で補いあうのさ! 爺ちゃんが教えてくれたんだ」
まさかアルベールが?
俺が驚いた表情で見つめると、恐い顔の執事は「ぐっふっふ」と笑った。
「仲間とはそういうものだ。皆が同じことをする必要は無い」
アルベールが迫力のある笑顔を見せる。
恐らくは彼にもそんな仲間がいたのだろう。
「そうだな、補い合って、互いに強くなるんだ」
俺はこう口にすると、なんとなくユーグを思い出した。
……彼には支え合う仲間がいるのだろうか……?
できれば彼も仲間に加えたいが、あまり仲良くし過ぎるとロベールやリュシエンヌが嫌がるだろう。
難しいところだなあ。
寒いと思ったら、雪が降ってきた。
リオンクールの冬は雪深く厳しい。
また、人が大勢死ぬのだ。





