17話 戦見物
秋も深まる頃にリオンクールで軍の召集があった。
隣のバシュラール子爵がリオンクール領への物流をせき止めたためだ。
冬に備えるこの時期に物資を止められては堪らない。
夏の間、リオンクールは抗議を続けたが、バシュラール子爵は逆にリオンクールへ賠償を求めてきたのだ。
その理由はリオンクールの者と思わしき集団がバシュラール子爵領の村々を荒らしたり森を焼いたというのだ。
もちろん、リオンクール側がこの主張を認めるはずが無い。
交渉は拗れ、とうとう武力衝突と相成った。
……なんだか、心当たりがありすぎるな……
俺は集まる軍勢に申し訳ない気持ちで一杯であった。
俺たちはアルベールの「訓練」としてバシュラール子爵領の村を放火したり、農夫を弓や投石の的にしたりしていた。
もちろん盗みも働いている。
全てとは言わないが、今回の戦争の一因となったのは間違い無い。
そして、その原因となった執事は俺たちを引き連れ、嬉々として戦見物と洒落込んでいるのである。
「お、あれ父ちゃんだ! 兄ちゃんもいるな!」
ジャンが指差した方には父であろう中年の騎士と、兄であろう少し若い騎士が20人ばかりの小勢を率いているのが見えた。
鎖帷子に鉄の兜を身に付けている。
落ち着いた雰囲気の騎士だ。
こう言っちゃ何だが、見た感じ親父さんも兄貴も普通の人である。
「アルベールの息子さんにしては迫力がないな」
俺がボソリと呟くと、アルベールが「うむ」と同意した。
「アレは母の血が濃すぎたわ! グロート家の恥さらしよ!」
アルベールは「ぐぬぬ」と口惜しげに歯噛みをする。
「ジャンよ、儂はお前に望みをかけておるのだ」
「おう、俺も強くなって、爺ちゃんみたいに敵の腸で絞め殺すんだ!」
アルベールとジャンは良くわからない話題で盛り上がっている。
俺とロロはドン引きだが、アルベールは「こやつめ、がはは」と上機嫌だ。
しかし、全体的にみすぼらしい……騎士や従士はさすがに立派だが、その他は普段着と変わらない者もいる。
俺は集まる軍勢を見て、装備の貧弱さに驚いた。
鎖帷子や水滴形の兜などの金属の鎧を身に纏っている者はごく僅か。
歩兵などは大半が適当な兜(?)を被り、シャツを重ね着したり、毛皮を身に付けている程度である。
その兜も適当で、革の帽子(?)に何かの骨や細長い石を張り付けたような雑なモノすらある。
武器は剣や槍に木の盾ぐらいだ。まれに棍棒や斧を手にした者もいるが少数である。
弓や投石紐を身に付けている者もいる……武装に統一感はない。
軍勢は父であるルドルフが率いる従士隊を中心とし、極少数の騎兵に歩兵が数百。
それに加え各地の騎士たちの軍勢が数百。
そして申し訳程度の武装をした輸送隊だ……彼らの数が1番多く、全体の4割くらいだろうか?
合計で1000人くらいだろうか? 正直良くわからん。
するとアルベールが手でカメラのように四角を作った。
「軍勢はな、こうして測るのだ。この四角の中に何人いるかを数え、四角がいくつあるかで全体を量る」
俺はアルベールを見直した。思えばまともに指導を受けたのは始めてかもしれない。
俺は軍勢を数えると700人前後のようだ。
「ざっと700かな?」
「そんなとこだ……算術が必要だと分かったな? ジャン」
どうやら俺はジャンの指導のダシにされたらしい……まあいいか。
ルドルフが何やら訓示をした後に、軍勢が列をなしてゾロゾロと歩き出した。
「ずいぶん遅いな?」
「こんなもんだ。歩兵や輸送隊を連れていけばな」
アルベールの言葉に、俺は「ふうん」と生返事をして見送った。
それにしても、凄まじい物資の量である。
数百の人間や馬が食らう飯の量とは並みではない。
戦争とは金の掛かるものだと実感した。
………………
遅い。本当に遅い。
俺たちが軍隊を見送った後、数時間が経ったが彼らはまだそこにいる。
実は軍隊の移動速度は極めて遅い。
道があるところで1日で15キロほど、道がなければ10キロにも満たないだろう。
「明日の昼前くらいに出発するぞ、夜にポルトゥに着けば次の日には軍も到着するだろう。」
アルベールの言葉に俺は愕然とした。
遅すぎるのである。
豊臣秀吉の中国大返しのエピソードを聞いたときは「ふーん」くらいの感想だったが、実は凄まじい偉業だったのだ。
俺は天下人の実力を知り、未だに視界に残る軍勢を見て、ため息をついた。
………………
アルベールの予測通りの時間に軍勢は城塞都市ポルトゥに到着した。
ポルトゥでも軍勢は集まっており、領都からの軍勢と合流し1300人ほどに数を増やした。
……なるほど、こうすれば物資を節約できるか……しかし、それならばポルトゥに物資を集積しておき、身軽な状態で領都から急行したほうが良くないか?
俺は首を捻るが、俺の考えは机上の空論である。
世の中は理屈通りには行かないものだ。
俺たちはアルベールに引率され、軍勢から離れた小高い場所で様子を窺う。
翌日には開けた場所でバシュラール子爵の軍勢と会敵した。
バシュラール軍は900人程である。
「随分うまいこと敵に会えたな」
「いや、あれは事前に日時を決めて会戦に持ち込んだのだ。長引くのは互いに損だからな」
この時代の戦争とはスポーツに近い。
色々な取り決めがあるのだ。
互いの軍勢が布陣をするが、意外と雑である。
もっと鶴翼とか魚鱗とか、いわゆる「陣形」を整えるのかと思いきや、それぞれの騎士が手勢を纏め、なんとなく横列になっているだけだ。
兵士たちは興奮し、盾を叩いたり奇声を上げてたりしながら気炎を上げ、中には裸になって謎アピールを始めたのもいるほどだ。
「おっ、父上が出てきたぞ」
軍勢の中からルドルフと思わしき人物が現れた。
敵の代表者と何やら言葉を交わしているようだ。
「言葉合戦だ。自分の正当性を知らしめ、相手の非をならす。上手くやれば味方の士気も上がるだろう」
「おっ、引っ込んだ」
両陣営ともに代表者が戻り、弓や投石で射撃を始めながらジリジリと前進を始めた。
投石は身軽な者が隊列の前に出て敵に放っている。
あまり隊列を気にしているようには見えない。
距離が詰まった。
互いに閧の声を上げながら兵士たちが突進した。
槍を投げながらぶつかり合い、凄まじい乱闘が始まる。
まるで映画のワンシーンだ。
「あっ、裸がやられた!」
ロロが悔しげに声を上げた。
先程から裸で謎アピールしていた兵士がやられたらしい。
俺たちが一喜一憂しながら兵士たちの奮戦を眺めていると、ルドルフ率いる騎兵隊が動き、右に回り込んで側面を突いた。
みるみる内にルドルフたちは敵陣を突き崩し、敵は瓦解、我先にと逃げたした。
「あれは金床だ。ルドルフの得意だな」
「金床?」
アルベールの言葉を俺がオウム返しに聞き返した。
「うむ、歩兵が敵を受け止め、騎兵が叩く。歩兵が金床で騎兵が鎚よ」
なるほど、金属を鍛造する動きに例えているらしい。
一方が敵をひきつけているうちにもう一方が側面に回りこみ挟撃する。
単純だが強烈な戦術だ。
ルドルフはある程度で追撃を止め、近くの村に向かうようだ。
「もう追撃をやめるのか。待ち伏せでも警戒したのかな?」
「いや、これで良しとしたのだろう……やりすぎると他の諸侯がしゃしゃり出てくるからな。適当に略奪して、あとは外交だ」
俺はこのまま攻城戦にでも雪崩れ込むのかと思っていたが、そうでは無いようだ。
戦略ゲームとは違うらしい。
そもそもゲームみたいに他人の土地を占領しても利益を出すには何年もかかるし、理由もなく奪い取れば周囲も騒がしくなる。
ご近所さんが居直り強盗なら警戒するのが当たり前だからだ。
他人の土地を奪うには大義名分が必要なのだ。
城を攻めるのは被害も大きいし、今回は攻める理由も無い。
今回の戦争の発端はバシュラール子爵が物流を止めたことにある。
土地の奪い合いの戦争では無い。
リオンクールとしては、バシュラール子爵をやっつけて物流が回復すれば良いのだから、一戦して優劣をつければ目的は達成したのだ。
バシュラール子爵とて必死に抗戦する意味も薄い。
すぐに和平交渉となるはずだ。
「賠償金の額次第だが、小競り合いならこんなモノだ 」
……賠償金か……バシュラール子爵からすれば、リオンクール側から略奪などの挑発を受けて物流を止めたのに、逆に攻められて賠償金を支払う羽目になったわけだ……まるでヤクザじゃないか……
俺は理不尽さに胸を痛めたが、戦とは大体がこんなモノらしい。
力がモノを言う時代なのだ。
「良し、帰るぞ。近くの村は避難も済んでおるし、大した物は残っておるまい」
アルベールはそう言い残し振り返った。
戦見物とは悪趣味だと思ったが、実際に現場を目の当たりにし、得たものは大きい。
帰り道で俺はアルベールに様々なことを尋ねた。
「そう言えば、何で裸になったヤツがいたんだろう?」
「勇気を示したのだろう」
俺は「はあ、勇気ね」と呟いた。
それで死んでは意味がないだろうとも思う。
「俺もあんな風になりたいなー」
「真っ先に飛び込みましたからね」
ジャンやロロは裸男に憧れを抱いたらしい。
……俺は裸がユニフォームなんて御免だぜ?
どこの野球軍だよと、内心でツッコミを入れる。
俺は自分の部下は裸禁止にしようと固く誓った。