兄の従士たち
12位エンゾ、というか旧ロベール派の話です。
新キャラの話になってしまった……といいますか、バリアンのストーリーでは絡まなかった大勢がいるんですよね。当たり前ですが。
シャルル・ド・モリエという男がいる。リオンクール領内にある騎士家の三男で、それと知られた豪の者だ。
騎士家といっても次男三男には財産などは回ってこない。穀潰しである。
だが、幸運なことに子供のころよりシャルルは身体壮健で体が大きかった。
それを見こまれ、家柄もよいシャルルはリオンクール伯爵家の嫡男ロベールの学友に抜擢され、未来が開けた――はずだった。
そう、ロベールが暗殺されるまでは。
「下手人はアルベール・ド・グロートに決まっている!」
「バリアンに殺されたんだ」
「進軍ルートを決めたのはユルバン・デコスだ。バリアンに取り込まれたのでは?」
従士だった皆はベルジェ討伐で功を成したバリアンが野心を起こし、ロベールを暗殺したのだと口を揃えた。
それはシャルルも同感だ。
シャルルら騎士の三男や平民従士たちは、ロベールに従い功成り土地を持つことが夢だった。それを無惨に砕いたバリアンは憎んでも憎みきれない。
「皆、これからどうする?」
誰かが口にした。
「俺はロベール様のためにトリスタン様を守る」
ロベールの従士長であったエンゾ・ぺサールが真っ先に応えた。
あるものはエンゾに同調し、あるものは家に帰り、家長の下で畑を耕すという。
「お前はどうするんだ?」
誰かがシャルルに尋ねた。
「俺は、バリアンの従士になる」
シャルルの言葉に一同は色めきたつが、それを制し、続けた。
「勘違いするな、バリアンの動きを監視するのだ。暗殺の証拠をつかみ次第、復讐する」
シャルルが言葉を続けると、一同はゴクリと喉を鳴らした。
「見事だ! 俺も共にいこう!」
「お前ってやつは……疑ったことを許せ」
仲間が次々と名乗りを上げ、ロベールの従士隊は3つに別れる事になった。
ロベールの遺児、トリスタンを守る者。
バリアンの従士となり、隙をうかがう者。
そして、引退する者。
それぞれ道は違えども、ロベールへの忠義は変わらない。
……見てろよ、バリアン! 貴様を見極めてやる!
シャルルはギラリと目を輝かせた。
――――――
「おー、よく来たなあ。兄上の従士か」
リオンクール伯爵家の屋敷でシャルルたちはバリアンと対面した。
バリアンは偉躯だ。体が大きなシャルルよりも一回りも大きい。対面するとその武威に圧倒される。
「ウチは忙しいぞ? 開拓を始めたんだ。大工仕事や野良仕事はできるか?」
バリアンの言葉にはムッとしてしまう。従士とは戦士だ。下僕あつかいをして野良仕事をさせようというのか。
「やる気があるなら支度金をやろう。飯も食ってけ。俺は開拓地に行くから……おいっ、ドーミエ! エモネ!」
バリアンは古参らしき従士に声をかけ「慣れるまで教えてやれよ」と告げて立ち去った。
少々愛想のない対応である。
……まあ、いきなり信用を得るのは無理か。
バリアンの従士隊である同胞団は数が多い。新参に素っ気ない態度は仕方がないだろう。
少し落胆したが、こんなものだろうとシャルルは自らを慰めた。
「気を落とすな。いまの主は開拓に夢中でな、他事は目に入らんのさ」
感情が顔に出ていたか、エモネと呼ばれた古参兵が慰めてくれる。
「よそは知らんがな、同胞団は甘くないぞ。剣を振り回すだけの無能には勤まらん」
ドーミエと呼ばれた古参兵は嫌みを言いながら「ついてこい」と指示をする。
これには腹が立ったが、連れられた武器庫で三角の兜や革鎧を下賜されたのには驚いた。支度金も少なくない。
バリアンの財力とはただごとではない。そして、その気前のよさも。
同じロベールの従士だった者の中にはこれだけでバリアンに心酔した者もいるだろう。
気前の良い主は良い主だ。
……気を引き締めねばならないな。
シャルルは『油断するなよ』と自らに言い聞かせ、気を引き締め直した。
――――――
同胞団は、なんと言うか……忙しかった。
開拓地で住居を作り、畑を耕し、奴隷の逃亡を監視する。当然だがバリアンの護衛や訓練もある。
そのうちに領都での治安任務も加わった。目が回るような忙しさだ。
同胞団の長はポンセロという平民だが、兵の扱いが実に巧みだ。
団員に公正に接し、己を厳しく律している。
たしかに激務ではあるのだが、ポンセロの人徳と破格の報酬のために団員からの不満はない。
なにしろ何かにつけて「手当だ」と金がもらえるのだ。
騎士家出身のシャルルは人使いも上手い。いつの間にかポンセロの補佐を任されるようになり、鎖帷子を身につけ、鉄の兜を身につける分限になっていた。
そして肝心のバリアンだが、信じがたいことに自ら開拓地で鋤をふるい、畑を耕し、瓦を焼く。
訓練も、食事も、寝所でさえ団員と共にするバリアンに、いつの間にか皆が心酔していた。
そして意外なほど信心深く、朝夕の礼拝も欠かすことはない。
病的な女好きではあるが、まずまずの人格者と言える。
みるみるうちに開拓地は拡がり、住民が増える。
政治のことは全くわからないシャルルでも、これがバリアンとその代官であるタンカレーの手腕だと理解できた。
なにしろ見たこともない農具や揚水装置は彼らの発明なのだ。
そして、新たに入植する者には気前よく援助の手を差しのべ、細やかに世話をやく……これで大きくならぬはずがない。
いつの間にか、ロベールの従士だった仲間は復讐を忘れ、皆が開拓地で帰農してしまいシャルルだけになってしまった。
それはそうだと思う。何せ開拓地では耕した土地は希望すれば自分のものになるのだ。
土地を手に入れ、同胞団で稼いだ金で小作を雇う……次男三男の夢が叶うのだ無理もない。
「おい、シャルル! 戦だぞ!」
「次はエルワーニェだとよ!」
そして戦の度に同胞団は嬉々としてバリアンに従う。
バリアンは勇敢で狡猾、負け知らずの武人だ。団員は戦に負けるなどと考えることすらない。
いつの間にかシャルルも馴染み、古参兵と呼ばれるようになったころ、思わぬ再会があった。
「やあ、シャルル。お互い妙なことになったなあ」
ロベールの従士長だったエンゾ・ぺサールだ。
トリスタンと共にドレルム家までいっていたはずだが、当然だが食い扶持がなく、いつの間にかリオンクールに帰ってきたのだという。
そして、なんとバリアンの子供らの傅役に抜擢されたらしい。
「俺が傅役とはなあ……シャルルも同胞団で小頭(小隊長)だろ? 時の流れとは不思議なもんだな」
エンゾは複雑な表情を見せる。
時の流れが薄れさせたとはいえ、旧主が理不尽な暗殺をされた傷は癒えるものではない。
「ふん、勘違いするなよ。俺がバリアンに仕えているのは暗殺の真相を探るためだ」
シャルルが強がると、エンゾは「そうだな」と頷き薄く笑った。
この男は昔から賢しいところがある。エンゾの顔を見るまで復讐など忘れていた心中を見抜いているに違いない。
「シモン様はな、素晴らしい資質の持ち主だ。お前の斧の扱いを見せてやってくれよ」
エンゾが嬉しげに笑う。
どうやら今の仕事に満足しているようだ。
「ふん、俺の技はロベール様の従士隊仕込みだ。甘くないぞ」
シャルルはそう嘯き、エンゾと肩を並べて歩きだした。
すでにロベールの死後、7年の時が経っていた。
のちに、シャルル・ド・モリエはセザール・ド・ポンセロの後任として同胞団のまとめ役となり、バリアンの死後にはシモンの死まで遠征に付き従った。
リオンクールの八将軍に名を連ねる1人である。
果たしてリュカ・エモネを覚えている人がいるだろうか。
次回は2月3日更新です。
リオンクール戦記、2月9日発売です。よろしくお願いします。