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リオンクール嫁姑問題

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14位スミナ、7位リュシエンヌ、4位キアラが登場します。

バリアンが見えていない日常のひとコマです。


 領都のとある日。


「スミナさん、これはどういうことですか?」


 伯爵夫人リュシエンヌから厳しく詰問され、スミナは身を縮めた。


「あの、何か問題がありましたか」

「この葡萄酒です。これは宴の席にと用意したものですがカビ臭く酸味が強すぎます。このような古い酒を出すことは――」


 リュシエンヌがクドクドとスミナをいびるのはいつものことではある。

 この義母は家政の不備を見つけるとスミナを呼びつけ、家人の前で叱責するのだ。


「あなたの里では知りませんが、このようなモノは伯爵家の宴席では相応しくありません」

「……申し訳ありませんでした。この葡萄酒はどうすれば……?」


 リュシエンヌが深くため息をつき首を振る。その表情は『物知らず』とスミナを責めているようだ。


「香料……いえ、蜂蜜を入れなさい。リオンクール伯爵家では――」


 義母はことあるごとにスミナを『平民の娘』として蔑み、叱責する。

 このいじめはバリアンの兄ロベールが戦死し、スミナが屋敷に迎えられてから始まったものだ。


 もう何年も続く『嫁いびり』であるが、スミナがこれに慣れることはない。

 リュシエンヌは針の先ほどの過失も見逃さず、彼女が満足するまで小言を続ける。


 この葡萄酒を商人から受け取ったのはスミナではない。

 しかし、下手にそれを口にすれば義母の怒りが増すことをスミナは十分に理解していた。

 故に耐えるしかないが、実家のことを悪し様に言われるのはさすがに(こた)える。出自は彼女の努力ではどうすることもできないからだ。


 リュシエンヌは小一時間スミナを苦しめたのち「以後気を付けるのですよ」と立ち去った。

 家人も恐るべき女主人が去ったことで露骨に「ほっ」と息を吐く。

 本来ならばスミナの前でするような態度では無いが家人からも軽んじられているのである。

 リュシエンヌのスミナへの態度が、家人にも伝染しているのだ。


 さすがに込み上げてくるものに耐えきれず、スミナは物陰で涙をこぼす。

 人前で泣いては義母に叱られる。

 この家ではスミナは泣く自由すらないのだ。


 夫バリアンは善良だが、義母に溺愛されている息子である。

 何かの拍子に義母の耳に入ったらと想像すると、夫に愚痴をこぼすことすらできない。


 ……もう、村に帰りたい。


 結婚したときは夫は気楽な次男だった。

 優しく、誠実で、スミナだけを見てくれた。

 それが今やどうだ……次から次へと妻を増やし続け、浮気ぐせは酷くなるばかりだ。

 貴族とはこんなものだとは聞かされても、悲しいものは悲しいし、辛いものは辛い。


 スミナの考えていた結婚生活とはこんなものではなかった。

 彼女の幼友達は隣村の平民にでも嫁いで、貧しく退屈だが穏やかで、幸せな日常を送っているはずだ。


 平民が伯爵家に嫁ぐなど、夢のようなおとぎ話ではあるが、現実は甘くない。


 しばらく、しくしくと泣いていると近づいてくる足音がある。

 泣いている姿を見られてはいけないとスミナが慌てて振り向くと、小柄な少女がそこにいた。

 エルワーニェの王女、キアラだ。


「×××、スミナ××?」


 キアラはキョトンとした表情で何かを語りかけてくる。

 言葉はわからないが『大丈夫?』と気づかってくれたのだとスミナは理解した。


「ううん、大丈夫よ。どうしたの?」


 この少女は夫の3番目の妻である。

 だが、スミナに良く懐き夫の愛を争うことはない。スミナが心を許せる数少ない人物だ。


 キアラはニッと笑い何かを差し出してきた。


「あら? くれるの? ありがとう」


 スミナは幼児に接するように何気なく受けとると――それはネズミの死骸であった。

 エルワーニェの出身であるキアラは捕まえたネズミを食べ物としてプレゼントしたのだが……そこは文化の違いだ。


 スミナは絶叫し、その声を聞き付けたリュシエンヌから再度叱責されることになる。


「わかりますかスミナさん、私はあなたのことを思って、あなたのために言っているのです」


 スミナは『また始まった』と心の内でうんざりしながら義母の小言を聞く。


 身分違いの結婚とは、かくも厳しいものなのである。


 この嫁姑の力関係が逆転するのは、まだまだ先の話だ。



他人同士が暮らしているわけですから、いろいろあるんです。


リオンクール戦記2は2月9日発売予定です。

予約も始まっています。よろしくお願いします。


次回は30日に更新予定です。

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リオンクール戦記発売中
― 新着の感想 ―
[一言] 異世界でも姑による嫁いびりはあるんだね...
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