表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
155/166

146話 あるがままの人生

 がたり、がたり、と振動が伝わる。


 気がつけば、俺は鎧を脱がされてリヤカーで運ばれているようだ。


 ……生きてる、のか……?


 身体中が痛むが、病による疼痛だけではない。

 左の手の平を確認すると、薬指と小指の先が欠けていた。


 ……なかなか、死ねないものだ……


 寿命と言うものは延ばすのも難しいが、縮めるのも容易ではない。


 体に力を入れると激痛が走った。

 どうやら、怪我をしているようだ。軽くはない。


 ……まあ、良いか……戦傷で死ぬなら戦死と同じだ……


 ぼんやりと、自らの欠けた指先を眺めた。


 戦で受けた傷で死ぬ。

 戦死との違いは死ぬのが早いか遅いかだけだ。俺は深く満足した。


「お、気がついたのか」


 誰かがリヤカーを覗き込んできた……ジャンだ。

 俺は体を起こそうとしたが、ジャンに「やめとけよ」と止められた。


金創(きんそう)(刀や槍の傷)9ヶ所、骨折4ヶ所、左手指の欠損、打撲や擦り傷は数えるのもバカらしいや……これに病気もあるってんだから良く生きてるもんだな。ははっ、そういや右耳も半分くらい取れてるぜ」


 ジャンが教えてくれた俺の容態は酷いものだった。


「……そ、うか……」


 声を出し驚いた。

 その枯れた音は俺の声とは思えない。


「分かるよ、爺ちゃんも一緒だった。病気で死にたくないんだろ?」


 俺はジャンの言葉に驚いた。アルベールも病気だったのか。


「……そう、か……アルベールも、か……」

「まあな。内緒にしてたけど、そりゃ分かるよな。孫だし」


 俺は複雑な気持ちで頷いた。

 当時のアルベールを思い出そうとしても、細かなことは分からない。


「……ジャン、戦は……?」

「うーん、勝ちは勝ちだな。だけどこっちもズタボロだぜ? 死傷やら逃亡やらで2000人は減ったし、ポンセロとコクトー男爵も討ち死にだ。アンドレも酷い怪我したしな。今はバルカ城への帰還中だ」


 ジャンはさらりと口にするが容易な事態ではない。

 ポンセロはバシュラール領で唯一、シモンを押さえ付けることのできた男だ。


 ……そうか、ポンセロがな……


 俺は目を瞑って、仲間の死を悼む。

 ポンセロは間違いなくリオンクール軍の要だった男だ。その死がもたらす影響は小さくないだろう。


 ……しかし、あのアルベールが、病気だったか……


 師の面影を思いだし、あれで病気なのかと苦笑した。


 まだ、仕事が残っていた。

 他の者には委ねられない、最後の大仕事。


『シモンを殺す』


 俺の死後に起こるであろう混乱を抑えるには、強引に内乱の芽を摘むしかない。


 現時点のシモンとロベールを比べれば、圧倒的にシモンが上だ。

 初陣を済ましたばかりの13才と、軍を率いて勝利をもたらした16才では示した将器が違いすぎる。

 シモンがいればロベールの害となる……これは間違いない。


 ロベールには伯父のアンドレや、アンドレの義弟であるピエールくんら強力な与党がおり、彼らが問題なく治世を支えるだろう。

 ジョゼの息子はロベールの学友だし、これもロベールの味方になるのは間違いない。


 嫡男であるロベールならば、無難に国を統治できるのだ。

 シモンがいなければ、だが。



 もう一方のシモンはなんと言っても勇気と武勇がある。説得力のある大きな体も魅力だ。

 これが何よりも大きくモノを言う。


 リオンクール人にとって勇気と武勇は何よりも大切なことだ。

 この傾向は俺が外征に成功し続けたことでより強まった。

 兵士たちは間違いなくシモンを支持するだろう。


 シモンの与党になりそうなのはゲ男爵と、今回シモンに率いられたバシュラール勢だ。

 特にポンセロ亡き今ではバシュラールを押さえられる者がおらず、シモンの好き勝手にされる恐れがある。


 後はドーミエあたりもシモン寄りだろう……上昇志向の強い者はアンドレやピエールくんら身内に固められたロベールよりも、シモンの方が出世の機会が多いと考えるはずだ。


 問題はシモン寄りの勢力には政権の中心となるような柱がいないことだ。

 これでは国の統治は手探りとなり失政が続きかねない……出たとこ勝負になるだろう。



 要はロベールとシモンがいれば現在の主流派とそれ以外の対立になる。

 これは本人たちの意思に関係なく『そうなる』だろう。


 これは俺の経験したことでもある。


 俺は嫡男ロベールの主流派を支持する……と言うよりも、そのように引き継ぎを進めてきた。


 だが、時間が足りなかった。

 月が昇るまで待つ時間が俺にはない。


 故に、強引ではあるが勢力の中心たるシモンを排除する。

 シモンにはまだ子がない、今が最大の好機である。



 問題はある。葛藤もある。



『俺にシモンが殺せるか?』



 自分に問いかけるが、答えは出ない……ただ『やるしかない』のだ。


 多少、不審には思われるだろうがシモンを呼び出し……殺す。

 他人の手には委ねたくない。


「……ジャン、頼み、が、あるんだ……」

「あん? 何だよ」


 ジャンが俺の口元に耳を寄せる。

 ありがたい、もう声を出すのも辛いんだ。


 俺が一言二言伝えるとジャンは「分かった、任せろ」と請け負ってくれた。


「ちょいと急ぐぜ、バリアン様は明日までもたねえからな」


 そのままジャンは周囲に何事かを命じ、リヤカーから離れていった。


 ジャンの見立てでは、俺は今日、死ぬらしい。



 ……俺が死んだらジャンはどうするのかな……?



 少し考えたが、こればかりは全く読めない。

 アンドレの味方をしてロベールを助けそうでもあるし、放っといたらシモンと大暴れしそうでもある。


 ジャンは軍を率いた戦ならば俺より強いだろう。

 俺の死後、キーマンになるのはこの男かも知れない。




………………




 どれ程の時が経っただろうか……ジャンがロロを連れて戻ってきた。


「バリアン様……ご安心ください。ロベール様はバリアン様の代わりに軍を率いておられます、シモン様はすぐに来られます」


 俺はロロの言葉に軽く頷く。

 ロロはジャンから事情を聞いて全てを察しているのだろう。

 何も聞かずとも手筈を整えてくれたようだ。


 俺はロロから抜き身の短剣を受け取り、それを隠すためにマントを掛けてもらった。


 ロロたちは軍の休止に合わせて簡単な野営地のような大きなテントを手早く組み立て、中に俺を座らせた。


 周囲はあえて固めない。

 シモンを油断させるためだ。


「……ロロ、ジャン……手出しは……」


 俺がそれだけ口にするとジャンは「分かってるよ」と口にした。

 ロロも深く頷く……皆まで言うなということか。



 ほど無くして、シモンが入ってきた……1人だ。


 この場には俺とシモン、それにロロとジャンがいるのみ。

 シモンは少しだけ「おや?」と言う表情を見せたが何も言わなかった。


 俺は気力を総動員して体に力を巡らせる。

 この時間だけで良い、後のことは考える必要はない。


 立ち上がり、フラフラとシモンに向かい歩く……これだけの動作だが俺は必死だ。


「……シモン、遺言がある……近くに……」


 俺が声を掛けると、シモンは少しだけ躊躇いを見せ、歩み寄ってきた。


 派手な動きは必要ない。

 体重を乗せて短剣を突き刺すだけだ。


「……う」


 俺がよろめくと、シモンが支えようとした……好機だ。


 今だとばかりに、俺は残る力を振り絞って短剣を繰り出す……はずだった。


 シモンはグッと身を寄せ、突き出されようとした短剣を両手で押さえ込み、ドンと肩で俺に体当たりした。

 密着して肩で押しただけだが、シモンの巨体ならば十分な威力がある。


 俺は堪えきれずに仰向けで倒され、短剣を奪われた。


 すかさずシモンはロロとジャンを警戒し、俺から奪った短剣を構えて距離を置く。


「手出しはしねえさ、約束だからな」


 ジャンがシモンの警戒を解くように声を掛け、ロロは俺を助け起こした。


「親父……すまん」


 シモンが申し訳なさそうに呟いた。


 俺は「おや?」と感じた。

 父上から親父に呼び方が変わったらしい。


「……シモン、お前、は……俺、より、強い……」

「そんなわけねえだろっ! 親父が、ボロボロなだけじゃねえか!」


 シモンの泣き声が聞こえるが、俺の視界は霞み、息子の姿はよく見えない。


 ……これで、良かったのかもな……息子を、殺さずにすんだ……


 リオンクールの未来を別にすれば、可愛い息子を殺したいはずがない。


 俺はどこかでホッとした。

 王としては失格だ。


 もう、膝に力が入らない。

 俺を支えるロロの腕に力が増した。


「良いか、半端、な……態度……見せる、な……」


 俺の人生に後悔があるとすれば、兄との家督争いで曖昧な態度をとり、悲劇を招いたことだ。

 あの場で、もっと主体性を持って行動すれば……結果は変わったはずなのだ。

 少なくとも、もっと納得して結果を受け入れたに違いない。


 その事は、どうしても息子(シモン)に伝えたかった。


「分かったよ! もういいっ! ロロも親父を止めてくれっ! 親父が死んじまう!!」


 シモンの声が遠くで聞こえる。

 ちゃんと聞いてくれよ、親父の遺言だぞ。


 俺は立っているのか、座っているのか、それとも寝転んでいるのか……それすらも既に分からない。


『俺の墓はポルトゥの城外からバシュラールに向けて建ててくれ。そこからお前の活躍を見ていてやるよ』


 そう伝えたかったのだが、何処まで発音できたか自分でも分からない。



 ここで、俺は外界の情報を得ることが出来なくなったのだ。



 昏睡状態になったのだろうか……痛みも感じなくなったのは助かる。


 しかし、実に退屈だ。


 見れない、聞こえない、動けないでは何もすることがない。

 しばらくすると時間の感覚も無くなってしまった。


 やることも無いので、色々と思い出したり、考えたりしているうちに、1つの疑問にぶち当たる。



『なぜ、俺はアモロスに来たのだろう?』



 いくら考えても分からない。


 日本で死んだ俺がなぜ、バリアン・ド・リオンクールとして再び生を受けたのか。

 なぜ、俺だったのか。


 随分と考え、かなりの時間が経ったころに、ふと気がついた……分からないのが当たり前なのだ。


 自分が生まれた理由を説明できる者がどこに居ると言うのか。

 世の中の人々は『気がついたら』そこで産まれているのだ。そこに理由なんて無い。


 俺が始めに田中正として産まれた理由だって分からないし、バリアンとして目覚めた理由も分からない。


 それで良いじゃないか。

 世の中、答えのないことは山ほどある。


 あるがまま、それで良いのだ。



 じわり、と『俺』が体から離れていくのを感じる。



 あ、思い出した。

 すっかり忘れていた俺の妻の名前は『由美子(ゆみこ)』だった。



 こんなこと、忘れるかねえ。




………………




 バリアンが息を引き取ったのは、シモンとのやり取りの直後であった。


 息を引き取る直前、シモンは、ロロは、ジャンはバリアンの口が(かす)かに動くのを感じ、必死で耳をそばだてる。


 その音は(かす)れ、誰も聞き取れなかった。

 しかし、意味することは皆が理解し、彼らは顔を見合わせて吹き出した。


「信じられねえよっ! 知らない女の名前を呼んだぜ」


 誰も聞き取れなかったバリアンの最期の言葉は『由美子』であった。



 3人は大笑いし、涙を流した。



予定では、あと2回投稿します。

同時に行きたいのでやや間があくかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リオンクール戦記発売中
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ